時空超常奇譚其ノ壱〇. NEVER END/東京パラドックス

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚其ノ壱〇 NEVER END/東京パラドックス

 小泉律子はいきなり目覚めた意識が混乱していた。夢なのか現実なのか区別のつかない感覚、掴もうとして掴めないそこにある何かそして意識に語り掛ける誰か。おそらくは、夢に違いないその感覚は、心地良くはないが吐き気をともなう程ではない。

 ベッドの横にある時計の針は深夜3時を指している。今し方、頭を揺らした誰かの声が、唯の耳鳴りでない事は直ぐに理解できた。何故なら、それは明らかにはっきりと人の言葉として発せられていたからだ。やけに現実味を帯びた女の声を、まだ生々しく覚えている。

 中途半端に睡眠を区切られた時の異常な気分の悪さ。それでも覚めた小泉律子は、TVのスイッチを押して何となく画面を見つめた。意識は薄く惚けている。

TV画面では、チョビ髭と麦藁帽子に上半身裸という怪しさの際立つ格好の番組司会者と、殆ど裸と言われそうなビキニ姿のアシスタントの女が、妙に高いテンションで喚いている。

「真夜中に、パンチョ田中がお送りする世界不思議テレビの時間です。今日は、皆さんにとても奇妙な物をご紹介します。これです」

 チョビ髭男は、銀色に輝く1m程の金属的球の写るフリップ写真を見せた。隣から覗き込む軽薄を絵に描いたようなスカスカの軽薄アシスタントの女は、当然のように小首を傾げた。

「パンチョさん、これは何ですかぁ?」

「見た通りです、これは銀色の金属の玉ですから、おっぱいでもスイカでもはありませんよ」

 男のスベリネタが、更に不快指数を上げる。

「このところ、ニューヨーク市内の建築工事現場で、これと同じピッカピッカの球が沢山発見されています。今までに発見された玉は、なんと131個。いきなり空中から光に包まれて現れたという話もあるんですが、殆どはきっちり地中1mの場所に埋められて発見されています。まず何と言っても凄く不思議なのは、この鉄球が真球率99.9999%の玉だという事です」

「真球率ぅ?」

「まんまるって事ですよん」

 またも、スカスカ軽薄女が首を捻った。

「パンチョさん、まんまるの鉄の玉の何が不思議なんですかぁ?」

「ヒントは、真球率99.9999%のこの玉を造る技術は、世界中、地球上、探してもどこにもない、つまり現代の技術力では誰にも造れないという事です。それだけじゃなく、この金属も地球上には存在しない合金らしいんです。何とハンマーで叩いてもキズ一つ付かず、レーザーでやっと切断できたらしいんです。そして、もう一つ不思議なのはこの玉の中身が木だという事です」

「金属なのに木ですかぁ?」

「そう、木なのに金属、金属なのに木です」

「意味がわかりませんよぅ」

「簡単に言うと、金属の中に木が入っているって事です」

「何だぁ、そういう事かぁ」

「USAマサチューセッツ工科大学考古学研究所が、この玉の中身の木材を詳細に鑑定して、これがどこにでもある唯の杉である事がわかっています。また、C14炭素年代測定法の測定結果からわかったのは、この杉が切ってから一年も経っていないという事です」

「パンチョさん。この玉は、結局何ですかぁ?」

「さあ、わかりません」

「えぇ、わからないんですかぁ?」

「でも、地球上の誰にも造れないこの不思議な玉を誰が造り、何の目的で地中に埋めたのでしょうか。そ・れ・は・アナタの想像次第です。ではまた明日の深夜に同じチャンネルでお逢いしましょう、パンチョ田中でした」

 不快なチョビ髭面がCM画面に切り変わった。深夜のバラエティー番組だからなのか、謎の解明がされないままの歯切れの悪い結末に、小泉律子は嘆息した。

 TVCMが終わったと同時に、ニュースが始まった。英語混じりのそのニュースは、人類史を飾る輝かしいものだった。

『Houston, Tranquility Base here, The Eagle has landed. That is one small step for a man, one giant leap for mankind.』

『ヒューストン、こちら静かの海基地、イーグルは舞い降りた。これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である』

 西暦1969年日本時間7月21日午前11時56分、アメリカの威信を賭けた大偉業アポロ11号は月着陸船LM-5EAGLE号による世紀の月面着陸を成し遂げ、人類は小さな、そして偉大な一歩を月面に記した。

 世界中の人々は、アメリカ航空宇宙局NASA、そしてアームストロング、コリンズ、オルドリン、三人の宇宙飛行士達の功績を称え、TV画面に映し出される現実となった未来への輝く希望に胸を躍らせた。そして人々の未来への希望を象徴するかのように、大阪から満を持して世界に向けて開催する日本万国博覧会EXPO'70の晴れやかなインフォメーションが街の至る所に溢れた。そんな日本の真ん中で、唐突に、誰も予想もしていないその事件は起きた。

 急遽画面に映ったアナウンサーが興奮気味に事件のあらましを伝えている。

「MHK臨時ニュースです。昨夜未明、東京都千代田区にある日比谷公園に巨大な銀色に輝く球形の物体がいきなり出現し、大騒ぎとなっています」

 それは突然だった。正体不明の球形の物体が、忽然と東京の中心部に現れたのだ。世界的な大偉業であるアポロ11号の輝かしい歴史的快挙を一息で吹き飛ばし、胸躍る世界の祭典である大阪万博を後ろ脚で蹴散らす奇怪な事件が東京都内で起きたのだった。いきなり背後から後頭部を殴られたように慌てふためいた各TV局は、月面着陸と万博の特番を放り投げ、早朝からその奇妙な事件を繰り返し伝えた。ニュースを読むMHK、民放各局のアナウンサーが、突然の事件勃発に動揺している。

「ニュースです。昨夜日比谷公園に巨大な銀色の物体が出現しました。現在この巨大な物体が何なのか、専門家による検証が続けられていますが、詳しい事はわかっていません。皆さん、日比谷公園には決して近づかないでください、危ないですから絶対に近づかないでください」

 TV画面には、謎の物体によって無造作に薙ぎ倒された日比谷公園の樹木の一部が日比谷通りに突出し、周辺が交通渋滞の為に通行止となっている様子が映し出されている。

「アポロ月面着陸特番の時間ですが、臨時ニュースをお伝えします。昨夜日比谷公園に出現した謎の物体により日比谷通りは通行止めとなっています、周辺の方々は気をつけください。尚、物体の詳細は不明ですが、目撃した男女によれば昨夜いきなり小さな光る玉が空に現れ、次第に巨大な玉となって輝いたとの事です」

 TV各局は、世紀の月面着陸、夢の祭典そっち退けで事件を伝えている。

「突然ですが、臨時ニュースをお伝えします。昨夜未明、日比谷公園に着陸した巨大な謎の物体により日比谷通りは、以前として通行止めとなっているものの、周辺には沢山の人々が集まっています。尚、銀色の球状の物体の正体は未だ不明です。政府は万一の事態に備えて自衛隊を日比谷公園に派遣しました。既に自衛隊戦車部隊が謎の物体を取り囲んでいる模様です」

 巨大な謎の物体に、東京の中心街は騒然となった。人々は「きっとどこかの星から飛来した宇宙人の空飛ぶ円盤に違いない」「宇宙人が乗っているに違いない」「宇宙人が地球侵略に来たに違いない」と興味津々に噂したが、その正体を知る者も知る手掛かりもなかった。

 宇宙人の地球侵略用宇宙船と噂される正体不明の物体が出現した日比谷公園は、完全封鎖され謎の物体を自衛隊戦車部隊が取り囲んでいたが、緊迫した状況を他所に日比谷公園の外周にはマスコミや謎の物体を一目見ようとする興味本位の野次馬達数百人が集まり、屋台や奇妙な物売りまで出てごった返していた。

 何かを暗示するかのような鈍よりとした空に、全てを威嚇する複数の自衛隊戦軍用ヘリが旋回を繰り返していた。

 東銀座にある日刊新日本スポーツ新聞本社編集部でも、ご多分に漏れず朝から蜂の巣を突ついたような騒ぎになっていた。収拾のつかない日比谷公園の様子が映し出されるTVの前で、丸刈りボウズに半袖開襟白ワイシャツ姿の室井翔太は事務員のオバちゃん達に囲まれてニュースに見入っている。

「昨日の夜、日比谷公園に空飛ぶ円盤が飛んで来るのを見た人がいたんだってさぁ」

「そうそう。夜の日比谷公園でさ、見たんだってさ」

「本当かねぇ」「信じられないねぇ」

「そりゃアンタ、誰も信じないわよ」

 事務員のオバちゃん達は、TVを見ながら姦しく噂している。その横で、ボウズ頭は不思議そうに訊いた。

「何で信じられないんですか?」

 オバちゃん達は、そんなもの当然だと言わんばかりに答えた。

「当たり前じゃないのさ、夜の日比谷公園にいるアベックが空なんか見てる筈ないじゃないよ」

「そうだわよ、夜の日比谷公園なんだからさ」

「ない、ない」

 嬉々としてオバチャン達が話し続けている。

「こらぁ、翔太」

 TV画面を見ながらオバチャンの説明に何となく「あぁ、なる程」と頷くボウズ頭と、オバちゃん達の噂話を一刀で断ち切るように、興奮気味の嗄れた声が叫んだ。

「翔太、何故お前がここにいるんだ、先輩の真神は疾の昔に現場に行っているぞ」

「あっ、はい。今、行きます」

「遅い、遅過ぎる。今まで一体何をやっていたんだ。莫迦者」

「直ぐ行くって言ってるじゃん」

「何だと?直ぐに行け、とっとと行け。但し、車は使うな、渋滞で動かんぞ」

「はいはい」

「はいは一回だ、バカ野郎」

 昨年入社したが今年も新入社員扱いの室井翔太は、怒り狂う編集長矢追准一の小言を振り切って、宇宙人来襲の現場へ急いだ。室井は妙な興奮を覚えていた。昨夜までまったりとした平面的な日常の先に心躍るアポロ11号と、大阪万博の輝く未来が続いていた筈だった。昨日の夜も、アポロ11号特番を見ながら大阪万博の特集記事を纏めていて、殆ど寝ていない。だが次の朝、そこには前日とは余りにも違う異様な日常が待っていた。寝惚け眼でスイッチを入れたTVは朝から、どの局も日比谷公園の謎の物体の話題一色に染まっていた。

「これじゃぁまるでドラマか映画のようだ、あの空飛ぶ円盤みたいな物体から火星人でも出て来るのかな」室井はそう呟いて、自分の言葉に吹き出しそうになった。

 SF映画や子供番組じゃあるまいし、どこかの星から宇宙船が飛んで来たり、宇宙人がひょいと顔を出したりする事などあり得ない。何故なら、この広大なる宇宙の中で、数十光年も数百光年も離れた恒星系の惑星に住む宇宙人が、わざわざ宇宙を渡って地球くんだりまで来る理由がないのだ。

 そもそも、こんな小汚い地球に宇宙人が何しに来るというのだ。地球侵略に宇宙人がやって来るのはTV番組の中だけで、宇宙人の地球侵略など現実味に欠けている。室井はそんなことを考えながら営団地下鉄線東銀座駅の階段を駆け下りた。

 事件現場の日比谷駅までの地下鉄は予想通り異常な混雑を見せていた。電車内で噂する人々の声があちこちから聞こえて来る。

「アレは一体何だろうな」「絶対宇宙人の宇宙船だぜ」「いや、違う。中に蛸みたいなのがいるらしいぜ」「火星人みたいな宇宙人か」「いや違う、ソ連か中国の国の秘密兵器だって噂だぜ」「いや、やっぱり、宇宙人に違いないぜ」「いや、ソ連の侵略兵器に違いない」「アポロの月面着陸に対抗するソ連の新型爆弾だってTVで言ってたぜ」「違う、絶対宇宙人の宇宙船だ」

 結局、謎の物体の正体を知る者などいる訳もなく、噂が噂を呼び銀色の謎の物体から何かとんでもない生物が出て来るような、真しやかで根拠のない噂話が飛び交っているのだった。

 営団地下鉄日比谷駅に着いた。北口から階段を駆け上がって息を切らせて地上へ出ると、既に幹線道路は封鎖され、物々しくあちこちに警察官が立ち、日比谷公園への立ち入りも当然のように遮断されていた。ニュースで見た通り周辺には沢山の人集りと幾つもの色とりどりの屋台が見える。一見すると盆踊りでも始まるのかと勘違いしてしまいそうな賑わいなのだが、明らかに違う光景がそこにあった。

 道路沿いに出店する屋台の背後、薙ぎ倒された樹木の影に黒光りする自衛隊61式戦車部隊の52口径90mm戦車砲が並んでいる。その向こうに、銀色に輝く山のようなアーチを描く球形の物体の上部が木々の上から飛び出して見えている。山の高さは近傍に聳える東京タワーの半分程度と推測された。捉えどころのない静かな緊張感が、夏の風に乗って日比谷公園に流れている。

「あれが宇宙人の空飛ぶ円盤なのかな?」独り呟く室井に、「おぉい」と道路の向こう側から呼ぶ声がした。赤と青の屋台のかき氷の旗が風に揺れる横で、白いカップを持ちながら手を振る男が室井を呼んでいる。

「室井、こっちだってばよ」

「あっ真神先輩、そんな所で何してるんですか?」

「何って、取材に決まってるだろがよ」

 サクサクとかき氷のブルーハワイを食べながら、気の抜けた炭酸水のような声の真神新一が言った。天然パーマに丸い金縁メガネ、顎鬚を生やして真っ白なTシャツにGパン姿でカメラを肩に掛けた真神は、かなりオッサンぽく見え、室井翔太の3つ年上とはとても思えない。

「かき氷なんか食べながらですか、随分と悠長な現場取材ですね」

「煩ぇな、くそ暑い夏はかき氷食うって決まってるだろ。編集長みたいに細かい事を言うなよ」

 真神は文句を言いながら、青く染まった舌を出した。

「そんな事より、アレって凄く大きいですよね、どれくらいなんですかね。100mくらい?」

「いや、そんなもんじゃない。直径153.03メートルの球体だよ」

「何でそんなに詳しいんですか、唯の嘘っぱちですか?」

 室井は胡散臭そうに真神に言った。

「嘘っぱちって何だよ、警察が来る前に俺が測ったに決まってんだろ。一人で153メートル測るのは大変だったんだぞ」

「じゃぁ先輩、アレの正体は何ですか?」

「アレか?」

「そう、アレです」

「アレなぁ、アレはなぁ、アレだよ」

「だから、アレって何ですか?」

「あのなぁ、そんなモンわかる訳ないだろがよ」

「でも真神先輩、確か東大出ですよねぇ」

「東大出ようが、ハーバード出ようが、MITだろうが、わからないもんはわからないだろよ」

「東大出てたら何でもわかってほしいですよね。バカでも税金で大学出てんだから」

 室井は誇らしげに胸を張った。

「お前東大に恨みでもあるのかよ。ここに集まった何百人の人間の内、誰一人としてアレが何なのかを知らないんだぞ、俺にわかる訳ねぇだろがよ。そうだろ梅、なぁ珠ちゃん」

「そりゃそうっすよ。そんなモン、当ったり前ぇじゃねぇっすか」

「はい、焼きそば三つ。熱いから気をつけてね 」

 真神と室井の左後ろから若い男女の声がした。両腕から彫り物が見える梅と呼ばれる金髪ボウズのテキ屋の若者が、真神の問い掛けに焼きそばを手際良く焼きながら即答した。隣で忙しそうに応対する茶髪で愛嬌のある若い女が頷いている。

「アナタ達は誰ですか、先輩の知り合い?」

「兄貴、何ンすかこのチンカス野郎は?」

「会社の後輩だ」

 テキ屋の若者がちらっと室井に厳つい目をやると、室井は緊張した顔で思わずぺこりと挨拶をした。

「俺ぁよう、浅草青龍会の小泉梅太郎ってモンだよ。こいつは俺のカミサンで珠子」

 茶髪の女が右手を小さく振った。

「梅は、浅草で100年続くヤクザ、浅草青龍会の11代目組長だ」

「ヤクザの、く、組長?」

「まだ見習いだけどねぇ」「煩ぇ」

 間髪入れずに珠子が茶々を入れ、後ろ手を振りながら屋台の奥に引っ込んだ。

「因みに、こいつ等は東大法学部出で、二人とも弁護士資格を持ったヤクザだ。序に浅草青龍会USインターナショナルの会長・副会長でもある。US支部長はMITの教授、会員は殆どが学生だ」

「USインターナショナルって何ですか?」

「まぁ、ヤクザのアメリカ支店みたいなもんだな」

「ヤクザで、東大出で、弁護士で、アメリカ支店ですか?意味がわからない」

 世の中にそんなものがあるのか、そんな顔の室井の理解が螺旋を描いて宙を舞っている。

「しかも、梅の親父は国会議員、兄貴と弟は区議会議員。珠ちゃんの親父はアメリカ日本大使館の統括参事官、兄貴二人はMITの助教授だ。どうだ凄いだろ?」

 それがどれ程凄いのか、頭からつま先まで一般人代表の室井には見当もつかない。

「真神の兄貴と比べりゃ俺等なんか屁みたいなもンっすよ」

 室井は、会話しながら決して焼きそばを焼く手を休めない梅のプロの手捌きに感心し、思わず魅入っている。

「だからな、チンカス。あれが何かなんざ誰にもわかる訳ねぇんだ。真神の兄貴が言ってんだから間違いねぇんだよ、わかったか?」

 室井は、テキ屋の妙な理屈に納得した。

「そうだ、珠ちゃん。いつものようにアレ頼んだよ」

「了解です。多分明日中にはあっちこっちからレポートが来るから、出来る限り早く纏めまぁす」

 真神が慣れた口調で珠子を呼ぶと、屋台の奥から珠子の人懐こい声がした。

「でもな室井、俺にはどうしてもアレが宇宙人の空飛ぶ円盤には思えないんだ。アレはな、空間から一瞬で現れたんだぞ。一瞬だぞ、一瞬」

「空間から、現れた?」

 室井は首を傾げた。

「そうだよ。昨日の夜中、と言っても0時過ぎていたから今日なんだけどな。空間から丸い白い光が現れて、暫く浮いていたと思ったら、いきなりアレになったんだ。凄いだろ?」

 真神は興奮気味に得意げな声で語った。室井には何がどう凄いのかさっぱり、全くわからない。

「正体は何ですかね。日本のどこかにカルト集団でもあるのかな?」

 真神の話など端からいい加減でしか聞いていない室井は、得意げな顔の真神の予想に反していきなりマニアックな持論で応戦した。

「何だ、そりゃ?」

「世界の終末を信じるカルト宗教集団が世界中にあるんです。そういう集団なら何を造っても決して不思議じゃないですよ。この前アメリカでそういうカルト宗教団体の事件があったじゃないですか、東大卒のくせにそんな事も知らないんですか。ちゃんと新聞読んで空飛ぶ円盤とカルト集団を理解しましょうよ、仮にも東大卒の新聞記者なんだから」

 目前の状況と東大卒新聞記者、そして宗教団体との関係と脈絡が迷子になっている室井の話が続く。

「きっと、多分、間違いなく日本に存在するカルト宗教集団の仕業です。でも、何故いきなりこんな日本の真ん中に現れたんだろう。不思議だな」

「俺にはお前の頭の中の方が余っ程不思議だけどな」

 真神は嘆息した。

「先輩、きっとそうに違いないですよ。カルト宗教集団の仕業です」

 室井は、しつこく訴え掛けるような目で真神を見つめている。

「やめろ、気持ちが悪い。俺はそっちの気はない」

「そんなの僕にだってないですよ」

 真神は再び得意げに話を始めた。

「それより室井、面白い事教えてやるよ。俺は日比谷公園に警察がピケを張る前にアレの直ぐ傍まで近づいて見たんだけどな」

「警察がピケを張る前って、随分早いじゃないですか?」

「まず・」と、真神がしたり顔で言った。

「アレの上部横にAG269という文字らしきものが描いてある。勿論意味はわからないんだけど、アルファベットと数字にしか見えない。それからな、アレは今も地上から50cmくらい浮いているんだ。そんな事が出来るアレの科学力は、お前の言うどっかのアホなカルト宗教集団なんてレベルじゃない」

 室井は怯まない。

「じゃあ、やっぱり宇宙人の来襲でいい。宇宙人が地球に来る理由は特にないけど、広大な宇宙の中の科学が進んだ星から、偶然に地球侵略に来たんだ。宇宙人来襲だ」

 随分と方向転換が早い。室井は、自ら発した言葉に酔いながら目を輝かせている。

「偶然の地球侵略なんてある訳ないだろがよ。多分、お前みたいなのが子供から『馬鹿な大人』って呼ばれるんだろな」

「馬鹿じゃないですよ、僕はあの○大ですよ」

 室井が自らの学歴に胸を張った。

「俺には「あの○大」の意味がわからないが、お前の学歴なんかより、俺にはアレが宇宙から来た空飛ぶ円盤やら宇宙人なんかじゃなくて、案外もっと身近なもののような気がするんだよ。根拠はないけど」

「身近なものって何ですか?」

「アレから子供の玩具みたいな匂いがしたんだ」

「アレが子供のおもちゃですか?玩具ねぇ、カルト宗教集団の玩具、宇宙人の玩具、大人の玩具、南極2号……」

 室井の思考回路は既に宇宙人の侵略を受けているのだろうか、破壊的な混乱を来している。

 かなり遠方からでも日比谷公園から飛び出した山のような謎の球体の上部が見え、今にも動き出しそうな不気味さとお祭り騒ぎの野次馬達のざわめきが、可笑しなコントラストを醸し出している。

「ところで先輩、何で東大出たのにウチみたいな三流新聞社に入ったんですか?」

 混乱に紛れて室井が話を振った。

「さぁな。多分、神様がそう決めたんだろうけど、お前だって同じ三流新聞社の社員じゃないかよ。焼きそば半分食うか。何だ、食わないのか」

 真神は、焼きそばを口いっぱいに頬張りながら、ブルーハワイの青い舌と青海苔のついた歯を見せて呑気な声を出した。

 突然、人々が何かにざわめく声がした。

「何だ、何か始まるのか?」

 日比谷公園に出現した球体の正体だけでなく、更に何かを予感させる新たな展開に騒ぎ始めた人々の視線は、前方の一点に集中した。

 注目する人々と、いつの間にか真神の焼きそばを横取りしながら凝視する室井の視線の先に、数台の白い車に先導される一台の黒塗りの大型国産車が見えた。そこからの展開は読み難く、その分だけ「何かが始まる」という人々の期待は膨れ上がり、人々は固唾を吞んで見据えた。

