1話目 見習い箒職人の現在と夢

 ここは王都、チェントロ。

 国の王が住まい、国の文化や技術の中心地である、いわば「首都」のようなところだ。


 俺ことヴォルケ・ダングスが住んでいるところは、その王都の一角にあるグレイモア領というところだ。ここは華やかな建物が立ち並び、最先端の技術が集まる王都の中にしては比較的長閑なところで、穏やか田園風景が拝めるところでもある。


 故に、のびのびとモノづくりをするにはうってつけのところだ。

 それはすなわち、箒を作るのに最適だという事。長閑で広く場所を確保できるから、広い工房を作れるし、材料調達にも困らない。


「さあぁぁあて今日も頑張るぞぉぉおおい!!」

「ヴォルケ、うるさい。朝、工房に来たら何するんだっけ?」

「掃除っ!」

「ん、よろしい」


 さて、楽しい1日の始まりだ。そう思って思い切り自分に喝を入れる……けど、横にいる師匠、リサ・ニフサに諌められる。

 蒼い髪色にグリーンの瞳。落ち着いていてクールな雰囲気のある、綺麗な女性だ。俺の声が相当うるさいと感じたのか、少し呆れた顔をしている。


 なんだその目。今日も明るく元気よくで頑張ろうとしてんだからそんな目で見ないでほしいな心外だ。


 ……さて、話が少し逸れてしまったけれど。

 取り敢えず掃除じゃ掃除。うちはそれはそれは小さな工房であるから、専門の人などいない。だから俺たちで綺麗にする。


 うん、ちゃんと身の回りを綺麗にすることは大事なことだよな。なんて思いながら、隅っこに置かれているマイ箒(掃除用)を手に取り掃除を始めようと――――、


「ヴォルケ、ストップ。何その構え」

「何って、掃除を始めようとしてるんですがそれは」

「掃除を始めるならなんで、何かを振り抜くような構え、してるの?」


 そう、今俺がしている格好。それはまるで飛んできたボールを振り抜いてかっ飛ばそうとするような構えをしている。


 なんでこんな格好をしてるのかっていうのには、もちろんちゃんとした理由がある。

 それがわからんなんて、貴女本当に俺の師匠か?


「またまた、わかってるくせに。この俺の試作箒第39の23号『爆風! キレイキレイ君』の能力である――――ってなにすんじゃお前ぇ!?」


 突如、近くにあった縄がひとりでに動き出し、俺をグルグル巻きにして拘束する。

 よく見ると、細かい文字で術式が書き込まれている。師匠お得意の術式魔法だ。実はこの人、箒職人であるのと同時に、この手の界隈ではそこそこ有名な研究者でもあったりする。

 

「させないよ。また箒に変な改造施して試すつもりでしょ。この前だって『超硬質箒』なんて変な名前つけた箒作った挙句の果てに工房の壁壊したじゃん。だから絶対に、やらせないよ」

「いやそれむしろ実験成功ってことで褒めてほしいしちゃんと俺が直したじゃ――――っていででででぇぇっ!!??」


 そこまで言うと更に、縄の締まりが強くなる。縄が皮膚に食い込んで激痛が走る……ってガチでいてぇな!?

 美女(といっても30手前)に縛られる男ってホントなんなんだこの絵面!?

 

