第2話 見習い箒職人と領主の末娘

 あれから、その日のノルマであった箒3本を作り終えて、一晩過ぎて翌日を迎えた。

 今日の箒の制作量自体はそこまで多いものではなかったため、午前中で終わらせてしまえた。ので、午後は工房の玄関口に貼り付いて来客対応をしようということになったわけだ。

 けど、


「グエー……………………、暇」

「その間は何……というか、そんなこと言わないの。来客対応だって立派な仕事の一つなんだから」


 客が、来ないんですね。マジで。

 普段であれば1人2人は必ず来るんだけど、今日に限ってはマジで来ない。まぁこの工房は予約優先だけど飛び込みでもOKっちゃOKだ。だから人1人来ないなんてことは基本ないはずなんだが。

 

 だから、暇で暇でしょうがない。故にこんな言葉をふと、ぼやいてしまう。

 いや、来客対応が重要な仕事なのはわかっちゃいるんだけど。

 

「いやそんなこたぁわかってるんですよ師匠。ただここまで客が来ないとこう思うのも事実というか。てか今日来客予定とかないんすか?」

「それを口に出したらおしまい。今日は確かに予約はないけれど、それでも飛び込みで客が来ない可能性はないんだよ?」

「……わかってますて。つか師匠はなにやってんのさ? さっきから紙と本と睨めっこしてるけど」


 まぁ、こんなこと言ってリサ師匠に咎められるのは、いつもの事だ。

 で、そんな師匠は俺に背を向けて、自前の机に向かってなにやら物を書いている。


 多分、研究レポートとかそこらへんのものじゃないかと思うが、どうだろうか。


「ちょっとした論文書いてる。古代における術式魔術について、ちょっとね。研究者名乗ってる以上、定期的に論文上げとかないといけないんだよ」

「なーるほど。で、どうなの進捗は?」

「文献集めから検証まで一通り終わってるから、もう書けばいいだけ。あと三日もあれば終わるよ」


 当たりだ。この人が書斎に籠ってたり、何か書いてたりする時は大抵この手の類ってことは、弟子入りしてから数年、一緒に過ごしているので何となく把握している。


 こちらに意識を振り向けつつも、集中して物を書いている姿を見ると、なんか羨ましいとも思ってしまう。

 だって今暇だし。仕事が欲しい。


「ちっくしょ……。いいなぁ仕事があって。俺にも仕事くださいよぉぉぉおぉぉん」

「奇声上げないで。君にもちゃんと、来客を待つっていう大事な仕事与えてるじゃん」

「だ・か・ら、それが暇だから叫んでんだろ。もう誰でもいいから来てくれ。そして俺に箒を作らせろオラァァァァァン!?」

「うるさい。叫んだところで来るものでもないから。これを機に静かに人を待つ癖を――――」


 つければいいんじゃないの? なんて、師匠はそう続けようとしたんだろう。けど、

 それはドアにつけた鈴が鳴る音に遮られることになる。


 その音と一緒に、ドアがゆっくりと開けられる。

 詰まるところ、客だ。客が来たのだ。


「あの、こんにちは……。ニフサさんはいますか……って、げ」

「……アルルさんじゃないすか。どーしてここに」

「それはこっちの台詞……。何であんたがここにいるのよ」


 おっしゃ張り切って接客しましょ――――――う、と思ったのだ、が。

 ドアから姿を表したのは意外や意外。俺のよく知る人物だ。そのせいで準備していた元気ハツラツ何とやらな言葉が全部吹っ飛ぶ。


 その人物はアルル・グレイモア。この王都、グレイモア領の領主の末娘。金髪であどけなさを感じさせるが、それでいて整った顔が特徴的。

 小さい頃、とあるきっかけで知り合い、その後も何故かちょくちょく顔を合わせる機会が多かった奴だ。

 

 18の頃にこの王都に来てからも、道端で顔を合わせる機会があったため、顔馴染み程度には面識がある。まぁ工房で鉢合わせるのは初めてだけど。


「お? アルルちゃん、久しぶりだね。1年ぶりくらいかな。前に作った箒の調子はどう?」

「あ、快調ですよ。いい箒を作ってもらったって父さんも喜んでました……ってか、ニフサさん、こいつとどんな関係で……?」


 師匠とは面識があったみたいで、お互い朗らかに会話をする……。けれど、その不思議な物を見る目をやめろ。なにが言いたいんじゃ貴様。

 

「……この人の弟子だよ弟子。俺の親父が箒職人で、その知人に弟子入りしてるってのは前に話しただろうが」

「いやそりゃ聞いてるけど……あんたが、ニフサさんの、弟子? 奇人変人の代名詞とも言えるあんたが、ニフサさんの……?」

「どーいう意味じゃそら。そんなこと言ったら君だって頑固意地っ張りを地で行ってんだからお互い様だろ」

「確かにそうだけど……比較対象がおかしいでしょ」


 まぁ、この会話を聞いて貰えば何となくわかると思うけど。

 初めて会った時から何故か、コイツに俺は苦手意識というか、「頭おかしいんじゃねぇのコイツ」的な感情を持たれてるみたいで。

 だからフッツーに出会い頭に面倒臭ぇのに会っちまった的な目で見られるし、話す内容もお互いどこかつっけんどんな物になる。


 ま、だからっつってお互いに嫌ってるわけではない。

 単純に遠慮のない間柄というか、そんな感じなだけだ。じゃなきゃ出会って会話なんてするわきゃない。俺だったらあからさまに背を向けて全速力で逃げ去るわ。

 

「なんだ、2人とも知り合いだったんだ。仲良さそうで何よりだよ」

「別に仲良くはないですよニフサさん。嫌ってるわけじゃないですけど……」

「それには俺も同意……っつか、何用でここに来たんだ君。師匠に何かあるみたいだけど」


 んで、なんか勘違いしてそうな師匠はさておいて置いて。取り敢えずアルルに用件聞かな。話が進まねぇ。


「あ、そうだ。ニフサさん。今日は一つ頼みたいことがあって」


 アルルはそう言うと一つ言葉に間を置く。

 少し悩むような仕草をとるけど、決心がついたのか、すぐに言葉をつづけた。


「箒レース用の箒って、作れますか? 私用に、作って欲しくて」


 その声は、どこかはっきりとした物を感じさせた。

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