「先輩、あの車は何ですかね?」

「さぁ、何だろな」

 ごった返す人々の間隙を無理やり縫って前へ出た三台の車。その内の最後部の黒塗りの大型車は、白い先導車を追い越して前へと進んで行った。意図的で強い意志を持っているように見える。

 車は謎の球体の前で停止した。そして、後部ドアから降りた一人の白髪の男は砲口を向ける自衛隊戦車部隊を盾にして、黙秘を続ける奇妙な球形の物体に向かって強い調子で呼び掛けた。その叫びは、正体不明の相手への初期対応とは思えない、事前に十分に練られた一義的行動のように感じられた。

「球体の者達に告ぐ。私は警視庁特別警邏隊本部長の白内という者だ。応答しろ、応答しなければ今より直ちに攻撃を開始する」

 まるで正体を知っているとでも言うような、一方的に発せられた何の脈絡も合理性もない挑発的な言葉は、日比谷公園の樹木の間を勇壮に飛び交い木霊した。

真神は耳を疑った。

「「いきなり出て来い」って何だよ、何でそうなるんだよ、何か起こったらどうすんだよ?」

 真神は納得がいかない。そもそも、まずは正体を知るべき謎の物体に対して唐突に「出て来い」と呼び掛ける意味などあるのだろうか、しかも日本語で。謎の球体が宇宙人の船だと仮定しても、日本語を理解するなど到底考えられない。ましてや、人工的に造られたように見えるとは言っても唯の丸い鉱物かも知れないその物体に、天下の警視庁が「何者だ?」と言っているとしたら滑稽でさえある。

 真神は理解できない事の連続に、少なからず困惑した。

「今より直ちに攻撃する」の言葉に連動して、「危ないから下がって、下がって」と叫ぶ警察官が緊張気味に日比谷公園を取り囲む人々を一斉に退ける声がすると、自衛隊戦車部隊が己の力を誇示する機械的で無機質なキャタピラー動作音を響かせた。

暫くして、キャタピラー音に驚いた人々はキャタピラー音に被せるように響く何かの音を聞いた。

 戦車が動く度に、キャタピラーの超高音に合わせて地に響くような奇妙な重低音が聞こえる。それが戦車に付随する機械音なのか、或いは違うのか誰にもわからないのだが、戦車の動作音に一拍置いて聞こえるその音は明らかに異質でかなり奇妙な感じがする。

「何だ、あの音は?」「何だ?」「何だ?」「何だ?」

 また、その音はした。唸りにも聞こえる。

 周囲の誰もが息を凝らし、耳を欹てて成り行きを見守っている。戦車の動作音と奇妙なその音以外に何も聞こえない静寂が辺りを包み込んだ。

 また々、その音はした。音がする度に一斉に集中する人々の耳には、それは戦車からではなく間違いなく目の前のその謎の球状の物体からの音として聞こえて来る。そして、戦車が動作を停止した後もその音はやむ事はなく、一層大きく唸りとなった。

「真神先輩、アレから聞こえて来るあの音は何ですかね?」

「さぁ、何だろな。でも間違いなく自衛隊の戦車に呼応しているよな」

「という事は、あの物体には何かの意識が働いているって事ですよね?」

「まぁ、そういう事だな」

「やっぱり宇宙人なのかな?」

「いや、多分宇宙人じゃないな」

 真神の言葉に根拠はない。「何で・」と言い掛けた室井の言葉を、野次馬の驚嘆のが掻き消した。人々の叫声の意味は直ぐにわかった。

 何事かと目を凝らす二人の目前で、鎮座する球体が一気に10m程上昇したのだ。

 球体を見据える二人は口を開けたまま、唯々次の展開を傍観する以外にない。下横方向から見える球体はその全体を周囲に誇示している。

 想像を超えた展開は更に続いた。人々が凝視する中で中空に浮いている球体。その四隅にある円形のドアハッチらしきものの一つが開いたのだ。どうやら球体は宇宙船の類であり、円形のドアハッチは乗降用の出入口と思われる。それは確実に何かが出現する予感を抱かせた。

「何が出て来るのか?」と人々が声を押し殺して凝視する中で、遂にそれは起きた。

 人々は「あっ」と声を上げたまま硬直し、それ以上の言葉を失った。出入口部分から薄緑色の光に包まれたタラップが降り、中から白い服を纏ったヒト型生物が右手を上げながら姿を見せたのだ。頭部はヘルメットのようなもので覆われて細部は定かではないが、その姿は極一般的な地球人の成人男性と変わらず、明らかにヒト型の生物である事を示している。

「宇宙人だ」「宇宙人が出てきたぞ」「宇宙人だ」「宇宙人だ」

 その姿に、言葉を失していた人々は一斉に叫び声を上げた。驚駭と畏怖に顔色を失い、身震いして総毛立つ人々の声が響いた。

 それは予想を超えた衝撃的な光景だった。だが、騒然とする状況を有無を言わさず振り払う事態が起こった。球体を取り囲む警察官達の短銃と戦車部隊の砲身が、叫ぶ人々など歯牙にも掛けず、一斉にヒト型生物を照準に捉えたのだ。

「砲撃、用意・」

 戦車隊の砲撃が開始されようとするその時、更に仰天する事態が起きた。

 何と、宇宙人が叫んだのだ。

「ま、待て、撃つな」

 再び、人々の叫声と驚声、悲鳴そして状況を理解出来ないざわめきと不安がその場を包み込んだ。それは当然の事だった。正体不明の謎の物体からヒト型生物が出て来ただけでも驚きなのだ、しかもその生物が言葉を叫び、それが流暢な日本語だったのだから。

 それは意識に語り掛けるテレパシーの類ではなく、紛れもない言葉である日本語だった。宇宙には日本語が堪能な宇宙人がいるというのだろうか。それとも日本語に対応出来る翻訳機でもあるのだろうか。いや、そんな事など決してある筈はない。この宇宙には我々の想像を超える数の星々があり、それ以上の数の宇宙人が存在しているに違いない。 例えそうだとしても、いきなり日本語を話せる宇宙人がいる可能性は限りなく低い。

「宇宙人が喋った」「宇宙人が日本語を喋ったぞ」「宇宙人だ」「宇宙人が来た」

 混乱と興奮の坩堝と化した日比谷公園。人々の歓声はいつまでも終わらない。真神も室井も突然の事態に驚きを隠せない。

「ビックリした。今、あの球体から出て来たヒトのような生物が日本語を喋りましたよね。何故、宇宙人が日本語を喋るんですか?」

「あぁ、驚きだな。あれは間違いなく日本語だ」

「じゃあ、やっぱり宇宙人?」

「いや、あれは宇宙人じゃない」 真神は確信を持って言った。

「だって、あそこに人間みたいな宇宙人がいるじゃないですか。何故、先輩はあれが宇宙人じゃないと思うんですか?」

「アレが宇宙から来ていないからだ。突然日比谷公園に現れたんだよ」

 室井がおばちゃん話の知識で反論した。

「でもそれは、昨日の夜ここでイチャついてたノータリンのアベックが見たっていうアホでいい加減なホラ話でしょ?」

「それがさ、いい加減なホラ話じゃないんだよ」

「何故、そう言い切れるんですか?」室井は真神の言葉に首を傾げた。

「簡単だ、そのアベックの片方が俺だからだ。ちなみに女は経理課の小泉律子だ」

「えっ、小泉律子さんは社長のお嬢さんで、皆の憧れの女性ですよ」

「煩いな、本当なんだから仕方ないだろ。それに俺は疚しい事はしてない。ちょっとだけ触ったか。でもあれは俺のせいじゃない、不可抗力だ。たこ焼き食うか?何だ、食わないのか。熱ちちっ」

 真神は「小泉律子なんかどうだっていいだろ」と言いたそうな顔で、隣の屋台で買ったタコ焼きを一気に頬張った。

「くそっ。何で、あんな綺麗な女性がこんな天パーの変態野郎の毒牙に掛かるんだ」

「何言ってんだお前、頭大丈夫か?」

 虚しく、何の意味もない室井翔太の絶叫が風に乗って飛んでいく。

 警視庁白内は、日本語で叫ぶ謎の生物の登場を冷笑するかのように、再び拡声器で球体に向けて語り掛けた。

「聞こえるか、中にいる者全員に告ぐ。今直ぐ大人しく出て来い、出て来なければ直ちに攻撃する」

 否応なしの対応に、姿を見せた日本語を話すヒト型生物は躊躇した。次の瞬間、短銃の鈍音と同時にヒト型生物の足下で、銃弾の跳ね飛ぶ甲高いがした。その音にヒト型生物はその場で飛び上がり、怯えたように慌てて中に引っ込んだ。そして、扉とタラップを閉じた後、ヒト型生物がそれきり二度と出て来る気配はなかった。白内の声がした。

「唯今より砲撃を開始する。発弾用意・」

「砲撃?おいおい、まだ何も確認出来てないだろ。何で砲撃なんだよ。あのジジイ、頭がイカれてんのか?」

「先輩、何かどうなったんですか?」

「やめろ」と真神は思わず叫んだ。

「先輩、何をそんなに興奮してるんですか?」

「何でって、ヒト型生物が出て来て日本語喋ったんだ。お前アレが何なのか知りたくないのか?」

 謎の球体は何なのか。日本語を話すヒト型生物は何者なのか。正体のわからない相手に自衛隊がいきなり攻撃を仕掛けるのは何故なのか。事態を理解できない室井の隣で、蟠る思いで真神は只管叫んだ。真神の声が虚しく響く中、空を突き抜ける白内の乾いた声がした。

「撃て」

 TVでは、番組を中断して日比谷事件の続報を伝えていた。

「突然ですが、臨時ニュースをお伝えします。昨夜未明に日比谷公園に現れた 正体不明の巨大な球体を自衛隊が包囲していましたが、唯今入ったニュースによりますと、包囲していた自衛隊戦車部隊が謎の球体に砲撃を開始した模様です。自衛隊が謎の球体に砲撃を開始しました」

 TV画面に、轟音とともに地面が揺れ、謎の球体が激しい爆光と爆煙に包まれ、日比谷公園を取り囲んでいた人々が一斉に逃げ惑う姿が映った。真神と室井は、一旦新橋駅方向に退避したが、新橋駅まで来ても耳を劈く砲弾の爆裂音が響き渡っていた。

「室井、写真は撮ったか?」

「はい、バッチリです。でも何故自衛隊はいきなり攻撃したんですかね?」

「わからない、例えどんな理由があろうといきなり攻撃する事に合理性なんかない。許せない、絶対に許せる事じゃない」

 強圧的な言葉と短銃で挑発した直後に、自衛隊の攻撃は開始された。その状況は、まるで知った相手に最初からその気だったようにしか見えなかった。

「宇宙人じゃなくて、どこかの国の秘密兵器だからですかね。ソ連とか・」

「そうかも知れないが、それにしても・」

 自衛隊が有無を言わさずに攻撃した理由は皆目見当がつかない。あの銀色の球体の正体は何なのか。日本語を発したように聞こえたヒト型生物は何なのか。自衛隊がいきなり発砲するのは何故なのか。相手の正体を確認する前に消し去ろうとする意図があるとしか思えない、その理由は何なのか。真神は、思考を超えた何やら確実に裏がありそうな事態に興味を惹かれながら、同時に政府自衛隊の対応に憤りを隠しきれなかった。

「先輩、明日の朝刊一面は『自衛隊疑惑の砲撃』で決まりですね?」と室井が無邪気に微笑む隣で「当然だ」と真神は意気込んだ。

「あああっ先輩、あれ」

 室井が指差す先に赤い何か巨大な物体が見えた。その物体に向かって大勢の人々の歓声が聞こえて来る。ビルの隙間から見えている上空に燃え立つように輝きながら垂直に浮き上がっていく赤い炎に包まれた光の球、それがあの謎の球体である事は簡単に判別できる。

「何故、あれだけの攻撃を受けて飛べるんだ?」

「あっ先輩、あれ」

 室井が再び叫んだ。眩しい輝きを放つ燃え立つ光の球は暫く中空に停止した後、下部から押し出すように直径10m程の茶色い玉を出現させた。

「あっ出た、出ました。またまた正体不明の茶色い何かが謎の物体から出ましたぁ。出たぁ」

 近くのAMラジオから、アナウンサーが大興奮で実況する声が聞こえた。

「先輩、あの茶色い玉は何ですかね?」

「さぁ、何だろうな」

「何だか丸くて茶色いウン○、じゃなくてタマゴみたいですね。あっ」と、再び室井の驚く声と同時に周辺から大勢の人々の驚愕する声が聞こえた。

 突然、謎の球体の姿が消えた。球体は現れた以上のインパクトを残して、突如として消えた。次々と起こる新たな疑問に首を傾げ続ける真神と室井の前で、謎の球体は何も語る事なく消え失せたのだ。茶色いタマゴを残して、空中で赤く輝いていた謎の球体だけが戦車部隊を嘲笑うかのように忽然と消えた。それは自衛隊の砲撃で消滅したようには見えなかった。

 残された謎の物体、茶色い卵は、地上30m程の高さまで上昇し、浮遊したままでユラユラと南東の方角へと動き出した。

「あっ、動いた。動き出しました。茶色い何かが動き出しています、茶色いウン〇、じゃないタマゴが動いています」

 ラジオのアナウンサーは、興奮状態のまま実況を続けている。茶色い卵型の何かは、ビルの谷間を抜けて海の見えるお台場海浜公園まで来ると、何らかの意思を示すように急に動きを止めた。そして、徐々に高度を下げ海中に姿を消した。

「臨時ニュースです。日比谷公園のあの正体不明の謎の物体が自衛隊の攻撃によって吹き飛びました。またその直前、茶色い卵状の物体が新たに出現しましたが、これも自衛隊の攻撃によりお台場の海に沈められた模様です。もう何も心配はありません、自衛隊によって全て問題は解決しました」

 ニュースとは裏腹に、政府はP2J対潜哨戒機、哨戒艇、潜水艦を出動させ、空と海から茶色い卵を必死で追ったが、その行方を捉える事は出来なかった。

事件の結末に人々は混乱した。何がどうなったのか。何が起きたのか。そもそもあの球体は何だったのか、あのヒト型生物は何だったのか、あの茶色い卵状の物体は何だったのか。

「やはり宇宙人だったに違いない」「やはり宇宙人の地球侵略だったに違いない」

「宇宙人の秘密基地が既に東京湾の中に建設されているのだ」

「いや違う。ソ連の秘密兵器が自衛隊の攻撃に負けて茶色い玉で海から逃げたのだ」

人々は、あれこれと勝手な想像を口々に噂したが、TV、新聞、マスコミ各社は挙って「正体不明の物体は宇宙人の空飛ぶ円盤ではなく、アポロ11号に対抗するソ連の新型秘密兵器だった」と繰り返し報道した。

 そして、タイミングを計ったように日本政府は国民に対して「自衛隊の攻撃が危険な物体を粉砕し、危機は去った。最早、何も心配する必要はない」とする公式発表を行った。だが、いつまでもその正体が明かされる事はなかった。

「結局アレは何だったのか?」「宇宙人だったのか?」「ソ連の秘密兵器だったのか?」「UFOの秘密基地なのか?」

 消えた正体不明の球体と海中に姿を消した茶色い卵状の物体に関する人々の興味は尽きる事なく過熱する一方となり、TV、新聞、雑誌の各マスコミは連日のように正体不明の球体と茶色い卵の特番、特集を組んだが、そこには何故か『アメリカに対抗するソ連の秘密兵器説を人々に印象づけようとする』意図が垣間見えていた。

 結局、人々がその正体を知る事はなかった。

 事件の数日後、真神は自宅で珠子からのレポートを待っていた。どの家にもない珍しい家電品G1規格ファクシミリがカタカタ・と動き出した。白いロール紙が舌を出したように垂れていく。待ちきれない真神は出て来た端からレポートを読み出し、思わず独り言を呟いた。

「アメリカで?そんな事が本当にあるのか、SF小説じゃあるまいし……」

 所謂帰国子女である珠子の文章には余計な飾り言葉が殆どなく、故に時に誤解を招く事もあるのだが、報告書としてはストレートでわかり易い。今回も核心を突いた文章が躍っている。真神は、疑問の尽きないレポート内容に思わず「それにしても」と再び呟き、珠子に直接連絡を入れた。

「珠ちゃん、この内容に間違いはないの?」

 珠子にとって、各所から来るネイティブイングリッシュレポートの和訳など朝飯前だった。その珠子が驚きを隠せない。

「内容に間違いはないです。ワタシも信じられなくて、直接連絡して確認してみたんですけど間違いじゃないですね。確かに肝心な部分は推測の部分も多いけど、兎に角トンデモない事がアメリカと日本で起こっているみたいです」

「そうなのか。それにしても、これは……」

「信じ難いですよね」

 真神と珠子は、改めてその内容に愕然とした。

「今、私達のネットワークで確認できるのはこれが限界ですね、これ以上は難しいと思います。それに、何だかヤバそうな臭いもするし」

 真神達が私的に組織する情報ネットワークは、日本国内だけはでなく南北アメリカとヨーロッパの一部を網羅し、私的とは言っても相当な情報量と内容を誇っている。そのネットワークが危険な臭気を発している。各ポジションから珠子の下へと届いたレポートには、それぞれ注意を喚起する赤文字の添え書きが付いていた。

「要注意・アメリカ政府は我々ネットワークの存在に気づき、捜査を開始している」

「要注意・アメリカ、日本の両政府は知っている。メンバー全員、行動には呉々も気をつける事」

「要注意・特別な行動は控えた方が無難。黒幕はアメリカ政府」

 真神は、レポートを何度となく読み返しながら迷っていた。危険な臭いを考慮して、このままこの事件を無視するか、或いは自らアメリカへ調査に行きつつ記事を書くか。どうしたものかと考えたが、記者の端くれとして「この謎を無視する」という選択肢はないと意思は既に決していた。再び珠子から電話があった。珠子もまた真神と気持ちは同じだった。

「アメリカの事件、私が調査しちゃいます。来週、兄貴達に会いに梅ちゃんと二人でアメリカに行くので、序でに調査してきます」

「そうなのか。だが、十分に気をつけてくれ。深入りはするなよ」

「了解です」

 珠子との電話が終わった後、頭を整理する間もなく電話が鳴った。受話器をとった真神は聞き覚えのある煩わしい声に舌打ちした。

「新ちゃん、元気?」

「何だ、兄貴か。何の用だ?」

「新ちゃんてば、連れないなぁ」

「煩い、用がなけりゃ切るぞ」

「そんなに邪険にしないでよ、いい事教えて上げようと思って電話したんだからさ」

「いい事?」

 数日後、NYへ向かった私設調査隊の珠子から国際電話が入った。電話の向こう側から異常に興奮した珠子の声がする。

「真神さん、スゴい、スゴいんです。エリア51の地下に『あの球体』があって、内部写真ゴッソリ撮影しちゃいました。でもそれよりもっとスゴいのは、昔墜落したって言われてるあの空飛ぶ円盤とホルマリン漬けの宇宙人の死体があって、それに生きてる宇宙人もいて、それから、地球製の三角UFOが完成していて反重力で飛んで、もう何だかわからないくらいスゴくて、叫んでたら警備員に見つかってマシンガンで撃たれて、梅ちゃんの耳に穴が開いて、あはは・今、病院」

 珠子は、アメリカに秘匿されていると噂される1947年にロズウェルに墜落した空飛ぶ円盤と宇宙人、そして地球製のUFOを興奮気味に語っていたが、それよりも真神はレポートにあった通りの球体がアメリカに存在していた事に驚いた。

「真神、室井、良くやった。あの謎の物体、銀色輝くの球体にAG269と描いてある写真とアレが最初に現れた時の目撃写真は、完璧に我が社だけの単独スクープだ。球体が現れた時の写真をどうやって入手したのかはわからないが、流石は真神だ」

 編集長の矢追が上機嫌で笑った。室井は、苦虫を思いきり噛み潰した顔で真神に訊いた。

「先輩、どこからあんなインチキ写真持って来たんですか?」

「インチキじゃないって。本当に球体を撮ったんだよ」

「じゃぁ何で、あの日の夜中に、アレが日比谷公園に現れるのがわかったんですか?」

「そ、それはさ、天才で、超能力者で、色男の俺に神の御告げがあったからだよ」

「はぁ?どう考えても嘘臭い」

「嘘じゃないって言ってるだろよ」

「絶対に嘘に決まっている。あれをバラしてやる。編集長、あの目撃者のカップルは先輩と小泉・」

 真神は室井の尻を後ろから思い切り蹴飛ばした。

「くそ、いつか必ず地獄に突き落としてやる」

 室井は尻を押さえながら涙声で呟いた。

 あの「事件」から一年が経とうとしていた。

 1940年に開催予定だったアジア初の万国博覧会は、30年後人類の進歩と調和をとする日本万国博覧会として、1970年3月14日から183日の間開催された。世界77ヶ国の参加を得て、世界中から総入場者数6421万人を大阪に迎えた大イベントは大盛況となった。街のあちらこちらにEXPO’70日本万国博覧会のポスターが貼られて、日本中が大阪万博一色に沸いている。

 人々は、謎の球体の日比谷公園事件など既に忘れてしまったかのようだった。それでも、日刊新日本スポーツ新聞だけは事件以来『謎の球体』特集を約一年間に渡って掲載し、独自の視点で真相に切り込む事で異常な程の部数を伸ばしていた。

編集長の矢追が社員集会で真神を称えた。

「一年前に現れた謎の球体の最初のスクープ以来、大好評の連載「謎の球体」によって我が新日本スポーツ新聞は関東全県に販売エリアを広げ、その売上は一年間で何と五倍にもなった。今や他新聞の追随を許さない程だ。それは全て真神君のお陰と言っても過言ではない。あの球体の内部写真や推進システムなど、毎回どうやって資料を手に入れているのかはわからないが、流石は我が社トップのエリート社員、真神新一君だ」

 集会が終わった。にやけながら外出しようとする真神を、矢追が神妙な顔で引き留いちめた。

「待て真神、まだ話がある」

「何すか?」

「それがな、ちょっと問題があるんだよ」

「問題って何すか?」しんいち

 矢追の顔が歪んでいる。

「社長が呼んでるんだ」

「えっゴジラ、じゃなかった社長が?」

「そうだ、直ぐ来いって言っているらしい」

「直接表彰状でもくれるのかな。それなら、きっと報奨金、金一封付だな」

 全体集会の余韻のせいで、真神はあれこれ悠長に妄想しているが、かつて機嫌を損ねた役員が五階の社長室に呼ばれた後、窓から投げ飛ばされたという逸話のある社長「ゴジラ小泉順一郎」の激情的な性格を社内で知らぬ者などいない。五階にある激情ゴジラの社長室は、別名「ゴジラの檻」「死刑執行室」と呼ばれていた。