「う・る・さ・い。私のお気に入りのぬいぐるみ、粉微塵にされたの未だに恨んでるからね。これ以上口答えするならもっと強く締めるけど?」

「くっそ、わかったわかったから! やめっから拘束解いてくれ痛くてしょうがねぇ!」


 これ以上突っかかっても悪い結果しか招かない。そう判断してギブアップの意思を示してようやく、縄を緩めてくれた。

 あー痛かった。皮膚を見ると若干赤く、跡になっている。結構キツくいったな。


「全く。やるなら人のいないところでやってって言ってるよね? 別にアナタのその向上心が悪いって言ってるわけじゃないんだから」

「へいへい、わかりましたよっと。んじゃ掃除、とっとと始めますかね」

「……わかってない。絶対わかってないけど、まぁ良いか。いつもの事だし。さっさと始めよう」


 別にわかってないわけじゃない。ただ俺はその場で100%役に立てる箒を作りたいだけだ。

 だから実験の場が日常的な場所になりがちなだけ。箒レース用の箒とかだったら別のところでやってるさ。


 なんて文句をつらつらと心の中で並べつつ、掃除を始める。

 まぁ、そこまで大きな工房ではないので、2人でやって30分程で終わらせてしまえた。


 さて、これが終われば準備をして、


「さて、箒づくり始めますかね。今日はなに作るんだっけ?」

「ん、日常飛行用の箒が2つと、掃除用の箒が1つだね。まずは木材のカットを主にやってもらおうかな」

「了解。木材はいつものところから持ってくればいいのか?」

「うん。顧客ごとにメモ、してあるからちゃんと見て持っていってね」

「あいよー」


 師匠の言葉に軽い返事を返しつつ、資材置き場へ向かう。

 師匠からもらったお客さんのメモを見つつ、その中から木材を一つ、持っていく。

 これ、遠い東の国から来た木材だ。良い香りのする、俺お気に入りの木材だ。

 

 さて、工房まで戻ってきた事だし頭の中の独り言はこの辺にして。


「集中……っ」


 頭の中の雑念を取り払い、意識を木材に向ける。

 既に作ってある箒の寸法を描いた図面を見ながら、その形になるように木材を削っていく。


 因みにこの図面、俺が作ったものだ。何度か師匠にゃボツを貰ったりもしたけれど……、その分いいものになった気がする。

 だからあとは、この図面通り、完璧に削ってきゃいい。


 そう思って作り始めて、大体2時間くらい経ったろうか。荒っぽくだけど、図面通りに削りおわる。

 あとは細かい粗を削って、綺麗にして……っと。


「うし、できた」

「随分集中してたね。流石」

「まぁな。で、チェックお願いしてもいいすか師匠?」

「ん、どれどれ……」


 師匠は俺がカットした木材を手に取ると、それをまじまじと見つめる。この人結構厳しめだから、大丈夫かどうかちょいと不安なところはあるけれど……。


「ん、いいんじゃないかな。合格」

「っしゃ! 当然!」

「た・だ、箒の先の部分、もうちょっと攻められるでしょ。私だったらまだ丸くできると思うよ」

「ほぅ。具体的にあと何ミリ削る?」

「2ミリ……いや、3ミリは攻めるかな。でもこれはこのままでいいと思うよ。お客さんに出しても大丈夫なレベルにはなってるし」


 どうやら合格点、即ち商品として出せるレベルには達してたみたいだ。まぁ不安ではあったけど、下手なもんではなかったと思うし、当然、とも思える。

 でも、まだまだ課題点もある。一見ネガティブなようだけど、それはこれからまだ成長できるという証左だ。


「なるほど、より精密性を重視すべき……と。おっしゃ次も頑張りますよぉぉぉぉおお!!」

「急に大声出さないで……。でも、本当にアナタの箒に対する熱意とセンスには驚かされる。これで今朝みたいな奇行がなければ……」

「奇行言うな。これも全て俺の目標とする世界最高の箒職人に向けた重要なプロセス……」

「ハイハイ。わかったからとっとと次やって」


 軽くあしらうな。話の途中じゃ話の。俺の崇高かつ偉大な目標について話させろってのよ。

 でも、この人もこの人で理解してくれちゃいるんだろう。だって俺のこの夢を聞いて、笑ったことなんてただの一つもなかったし。


 だから俺は本気で目指す。

 世界最高の箒職人になるって夢を、な。


 リサ師匠や親父以上の箒職人に、俺は絶対になってやる。

 そう心に誓って、今日も俺は自己研鑽に励んでいる。

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