「兎に角、今から俺と一緒に社長室に来い。要件はわからないが、報奨金の話じゃない事だけは間違いない。あのケチゴジラが報奨金など出す訳がない。それから、もし五階からブン投げられたら、その時は諦めろ」

 青覚めた顔の矢追は、真神を連れて死刑執行室へ向かった。

「真神先輩、きっとあれがバレたんですよ」

 隣で聞いていた室井がしたり顔で言った。

「煩い。そんな筈はないし、バレたらバレたでどうって事はない」

「先輩、どうするんです。もう終わりですよ、この世に悪の栄えた試しはないのだ」

「誰が悪だよ。説明するのも面倒臭いし、いざとなりゃ逃げるだけだ」

 訝しげな顔で五階建ビルの最上階に向かった。社長室のドアを開けると、目線の先にゴジラ小泉がソファに座り口をへの字にして待つ姿があった。今にも何か駕なりそうだ。

「真神、そこへ座れ」

 ゴジラの頬が引き吊っている。金一封ではないどころか、明らかに苛立っているのが見てとれる。

右隣に編集長の矢追が座り、左隣に何故か室井が当然のように座っている。真神が肘で室井を小突いている間に、ゴジラ小泉は静かに吠え始めた。

「真神、今回の部数五倍達成の件についてはご苦労だったな」

 ゴジラが平静を装いながら話しているのがわかる。息が詰まるような淀んだ空気が満ちている。

「だがな真神、お前俺に隠している事があるよな?」

「何すか?そんなもんないっすよ」

 真神の返答にゴジラが激高した。

「ふざけるな、ネタは上がっているんだ、素直に吐け。全部吐け、全部だ」

「知らないっすね」

「何だとコノ野郎。絶対に、絶対に許す訳にはいかねぇんだよ」

 何となくヤバい風が吹いている。頭皮が透けて見えるゴジラの脳天から湯気が上がり始め、真神は逃げる態勢に入った。室井がにやりと笑ってドアを塞ぐ仕草をした。焦る真神が半分諦め掛けた時、ゴジラの口から予想外の言葉が飛んだ。その言葉には違和感がある。真神は首を傾げた。

「俺の編集魂に掛けて、絶対に許せねぇんだよ、絶対にな」

「編集魂?」

「そうだ。何故ウチに警視庁がガサ入れに来なきゃならねぇんだよ、ウチはヤクザの事務所じゃねぇぞ。しかも国税局から緊急査察の電話まであったんだぞ」

「そんな事があったのか……」「へぇ、そうなんすか」

 小泉の言葉に、矢追と真神は呼び出された状況を理解した。

「真神、何故お前がここに呼ばれたのかわかるか。それはな、それが全部お前のせいだからだ」

「オレのせい、何が?」

 小泉順一郎が吠えた。

「知らばっ暮れるんじゃねぇ。警視庁と国税局からの電話に応対した総務部長が「理由は何か」と訊いたらな、「そんな事は極悪人、真神新一に聞け」と言われたそうだよ。だから吐け」

「極悪人?」

「例えば、お前が昔どれ程悪逆非道なヤクザで、今お前がどんな悪辣な事に手を染めていたとしてもだ、だからと言ってウチの会社にガサ入れ、査察、訳がわからねぇじゃねぇか?」

「そうですよね社長、訳がわからないですよね。真神が極悪人なら、ガタガタ言わずにさっさとしょっ引きゃいいんですよ」

 矢追が言葉を被せると、小泉順一郎の怒りが沸き上がった。

「そうだ、まるで恐喝でもするようなやつヤツ等のやり方は絶対に許せねぇんだ。俺の編集魂に掛けて、絶対に許せねぇんだよ。警視庁も、国税局も、真神、お前もだ」

「何だ、そんな話かぁ」

 真神はゴジラ小泉の忸怩たる思いを軽く受け流し、天然パーマの髪をクシャクシャと掻きながら後ろ手に背伸びをした。

「何だと手前ぇ、そんな話とは何だ?東大出のヤクザの組長だったお前を入社させるかどうかという時に、「ヤクザなどとんでもない」と反対する役員達を俺が「そんな事に固執する必要はない」と言って全員を説得したんだぞ。だがな、それを今猛烈に後悔しているんだ」

 烈火の如く激怒するゴジラ小泉に、真神は涼しい顔で言葉を返した。

「入社の時の話は編集長から聞いていますし、感謝しています。だから、オレはその厚意を踏み躙る事のないように精進している。確かに俺は昔ヤクザだったけど、悪逆非道な事なんかやった覚えはないし、勿論今だって極悪人なんぞと言われるような事はしていない。もしそうなら、編集長の言うようにとっくに捕まってる筈じゃないですか?」

 真神の正論に小泉は反論できない。だからと言って、そんな正論を翳しても現実の警視庁と国税局からの脅迫に対抗できる筈もない。

「それなら、何故こうなるんだよ。しかも、当局はお前に訊けと言っているんだぞ。それなのに何も知らねぇで通ると思ってんのか?お前がその理由を知っているのは絶対間違いねぇんだ。言え、コノ野郎」

「後ろ指指されるような事はしてませんよ」

「言え、真神。お前が知らない筈は・」

「いや……」

 真神の返答に矢追が被せた言葉を遮ったゴジラは、急に神妙な顔をした。

「本当はわかってんだよ、何かが変なのはわかっている。お前の悪行で、警視庁なら未だしも、国税の査察なんかある筈はねぇ。だがな、それを理解するにはお前に訊くしかねぇんだよ」

 急に雲行きが変わった。小泉は真神を疑っているわけではなく、どう考えてもわからない理不尽な警視庁と国税局からの申し入れに対応できずに立ち往生していたのだった。それにしては回り諄い。

「……真神、頼む。教えてくれ」

 いきなり、あのゴジラが頭を下げた。真神は驚いた。

「真神、会社存続の問題になるかも知れない。私からも頼む、知っている事があったら言ってくれ」

 小泉の姿に、矢追も慌てて頭を下げた。普段からゴジラに可愛がられている編集長の矢追でさえ見た事がないだろう激情ゴジラの低頭を、社員の誰が想像できるだろうか。きっと誰もが唖然とするに違いないその姿に、真神は全ての状況を話さざるを得ない。

「天パーモジャ頭のくせに滅茶苦茶悪運が強い。あれがバレないなんて……」

 室井は小声で呟き、舌打ちした。確かに真神は運がいい。常にギリギリのラインで何かが起こり、何となく都合良く事が進んでいくのだ。

「社長、編集長、頭を上げてください。オレは、会社に迷惑が掛かるような事はしていません。その理由なら至極簡単、簡単なんですよ」

「簡単?」「どういう意味だ?」

「それは多分、「アレ」の正体を、新聞の特集で少しだけバラしたからですよ」

 真神の言葉の意味を誰も理解できない。

「『アレ』の正体?」「「アレ」とはあれの事か?」

「そうです、あの球体の正体ですよ」

 小泉は話の流れについて行けず、改めて確認した。

「あの球体の正体と言うと、確か特集記事の中で「あれは異星人の宇宙船ではなく、アポロ11号に対抗するソ連の新型秘密兵器でもない」と書いたあれか?」

「それです」

 矢追は、あの奇妙な特集の編集会議を回想した。

『編集会議を始める。来週も引き続き真神の「謎の球体シリーズ」でいく』

『まぁ、あれだけ評判がいいんだから当然でしょうね』

『ところで真神、あの球体は結局は何なんだ?』

『真神、先週の記事で『あの球体のエンジンは核融合だ』なんて書いてたけど、大丈夫なのか?』

『そうだぞ真神、あれは失敗だったんじゃないか?』

『そうだよ。あれじゃぁ、プロレス記事の東スポと同じだぜ』

『東スポと一緒にしないでくださいよ。これが、あの球体のエネルギー、核融合発電システムです』

 真神はレーザー核融合炉らしき写真数枚をデスクに置いた。

『何だ、これは?』

『真神、どうやってこの写真を手に入れたんだ?』

『これが核融合炉です。入手経路は、神の啓示と命懸けの捜査です』

 そんなやり取りがあった事は間違いない。小泉順一郎は眉間に皺を寄せた。報告されている編集状況との齟齬を理解できない。

「おい矢追、あれは特集とは言っても、編集部の創作話なんだろ、違うのか?」

「確かに多少の誇張はしていますが、写真や資料は・」

「一部は想定ですけど、資料は全て本物です」

 真神はきっぱりと言い切った。

「本物なのか、そんなものどこで手に入れたんだ?」

「アメリカのある場所で」

「だがな、アレと警視庁のガサ入れ、国税局の査察がどう関係するんだ?」

「そうだ、何の関係があるんだ?」

 今度は小泉と矢追が同時に首を傾げた。

「それは、「これ以上喋ったらタダじゃおかねぇぞ」っていう脅しですよ」

「何だそれは。それじゃ、ヤクザみてぇじゃねえか」

「まぁ、ある意味相手はヤクザみたいなもんかな」

「相手?」

「真神先輩、アレの正体を知ってるんですか?」

「正体を確定している訳じゃないけど、推測は出来る。それに、自衛隊が有無を言わせずアレを攻撃した理由もな」

 真神新一は、きっと何かを知っている。そこにいる誰もがそう確信した。

「真神、アレは一体何なんだ?」「何だ?」「何ですか?」

 何の前振りもなく、真神は不思議な話を切り出した。

「アレの正体を知っていると考えられるのは、アメリカ、日本、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリアの七ヵ国の政府関係者の一部だけです。これは一級国家機密事項です」

「えっ?」「何?」「何だ?」

 真神の「国家機密」の一言にその場に緊張が走った。何故、三流新聞社の記者如きが一級国家機密事項を入手できるのか。余りにも辻褄が合わない。

「幾ら東大出だろうが、何で日本政府の国家機密事項をお前が知っているんだ?」

「それはですね、知り合いが日本やアメリカ、ヨーロッパにいて、ちょっとした私的なネットワークがあるんですよ」

「東大にはそんな私的ネットワークがあるのか、早稲田にはそんなものないぞ」

「慶応にもないですね」「○大にも・」

「ちょっとした知り合いの集まりですよ」

 小泉と矢追、室井が首を捻った。国家機密を知る私的ネットワークに訝る三人を置き去りにして、真神は推測する「事件の核心」を語り始めた。

「一年前に、あの球体事件が日本で突然起きた。でも実は、その三ヶ月前にアメリカで同じ球体の事件が起こっていたんですよ」

「何、同じ球体の事件?」

「球体は、アメリカの後で、日本に現れたのか?」

「いえ、別ものです」

「じゃあ、アレは二機あったという事なのか?」

「アメリカでその事件が起きた後、日本を含めた六ヶ国政府関係者が、アメリカ国防総省に極秘に緊急召集されました。そしてその直後、日本であの事件が起きた。それは、つまり日本政府はあの事件が起きた時には既にあの球体の正体を推定し、出現するだろう事も知っていたという事です」

「そうか。それで、事前に知っていた自衛隊はアレの出現前に出動できたのか……」

「そんなウラがあったとは……」

「じゃぁ、先輩もあの事件の時にはアレの正体を知っていた。だから、アレが現れる日時を予想して日比谷公園にいたという事なんですか?」

「いや、それは神のお告げだ」

「神のお告げ?」

「いや、やっぱり偶然でいい。説明が面倒臭いから偶然でいい」

「嘘っぱち臭いな」

「真神、結局あの球体の正体とは何だ?」

「そうだ。あれは何だ」「何ですか?」

 三人は、買ったばかりの推理小説の犯人を知りたがるかのように、結論を急かした。真神が推定を端的に言った。

「アレは、簡単に言うなら「ノアの方舟」です」

「?」「?」「?」

 神のお告げやらノアの方舟やら、真神の突拍子もない説明に三人は言葉を失い掛けている。

 1970年5月20日。

 アメリカ政府は、日本、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリア六ヶ国の政府関係者を、ニューヨーク国連本部に緊急召集した。

 集う各国政府関係者に、アメリカ政府副国務長官マイケル・ダナサンが緊張気味に告げた。

『まずは、この衝撃的な事件を諸君に知ってもらいたい。この世界に大変な事が起こりつつある』 

 そう言って、マイケル・ダナサンは、神妙な顔で何かを急ぐように事件のあらましを話し始めた。

 1969年4月15日午後4時頃(日比谷事件が起こる三ヶ月前)。

 ニューメキシコ州バリーズカルデラ国立保護区内にある小高い山の中腹に、490フィートを超える球形の物体が激突した。目撃者によれば、球体は北東の方角から光の玉となって飛来したらしく、2400マイル離れたニューヨーク市内のセントラルパーク周辺で「突然出現した巨大な光の玉が南西の空に消えた」という情報か多発していた。

 通報により出動した州警察が取り囲む目の前で、球形の物体は山の中腹から麓へと転げ落ちて煙が上がり、激しい爆発の炎が見えた。炎が消えた後、州警察は焼け焦げた球体の調査に乗り出した。

『全員、十分に気をつけろ、何が出て来るかわからんぞ』

 州警察隊員達は、慎重に焼け焦げた正体不明の球体に近付いた。球体上側部にアルファベットと数字らしき『AG269』と読める文字が見え、下部に四つの出入り口らしきハッチがある。

『あれが入り口か?』

 四つのハッチの内の一つは破損し、内部が露出している。破損したハッチから恐る恐る内部へ足を踏み入れた州警察隊員達は、そこに乱雑に広がっている奇妙な光景を見た。

『何だ、これは?』

 隊員達は、瞬時に判断ができない程の異様な光景に息を呑んだ。球体の中には、数え切れない程のヒト型生物の死体が散乱していたのだった。

『何かいるぞ』

 球体の奥、何かを庇うように折り重なる死体の中に、重傷を負っていたが生存している一体の生物がいた。その周りには、事故の衝撃で壊れたと思われる武器のようなものを携えた数十体のロボットが転がっている。唯一の生存者のヒト型生物は、驚く事に地球人の若い女と変わらない外形で、腕に嵌めた翻訳機らしき物を通して流暢な米語を話した。

 緊急的に、その地球人の女に似たヒト型生物と球体はカートランド空軍基地へと運ばれ、生物は数日後に死亡した。だが、空軍関係者がが死の間際までにそのヒト型生物から聞き出した話は、全く要領を得ないものだった。

『お前達はどこから来たのか。火星か、金星か、他の星か?』

『我等の所属はWGA、私は司令官ジェニファー・シード、我等はアメリカ人だ・』

『アメリカ人とは、どういう意味だ?』

『我等は、AG269から来た・』

『AG269とは何か?』

『神の世界・』

『あの球体は宇宙船か?』

『あれは、我等の船、NOA・』

 球体に残されたそのヒト型生物は、理解不能ではあるものの、大まかに以下の事項を話した。

・AG269という場所から、NOAと呼ばれる球体に乗ってやって来たアメリカ人である事。

・球体に、約5000人の搭乗者がいる事。

・AG269には、計100億人が住んでいる事。

・AG269から、まずアメリカと日本へNOAと呼ばれる球体2機が向かい、その一年後に残りの約100億人を乗せた計200万機の船がやって来る事。

 それ等の事項は、全てアメリカ合衆国政府へ報告されたが、それらを理解できる者は皆無だった。

「先輩、AG269という場所ってどこですかね?」

「想定は出来るけど、確定するだけの情報がない」

 再び、室井自前の流説が始まった。こんな緊張する場で自論を吐けるのは驚きではある。

「じゃぁ僕が教えてあげますよ。それは、この宇宙に無数にあると言われるパラレルワールドです。僕達とは次元の違う別の地球から、何らかの理由で100億の人類がこの地球にやって来るんですよ。それだったら、今100億人がどこにいるのかの説明にもなります。間違いないです、数え切れない程のパラレルワールドの中に、地球が存在するって言われているんですよ」

 室井の持論を、真神は当然の如く一蹴する。基本的な辻褄が合っていない。

「現状を確定するだけの情報がないし、パラレル宇宙論というのもがあるくらいだから、敢えて否定はしないけど、もしそうだとしたら別次元やパラレル宇宙のあっちこっちの地球から100億人が来てる筈だから、疾の昔にオレ達は滅亡しているんじゃないか?」

 室井は怯まない。これはこれで立派な才能だ。

「じゃぁ、地底世界シャンバラからやって来るんですよ。僕達よりも遥かに科学の進んだ地底人が、いよいよ地上に姿を現すんだ」

 真神、小泉、矢追の三人も、UFOやら宇宙人やら地底人の類の都市伝説が決して嫌いではないのだが、切迫するこの状況で本気で妄想している室井には、開いた口が塞がらない。ある意味凄い。

「室井のバカ話はどうでもいい。真神、ノアの方舟の話を続けてくれ」

 アメリカ国務長官代理マイケル・ダナサンが強い調子で言った。

『以上は要領を得ない部分も多々あるが、出来る限り詳細に検証した結果であり、信憑性は非常に高いと言わざるを得ない』

『信じられない』

『そんな話だけで信じろ、と言うのか?』

『そうだ、今の話を裏付けるものはないのか?』

 信じられないと主張する関係者達の問いに、ダナサンは力強く返した。

『ある。その証拠の一つがこれだ』

 各国政府関係者達が座る円卓の中央に、銀色に光る金属製の板、スケートボードのような物体が運び込まれ、ダナサンはその金属板の側面にあるスイッチらしき部分に触れた。途端に、小さな緑色のランプが激しく点滅し、金属製スケートボードが円卓の上で10cm程浮き上がった。

『何だ、これは?』『浮き上がっているのか?』

『確かに良くできてはいるが出来ているが、こんな玩具の何を見ろというのか?』

『いい加減にしてくれ、我々はこんなマジックショーを見る為にアメリカまで来たんじゃない』

 マイケル・ダナサンは金属板の説明を続けた。

『これは玩具でもマジックでもない。これは球体生物達が使う歩行用機械だ。重力制御で浮き上がり、ジャイロ機能で方向を維持している』

『重力制御?馬鹿馬鹿しい。そんな事ができる筈がないだろう?』

『そうだ、馬鹿馬鹿しいにも程がある』

『話にならない』

 政府関係者達からの明白な反論の中で、ダナサンは何とか理解を得ようと続けた。

『他にも不思議なものが幾つもある。詳細は現在調査中だが、例えば球体自体は現在の地球には存在しない合金で造られている。至近距離からライフルで撃っても傷一つ付かないのだ。更に驚く事はその主要エネルギー機関は何と原子力、しかも核融合らしい。球体の内部には小型の球体が収納され、そこに重水素が貯蔵されていたというのだ』

『ちょっと待て。それは核分裂の間違いではないのか?』

『核分裂を原子力推進として実用化しているなら、それはそれで驚きだが 』

『そんな事はあり得ない。核分裂を実用化とは言っても、1月21日にリュサン原子力発電所の事故で、炉心溶融が起きたばかりではないか?』

『そうだ、核分裂でさえその状態なのに、どうやって核融合の実用化など出来ると言うのか?』

 各国関係者達の核融合への驚きは生半可ではなった。原子力発電として実用化された核分裂反応は、従来の化学反応の10万倍以上のエネルギーを発生させる革命的なテクノロジーであり、1954年にソ連で世界初の原子力発電所の運転が開始されて以来、1956年イギリス、1957年にはアメリカでも運転が開始されていた。だが、1969年スイスのリュサン原子力発電所で地下原子炉が爆発し作業員が被爆した他、1957年イギリスでは原子炉火災、ソ連では原子力プラント爆発事故など、事故が多発していた。

 一方で、核分裂ではない核融合による反応では、海水から得られる重水素と三重水素の反応の為、ウラン235のような希少な放射性物質は必要なく、高レベルの放射性廃棄物を排出する事もない。

 また、核融合は水素が融合してヘリウムになる反応であり、核分裂のように中性子によって指数関数的に続く連鎖反応はなく、炉心溶融も起こらない。にも拘わらず、発生エネルギーはウラン核分裂の10倍以上で、安全性の高い夢のテクノロジーと呼ばれている。但し、核融合反応を起こすには1億5000万度以上が必要とされ、未だ技術的な課題があり過ぎて正に『夢でしかないテクノロジー』と言われている。

『詳細を調査中だが、間違いなくレーザー核融合炉としか考えられないものだったとの報告だ』

 各国政府関係者達は、ダナサンの説明を基に想像を廻らした。まずは当然のように安直な推論が出たが、それにも根本的に理屈の合わない事がある。

『それは、あの球体に乗っている生物がどこかの科学の進んだ星から来た宇宙人だから、それ程高いテクノロジーを有しているという事なのか?』

『いや待て、それならその生物が言った「我等はAG269から来たアメリカ人だ」と言った言葉の意味をどう説明するのだ?』

『そうだ。何故だ?』

『そもそも、AG269とは何だろうか?』

『「その後に続いて100億の生物が来る」というのは、一体どういう事なのか?』

『アメリカ政府は、こんな馬鹿げたお伽話を言う為に我々を呼んだのか?』

 次々と疑問と強い否定を口にする政府関係者達に、ダナサンは冷静に続けた。

『あの生物が何なのかは推測するしかないが、一つ確実に言える事がある、それはあの球体には我々を遥かに超えるテクノロジーを有したヒト型生物が乗っている事だ。そして、それを前提とするならば、我々は今後やって来るだろう後続100億のヒト型生物に対応しなければならないという事だ。更には、その生物は我々人類と変わりない生体機能を持つ人間、即ち他惑星の人類ではなく、我々と同じ『地球人』だという事だ』

『人間?』『地球人?』

『そんな馬鹿な事があるものか、地球人である筈はない』

 ダナサンの言葉に、関係者の驚きが止まらない。『球体に搭乗していた生物は地球人だ』の言葉に関係者達の理解が追いついていない。

『それについては、ニューヨーク州立大学生物学研究所のゲニン教授に、この生物が何なのかを説明してもらう』

 ダナサンの言葉に従い、白髪、白髭の白人が演壇に上がった。老人は、挨拶も前置きもなく、調査結果と持論を語り始めた。

『アメリカ政府の依頼により、球体に乗っていた生物達を最新技術であるX多方位型スキャンで詳細に調査し、この生物が我々と同様の人間であるという最終結論を得ました』

『そんな馬鹿な事があるものか』

『同じ人間とは、どういう意味なのだ?』

『確かに我々に似てはいるのだろうから、「同じような人類」と言うべきでだろう』

 老人は、質問に対してきっぱりと言い切った。

『いや、そうではなく、この生物は人間です。外見は勿論だが、門歯、犬歯、小臼歯、大臼歯等の歯列構成、頭蓋骨、脊椎等の骨格、肺、心臓、肝臓、腎臓、小腸、大腸、等の内蔵及び血液に至る細部まで、我々と寸分変わる部分はない。これは地球に生息するヒト、即ち人間です』

『確かに、ヒト型生物である事はわかるが…』

『どこかの星から来た宇宙人という可能性はないのか?』

『そうだ。地球人という事はないだろう?』

 老人は、眉間に皺を寄せて結論を繰り返した。

『いや、私はこの球体の生物5003体全てを調査した。その結果として、この生物は地球人であり人間であると断言する』

『そんな、馬鹿な、あり得ない』

 老人は続ける。その顔には、昂然たる自信が満ちている。

『その理由を説明します。生物というものは、その星固有の住環境を身体的な変化として捉えます。それが環境対応であり、その延長上に進化があると考えられ、それぞれの星の住環境の違いはその星の生物の身体的特徴として表れます』

『それは、当然の摂理だな』『異論はない』

『而して、この生物は正に地球という星固有の住環境の特徴を全て持っており、逆に地球人以外と思われる特徴は何一つないと考えられます。偶然に、地球と全く同様の住環境を持つ星が存在したという可能性はゼロではありませんが、かなり無理がある。この生物のDNAを調べてみたが、我々と同様の人間ではないという可能性は極めて低く、ほぼ100%地球人と断言する事が出来ます』

 老人は続けた。

『敢えて言うなら、顕著に我々と異なる部分として臓器や骨、歯、眼などに人工的なパーツを後付けで移植しているものが大半で、生物の平均的年齢は概ね150歳前後と思われる点だけです』

 政府関係者達が一斉に疑問を呈した。

『本当に人間なのか?』

『臓器や骨、歯、眼の人工的な後付け移植?』

『150歳?』

『という事は、おそらく地球人であろう100億の人間が、地球ではないAG269という場所にいるという事なのか?』

『現在の地球よりも遥かに高い科学力を有する100億の人間が、地球以外のどこかにいる?』

『その生物、いやその人間100億が我々の世界にやって来るのか?』

『AG269とは、一体どこなんだ?』

『そもそも、ヤツ等、いや彼等は何者なのだろうか?』

 ダナサンは言った。

『彼等が何者か、そしてAG269がどこかについては、残念ながら想定はできても特定する情報が不足している。だが、彼等が何者であろうと、AG269がどこであろうと、遠からず『100億の人間がこの地球にやって来る』事に変わりはないのだ。そしてそれが何を意味するのか、簡単に理解できるだろう?』

『それを理解できなくはないが、かなりの無理がある』

『アメリカは本気で言っているのか?』

『それをどう理解しろと言うのか?』

『もし、この話が唯の作り話であって、100億のヒト型生物など来なければ、それはそれでいい、アメリカ政府を愚か者と罵ってくれて構わない』

 ダナサンの言葉には、何かを伝えたいという熱い意思が感じられ、各国関係者達にもそれは十分に伝わっている。それでも尚、ダナサンの言葉を信じ理解している者がどれ程いるかと言えば、おそらくは皆無に等しいのではないだろうか。各国政府関係者の困惑が会場に溢れている。

 尤も、ダナサンはこの状況を予想していた。ダナサン本人でさえ、事件報告書内容には半信半疑であり、況してやその報告書から想定される事項は空想、子供騙しの妄想の類でしかないとも感じられる。だが、事は急を要している。そして、仮に想定される事項が現実だった場合には、世界は混乱し人類が滅亡する可能性さえ完全に否定はできない。常に、この世界のリーダーたるアメリカ合衆国は、例えそれが夢物語や都市伝説の類であろうと、いかなる時も最良の策でありリスクの排除を決断せねばならないのだ。

 ダナサンは、力強い口調で結論を告げた。

『本日、ここに各国関係者の諸君を召集したのは、我々は球体生物の排除を共通の方針として、次を各国政府合意事項としなければならない事を、知ってもらう為だ』

各国関係者に告げられた政府緊急合意事項は、以下の項目となった。

(一).各国政府は、正体不明の球体と球体に搭乗する生物を、全戦力を以て殲滅する事。

(二).各国政府は、本件を第一級機密事項として、決して漏洩のないように対処する事。

(三).万一本決定事項に不従する場合或いは本件を意図的に漏洩させた場合は、即時国交断絶し徹底した経済及び金融制裁を行う事。

 言葉を失う各国政府関係者達は、アメリカ政府の突拍子もない一方的で強圧的な決定に強く反発せざるを得ない。

『ちょっと待ってもらいたい。排除、殲滅とは何なのか?』

『そうだ。その話が仮に事実とするならば、やって来るヒト型生物は我々と同じ人間ではないのだろうか?』

『例えその生物が地球人であれ異星人であれ、まずは融和を探るのが文明を持つ人類としての当然のあるべき姿ではないのか?』

『我々だって宇宙人なのだから、それは当然だろう?』

『しかも、我々と同じ人間である可能性が高いのだとするなら、殲滅はあり得ないのではないか?』

『アメリカ政府は方針を撤回すべきだ』

『我々が人間を殲滅するなど、神への冒涜だ』

『その通りだ。その生物が人間、地球人ならば、我々は決して同意などできるものではない』

 正義の心地良い言葉が各国関係者の倫理観を擽っている。各国政府関係者達の意見が正論である事に議論の余地はないのだが、それによって見落とされようとする現実を、ダナサンは一刻も早く伝えなければならない。ダナサンは薄っぺらな正義を激しく否定し、断固たる決意を改めて示した。

『これは、そんな悠長な話ではないのだ。この結論は、短時間の中で凡ゆるケースでのシミュレーションを重ねた結果からアメリカ政府が導き出した決定だ。もし、この方針を無視するならば、我々人類は滅亡するかも知れないのだ』

『人類滅亡?』

『それは、あの生物が高いテクノロジーを保持しているからなのか?』

『確かに、戦争にでもなれば我々に勝ち目はないのかも知れないが、仮にそうだとしても有無を言わさぬ攻撃、殲滅というのは如何なものだろうか?』

『そうだ。それは文明人のやる事ではない。それに、仮に万一の場合であっても我々の攻撃力は相当に高いと思うのだが』

『その可能性があるならば、軍事的対応策を議論すべきではないのか?』

 ダナサンは、本旨が理解されない苛立ちに、興奮気味に叫んだ。

『違う、違うのだ。確かに、あの生物達との戦争の可能性はある。従って、我々が駆逐されない為の防衛策を検討すべき事は否めないが、もっと根本的な問題が存在するのだ』

『根本的問題?』

「真神よ、あの球体の生物は、地球人なのか?」

「多分そうです」

「それじゃ何か、日本政府はあの球体生物が地球人だと知っていて、その上で攻撃したのか?」

「アメリカに呼び出された日本政府は、アメリカの方針通りに地球人を攻撃したって事なのか?」

「まぁ、それはそうなんでしょうね。アメリカから言われたら、日本政府が拒絶などできる訳ないでしょうから」

「そして、球体は自衛隊に爆破され消滅してしまったという事なのだな」

 小泉と矢追の短絡的推理を、真神は即座に否定した。

「いえ、アメリカの球体は兎も角、日本に現れた球体は自衛隊に爆破なんかされていませんよ」

「何だと、本当なのか。一年前の自衛隊の攻撃で消えたじゃないか?」

「攻撃で消滅なんかしていない。だから、再びやって来ます」

「再びやって来る?」「いつ?」

「多分、あれから一年後の7月21日前後にあの球体は再びやって来る。もしかしたら、後続100億も同じタイミングでやって来るかも知れません」

「先輩、何故そんな事がわかるんですか?」

「神のお告げだ」

「またそれかぁ」

「一年後の7月21日って言ったら、明日じゃないか?」

「もし本当なら、大スクープだぞ。明日の一面はそれで決まりだ」

「明日の一面は、「宇宙人は再びやって来る、宇宙人は人間だった」で決まりだ」

「スクープだ」

 はしゃぐ小泉と矢追に、真神は平然と言った。

「社長、編集長、気持ちはわかりますが、やめた方がいいと思いますよ。そんな記事載せたら、直ぐにでも警視庁と国税局が大挙してやって来る」

「そうか、そうだった」「駄目かぁ」

 室井が珍しく冷静に分析した。

「先輩、殲滅するのが正しいのかどうかは僕にはわからないですけど、もしもあの球体に乗っているのが僕達と同じ地球人だとしたら、100億人がやって来るって大変な事じゃないですか?」

「そうだな、そこには大きな『根本的な問題』が二つあると考えられるからな」

「大きな問題って何だ?」「二つ?」

 真神は、一同に推論を投げた。

「まず一つ目は、アレに乗っている人間達が俺達よりも高い科学力と攻撃性の高い武器を持っていると予測される事です。そして、明日前後に再び現れる彼等が反撃してくる可能性がある」

「確かにマズい。だが、彼等が反撃して来ない可能性だってある」

「そうだ。一年前に攻撃されたからといって、必ずしも反撃するとは限らないだろ。尤も、今度こそは自衛隊のあの無茶苦茶な攻撃はやめさせなければならないけどな」

「俺も、そうであってほしいと願っています」

 真神は、頷きながら続けた。

「二つ目は、それこそが何よりも考えなければならない事、即ち彼等が必ずやって来るだろうという事です」

「真神、そんな事当然わかっているだろ?」

 真神は、大きく頭を振りながら言った。

「いや、わかっていない。それこそが最大の問題なんです」

「どういう意味だ?」「?」

 室井は真神の言葉に乗り、得意顔で知ったか振りをした。

「そうですよ。社長、編集長、100億人が来たらどうなるかわかりますか?」

「室井、どうなるんだ?」

「大変な事になります。どんな事が起こるのか、それは真神先輩が説明します」

 何故室井が前振りをしたのかは謎だが、真神は淡々と続けた。

「彼等がどこから来るにしても、現在世界人口36億人のこの世界に俺達と同じ人間100億人がやって来る。それが何を意味するか、それは簡単にわかりますよね?」

「それは何だ?」「何だ?」

「それは、戦争以外にないって事です。可能性なんて半端なものじゃなく、即戦争が勃発します。残念ながら、現在この地球には合計136億人が住む場所も食える食料もない」

「えっ、即戦争?」

 真神の「即戦争」の一言に、その場が凍り付いた。

「可能性じゃなく、即戦争?」

 今度は、小泉と矢追が激しく頭を振った。

「あり得ない。お前の私的ネットワークだか何だか知らないが、三ヶ月前にアメリカに球体が現れたから始まるお前の話、余りに突拍子もないその話をどうやって信じろって言うんだ?」

「そうだぞ、信じろという事自体に無理がある」

 これから起こるだろう戦争を導く真神の予測を、小泉と矢追は必死で打ち消そうとしたが、真神はそんな二人の言葉を鼻で笑った。

「信じてくれとは言っていません。信じようが信じまいが、これから起こるだろう事に変化はありませんよ。まずは、あの事件の一年後に必ずあの球体が再び姿を現す、多少の時間的ズレがあっても必ず現れる。そして、彼等100億人もやって来る」

「じゃぁ、どうしろと言うんだ?」

「そうだ、警察に、日本政府に知らせよう」

「いえ、政府は危機は去ったと喧伝しつつ、未だ自衛隊に日比谷公園を包囲させている。それがどういう意味なのか」

「政府は知っているのか?」

「そう、日本政府は全て知っているんですよ。そして、今一番ビビっているのはその日本政府じゃないかな。何と言っても、アメリカ政府の指示通りに彼等を排除できなかった一年後に、今度は彼等の仲間が100億人やって来るんですからね」

「そうかぁ」「どうしようもない……」

「5000人規模の球体でこの世界に来るとすると、世界中で合計200万機の球体になる。東京にどれくらい翔んで来るのかはわかりませんけど、その1/10としても日本だけで20万機の球体、約10億人がやって来る計算になります」

「20万機かぁ、壮観だろうなぁ」

 室井が遠い目をして言った。室井には、即戦争など実感できる筈もない。隅田川の花火と同程度の人々の喝采が頭に浮かぶだけだった。

「壮観なんて悠長な話じゃない。我々が対応すべき選択肢は二つ、共存か排除しかないけど、どちらを選んでも解決にはならないんだ」

「そして、アメリカ政府、日本政府は後者の排除を選んだって事か?」

「世界主要国も同じって事だよな」

「先輩、戦争が起こったらどうなっちゃうんですか?」

「真神、どうなるんだ?」「どうなる?」

「幾つかの可能性があるでしょうけど、最も確率が高いのは、彼等との全面戦争で我々が駆逐され、彼等100億人の多くが生き残っていくパターンですね」

「真神先輩。それが仮に事実だとしても、僕達は本当に同じ人間を殺したりしていいんですか?」

「それは、俺にはわからない。同じ地球人を殺すなんて絶対にあり得ない事だけど、可能性としては殺すよりも殺される確率が高い」

 室井が小さく悲鳴を上げた。小泉と矢追には返す言葉がない。

「だからと言って、仮に我々が共存を受け入れたとしても、現在の世界人口36億人が突然136億人になって、この世界が続く可能性は限りなく低い」

「いきなり136億人じゃあ確かに食料が足りる訳はないな」

「金融的にも大混乱になる」

 対応すべき選択肢が共存か排除の二つしかない。しかし、排除と共存のどちらを選んでも高い確率で上手くいく可能性はないのだと言う。

「そして、アメリカ政府及び日本政府と各国は「やがて球体群に乗ってやって来るだろう100億人を全て排除する事こそ、人類を救う唯一の方法だ」という考え方を選択した。それが球体事件の真相です」

 沈んだ空気に、誰もが言葉を発する事はなかった。自衛隊戦車部隊は、球体が現れる前から待ち構えていた。何故そんな事ができたのか、そして日比谷公園の戦車部隊が未だ退却しない理由もそこにある。日本政府は全てを知っているのだ。その日は、明日に迫っている。

「いつ再びあの球体が現れるかは、自衛隊の動きを見ていればわかりますよ。俺達なんかよりも日本政府の方が余程詳しく知っているだろうし、ビビり捲っている筈なんだから」

「そういう事だったのか」「そんな裏があっただと、ふざけるなぁ」

「俺、ちょっと約束がありますので、これで失礼します」

 真神は、そう言って静かに席を立った。室井も無言で真神の後について部屋を出て行った。納得のいかないゴジラが吠えた。矢追が叫ぶ。

「嘘だぁ、俺は絶対に信じねぇぞ。真神の言う事なんて、嘘っぱちだぁ 」

「そうだ、嘘っぱちだぁ。絶対に戦争なんて起こる筈がない」

「そうだぞ、真神。悔しかったら、そいつ等の大将をここに連れて来い、バカ野郎」

「そうだぞ、真神。連れて来い、説教してやるからここに連れて来い」

 階段を下りる真神と室井の背後から、小泉と矢追の虚しい叫び声がいつまでも聞こえていた。

 朝から突き抜けるような真青な空に白い積乱雲が立ち上り、噎せる程の新緑の草熱れが精力的な夏の到来を告げている。

 東銀座駅に程近い新日本スポーツ社の編集部、人の気配の疎らな早朝のデスクで真神新一は小さく寝息を立てては意識を揺り戻し、またゆっくりまったりと船を大海原に漕ぎ出していた。昨夜も徹夜でアポロ11号と大阪万博を賞賛するベタベタの記事を書き、何とか深夜の締め切りに間に合わせた。

 徹夜など少しも珍しい事ではないのだが、真神はいつもとは違う興奮を覚えていた。いよいよ、人々はクライマックスに近づいた科学技術の祭典「日本万国博覧会」と、まるでその祭りに合わせたかのように今この瞬間にも達せられようとしている「月面着陸」という人類の輝かしい奇跡の一歩に立ち会おうとしている。世界中の人々は、きっとTVに齧り付いているに違いない。

 真神新一も、少なからずその瞬間の到来に興奮していた。微睡みながら、やっとの事で遥かな眠りの世界への旅立ちを踏み留まる真神の編集部デスクに、経理課の小泉律子が顔を出した。

「真ぁ神ぃさん、話があるのぅ」

 隣の席で締め切りに追われて泣きながら担当記事を編集していた先輩記者が、現れた小泉律子の姿に不思議そうに目をやった。

「ちょっと来てくれる?」

 社内の美女、マドンナと呼ばれ社員の憧れの的である小泉律子は、長い髪を掻き上げながら、甘ったるい声で真神新一を屋上に呼び出した。

「ふぁあ。用って何だよ、俺は結構忙しいんだぜ。それに眠いし」

 寝ぼけ眼で大欠伸の真神に、小泉律子が言った。

「例の件なんだけどさ、多分間違いないのよ」

「何、本当なのか?」

「うん。昨日ね、言われたから間違いない」

「言われたんだ、へぇ」

「へぇって何よ。アナタが産んでもいい、母親になれって言ったんでしょう?」

「ん、まぁ、そんな事を言ったかな? 」

 確かに、そんな感じの事を言った・ような気はする。

「男として責任とってね。アナタの責任なんだからね」

「「男の責任」って言われてもなぁ……」

 他人が聞いたら間違いなく、十分に誤解を招くだろうと思われる小泉律子の話に、真神は少しも関心なさげに上の空だ。

「ところで小泉さ、意味なく誤解を招くその発言内容と、特にどうでもいいけどその喋り方は何とかならないかな?」

「何故ぇ、私のような美しくて皆の憧れのマドンナと素敵なお喋りの時間がもてるんだから、嬉しいでしょ、マ・ガ・ミ・さん?」

「いやいや、胸くそ悪い。ゲロ吐きそうだ。お前、脳みそに虫でも湧いたのか?」

「あぁ?何だとコラ」

 憧れのマドンナが黒髪を風に靡かせて眉間に皺を寄せた。

「この会社じゃ、私は社長のお嬢様で清楚で可憐な、皆の憧れのマドンナって言われてんだからよ、忘れんなコラ」

「何がマドンナだ、馬鹿たれが。お前は北千住の暴走族レディース赤鯱の元総長じゃねぇかよ。唯のクソヤンキー女が何が清楚なお嬢様だよ、臍で茶が沸くぜ」

 憧れのマドンナが目を吊り上げて言った。

「煩ぇな。お前こそ、何が東大出のエリート社員だ。何がウチの会社始まって以来のインテリ社員だよ。東大出ただけの、浅草のチンピラヤクザじゃねぇかよ」

「煩い。ヤンキーお嬢様が妙な夢見たくらいで、何をビビっちゃってやがるんだ。私、怖くて、オシッコ漏らしちゃうってか・」

 真神の言葉が終わらない内に、風切り音と鈍い音がした。小泉律子の裏拳が真神の鼻に刺さり、鼻血が飛び散り、唸る真神が前のめりに倒れ込んだ。鼻への攻撃は、端で見るよりも痛い。

「真神さん、お願いぃ。今日の深夜12時に、日比谷公園の正門まで来てほしいの。私の大事な同期で、イケメンインテリで優秀社員のマ・ガ・ミ・さん 」

「なんべだご、なんべよながだんだぼ。いびばわがででぇぼ(何でだよ、何で夜中なんだよ。意味がわからねぇよ)」

 鼻血を押さえる涙声の真神が必死に首を振った。

「煩ぇよ、真神。アレが夜中の12時にこの世界に来るって言ってんだ。アレをこの世界に引っ張れって言ったのはお前だぞ。お前が責任とるのが当たり前だろよ?」

 数日前、会社近くにある行き付けの喫茶店ビビアンの最奥の席で、朝7時から小泉律子が頭を抱えていた。もう一人の常連の真神が問い掛けた。

『よぅ、どうした小泉。朝っぱらからレディースの元総長が何を悩んでんだよ。ケツの穴でも痛いのか、激辛ラーメンばっかり食ってるからじゃないのか?』

 天然パーマに金縁丸眼鏡の真神は、鞄から自販機で買った新製品の缶コーヒーを取り出しながら小泉律子に言った。喫茶店で缶コーヒーを出す奴も珍しい。

『デケぇ声で総長なんて言うんじゃねぇよ馬鹿。それよりも、またなんだ、また出て来たんだ、例のアレが夢に出て来たんだよ』

『アレって、この前からお前が言ってる神様の話か?』

『来るって言ってるんだよ、それ程遠くない未来に。必ず来るって』

『何が来るってんだよ?』

『何度も、何度も夢に出て来るんだよ』

『何が夢に出て来んだ。デカいチン○ンか?』

『煩ぇな、バカ野郎。私がそんな夢なんか見る訳ねえだろ』

『痛てて・』

 マドンナが天然パーマの髪を無造作に掴み、目を剥いた。

『女だよ、いや女神様だよ。子供なのか大人なのか良くわからない、白い宇宙飛行士みたいなカッコの金髪の若い女なんだけど、多分女神様が何かを伝えたがっている、どこへ行けばいいのか迷っている。だから、私の夢に出て来るんだ。私とその女神様と意識がシンクロしたみたいなんだよ』

『霊感ってヤツかな。一体、その女神様はお前に何を言いたいんだ?』

 真神は小泉律子に話を合わせているように見せてはいるが、顔に「アホらしい」と描いてある。

『その女神様が来た後で、また何かが来るらしいんだよ。女神様の乗り物が鈍い音で威嚇したら、それが合図だ。威嚇している間に、何とかして指導者に会いたいって言っている』

『はぁ?何を言ってるのかわからないな。お前昔から突然訳のわからない事言うヤツだったもんな。初めてお前等と浅草の祭りでケンカした時はぶったまげたな』

 浅草の言問橋の上に集まった暴走族同士が対峙し、今にも喧嘩が始まるタイミンクで、一方のレディースの総長が唐突に叫んだ。

『おいチンピラ、良く聞け。今から地震が来る、今日のケンカは中止だよ』

 レディースのバイク群が爆音とともに引き返して行った。いきなり、その場に取り残された浅草の暴走族ブルードラゴンのメンバーは、狐に鼻を摘ままれたまま呆然とするしかなかった。

『いきなりお前等が帰っちまった事に驚いたが、その後本当にデカい地震があって、二度驚きだったな。その次は、確か「嵐が来る」って言って、デカい台風が太平洋から直接関東地方へ上陸したんだったよな。最初はお前の事を「あのキチガイ女がまた狂った事言ってやがる」ってバカにしてた組員達が、終いにはお前の事を「教祖様」って本気で呼んでいたのには笑ったな。まぁ、あの時お前がどんなトリックを使っていたのかは知らないが、今見てるその夢で女神様が迷ってるんなら、お前がこの世界に引っ張ってやればいいんじゃねぇか。安心してください、私に全てお任せくださいって言ってやれよ。子供を産む気持ちで母親になればいいんだよ』

『そんな事言っていいのか、ヤバくねぇかな?』

『いいに決まってるさ、神様なんだからな』

『そうか。じゃあ、そうする』

 確かに数日前、そんな会話があったのを覚えている。真神は「また妙なことを言ってやがるな」程度の軽い気持ちで話を合わせていたのだが、何やらいつの間にか話が膨れ上がり巻き込まれている。

 真神は、仕方なく小泉律子に言われた通り深夜の日比谷公園に行った。暗闇の中、正門の横に獣のような眼をした小泉律子が立っている。

「遅ぇよ。こんな時間のこんな場所に可弱い美人を待たせるんじゃねぇよ、バカ」

 こんな時間とこんな場所を指定したのは誰だったか。可弱い美人とは誰の事だろうか。真神の疑問がぐるぐると闇夜の公園をを彷徨っている。

「どうでもいいから、早く帰りたい」

 真神が闇夜に吠える狼のように、月空に向かって呟いた。

 深夜0時15分を過ぎた頃、二人は日比谷公園のベンチに座っていた。辺りの様子は暗くて良く見えないが、「ぁ・」「ぅ・」と周りのカップル達が何かを歌い始めている。

「真神、ちょっとくらいなら触ってもいいぞ」

 小泉の手が真神の右手を掴み、胸に押し当てた。

「馬鹿、やめろ小泉、やめろって。ちょっと嬉しいけど。大体、こんな時間に、こんな所に誰が来るってんだよ。こんな時間、こんな場所には発情した猫以外来やしないだろがよ。来てから15分も経過ってるのに、猫の歌合戦以外には何も起こらないじゃないかよ、もう帰ろうぜ』

『だから、アレが来るって言ってんだろよ』

 帰ろうと立ち上がった真神の腕を、小泉律子が思い切り引っ張った。無理やり座らされた拍子に、真神は暗闇の中の何かに気づいた。何かがそこにある。

「何だろう?」と目を凝らした真神はぎょっとした。月明かりに黒光りする何かきな物が、泰然とそこにある。樹木に隠れるそれは、自衛隊の駐屯地でしか見る事はないだろう。

「戦車だ……」

 砲口が日比谷公園の内側に向けられている。辺りを見渡した真神は、またもや驚いた。どうやら、それは一両だけではなく、相当数が日比谷公園を取り囲むように等間隔に並んでいるようだ。ハリボテか。それにしても、何故夜の日比谷公園に戦車が並んでいるのか。いつの間にこれだけの車両を、どうやって移動したのだろうか。

「小泉、ちょっと待ってろ」

「美女を残してどこ行くんだよ、ションベンなら早く帰って来いよ」

 真神は慎重に近づいた。戦車からエンジン音は聞こえない。真夜中とは言え、こんな街のド真ん中に戦車が存在している事をどう理解したらいいのか。恐る恐る、その金属然とする物体に触れてみる。

 ハリボテではなく本物の戦車だ、操縦士がいるかどうかまではわからない。映画の撮影とも考えられたが、そんな話は聞いた事もない。新聞記者の真神が知らない何かが、今ここで起こっている。到底、理解できない何かが。

「遅ぇぞ。チン○ンが縮こまってたのか?」

「小泉よ、やって来るアレってのは、例の神様のお告げで見た白い女だよな?」

「そうだって言ってんだろ、男のくせにしつけぇぞ」

 どんなに考えても、その夢の話と目の前の戦車がどうしても結びつかない。

「あ、真神、来たぞ」

「・あれは、何だ?」

 日比谷公園の噴水の上に、青い雷光輝く小さな光が出現した。

 翌早朝、いつもの喫茶店ビビアンの奥の席で、小泉律子はまた頭をテーブルに突っ伏していた。

「よう小泉、昨日の夜は感謝するぜ、写真まで撮れるとは思わなかった。神のお告げ様々だ」

 真神の言葉に小泉律子は顔を上げ、マスクをした赤ら顔で咳き込みながら苦しそうに言った。

「・ゴホ。やって来たが、神はまた行くだろう。激しい光の中で消え、一年後のその日に神は再び現れる。もう戻れない、神の威嚇の青光が見えたなら反対側へ逃げろ、そして魂に乗って100億のヒトがやって来るだろう・ 」

「何んだ、そりゃ。ノストラダムスの予言みたいだな」

「神の怒りが落とされる。青い光が、人々の驕りを引き裂くだろう。だが、それは終わりではない・ 』

 小泉律子は、何かに取り憑かれたように意味不明の予言の言葉を羅列した。

「白い神を捜せ、船の動く反対方向にいる。私は神の御言葉を告げる巫女。ゴホ・真神・後はお前に任せる。何かあったら、それは全部お前のせいだ・ゴホ・」

「お前、頭大丈夫なのか?」

 TVからニュースが流れた。

「突然ですが、臨時ニュースをお伝えします。一年前に現れた、あの、あの、あの謎の球体が、一年後の今日、再びあの時の球体と同じ形の物体が、日比谷公園に姿を現しました。皆さん、危険ですので日比谷公園には近づかないでください。危ないですから、絶対に、絶対に近づかないでください。絶対にです」

 新日本スポーツ新聞本社五階社長室に置かれたTV画面の向こう側で、キャスターが困惑気味に叫んでいる。それを見ている小泉と矢追の二人もまた、当惑気味に叫ぶしかない。

「おい、矢追。真神の予言通り本当に来たぞ」

「はい。しかも、真神の言った通り、丁度一年後です」

「という事は、真神の言った事は・」

「多分、全て現実になると思われます」

 小泉と矢追は顔を見合わせて息を呑んだ。

 その頃、真神新一と室井翔太は日比谷公園を一望できるビルの屋上にいた。日比谷公園の上空に赤く燃え立つ光に包まれた球体が見える。

「やったぁ。やっぱり、真神先輩の言う通りだ」

 室井は小躍りしながら球体を撮影したフィルムを巻き取りケースに仕舞い、新たにフィルムを装填した。フィルムには、球体だけでなく、待ち構える自衛隊の戦車部隊が写っている筈だ。

「先輩の言う通り、一年後の同じ日に、自衛隊の戦車部隊が待ち構える中であの球体が現れました。全てが先輩の言う通りになりましたよ。先輩、凄い」

「お前なんかに誉められても、ちっとも嬉しくない」

「またまたぁ、本当は凄く嬉しいくせにぃ」

「お前さ、今にも戦争になるかも知れないって時に随分脳天気だよな」

「まあ、そうやって考えると楽しくはないですけど。もしかしたら、これで人類滅亡かって思うと妙にテンションが上がりませんか?」

「お前、変態だろ?」

 否定しない室井は、両腕を組んで何かを考え込んでいる。

「人類滅亡かぁ。実感がないけど、もしかしたら滅亡の瞬間に真神先輩と一緒かも知れないなぁ」

「やめろ、気持ちの悪い想像をするな。それより、下手すりゃいきなり戦争が始まるんだぞ」

「あっそうだった、先輩これ」

 室井は、ポケットから耳栓を取り出し、真神に手渡した。

「戦争が始まった時用に用意しました」

 無駄に、意味なく用意がいい。

「ん、あの黒い車は何だ?」

 片耳に栓をしつつ屋上から周囲の様子を覗っていた真神は、眼下に何かを見張るように停車する不審な黒い国産車に怪訝な顔をした。スモークガラスで車中は見えないが、その分怪しさ増々だ。

「何ですかね。どっかの偉いさんが来ているのかな?」

「いや違う。あの黒塗りの車のナンバープレートは88、覆面だ」

「覆面って、覆面パトカーの事ですか?」

「そうだ。誰を見張ってやがるんだ?」

「あっ先輩、あれ」

 室井の指差す方向、日比谷公園上空に、戦車部隊を威嚇するかのように真紅に輝き出す光の玉が見えた。

「撃て、撃て、撃ち捲れ」

 前回と同様、日比谷公園を取り囲む戦車部隊に攻撃を指令する声が響き、61式戦車群から容赦なくブッ放なされた12.7ミリ機関銃と52口径90ミリ砲弾が、燃え立つように浮かぶ赤い球体に命中した。爆裂の中に、球体が強引に引き摺り込まれていく。

「こりゃ凄い。今度こそあの球体も駄目かな?」

「いや、そんな簡単じゃない筈だ」

 一年前を彷彿とさせる激しく繰り返される砲撃は、耳を劈く轟音を発して確実に球体を捉え、戦争映画のクライマックスシーンを思い起こさせる激しい爆発をともなって、今度こそ間違いなく球体を木っ端微塵に粉砕したように見えた。だが、あり得ない事に、今度もまた黒い爆煙が消えた後の赤い球体には全く損傷らしきものは見当たらなかった。

「信じられない……」

 目前の現実に、攻撃を仕掛けた戦車部隊の兵士だけでなく、政府関係者の誰もが呆然と立ち尽くさざるを得ない。茫然自失となる人々の前で、更なる驚きの事態が起きようとしていた。

「何だ?」「何だ?」

 球体に明らかな変化が見えた。自衛隊戦車砲の強圧的な攻撃が意図した効果を発揮する事はなかったが、球体がその顔を一変させるには十分だった。日比谷公園上空に燃え立つ赤い球体は、鈍い奇妙な音を発し、側面に多数の穴を出現させた。真神は、その鈍く奇妙な音を知っていた。

「これが小泉の言っていたあれか。室井、逃げるぞ」

「えっ、何ですか?」

「神の怒りが落とされるんだよ」

「何ですか、それ?」

「神のお告げだ」

 真神は走り出し、ビルの階段を屋上から駆け降りて外へ逃げた。室井は、何だかわからないままに真神の後を必死で追いかけた。

 日比谷公園上空に浮かぶ赤い球体は、何かを準備するように一旦動作を止めた後、側面の穴を激しく輝かせた。次の一瞬、穴から一筋の青白い光が放たれた。直線状に伸びた青白い光は無造作に一台の鋼鉄製の戦車を真っ二つに切り裂き、二つに割れた戦車は次々と自爆して黒煙を立ち上げた。流れた青白い光は、日比谷通りの向かい側に立つビルの真ん中に穴を空け、ビルの上部が崩れ落ちた。

 日比谷通りから目撃される、まるでSF映画のワンシーンのような光景に、室井は仰天した。真神がビル群を崩壊させている光の正体を説明した。

「あれは多分、高出力レーザーだ」

「レーザー、あのマンガに出て来るレーザー光線ってやつですか?」

「まあそんなところだな」

「あぁ、やっぱり駄目だ。人類滅亡だぁ」

 室井が絶望的な声で天を仰いでいる。その間に、赤い球体は側面の穴を一つ、また一つと激しく輝かせ、穴から狂ったように青白いレーザーの光が撒き散らされた。

 日比谷通り沿いに立ち並ぶビルの窓が吹き飛び、穴だらけになった壁が崩れ落ちた。勇壮に聳える帝国ホテルは、一際大きな音を立てながらその姿を瓦礫に変えた。

「ここで臨時ニュースです。日比谷公園の空飛ぶ円盤がレーザー光線でビルを破壊しています。帝国ホテルが崩壊しました。大変です、戦争です、戦争が始まっています。戦争です」

 未来への希望の祭典となる筈の日本万国博覧会に浮かれ、再び現れた謎の球体にも「また東京に空飛ぶ円盤が来たらしい」「また宇宙人だそうだ」と軽く騒ぎ立てていた人々は、日比谷公園に繰り広げられるリアルタイムのTV映像に愕然とした。俄には信じ難い戦争が、日本の中心部で勃発しているのだ。

 そして、上空を旋回していた報道のヘリコプターがレーザーの光に撃ち落とされ、ビルに激突炎上する様が放映されると、人々は事の重大さに気づきTVの前で恐怖に震え上がった。報道はされなかったが、レーザー光で崩落した日比谷通り沿いのビルや帝国ホテル内にいた人々、撃ち落とされビルに激突炎上した報道ヘリコプターの搭乗者達は、不思議な玉状の光に包まれて、怪我一つする事はなかった。

「何だ、まるでHGウェルズの宇宙戦争じゃないか。戦闘レベルにこれ程の差があるとは……」 

 余りの戦闘力の違いに、今度は真神が驚愕した。

「あっ、球体が動き出した。真神先輩、マズいですよ。東京中であれをやられたら大変だ」

 赤く燃える球体は、相変わらず奇妙な音を発し青白い光を撒き散らし、東の方角、有楽町方面に向かって動いている。

「室井、こっちだ」

 真神はそう言って、赤く光る球体と反対方向を指差し、二人は日比谷公園を内堀通り側からぐるりと回り込んで霞ヶ関側に出た。地下鉄霞ヶ関駅周辺には四方に並ぶ官公庁ビルから大勢の役人と思われる人達が犇めくように逃げ惑い、次から次へと地下鉄の中へ消えて行く姿が見えた。日比谷公園の反対側から赤い球体の青白いレーザーの光が遠くに見えていた。

「取りあえず、こっち側には来そうもないですね」

「ああ、こっちには来ない事になっているんだ」

 真神の言葉に込められた確信は、室井には見えない。

「えっ、何故ですか?」

「球体が東方向へ動いたのには、それなりの理由があるからだよ。それより、『白い女神』を捜せ」

 真神が球体を見ながらそう言ったが、その言葉に室井は腕を組んだまま固まっている。真神の言葉の意味が室井には伝わらない。

「この辺に必ずいる筈だ。宇宙飛行士のような白い服を着ているらしい」

「意味がさっぱり、全然、ちっともわかりませんよ」

「面倒臭いヤツだな。あの球体が東へ行ったから、その反対側に白い神がいるんだよ、わかったか。その女が全てを知っているんだよ」

「白い神だの、女だの、訳がわからないですよ、全てを知っているってどういうことですか?」

「煩い、いいから捜せ」

 室井の理解が中空を舞っている。

「退け、退け」「邪魔だ、退け」

 営団地下鉄霞ヶ関駅の出入り口付近にいた真神と室井の前で、パニックになる大勢の人々に突き飛ばされて道路に倒れ込んだ金髪の長い髪の若い女がいた。白い光沢のある奇妙な服を着ている。

「いた、多分あれだ」と真神が叫んだ。

「先輩、あれが神様なんですか?」

 若い女は、何かをブツブツと独り呟いている。

「自分の足で外を歩くのは何年振りか、やはり急に歩くのはちょっと辛いな・」

 室井は「この女の子が神様?この天パー野郎は何を言ってるんだ」と思いながら、真神の言葉を無視して女に声を掛けた。

「君、大丈夫?あっ、いい匂い」

 全身白い宇宙服のような出で立ちが目を引く。その若い女の嗅いだ事もない清々しい香りに、室井は意識が飛びそうになった。

「感謝する、ワタシは大丈夫だ」

「君、ガイジン?高校生、いや大学生かな。ちょっと見た事がない洋服着ているし、喋り方も何か変だけど、ここで何をしてるの?」

 室井の声に顔を上げた若い女は、その外見と香りだけでなく、光るようなブロンドの髪と美麗な表情もまた不思議な雰囲気を漂わせている。女が携えていたと思われるスケートボードに似た金属製の板が微かな音を立てて地上10センチ程の位置に浮いている。

「君、早く逃げないと危ないよ」

 真神は、不思議な女には全く興味を示さず、玩具を与えられた子供のように地面に顔を擦りつけ、宙に浮いた金属製の板を下から覗き込んでいる。

「これが重力制御歩行機ってやつか。驚いたな、本当に浮いている」

「真神先輩、何を覗いているんですか。変態ジジイみたいですよ。おっと」

 室井は、下から覗き込む真神の背後から、石に躓いたフリをして尻を蹴飛ばした。

「痛ぇな、この野郎」

「今のは、態とじゃないですからね」

「室井お前、俺に恨みでもあるのかよ?」

「ありますよ、小泉律子さんは僕の憧れの人なんですからね」

「またそれか。馬鹿だなお前、小泉律子が何者か知らないからそんな事が言えるんだよ。正体を知ったら驚くぞ。今度個人的に紹介してやろうか。但し、ぶっ殺されても責任は取らないけどな」

「・この日本の指導者、或いは代表者はどこにいるのか?」

 非常事態に逃げ惑う人々を横目に、社内の憧れのマドンナの話をする緊張感のない二人に、不思議な若い女が唐突に突飛な問い掛けをした。室井には、問われた言葉の主旨が理解できない。室井の理解が、今度は中空で盆踊りを踊っている。

「指導者、代表者?」

「ワタシは、早急にこの国の指導者に会わなければならないのだ」

「指導者って、君は何を言っているの?」

 女の言葉の意味を解せずに首を捻る室井の言葉を遮って、確実に何かを知っていると思われる真神は女に訊ねた。

「よぅ姉さん、まずはどこから来たのか教えてほしいんだけどな。まぁ、推定はできるけど」

「真神先輩、幾ら何でも姉さんって失礼ですよ。場末のスナックやキャバレーじゃないんだから」

「いいんだよ。アレが新橋の方角に動いたのは、その姉さんがここにいるのが理由なんだから」

 室井がまた首を捻ったが、若い女は真神の解説に興味を示した。

「君はその意味を理解しているのか。もしかして、君はリツコの関係者か?」

「大当たり、さすがに勘がいいね」

「リツコはどこにいる?」 

 若い女はちょっと驚き、真神の顔を覗き込んだ。

「アンタが時空間を超えて会話した小泉律子は、今頃風邪で寝ている。

「風邪とは……外因性疾患の事か。それなら仕方がないな」

「ここで会う約束になっていると聞いている。俺は代理人だ」

「リツコの代理人とは、もしかしてマガミか?」

「そうだ」

「それは心強い。リツコから話は聞いている」

「それは良かった、話は早い」

「ワタシは、WGJ01司令部司令長官ミレイ・アレイという者だ。ミレイと呼んでくれればいい。君達のフルネームを教えてくれ」

「俺は真神新一、そっちのアホは室井翔太だ」

 若い女は、左腕に付けた時計のような機械を操作し何かを確認した後、「なる程」と独り言を呟き頷いた。

「それで、アンタ達は一体何者なんだ?」

「我等は、AG269から来たWGJ日本人だ」

「AG269とは、WGJ日本人とは、どういう意味だ?」

「AG269とは、WGの統べる神聖世紀269年の世界だ。具体的に言うのならば、この時代から500年後の西暦2468年という事だ。WGJは世界政府系属国家だ。この時代の日本の未来の姿と言っても間違いではない」

「AG269、つまり西暦2469年の日本から来たって事だよな?」

「そうだ」

「先輩、西暦2469年ってどういう意味ですか?」

「今から500年後の未来だ。この人は未来から来たあの球体の代表者という事だ」

「それじゃあ、500年後の未来からタイムトンネルを抜けて来たって事ですか?」

「古いな、随分前に終わったテレビ番組じゃないか」

「1967年、3年前です」

 タイムトンネルは、アリゾナ砂漠の地下に設置された過去や未来に人間を転送する装置で時間旅行するドラマであり、NHKで1967年に全28話が放映されている。この時代に、タイムトラベルやタイムスリップ物は、まだ一般的ではなかった。

「室井、そんなものはテレビドラマの中にしかない。これは作り話じゃない現実なんだ。とは言っても、現実味はないけどな」

「タイムトンネルじゃなければ、どうやって未来から来たんだろう?」

 真神は、未来人の言葉に頭を抱えた。

「やっぱり未来から来たのか、最悪だな」

「最悪ってどういう意味ですか?」

「それだけじゃ終わらないって事だよ」

「終わらない?」

「「やっぱり」って事は、先輩は知っていたんですね?」

「いや、状況から推測すると可能性はかなり高いだろうと思っていただけだ。お前のパラレルワールド説と大差はない」

「未来人って事は、あの球体は「時間を遡る機械」だったって事ですか?」

「まぁ、そういう事になるんだろうな」

「マガミ、指導者はどこにいるのか?」

 ミレイの目が急いている。

「先輩、この時代の日本の指導者と言えば首相ですよね?」

 近傍に、国会議事堂が見えている。

「まぁ、そうだな」

「首相官邸の場所だったら、ボクわかりますよ」

「首相かぁ」

 真神は、何かを考えながら天を仰いだ。

「このまま首相に会いに行って、いきなり「未来から来た」って言っても、理解する訳はないよな。仮に、理解したところで絶対に条件を出して来るに決まってるだろうし。かと言って、球体で首相官邸に突っ込んだら、全面戦争だよな。さて、どうしたもんかな?」

「先輩、500年後の未来から来た未来人だなんて、本気で信じているんですか?」

 室井がおどけた顔で眉に唾を付けている。

「他に理解しようがないだろ?」

「マガミ、指導者の場所を教えてくれ」

 未来人と推定される女は、更に乞うような目で促した。

「俺を信じて、取りあえず球体が暴れるのを止めてくれ。このままじゃ、東京の街が潰れちまう」

「えっ先輩、この人にアレの攻撃が止められる?」

 未来人ミレイは、真神がその意味を理解している事に驚き、凝視しながら言った。

「その通りだ、NOAは私が動けるように反対方向へ移動している。それを知っているという事は、君がリツコの代理人なのは間違いなさそうだ」

 再び女は左腕の機械で何かを操作すると、日比谷公園の向こうに見える赤く燃える球体は徐々に上空高く浮かび上がり、青白いレーザーの光が消えた。

「あっ、本当にレーザー光線が止まった」

 球体は、そのまま方向を変える事なく東へと移動した。

「アレはどこへ行くんですか?」

「もう一つの目的のため海へ向かう」

「もう一つの目的?」

 室井は、目の前の女が未来人である事には未だ半信だが、世の中で今この瞬間に起きているひっくり返る程の大事件とこの女が確実に関連している事を、感じざるを得なかった。

 遠くに必死の形相で走り寄る二人の警察官の姿が見えた。何かを叫んでいる。誰かが通報したのだろうか、何ら疾しい事はないのだが、何か嫌な予感がする。

「何となくマズイな。室井、その辺の車掻っ払って来い。ミレイ、俺を信じて一緒に来てくれ」

「わかった。リツコの代理人であるキミを信じよう」

「室井、会社に帰るぞ。どれでもいいからその辺に止まっている車、この前教えた直結でエンジンかけて掻払って来い」

「は、はい了解です」

 室井がいつになく素直に答えた。

「ミレイ、兎に角一緒に来てくれ。色々説明したい事があるし作戦も必要だ」

 球体を操る若い女に、真神は確信を持って言葉を投げた。

 室井が拝借してきた乗用車に頷く女を乗せて、日比谷通りに無造作に乗り捨てられた車にバンパーをぶつけながら、渋滞を抜けて東銀座の新日本スポーツ新聞本社へと一目散に走った。フェンダーミラーに小さく映る黒い国産車とそのナンバープレートに、真神が怪訝な顔をした。

 東銀座にある新日本スポーツ新聞本社ビルに着くなり受付をすり抜け、不思議なその女を連れて最上階へ駆け上がった。女は、金属製の板に乗ったまま真神の後をつい行く。最上階の社長室ではTVニュースが球体の続報を伝えていた。

「臨時ニュースをお伝えします。球体は依然として日比谷公園上空から東方向へに移動しています。一方、一年前にあの球体から分離し、お台場海浜公園の海に消え去った茶色い卵状物体がお台場近辺の海に浮いているのを見たとの情報もありますが、真偽の程は不明です。あっ、今入ったニュースをお伝えします。球体が移動を続ける方向、一年前に茶色い卵状物体が消えたお台場の海浜公園にも、自衛隊戦車部隊が到着し迎え撃つ準備を完了した模様です。再び、戦争が始まる可能性があります。危ないですから、日比谷公園同様にお台場海浜公園にも近づかないでください。繰り返します、絶対に、絶対に近づかないでください 」

 TVからアナウンサーの絶叫が聞こえている。五階社長室の扉を力任せに開け放った真神は、TVに被り付く小泉と矢追に向かって、得意顔で言った。

「社長、編集長、言われた通りに連れて来ましたよ。直ぐに首相に会いたいそうです。何とかしてやってください」

「真神、それどころじゃない。お前の言った通りになったぞ」

「そうだぞ。戦争だ、戦争。一体これから何が起きるんだ?」

「取りあえず、即戦争は回避できそうです」

「何故、そんな事が言えるんだ?」

「そうだぞ真神、そんな事はあの球体の大将をここに連れて来てから言え」

「この人があの球体の代表者です」

「な、何だと、代表者?冗談を言っている場合じゃない」

「馬鹿も休み休み言え」

「冗談ではないし、馬鹿でもありません」

 言われた小泉と隣の矢追は、唐突な展開に面食らった。

「真神、この者達は誰だ?」

 ミレイがちょっと戸惑った顔をした。

「このおっさん達は、俺の上司で確実に信用できる人間だ」

「そうか、ワタシはWGJ司令部司令官ミレイ・アレイだ。宜しく頼む」

「しっかり対応しないと、青白いレーザーでこのビルごと潰されますよ」

「ハ、ハロー 」

「グ、グット、モーニング 」

 小泉と矢追は小さく手を振りながら、ブロンド髪の相手には英語だと言わんばかりに、呆けた顔で通じるとは思えない下手くそな英語で挨拶した。小刻みに手と足が震え、日本語で話し掛けられた事さえ気づいていない。

「社長、編集長、他に言う事はないんですか?」

「ハロー、グッドバイ 。ウエルカムツウジャパン。フジヤマ、ゲイシャ」

「グ、グット、イブニング。ハウマッチ 」

「駄目だこりゃ。仕方がない、俺が訊くしかないか」

 真神が二人の硬直ジジイに代わりその場を仕切った。

「ミレイ、俺が必ずこの国を動かしている指導者に会わせてやる。だから、俺を信じて質問に答えてくれ」

「了解した。君を信じよう 」

 ミレイが人懐っこく微笑み、即答した。

「ミレイ、先に言っておく事がある。残念な報告だが、俺の情報によれば、君達と同じ先方グループはアメリカニューメキシコ州で事故に遭い、全員死亡したそうだ」

 微笑を見せていた未来人ミレイは、その言葉を聞いた途端にカッと目を見開いた後、瞼を閉じて身動ぎもせず肩を震わせた。

「・そうだったのか。連絡が取れず心配していたのだが、そうか、それは本当に事故なのか。攻撃を受けたのではないのか?」

「アメリカ軍その他が攻撃したという情報はない」

「そうか・事故なのか・」

『ミレイ、君とはアカデミー以来の付き合いだから言うが、我々は今より出空する』

『出空予定は3ヶ月後ではないか?』

『我々は誇り高きアメリカ人として、人類の救世主となるのだ』

『大丈夫なのか。その世界は我等にとってはあくまで未知の世界だぞ、何が起こるか100%の予測は不可能だ。共に行く方が・』

『大丈夫だ。政府の方針を違えるつもりはない。武器の類は威嚇として使用し戦争を回避し、万一の場合は予備エネルギーを使用して翔ぶ。1969年で待っているぞ』

連絡は切れた。共に翔ぶ予定だったWGA02司令部司令長官ジェニファー・シードの嬉々とした声がいつまでも耳に残った。

『アレイ司令官、先程WGA02が時空へスタートしたそうです』

『知っている。先程、シードから連絡があった』

『アレイ司令官、WGA02を追って我々も出空致しますか?』

『いや、それはない。シードの言う「救世主となる事」の意味が私には理解できない。そんな事が何の意味を持っているのだろう。私には、司令官として安全に目的の時空間に着く事、WGJ審議官として、大統領代理として、安全に作戦を遂行する事、それ以外に興味はない。我等は予定日時を違わずに日比谷宇宙センターから出空する』

 真神が目を閉じたままのミレイに問い掛けた。

「ミレイ、どうしても訊きたいことがある。君達は何故1970年のこの時代に来たんだ?」

「真神、君はどの程度まで我々の事を知っているのだ?」

「君達に関する粗方の情報を得ていると思ってくれ 」

「そうか、それなら話は早い。私達は、先ほども言った通り、この時代から500年後の世界、神聖世紀AG269、西暦換算で2469年からやって来た日本人だ。正式には日本神国だ」

「何ぃ?馬鹿な事を言うな」

「500年後の世界なんて、冗談に付き合っている場合じゃない」

「嘘でも冗談でもない。何故、ワタシがそんな戯言を言う必要があるのか?ワタシにはそんな理由も、時間もない」

 ミレイの説明を一笑に付そうとする小泉と矢追の言葉を、ミレイは不思議そうに否定した。独り真神は冷静に受け止めている。

「残念ながら、やはり彼等はから西暦2469年からやって来た未来人でした」

「「やはり」って、真神はそれを知っていたのか?」

「知っていた訳じゃありませんが、予想はできました。日本、その他各国政府もそれを想定している筈です」

「そういう事か」「それが、この事件の真相という事なのか」

「まぁ、そういう事ですね」

 小泉も矢追も、そして真神も気持ちは複雑だった。例えばそれが人間であったとしても、別の星の宇宙人ならば戦争になりどちらかが消滅したとしても、結果論と割り切れるかも知れない。だが、彼等が未来人だとするなら必然的に話は違ってくる。何故なら、彼等は未来人であるとともに自分達と同義語なのだ。

「日本人って言うのは変ですよ。だって、髪の毛が金髪だし、鼻が高いし、目も大きいし、脚も長いし、綺麗だし。とても、日本人には見えませんよ。同じ人種とは思えないですよね、先輩?」

「あぁ。確かに、お前と同じ生物とはとても思えないな」

「何で、そんなに綺麗なのに日本人なんですか。何で日本語喋れるんですか?」

 真神のツッコミにさえ反応できない呆けた室井は、ミレイに大して意味があるとは思えない疑問をぶつけていく。日本人の女性に失礼だ。

「この時代では珍しいのかも知れないが、我等の世界では人種自体の概念が薄い。日本語の会話については、この時代に対応する翻訳機を通しているからだ」

「室井よ、500年も経てばそれくらいの事は起こるだろ。ちっとも驚くような事じゃない」

「混血は珍しくないって事ですかぁ?」

「混血という言葉の意味を完全に理解し難いが、我等の国籍はWGJだ 」

「WGJって何でしたっけ?」

「情けないな、華しか進まないじゃないかよ。一回で覚えろよ」

「WGJはWG世界政府に系属する日本区国。対外的に日本神国と称する」

 気が急くのを抑えるかのように「ふぅ」と息を吐き、未来人ミレイが冷静に話を進めた。

「それより、我々には一刻の猶予もない。私はWGJ司令官であるとともに、WG・世界政府大統領代理でもある。早急にこの国の指導者に会い、我々の行動に理解と協力を得なければならない。今の状況は決して良くない」

「大統領代理って、失礼ですけどミレイさんは何歳なんですか?」

「私はAG289、西暦2289年生まれの若輩者だが、代理者としての職務を全うしなければならない」

「2289年って事は・ぎゃっ・180歳だ・」室井が小さな声で叫んだ。

「ミレイ、良くない状況とは俺達との間で戦争が起こるという事か?」

 室井の呟きを無視して、真神が未来人の言葉から予測される事態を確認した。

「それに近い状況を意味する。元々の理由が我々にある事は否めない事実だが、あのような有無を言わせぬ攻撃は、決して許されるものではない。我々にも限界がある」

 再び大きく息を吐き、未来から来たという若い女は、自らの目的を告げた。

「我等世界区国民100億人は、ある事由によりWG世界政府が決議した方針に則り、500年後からこの世界へ翔ぶ事になっている。我等は、アメリカに向かった同胞と同様、先発隊としてこの世界にやって来た。我等には一刻の猶予もない。この国の指導者に会い、我等世界政府の真意を伝え誤解を解き、我等の行動に理解と協力を得なければならないのだ。今の状況から一層良くない状況へと進む可能性は排除できないだろう」

 真神は未来人の言葉から、あってはならない事態の可能性、即ち戦争が起こるだろう事を改めて確認した。球体に乗る未来人への攻撃は、即我々人類への敵対的行動として跳ね返っても不思議ではない。しかも、球体への攻撃は既に二度実行され、反撃ともとれる青白い光は日比谷周辺のビル群を破壊した。いつ、状況が前面戦争と化しても決して不思議ではないのだ。

 だが、それでも最悪の状況を回避出来る策はきっとある筈だ。真神は本気でそう思っている。何故なら、人類と未来人は同じ人間であり、遥かにそして確実に繋がっている人類同士なのだ。真神自身が未来人に肩入れしている理由は、そこにある。

「元々の原因が我等にある事は否めないが、あのような有無を言わせぬ攻撃は決して許されない」

 真神は当然だと深く頷いた。例え攻撃側にどれ程の合理的な理由があろうとも、戦意のない相手に対する一方的な攻撃は、決して許されるものではない。

「確かにそれはそうだ、謝る以外にない。そうですよね社長、編集長」

「えっ、はい。ご免んなさい」

「どうもすみません」

 未来人の登場などという突拍子もない話の流れに、口を開けたまま呆然と成り行きを見るしかない状況で、いきなり話を振られた二人のボンクラジジイは、また妙な返事をした。

「だが、それをここでキミ達と議論しても意味はない。我等はこの国の指導者との会見を望む」

 未来人ミレイは、ちょっと興奮気味に感情を表した。1969年の日本の代表者である内閣総理大臣佐藤栄作が首相官邸にいるくらいの事は、未来人は先刻承知しているだろう。だが、だからと言って「未来人です」と出て行っても、事が思い通りに進むとも考え難い。目的を達するその方法の教示を敢えて真神に乞う事には、きっとそれなりの考えがあるに違いはないのだろうが、いつまでも出ない具体策にどう対応すれば良いのか、そんな未来人の葛藤と苛立ちが見える。

「ミレイ、気持ちは理解できるが、この国の代表者である首相に会ったところで要領を得ないだろうし、況してやいきなり攻撃するような輩に会って事が上手く進む筈がない」

「そうですよ、それにそんなに簡単に首相なんかに会える訳ないですよね、先輩」

 真神は腕を組んだままで返した。

「いや、代表者に会えない事はないんだ。但し、出て来る相手は首相じゃなくサル山の大将だろう。だから、会えたとしても話は確実に決裂する。何故なら相手がサルだからだ」

「サル山の大将って誰ですか?」

「重要なのは、首相やサル山の大将に会う事以上に、サルの大将をどうやって説得するかを考えなければならないという事だ。君達は、当然返還を望むのだろう?」

 真神がミレイに訊いた。

「先輩、返還って何ですか?」

 室井の疑問が静かに通り過ぎていく。

「当然だ。我等は即座にそれを望む」

「先輩、アレとかそれって何ですか?」

「馬鹿野郎、いちいちそんな事訊かずに察っしろよ。アメリカで事故った彼等の仲間の遺体と球体だよ。無神経な奴だな」

「あっ、そういう事か」と室井が恐縮した。

「でもミレイ、多分サル山の大将は必ず君達にアレを要求して来るぞ」

「承知の上だ。出て来るサルがどんな者か次第だろうが、要求は間違いないだろう」

「今度は何ですか。何を要求されるんですか?」

「つくづく勘の悪い奴だな、今の時代の権力者達が未来人から奪いたいものが何かを考えろよ」

「えっと、何だろう?」

 真神が怪訝な顔をした。「そんな事もわからないのか、だから○大なんだよ」と、はっきり顔に書いてある。

「簡単だろ、これから起こるだろう歴史と進化したテクノロジーだよ。特に後者は垂涎の的だ」

「そうかぁ」

「ミレイ、君達はこの世界に未来のテクノロジーを一部でも与える気はあるのか?」

「全くない、私達はこの世界にできる限り負荷を掛けたくないのだ。何故なら、この時代にそれを与える事により、歴史が大きく変化する可能性が更に高まるからだ」

 未来人ミレイは迷う事なく即答した。それは至極当然だ。彼等が時を遡った事で、既に歴史は変わってしまっているだろう。「これ以上の歴史への干渉はしたくない」そんな意思がミレイの言葉の端から感じられた。500年を超越する知ってはならない未来の歴史と、手に入いる筈のない超高度なテクノロジーを過去の世界がその手にしたなら、どうにもならない程の歴史の変化が起こるだろう事は容易に予想される。

「ミレイさん達が本当に未来人だったら、この1970年から先の未来に起こる事を全て知っているんですよね。僕も知りたいな」

「室井、「本当に未来人だったら」って随分失礼な言い方だな。もう少し気を遣え、無神経馬鹿」

「あっ、すみません。変な意味じゃなくて、単純に・」

「それは構わない。テクノロジーの件も同様だが、この時代から未来の全ての歴史を語るには躊躇がある。我等が1969年の過去に翔んだ事で歴史はどの程度変化したのか、ワタシが過去を語る事にどんな意味があるのかないのか。ワタシには何一つ知る術がない」

 そう言って、未来人ミレイは遠い目をした。

 真神は、室井に「未来人だったらとは失礼な奴だ」と言ったが、あの空飛ぶ球体も目の前の未来人も、真神自身でさえ確信を持って信じ切っている訳ではない。全てはちょっとした興味の成り行きの積み重なった状態と言うのが正確かも知れない。未来人と言われても現実味はないが、感情を露にし溜め息を漏らす未来人ミレイの人間臭さには、同じ日本人である親しみを感じる。

 ミレイが何かを決したように言った。

「だが、件の事情を説明しなければ話は進まないだろう。躊躇はあるが、我等がこの時代、この世界に翔ぶ事になった歴史の概略を君達にだけ見せよう」

「見せる?」

 未来人ミレイが1970年以後500年の未来を語り始めた。

「1970年から145年後、西暦2115年7月31日、地球から450光年離れた天空の星、恒星ベテルギウスが超新星爆発を起こしたのだ。巨大恒星の終焉、全てはそこから始まったと言える」

 ミレイが話し出して暫くすると、不思議な事が起こった。真神達の脳内に鮮やかな映像が浮かび上がり、まるでその場面を見ているような感覚になった。室井が悲鳴を上げた。

「何だ、これ?」

「心配はない。私の記憶を君達の脳波に同調させているだけで無害だ」

 脳に広がるナレーション付きの映像は、ドキュメンタリー映画を彷彿とさせる。

 西暦2115年7月31日午後13時28分。地球から450光年離れたオリオン座に輝く恒星ベテルギウスが激しく輝きを放ち、青く雲一つない夏空に突然二つ目の太陽が出現した。

 聳え立つ無数のビル群と遥か天空に光り輝く二つの太陽のコントラストは、地球とは思えない不思議な光景を見せている。人々は驚嘆し口々に『天変地異だ』『神の怒りだ』『人類滅亡だ』と噂したが、それが単なる天体現象だと知ると空を仰いで安堵し歓迎した。

『凄い、まるで太陽が二つ輝いているようだ』

『まさに現代のバブルの象徴だ』

 光り輝く天空の二つの太陽という天体ショーは、時を同じくして巻き起こりつつあった世界的好景気と相まって、人々を熱狂の渦に巻き込んだ。各国政府関係者の中には、ベテルギウスの超新星爆発による地球への影響を夙に心配する者も多かったが、ガンマ線バーストその他直接的な現象は起こらず、地球に目立った変化は見られなかった。

『いや違う。我々が変化を検知できないだけで、地球自体も人類の遺伝子も深刻な影響を受けているに違いないのだ』

『我々が気づかない何らかの影響を及ぼしているに違いないのだ』

 人類が未だ経験した事のない近傍宇宙での超新星爆発による影響を危惧する学者達は、地球に齎すガンマ線その他の深刻な影響を強く主張し、必死にその証拠を探した。だが、結局地球にも人類にも大きな影響を及ぼすものは何もないとの結論に至らざるを得なかった。

 その13年後の西暦2128年。今度は地球から7500光年に位置するりゅうこつ座恒星イータカリーナが超新星爆発を起こした。

「先輩、超新星爆発がそんなに続けて起こって大丈夫なんですか?」

 室井は、未来人から続け様に語られる超新星爆発に、単純な疑問を提起した。

「室井、超新星爆発が何かを知っているか?」

「当然じゃないですか、ねぇ編集長」

「あ、当たり前だろ、そうですよねぇ社長」

「当たり前だ、社長の俺に知らない事などない。真神、説明しろ」

「超新星爆発は、恒星太陽の最後の姿です。理論的には、太陽の約8倍以上の質量の恒星の核融合反応が終わり、重力崩壊する事によって起こると言われています。ベテルギウスの質量は太陽の約20倍、イータカリーナは約90倍です」

「その爆発の影響が地球にまで届くのか?」

「超新星爆発からは、特定の角度でガンマ線バーストが放射されます。太陽系がその範囲に入っていればオゾン層は破壊され地球生物は死滅し、人類は確実に滅亡です」

 人類滅亡に室井は叫び、小泉と矢追は頷きながら唸っている。そんな状況など歯牙にも掛けずに、未来人ミレイの見せる地球人類の歴史が続く。

 恒星イータカリーナの超新星爆発は、再び人々を猜疑の中に陥れた。

『今度こそガンマ線バーストは太陽系を直撃する可能性がある』

『地球文明滅亡の可能性を否定できない』

 そんな各マスコミが特集する予測に人々は驚愕し、天体ショーなどと呼ぶには余りに恐怖する天の事象に狂乱した。だが、イータカリーナのガンマ線バーストは35・19度の角度で太陽系を外れ、またも地球に災厄を齎す事はなかった。

 二度に渡る破壊的結末の可能性を持った現象は幸運にも回避され、地球及び人類への直接的影響はなかったが、それは別の意味で人類へ深刻な心理的影響を及ぼすに至った。

「別の意味って何ですか?」

「煩い」「黙って聞け」

 二度の滅亡の危機を乗り越え、度重なる究極の死の恐怖から解放された人々の感情は、誰も予想しなかった各国の経済的な拡大意欲を極端に、そして激しく上昇させた。世界的好景気はバブルを遥かに超えて極大化し、狂乱を呼び起こし、人々は錯乱状態のまま地球上の凡ゆるものを独占しようとした。その結果、それは必然的に勃発った。

「そうか、やっぱり勃発したのか?」

 室井には想像が出来ない。

「先輩、何が起こったんですか?」

「世界戦争だよ」

 西暦2138年、第三次世界大戦が勃発した。きっかけは一発の核爆弾だった。第三次大戦は10年の間続いたが、それだけでは終わらなかった。その3年後に第四次大戦が続き、7年後には第五次大戦が勃発した。

「最悪だな・」

「でも先輩、日本人のミレイさんがここにいるって事は、日本は取りあえず大丈夫なんですよね?」「そういう事になるのか・な?」

「いや、西暦2158年、東京そして日本の殆ど全ての都市は核爆弾によって壊滅し、日本国はほぼ消滅した」

「えっ、日本が消滅するんですか?」

「ほぼという事は一部は残ったのか? 」

「そうだ、残ったのは新宿周辺エリアだけだった」

「何故、新宿だけなんだ?」

 ミレイの未来の歴史に、真神が疑問を投げた。そこにいた誰もが思いもよらない展開、神の未来に驚かざるを得ない。

「神が降臨されたのだ」

「何、神、の降臨?」

 一発目の核爆弾が東京北エリアの東京池袋上空で破裂したのを皮切りに、日本全土に雨霰と核爆弾が降った。あっという間に、日本という国が消滅したが、核爆発と同時に新宿の空にピンク色の十字が輝き、超巨大なドーム状のバリアが出現した。ドームは、新宿都庁を中心として約3キロメートル四方程のエリア、北は目白、西は中野、南は渋谷、東は市ヶ谷周辺までを核による爆裂と放射能から防いだ。ドームは神が出現させたものだった。

 神は、残された人々に慈悲深い御言葉を投げ掛けられた。

『人の子達よ、何故争い合うのか。争う事の意味などない事を知るのだ 』

 そうして、WGJ日本区国は、ドームで神が残された新宿周辺国家「神の国シンジュク」を中心として成立するに至った。

「じゃぁ、500年後の日本は新宿周辺を中心に復興して、そこに人が住んでいるのかぁ」

 未来人ミレイの見せる未来は更に淡々と続く。日本神国の広さは、かつての新宿エリアを中心として東京23区程度、人口は約13億7000万人、首都はシンジュクシティ、構造は地上及び地下10層で構成されている。

「新宿に、じゅ、13億7000万人も?」

「アメリカ区国のニューヨークシティに次ぐ都市だ」

「ニューヨークも残っているのか、その他の都市は?」

「戦争の終わった直後は、どの都市も同じように壊滅的状況だった。核爆弾の嵐によって世界の主要都市の殆どは崩壊した。残った都市は、日本のシンジュクとアメリカのニューヨーク、イギリスのロンドン、ドイツのベルリン、フランスのパリ、イタリアのローマ、オーストラリアのシドニー、計7エリアのみだ」

「たったの7都市か?」

「大変だ、まさに地球人類存亡の時だ。日本の人口が13億7000万人って事は、5000人の球体で翔んで来るとすると、東京の空に27万4000万機かぁ」

 意味もなく速い。未来物語が続いていく。

 その絶望的な世界に、再び神々は降臨した。

「また、神ですか?」

「神々って何だ?」

 天空より世界中に降りた三神、赤神、青神、白神それぞれの力は、確実に各都市の核爆弾による放射線を完全除去し、地球は短期間の内に部分的ではあったが復活を遂げたのだが。

「まだ、何かあるんですか?」

 今度は復活した地球の凡ゆる場所で、支配権をめぐる神々の戦いが勃発ったのだ。

「神々の戦いって何だ?」

 天空の三神の戦いは、到底人間には理解の及ばぬものだったが、ドームを新宿に降ろされた崇高なる青い神たる青藍神は、その強大なる力によって神々の戦いを制し人類の前にその勇壮な姿を現わされ、人々に「我は神に非ず」と告げた。

 彼等は、神ではなく遥かに進化した宇宙人類であったが、地球人類にとっては神に等しい存在だった。青藍神は、地球文明に惜し気もなく高度なテクノロジーを供与され、再び宇宙の彼方へと飛び去った。人類はその年、西暦2200年を神聖世紀元年、AG01とし、そこから地球文明は飛躍的な進歩を遂げるに至った。

 神聖世紀AG150、即ち西暦2350年、青藍神より超高度なテクノロジーを得た地球人類は、遂に世界の全ネットワークを制御するマザーコンピューターシステムを構築し、WG世界政府を樹立した。

 各国は世界政府の下で一つとなり、WGAアメリカ区国、WGJ日本区国、WGIイギリス区国、WGDドイツ区国、WGFフランス区国、WGTイタリア区国、WGOオーストラリア区国の7都市国家が成立し、地球上から戦争が消えた。

「世界政府か、7ヶ国とはいえ素晴らしいな」

「やれば、できるって事ですね」

 そして、AG神聖世紀を迎えた人類の新たな黄金時代が始まった。世界政府樹立にともない人種の混濁が起こり、それは人々の言葉を劇的に変化させ必然的に世界単一言語の創造をも促す結果となった。名実ともに世界国家となった地球文明の科学的な進歩は著しいものだった。

 原子力の更なる進化は核融合炉を造り上げ、物理学の飽くなき探求は重力子の発見と実用化を実現させた。これ等により、人類は凄まじいエネルギーと画期的な推進システムを手に入れる事となり、本格的な太陽系開発に乗り出す事となった。

全てが順風満帆に進んでいたAG267、西暦2467年7月、中央天文台が地球から550光年離れた巨大な恒星、さそり座アンタレスの急激な変異を報告した。

 アンタレスの表面温度は一定の周期を以って変化してはいたが、次第に周期は不安定となり、遂に超新星爆発を起こす兆候を示すに至った。更に世界中の政府関係機関を震撼させたのは、アンタレスの超新星爆発によるガンマ線バーストがかなり高い確率で太陽系を直撃すると予測された事だった。

「また超新星爆発かぁ」

「この宇宙での恒星の崩壊なんて、決して珍しくないありふれた現象なのかも知れないな」

 未来の歴史物語が粛々と進んでいく。

 人々は約340年の時を経て再び天空の激震を迎える事となったが、混乱を恐れた世界政府の方針により各区国市民にその事実が知らされる事はなく、限定された政府機関関係者のみが知るに止まった。かつて二度の災厄を免れた人類の強運と経験に、『きっと今度も問題はないに違いない』『観測データから超新星の傾向と効果的対処方法を知る事など簡単だ』と高を括る天文関係者、政府関係者もいた。

 しかし、残念な事に340年の時の流れと三度に渡る世界戦争は人々の知識の保管、蓄積に致命的な打撃を与え、超新星爆発に関する分析データは消失し世界中どこにも存在しなかった。結果的に、各区国にある計23400ヶ所の天文台関係機関の殆ど全ての観測機能は強制的に、集中的にアンタレスの太陽面観測に向けられざるを得なかった。

 中央天文台所長シランド・ハレオ他の担当者達は、世界各天文台から送られて来る膨大な観測データに辟易しながら絶望的な数字を見つめている。既に誰もが涙目になっている。

『所長、駄目です。何も変わらない。コンピューターがパンクします』

『あぁ、もう駄目なんだぁ』

『諦めるな。この膨大なデータから何かを読み取るんだ』

 観測とデータ分析は昼夜を問わず継続されたものの、アンタレスの状況が好転する事も打開する為の方策を掴む事も出来なかった。

 この事実を知った政府関係者は悲嘆し、唯々神に祈り続ける以外になかった。 地球文明を絶望という灰色のベールが音もなく包み始めた頃、何故か人々の願いが通じたかのようにアンタレスは次第に平静に戻る兆候を示し始めた。翌年、世界政府は一連の事実と『当分の間アンタレスが激変する事はないだろう」との政府コメントを発表した。

 アンタレスによる地球規模の危機とその回避を知らされた世界中の人々は、一様に安堵するとともに『我々は神に守護されている』『地球は神の星だ』『地球人は神の使いだ』と狂喜し、所詮偶然でしかない三度に渡る超新星爆発の回避を神格化した。

 世界中に『地球は神の星、地球人は神の遣い』との文句を本気で謳う、荒唐無稽な宗教ブームが吹き荒れ、街には神やら神の遣いを名乗る得体の知れない輩があちこちに溢れた。

 そして、そんな風潮に輪を掛けるように、アンタレス騒動の去った世界各地の天文台は史上稀に見る巨大彗星を観測している事実を興奮気味に発表した。

 室井が得意げに予言を口にした。

「今度は彗星か、きっと今度もヤバい事になった後で回避するんですよ。三度ある事は四度ある」

「何だ、それ?」

 その彗星そのものは400年前に既に発見されていた。

 西暦2066年、アメリカ合衆国の民間天文観測家ジョージ・インジル氏と日本の梅坪昌平氏によって同時に発見されたその星は、インジル・ウメツボ彗星と命名された。発見当時は、太陽系を周回する核の直径15キロメートル程の彗星としては至極普通の天体ではあったものの、他の彗星の比ではない長い尾を引いて輝くその美しさは天文関係者の記憶に強いインパクトを与えていた。その彗星が400年の時を経てAG266、西暦2466年に再来したのだが、天文関係者の誰もが直径130キロメートルを超える変わり果てたその巨大さに驚きを隠せなかった。

 巨大な彗星は木星軌道を横切り、太陽を公転する楕円軌道を時速3万5000キロメートルで滑るように突き進んでいた。予測では、3年後に太陽に向かって尾を引いて飛ぶインジル・ウメツボ彗星の美しい姿を地上から観測できるだろうと思われた。

 世界中の人々は、3年後に繰り広げられるだろう彗星の美しい天体ショーに期待した。巷にはINUMEの文字が溢れ、老若男女は、その美しい星の地球への接近を挙って心待ちにした。世界的な彗星ブームが加熱していった。

シンジュク公園上空の夜空に小さな星光が見える。

『あの火星の横にあるのがイン・ウメ彗星だね』

『綺麗だわ、光の尾を引く姿を早く見たいわね』

『きっと天使のような星に違いないね』

 夜空に輝く星を見つめるカップルのそんな嬉しそうな会話が聞えた。人々に癒しを与える天使の星によって、世界中が穏やかな高揚感に包まれていた。

 その頃、世界政府直属機関であるWGSA宇宙科学アカデミーから、大統領官邸に緊急召集された各区国の最高指導官僚達に、衝撃的な報告がされていた。

『中央天文台は、3年後に飛来が予測されていた直径130キロメートルを超える巨大彗星、インジル・ウメツボ彗星についての詳細なシミュレーションを行った結果、58.9パーセントの確率で地球に衝突する可能性がある事が判明しました。計算値ではありますが、58.9パーセントの予測数値に間違いありません』

『何故、そんな事が今までわからなかったのだ?』

『理由は幾つか考えられますが、一つの理由は本来地球軌道と相当距離を保っていたイン・ウメ彗星の軌道が、ベルテギウスからイータカリーナへと続いた超新星爆発の影響により、徐々に変化していた事です』

『400年前と軌道が違うという事なのか?』

『そうです。それに・』と報告官が口籠もりながら言った。

『最大の理由は、アンタレス騒動に対する世界政府の方針によって、各国の天文台がアンタレスの天文観測にマンパワーを極端に集中した結果、イン・ウメ彗星の位置把握と軌道シミュレーションが遅れた事です』

『世界政府の方針が間違っていたという事なのか……』

 地球には何の影響もなかったと言われていた西暦2115年のベテルギウス超新星爆発、及び西暦2128年に地球から7500光年に位置する恒星イータカリーナで起きた超新星爆発、更には各国の天文機能を集中したアンタレスの騒動。それら全てが、間接的に地球に多大な影響を齎していたのだ。そして、それは最早手遅れとなる最悪の可能性を孕んでいた。

『それで、地球はどうなるのだ?』

『地球文明は消滅するのか?』

『衝突58.9パーセントという確率は決して低くはありません。万一の場合は文明の消滅どころか人類、いや地球上の生物の99パーセント以上が死滅すると予測されます』

 誰もが心待ちにしていた筈の彗星の衝突という緊急事態に誰もが肝を潰し、事前報告を受けていた大統領アルンナ・キニン、副大統領エイラゾ・ワレコだけでなく世界政府官僚達は皆狼狽した。

 その後、政府関係者のみに知らされていたこの機密情報に対し、各区国はそれぞれの研究機関で必死に対応策を検討したが、具体的な策を見い出す事はできなかった。

『58.9パーセントはかなり高い確率だ』

『58.9パーセントの確率など大した事はない』

『いや違う。また前回と同様に右往左往した結果、大事には至らないに決まっているのだ』『そうだ、何もしない方が良い』

『いや、そんな事ないいつも上手くいく保証などどこにもない』『そうだ。そんなもの政府の手で直ぐに確実に対応し、人類滅亡を止めるのが当然ではないか』

『そうだ、政府はあの忌まわしき彗星を破壊すべきだ。それができないならば、せめて彗星の軌道を変えてしまうべきではないか』

 各区国関係者はそれぞれ勝手に主張したが、直径130キロメートルもある超巨大彗星を破壊する事、いや軌道を変える具体的な方策さえ言う程に簡単ではなかった。最後の策として、政府は極秘裏に全世界の民間科学研究機関に事実を開示して世界中から効果的な打開策を募ったが、やはり芳しい成果はなかった。

 そして、それは確実に人類が手にしている最大の力である核融合爆弾による彗星の破壊の実行に繋がる事を意味していた。

『そんなもの、核爆弾搭載ロケットで破壊すれば全ては解決するではないか』

『そうだ。何を躊躇する必要があるのだ』

『いや絶対に違う。慎重に検討すべきだ。核爆弾の影響で地球に起こる十分な予想が出来ない』

『そうだ。太陽系内での大量の核爆弾使用による地球他の天体への影響を詳細に検証すべきだ』

『ふざけるな、時間は迫っているのだ』『そうだ。直ぐに実行すべきだ』

『いや、そもそも彗星の核部分は氷塊であり、核爆弾の強大な破壊力を十分に発揮できるかどうかは疑問だ。しかも、それによって別の影響が出ない保証はない』

 政治家、軍人を中心とする強硬派は即刻の実行を主張し、科学者達の慎重派とは世界政府を二分して激議を展開したが、結論どころか方向性すら見出せなかった。そして、至極当然に世界中のマスコミ関係者にこの事実が漏洩した。

『3年後に飛来が予測される核直径130キロメートルを超えるインジル・ウメツボ彗星について、WGSA世界政府天文アカデミーが詳細シミュレーションを行った結果、58.9パーセントの確率で地球に衝突する事が判明したとの事です。衝突した場合、地球上の文明は確実に崩壊し生物が99パーセント以上死滅する可能性があります。政府はこの危機的状況を回避すべく検討していますが、打開策は未だ模索中だとの事です』

 そんなニュースが世界中に流れた。世界中の人々は、唐突に発せられた人類滅亡の可能性に半信半疑とならざるを得ず、58.9パーセントという確率の齎す微妙な現実味によって、幸運にも社会的な大混乱が起こる事はなかった。

『大丈夫だろうか?』『そんなに悲観する必要はない。結局、今回も人類は危機回避するに決まっている』『そうだ、58.9パーセントの確率など大して気にする程のものではない』

 しかし、民間科学専門機関及び公的科学研究所から58.9パーセントの現実的可能性を裏付けるシミュレーション結果が次々に発表されると、人々は次第に不安に駆られ、笑い声は怒号と悲嘆へと変わっていった。

『世界政府は何故見解を発しないのだ?』

『そうだ、58.9パーセントの確率とは確実に地球滅亡を意味するものなのか?』『駄目だ、人類は滅亡するに違いない』『政府は何をしているのか?』

 世界的な人々の不安は必然的に世界政府に向けられた。人々の感情の矛先が世界政府へ向けられると、大統領選挙の真っ最中にもかかわらず、慌てて対応に乗り出さざるを得なかった。そして遂に、批判の的となり日々対応に苦慮し続けていた現大統領アルンナ・キニンが過労に倒れた。

 その報を受けた副大統領補佐官ガヤイル・ナニオは妙計を案じてほくそ笑み、副大統領エイラゾ・ワワレに吹き込んだ。

『副大統領閣下、これで閣下は大統領代理です。これこそ天が御与え下さった絶好のチャンスに違いありません、高々58.9パーセントの確率で彗星が地球に衝突する事などあり得ません。しかし、このまま手を拱いていては人々は世界政府の手腕を評価しないでしょう』

『ワシはどうすれば良いのだ?』

『簡単な事です。58.9パーセントなど放って置いても地球に衝突する事などない確率の彗星を、敢えて閣下が破壊するのです。そうすれば、次の世界政府大統領選は勝ったも同然。それどころか、世界の区国民は閣下を地球の歴史上最も偉大な救世主と崇めるでしょう。しかも、彗星破壊など核爆弾を以ってすれば容易い事なのです』

『この私が大統領で救世主か、悪くはないな・』

 大統領補佐官ガヤイル・ナニオの魔法の言葉である「大統領で救世主」が副大統領エイラゾ・ワワレを衝動的に突き動かした。

 政府内部を巧妙に纏めて大統領代理となったエイラゾ・ワワレは、急遽科学者達を一切排除した緊急検討プロジェクト委員会を設置し、大統領権限に於いて核爆弾を搭載したロケットによる彗星破壊計画を強行した。核爆弾の使用に否定的な科学者達を排除したにも拘らず、検証すべき内容を棚に上げたままの計画実行には強く反対する者達が多数いた。

『その程度の核爆弾で彗星を破壊する事は不可能、軌道を変化させる事さえできないだろう」

『万一の場合、地球だけでなく月面基地ルナシティや火星都市マーズスーパーシティにも影響が出る可能性がある。全ての影響をシミュレーションすべきだ』

 日本区国科学アカデミー名誉審議官ガレオ・田中博士とアメリカ区国科学センター審議官ジョージ・マイネム博士は、同時にそして強硬に反対を主張したが、翹望に判断力を失ったエイラゾ・ワワレの強行する愚策を阻止する事はできなかった。

『政府は何をしているのだ?』

『そうだ、一刻も早くあの忌まわしい星を破壊してしまえ』

 遂に、大統領令としての世界政府の見解が全世界へ発信された。既に、救世主気取りの大統領代理エイラゾ・ワワレは、準備された核融合爆弾を前にして得意げな顔で語った。

『世界区国民の皆さん、御安心ください。我等の科学力を以ってすれば、あの巨大な彗星の破壊でさえ容易い事です。今からそれを御覧に入れましょう。今より三本の矢を発射します、これで全ては解決です』

 大統領代理エイラゾ・ワワレは、用意された原稿を恙なく全世界に向けて発信し、核融合爆弾搭載ロケットの発射スイッチを押した。

 月面軍事基地ルナベースから、准光速の白い光が天空の忌嫌の彗星に向かって勇壮に飛んだ。世界中の人々は、祈りながらモニターに映るその姿を食い入るように見据えている。白い光は巨大な星に確実に着弾し、爆裂に人々は息を呑んだ。それで全てが解決する筈だった。そして、人類存続に係る全ての問題が霧散する筈だった。

『大統領代理閣下、御覧ください。全ての問題が解消し、絶望が輝かしい未来の希望へと変わる瞬間です。今こそ、閣下が人類の英雄となるのです』

『私が地球の、人類の英雄か。悪くはないな』

核爆弾は、忌嫌の星を無理矢理爆光に引き摺り込んだ。

『やったか?』

『間違いありません』

 大統領補佐官ガヤイル・ナニオと大統領代理エイラゾ・ワワレの弾む声とは裏腹に、彗星に変化は見られない。

『そんな筈はない・』

 連続して彗星に着弾した三本の矢、核融合爆弾の光輪が輝く未来への希望を見せる筈だった。それ以外の結果など想像さえできない。核爆弾の威力で彗星が吹き飛ばない事など物理学の理屈に合っていない。そんな現実はアニメかSF小説でもない限り存在しないのだ。だが、現実は非常だ。氷塊である彗星を核爆弾で破壊消滅させる事は不可能なのだ。

『何故だ。上手くいくと言ったではないか?』

『核爆弾で吹き飛ばない筈はないのですが・あっ、ご覧ください』

 落胆する二人の顔が微笑に変わった。彗星に変化が見え、氷の星が静かに数個に割裂したのだ。

『軌道が変化しています。爆裂はできなかったようですが、軌道を変える事に成功したようです』

『やったのか?』

『成功です』

『やったぞ、これで俺は地球の歴史に名を残す偉大な英雄、救世主だ』

 中央天文台は、即座に現在の状況と予測を発信した。その内容は、救世主の三文字に微笑む大統領補佐官ガヤイル・ナニオと大統領代理エイラゾ・ワワレを、再び地獄の底へと突き堕とすものだった。

 58.9パーセントの確率で地球に衝突する彗星軌道は、数個に分割した事で軌道を変化させた。だが、それは地球公転軌道でのクロスを回避させたのではなく、彗星が幾つもの塊に割裂する事で、逆に地球との衝突確率を89.5パーセントへと上昇させる悲惨な結果を齎したのだった。

 インジル・ウメツボ彗星が89.5パーセントの確率で地球に衝突する新予測が発表された直後、大統領補佐官ガヤイル・ナニオと大統領代理エイラゾ・ワワレは忽然と行方を眩ましたが、それは更なる悲劇的結果を引き起こす要因となった。

 89.5パーセントの確率で地球に衝突するだろう絶望的な予測と、世界政府の最高指導者の失踪という重なる異常事態は、世界政府内の混乱と凡愚な権力の台頭を呼び起こした。短絡的な行動に走る世界政府NO.2の政府軍司令官ヤルハニ・ヤゾルが興奮気味に叫んだ。

『我等世界政府軍こそ、この地球を救う事ができるのだ、撃て、撃て、撃て』

 箍の外れた政府軍は、ある限りの核爆弾を掻き集め、割れた彗星に次々に撃ち込んだ。火星と木星の間にある小惑星帯を通過するタイミングで核爆弾を撃ち込まれた主構造を氷塊とする彗星は、花火のように数え切れない光に割れた後、小惑星を絡め取りながら合体し、更に巨大な彗星に姿を変えていった。

『彗星質量が変化中。現在、数百に分裂した彗星の最大直径は300キロメートル、100キロメートルを超える4つの核を随伴しています』

『何がどうなっているのだ?』

 政府軍司令官ヤルハニ・ヤゾルが首を傾げる間にも、向かって来る彗星は更に巨大になっていく。

『何か方策はないのか?』

 地球上最大の威力を有する核融合爆弾による大彗星の破壊消滅計画は悉く失敗し、地球衝突の確率は遂に99パーセントを超えた。人類は確実に、滅亡の時を迎えようとしていた。

 3年前に再発見され、天使の星と呼ばれて人々に高揚感と癒しを与える筈だった星。だが、今や忌嫌の星となり地獄の使者と吐き捨てられるインジル・ウメツボ彗星は、地球に向かって一直線に、確実に突き進んで行った。

 人類の叡智が巨大彗星の進攻を止める事は遂に叶わず、人々は地上から目視できるようになった悪魔の使者に震えながら、いつ訪れるかわからない崇高の神、青藍神に唯々祈る以外になかった。

 地球に危機が訪れる度に世界中の街のあちらこちらに現れる、我こそ神だと自称し怪しく人々を煽る者達が、今度もまた次々と現れた。

『我は神託を告げる為にこの地球に遣わされた神の遣いなり』『祈るのだ、只管神に祈るのだ』『私を神と崇めるのだ。そうすれば、必ずや神は人類をお救いくださるだろう』『我等人類が救われる為の唯一の方法は、私を神と崇拝する事しかありません。愚かな人類よ、私を神と崇めるのです』『私こそ神の使い、私が貴方達を救う神の使いです。私の前に平伏すのです』

 多くの人々は怪しい神の遣い達に縋り、泣きながら唯々只管に天に祈った。だが、どんなに祈ろうとも奇跡は起こらなかった。そんなに都合良く神が人類を救ってくれる事などある筈はないのだ。絶望の触手が今度こそ確実に地球を掴んでいった。

 そんな危急存亡の状況の中、想像を絶するものがWGFフランス区国原子核研究機構で開発され、WGIイタリア区国中央原子力研究所で実用化に成功したとの報告がなされた。それは科学の常識を覆す時空間を超越する機能を有するものだった。

 神聖世紀AG163、西暦2468年。

 世界政府中央会議席上、WGF審議官オーエマ・シラガ、WGI審議官ナレンダ・ダレオは、各区国政府関係者の前で誇らし気に主張した。

『我等は、核融合、重力制御を超える新たな究極の力、時空間制御テクノロジーを手に入れた』

『それは、我等WGF並びにWGIの功績によるものだ。この究極のテクノロジーが、我等人類を救うのだ。我等は究極の力を手に入れた。それは我等の功績によるものだ』『我等を賞賛せよ』

 子供のように得意満面で有頂天の二人に、各国政府関係者の指摘が飛んだ。

『自画自賛するのは勝手だが、時空間の超越、時空間制御テクノロジーとは具体的に何を言うのかを説明しろ』

『この危機的事態に時空間が何の役に立つのだ?』

『馬鹿め、そんな子供染みた事ができると本気で言っているのか?』

『何をどうすれば時を操れるというのだ、早く説明してみろ』

 嘲りにも似た関係者の疑義に答える事もなく、二人の野放図な自慢が続いた。

『煩い。キサマ等は我等に感謝だけすれば良いのだ』

『そうだ。我等の開発した新テクノロジーが人類を救うのだぞ。感謝して当然ではないか』

 昂然と胸を張るオーエマ・シラガとナレンダ・ダレオに対し、統括審議官であり新たに大統領代理に就任したマカディア・カラカンが厳しい口調で諭した。

『君達の誇らしい気持ちがわからないではない。だが今、我等にとって必要なのは唯一、世界の人々を確実に導く事の出来るテクノロジーだけだ。賞賛が欲しいのならあの世で死ぬ程誉めてやろう』

 マカディア・カラカンの言葉に、オーエマ・シラガとナレンダ・ダレオは苦虫を噛み潰しながら、悔しそうに舌打ちした。

『統括審議官に対して何だその態度は、失礼千万だ』

『煩い、黙れ。我等は究極のテクノロジーを開発したのだぞ。これで人類滅亡が回避されるのだぞ』

『それがどうした。黙るのはお前だ』『そうだ、黙れ愚か者』『そうだ、口を慎め』

 中央会議場に怒号の嵐が吹き荒れた。冷罵する各区国の審議官他政府関係者達は、WGFとWGAの功績を否定しようとする意図はなかったが、常日頃から他区国への批判的な態度を繰り返し、人類滅亡というこの難局に至ってさえも、何とか切り抜けるべく日夜苦悩する新大統領代理マカディア・カラカンに非礼を示すその態度に激怒していたのだった。

『諸君、冷静になろう』

 マカディア・カラカンは、意味のない言い合いを制し、現状を告げた。

『まず、我等は一年内に天体番号EM809511、天体名インジル・ウメツボ彗星が、愚かな指導者の暴挙により、99パーセント以上の確率で地球、月、火星に衝突する、という危機的状況に直面している事を改めて知らねばならない』

 カラカンの主張は、即ち現在人類が持ち得るテクノロジーで地球以外の居住区である月面都市ムーンベースシティ、或いは火星都市マーズパワーシティへの移住を実行しても、地球と同等かそれ以上の被害を被るだろうという絶望的状況である事を意味していた。

『それを十分に理解した上、私意を捨て、崇高なる理念を以てこの難局を乗り切る為、あらゆる方策を実行せねばならないのだ』

 大統領代理の無駄のない発言に、会議場中がこの絶望的局面を回避する新たな方策が発せられるだろう大いなる期待に包まれた。いつまでも鳴りやない拍手を遮って、マカディア・カラカンが続けた。

『だが、我等はかつて人類を導いてくれた崇高なる青藍神に心から祈る以外に、果たしてこの絶望的な状況を回避する為の選択肢を持っていると言えるのだろうか?単なる机上論ならば無限の方策が考えられるだろうが、現実を見据えた選択肢は決して多くはない。例えば、他星へ移住する方策はどうだろうか、結論はNOだ。現在、太陽系内で地球、月、火星以外への移住を可能にする為には新たにテラフォーミングを行う必要があり、太陽系外であれば地球型惑星を探す必要がある。それは、既に誰もがわかっている筈だ。テラフォーミングを行う時間はなく、太陽系外に我等100億全ての人類が移住出来る星を今後見出せる可能性は限りなく低い。そして、100億人を太陽系外へ運ぶ事さえ未知数と言わざるを得ない。また、地球自体或いは衛星である月を改造し、銀河を渡る船とする方策はどうだろうか。残念ながらこれもNOだ』

 人類は、それ等を実現できるテクノロジーを持っていない。可能性はゼロだった。

『その他の方策についても、その実現性を考えるならば、選択できるものは存在していない。更に、WGI並びにWGFが開発したという時空間制御技術により時空間を超越する方策だが、余りに突飛過ぎて検討に値するものと言えるかどうかさえ疑問だ。以上により、結論としては対応策なし、即ち何もないという事だ』

 会場にいる誰もが言葉を失いかけている。

『それではどうするべきなのか。今、我々が欲するのは、方策がない事の説明や理屈などではなく、どうすれば成し遂げられるのか、またその具体的方策は何かだ』

 力強い言葉が会場に響く。

『世界政府は、本当に方策が全くないと断言できるのか」という原点に立ち、先入観を捨て、全ての考え得る方策について改めてシミュレーションを行った上で、消去したのだ、が……』

 マカディア・カラカンは、何かを含むように続けて言った。

『だが、否定仕切れず捨て去れないものが、唯一つだけあった』

 会場にいる誰もが固唾を呑んで聞き入った。

『それは……』

『それは?』

『それは、WGI並びにWGFの時空間制御だ」

 水を打っていた会場にどよめきが起こった。思いも寄らぬカラカンの言葉に、即座に時空間制御を否定する懐疑的な言葉が飛び交うのは必然だった。

『他の方策というなら未だしも、それはない』

『時間制御などという絵空事があり得るのだろうか?』

『ある筈がない。お伽話だ』

『そんな馬鹿げたホラ話など、真面に検討している暇はないのではないだろうか?』

『そうだ、人類が滅亡しようとする時に、そんなものなど考えるだけ無駄ではないのだろうか?』

『諸君、そうなのだよ、その通りなのだ』

 否定的な意見に続くマカディア・カラカンの確信を持った予想外の言葉に、会場はカラカンの言葉に尚も期待しようと静まり返った。

『私もそう言ったのだ。繰り返し々『そんなもの絶対にある筈はない』と誰よりも強く懐疑を持って主張したのは、この私なのだ』

 会場が耳を傍立てている。物音一つしない会場にカラカンの声が響く。

『しかしながら、検証すればする程に否定ができないのだ。今でも私は時空間制御など鼻で笑い飛ばしたい気持ちを持っているのだが、それができないのだよ。しかもだ、百歩譲って仮にそれを肯定して前提とするならば、時空間制御の為の移動装置たる船は現在各区国が使用しているスペースノア社製球体型宇宙輸送艦NOAを改良、一部新造する事で足りる。そして、現在これがこの危機的状況を回避する最も現実的な選択肢と考える事ができてしまうのだよ」

 再び、即座に審議官から質疑が飛んだ。

『NOAはアカデミーの生徒達が使う宇宙飛行、並びに各区国が地球とルナベース、マーズシティの間を飛ぶ宇宙輸送用として使用している球体型宇宙輸送艦であり、簡易的な船である事は否めない。時空間などという未知の目的に耐え得るかは甚だ疑問と言わざるを得ないだろう。特に、アカデミーの簡易型艦などはオモチャに過ぎない。そんなもので大丈夫なのだろうか?』

『時間制御そのものにも疑問がある。仮にそれを肯定するとしても、そんな訳のわからないもので人類が滅亡から回避できるのだろうか?』

『そうだ、そんな簡単な方法でこの難局を乗り切れるとは到底思えないのだが・」

 カラカンは、尚も時間制御が最後の方策である事を主張し続ける。

『確かに諸君の思う事は私にも理解できるし、そんなものを検討する意味などないと言いたい気持ちもわかる。だが、仮にこの方策を実行するとして、彗星衝突までの僅か一年間で100億人を運ぶ船を建造しなければならない事を考慮するならば、我等には今考え得るこの方策に賭けてみる以外にはないのではないだろうか。NOAは、簡易型とは言っても安全性向上の理由から外殻には新硬金属テルミナを採用し、搭乗可能人員は約5000人、核融合エンジンと重力制御装置を搭載している。これに時間制御装置と食糧プラントを組み込めば、時空間船が完成するのだ。一応の安全性も宇宙で再度実証実験済みなのだ』

『しかし……』『それは、余りにも無謀……』

 関係者達が唸り始めた。

『それだけではない。世界中に存在する船で、NOA以上に適応可能なものは考えられないのだ。世界の人々を全て搭乗させて翔ぶには、100億人/5000人、即ち200万機を必要とする計算になるが、各区国には既に合計120万機のNOAが存在し、更に製造元であるスペース・ノア社では現在新船を造れる体制を整えている。既存船には一部改造が必要だが、それもそれ程高いハードルではない』

『いや早計だ。他に方策はある。きっとある筈だ』

『そうだ、他の方策を考えるべきだ』

 会議場の関係者達は、時空間制御に頼る以外の対応策が見出せていない事を理解せざるを得ないのだが、それでも尚急過ぎる結論に誰もが追随できないでいる。

 マカディア・カラカンが続けた。

『世界政府としての方針を申し上げる。実現可能な方策については今後も引き続き検討を実施する事とし、まずは多少なりとも可能性ある時空間制御を実行する為のスペース・ノア社の新船建造ラインを構築するものとする。以上を政府統一方針とし、区国として異存ある場合は、即刻反対の意思と理由を政府あてに発布してもらいたい』

 決して時空間制御を理解し納得した訳ではない状況の中で出された結論に、再び会場は静まり返ったが、『前提として、そもそも本当に過去や未来へ翔ぶ事など可能なのだろうか?』との一人の審議官の不安気な発言に、WGFナレンダ・ダレオは水を得た魚のように、得意満面で反論した。

『当たり前だ、馬鹿者。時空間制御は我等WGFが威信を掛けて創り出したものだぞ。時空間を超えられるに決まっているだろう、私を嘘吐き呼ばわりする気か?』

 根拠を伴わない稚拙な反論に対する一同の感情論が一斉に噴き出した。

『それなら、それを証明すべきではないのか?』

『そうだ、それはWGFとWGIの義務ではないのか?』

『まずは、その理論を説明すべきではないのか?』

『そうだ。何故、時間の制御が可能なのだ?』

 有頂天だったWGFナレンダ・ダレオのドヤ顔が一瞬で消えた。

『そ・それは・何れ我々の功績が正当に認められたなら・その場を設ける・』

 端から一同の疑義に対応する意思のないナレンダ・ダレオとオーエマ・シラガの歯切れは悪い。

『何も問題はない、実験は成功している』

『絶対に失敗はないと言い切れるのか?』

『既に実用段階だ』

『WGIとWGFは、何を以って実用化されたと言っているのだ?』

『そんなもの、実験モドキが成功したと思い込んでいるに過ぎないのではないか?』

『早く、時間制御の理論を説明しろ』

 いつまでも終わる事のない審議官一同の不毛な質問と蒸し返される疑問の嵐の中で、ナレンダ・ダレオとオーエマ・シラガは反論する気力を失ったが、そこにいる誰もが時空間移動の信憑性に半信半疑である事に変わりはなかった。

『まぁ諸君、冷静になってくれ。今から政府内で否定派だった私を説得した者を紹介しよう』

 中央司令部審議官兼大統領代理マカディア・カラカンに代わり、世界政府中央科学研究所主任研究員ビヤン・シールドが壇上に立ち、説明に入った。

『まずは皆様に申し上げておきますが、我々WG、そしてWGI、WGFも何故時間をコントロール出来るのかという時間制御理論は確立していません 』

『何?』『何だと?』『それは本当なのか?』

 会議場は、驚愕する新たな懐疑にどよめいた。

『という事は、何故時間を制御できるのかは誰にもわからないのか?』

『端的に言うならば、そう言う事になります。WGFとWGIは、神の啓示によってタイム・マシンを作り出したとの事です』

『神の啓示だと?』『本当なのか?』

『本当だ・』『本当に神が降りた・らしい・のだ』

 そう言ったまま、ナレンダ・ダレオとオーエマ・シラガは審議官達の冷たい視線に頭を抱え込んだ。

『やはり、そんなものマユツバではないか?』『そうだ、インチキだ』

 再び会場から非難の嵐が吹き荒れると、若者は冷静沈着に会場の罵声を制した。

『非難など誰でもいつでもできる愚か者のする事です。アナタ方にとって重要なのは、まずは私の話を聞く事です』

 ビヤン・シールドは、世界政府創設以来の誰もが認める天才ではあったが、余りにも率直な物言いに関係者達が戸惑う事も多かった。天才ビアン・シールドの躊躇のない言明に、ナレンダ・ダレオとオーエマ・シラガは胸をなで下ろした。

『確かに経緯は胡散臭いのですが、装置自体はインチキではなく、基本的な理論は不明ながら時空間制御は可能なのです。部分的ではありますが仕組みは判明しており、完全ではありませんが制御する方法もわかりつつあります。それにより、既に過去に物質転送する実験にも成功しています』

『ま、待て、過去への物質転送が成功したかどうか、どうやって確認するのだ?」

『そんなのは簡単な事です。我々は一定期間を100年単位で設定し、変化の度合いの少ないと考えられる実験地を選定した上で、C14による年代測定の為の木片を鉄で覆った実験用鉄球を時空間に移送しました』

『既にそんな実験まで実施しているのか?』

『その結果、一瞬にして鉄球は錆に覆われました。それが何を意味するのか、わかりますか。そう、それは鉄球が時空間を遡った後、測定値100年の時を経過した姿に他なりません。実験後の木片の年代測定も同じ結果を裏付けています。流石に世界政府が樹立される以前、300年以上過去に翔ばした鉄球の殆どは戻っては来ませんでしたが、少なくともこの時空間制御装置により時を遡るという現象が絵空事ではない事だけは事実と言えます』

『そうなのか?』『本当なのか?』

『実験は、秘密裏にWGAニューヨークシティ内で、実験地を変えて数百回に渡り行われました』

『信じられない』『それを信じろと言うには無理がある』

 否定的な雰囲気が会議場に溢れた。審議官達は、俄に信じられない報告に、言葉を失った 。

『皆さんがそう思うのは当然です。では今から公開実験を行いましょう、皆さんの前にある円卓の中心部を見てください。既にお気づきの通り、円卓の中心部を大きく繰り抜いてあります。皆さんも知っているでしょう、この会場は210年前に世界政府発足を記念して建設されて以来一切の改修を行なっていません。当然ですが210年の間、繰り抜かれたその空間に触れた者もその空間を知る者さえいません。もし時空間制御が可能なら、今ここから100年前のその空間に翔ばした物体はどうなるでしょうか。当然一瞬の内に100年間の経年変化を見せる筈です。我々が本日の公開実験に選んだものはこれです』

 繰り抜かれた円卓の中心部分に金属製の機械が設置された。その上部はガラスに覆われたパレットになっている。パレットの上に木材らしきものが置かれ、機械の表示モニターに0.002192の数字が見える。

『これは唯の木片、機械は炭素C14測定器です。年代測定には最適です』

 ビヤン・シールドは得意げな顔で、この実験が事前鉄球転送実験と全く同じ理屈であれる事、現在の値0.002192は年表示で3日を示している事、即ち伐採されてから3日を経過した実験体である木片を時空間へ翔ばすのだと説明した。

 パレット上の実験用木片は、まだ新しい若木で切断面は今にも匂い立つような薄いオレンジ色をしている。

『皆さん、表示モニターに注目していてください。今からこの木片を100年前に転送します』

 世紀の一代実験が開始された。注目の瞬間だった。懐疑と期待と興奮の渦巻く会場の誰もが固唾を呑み、見る間に変わる変化を想像した。

 そして、それは見る者達に何を媚びるでもなく、期待通りに一瞬で平然と変化を見せた。匂い立つ程の鮮やかな薄いオレンジ色は褪せた薄茶色に変わり、C14測定器のモニターが示す値が 変化した。

 数値は99.99724Y。どよめきが会場を包み込んだ。

『既に説明するまでもありませんが、表示モニターの数字はこの木片が伐採されてから約100年を経過を示しています。C14測定の結果や時間的に微細なブレはあるものの、実験体は約100年を経過したと言えるのです』

 会場に一人の挙手が見えた。

『大変失礼なのだが、これはトリックではないのか?』

『そうだ、この程度の仕掛けは簡単に造れるのではないか?』

 一人の審議官の、ごく自然に湧き上がるだろう質問に、もう一人が言葉を被せた。

 質された中央科学研究所主任研究員ビヤン・シールドは、ちょっと怪訝な顔をしながら、不満そうに強い調子で答えた。

『確かに、トリックでこれを造るのに何ら難しい事はないでしょうね。しかし、しかし、しかし、私がこのクソ忙しい時にそんなノータリンな事をしようとする理由は、全く、さっぱり、何ンにも、ちっとも、少しも、全然、ない。意味がない、意味がないのですよ』

『なる程、それはそうだ』『うむ、失礼した』

 余りにも単純で最も説得力のある回答に、審議官達は頷いた。ビヤン・シールドが続ける。

『時間制御には多少のブレがあり、まだ完全なものとは言えませんが、十分に実用に耐え得るものと評価できます。但し、最大の欠点は、現段階では制御に限界がある事です。理由は不明ですが、何故か何度実験しても500年以上の時空間を翔ばす実験に装置は反応しませんでした。尤も、300年以上の過去からの回収率は低く、特に500年前の世界に翔ばした実験体132個の内、回収できたのは1個のみと極端に低い事もあり、本当に300年、500年を翔んだかどうかの完璧な把握は未達です。制御の精度を上げる事は可能でしょうが、当面最大値500年という限界を超えて考えるのは計画上の確実性を損なう事になるでしょう』

『それは、過去へも未来にも翔べるのか?』

『おそらくは、必要なエネルギーさえあれば過去へも未来へも無限に翔べると考えられますが、未来について実験の成果を得るに至っていない為、クリアできるのは最小数値の1年と考えるべきで、それ以上は確実性がありません』

 未来に向けた実験は、過去への実験より更に検証が困難だった。1年前の初実験で未来に翔ばした実験体の回収に成功し未来へ向けて1年を翔べる確認はできていたが、その能力の把握は不十分であり、最大の問題は時間制御の根本理論もシステムも殆どが解明されていない事だった。

『では、現時点でわかっている範囲の理屈を説明します』

 そう言って、ビヤン・シールドは世界政府中央科学研究所が把握している時空間制御の説明に入った。説明の内容は、理論として完全に成り立っているものでない事もあり、関係者は首を傾げながら聞くしかなかった。

『判明しているのは、掌大のオレンジ色の玉を大量の電気エネルギーを高密度に集約した力で光速の99%まで加速回転させ、時空間の穴ワームホールを出現させる事で時間を遡るという事のみです。ワームホールは時空間の穴で入口と出口があります。相対性理論によれば、光速に近づくと時間の遅れが発生する。従って、出現したワームホールの一方を固定し一方に亜光速の回転を与えると、一方のみ時空間が過去へ遡っていくのです』

 あっという間に説明が終了した。途端に、審議官達は頭を抱え込んで悩み、そして騒ぎ出した。

『理解ができない。そんな説明では何もわからない』『何故、時間を遡れるのだ?』

『何故ワームホールが出現するのだ?』『ワームホールなど存在するのか?』

『WGFでもWGIでも、誰でも良い。誰か私に理解できるように説明してくれ』

 審議官達の必死の懇願にも拘わらず、オーエマ・シラガとナレンダ・ダレオは言葉なく沈黙した。

『何故、誰にもわからない理論でタイム・マシンが造れるのだ?』

『そうだ、どうやって造ったのだ?』『そうだ、説明しろ』

 何度目かの荒れ狂う詰問の嵐、オーエマ・シラガとナレンダ・ダレオは小さく蹲り悲壮な顔で涙ぐんだ。

 ビアン・シールドが続ける。

『理論は兎も角、中央原子力研究所だけでなく中央科学局でも実験が行われ、ほぼ同様の結果を得ているのです』

 審議官達は『信じ難い』との言葉を連呼したが、それ自体が雲を掴むようなものであり、時空間制御を否定する意見はなかった。

『諸君、我等の未来を託する新プロジェクトへの賛同をお願いしたい』

 間髪を入れず、大統領代理マカディア・カラカンは各区国審議官達に懇願した。会場からは、未だ懐疑を払拭しきれない一同の拍手が鳴り響いた。

 理論的な解明はできていない、即ち何がなんだかわからない。そんな状況の中で、世界政府中央会議はスペース・ノア社製改良型時空間制御船を大量に製造し、100億人全ての世界市民を過去へ移送する「プロジェクトNOA」を世界政府と全区国の方針とする事、並びに大統領代理兼中央司令部議長マカディア・カラカンを新大統領に任命する事を決議した。

『騙されるな、彗星など来ない』『これは世界政府の陰謀だ』

『プロジェクトNOAを潰せ』

 悪魔の使者インジル・ウメツボ彗星の地球衝突が直ぐそこに迫っていたが、極限の時、AG269(西暦2469年)7月までの限られた時間の中で行われた各区国政府による市民へのプロジェクトNOAの周知説明は、余りにも性急で半強制的な一面を引き摺るものとならざるを得なかった。

 その結果として、世界各区国内で政府とプロジェクトへの不信と懐疑の嵐が吹き荒れる事となり、プロジェクトを強行する世界政府に対する批判へと繋がっていった。

 プロジェクトNOAの総会実行決議と時空間船の製造開始を受けて、主要各区国の責任者召集の下で開催されたWG定期総会で、新大統領マカディア・カラカンは告げた。

『諸君、巷にはプロジェクトNOAへの反対論が溢れている。確かに、市民への説明は『彗星の地球衝突を回避する為に、太陽系外周エリアへ一時的に避難する』というものであり正確ではない。だが、それが混乱を招かぬ為の最良の方策である事は、既に皆も承知の通りだ』

 カラカンが続けた。

『改めて申し上げる。我等は驚愕するこの事実、即ち一年以内に人類が滅亡するだろう状況を先ず受け入れざるを得ない。月面のムーンベース、火星のマーズスーパーシティに避難したところで意味がない事、我等が既知のテクノロジーでこの状況を回避し得ない事も検証済みだ。我等にできるのは、人類が滅亡するだろうこの事態を回避する可能性がある唯一の方策である『過去への選択』を実行する事のみである。それが例え苦渋をともなう片道切符だとしても、我等はそれを実行せざるを得ないのだ。諸君、申し訳ない』

 カラカンは、己の無力さに弱音を吐き、そして断固たる決意を言葉にした。

『私は世界政府を預かるものとして、例え反対論が大勢を占めるに至っても、全人類を時空間の彼方へと連れて行く事を決意している。何故なら、それが人類を救う唯一の手段だと信じるからだ。その代わり、WG世界政府を非難する主張、思想であれ、プロジェクトの障害となる事以外の凡ゆる自由な考え方の発信を認める事とする」

 プロジェクトNOA推進本部大会場に召集された主要各区国代表一同は、新大統領が言わんとする意味を理解した。即ち、何があろうとAG269の全人類を乗せて時空間船は時の彼方へ翔ぶのだ。

 その決意に、中央会議場を静かな感動が包んだ。カラカンはその場に集う全員の理解に感謝を述べると同時に、怪訝な顔で言った。

『理解には感謝するが、諸君に説明しなければならない重要事項がまだある』

 ざわつく会場に、暫くの間を置いて如何にも学者風の男が一同の前に歩み出た。

『私は、カラカン大統領よりプロジェクトNOA統括推進部長を任命されたジョン・ヤルドです。決議されたプロジェクトNOAは、既に全ての準備がスタートしています。しかしながら、プロジェクトを実施するには根本的な問題が二つある事を忘れてはなりません』

 プロジェクト統括者を自称するジョン・ヤルドは、唐突に関係責任者達に向かって問題を提起した。関係責任者達一同は、言葉の意味も状況すら掴めない。

『我々は、その問題を確実に検証しなければならないのです』

『問題とは何だ?』『根本的な問題などあるのか?』

『それを、今から説明しましょう』

 会場が水を打った。

『そもそも、過去へ時を遡るという常識を超えた行動など我々は未だ経験していませんので、何が起きても決して不思議ではありません』

 一同は『それはそうだ』と頷き、何が出るのか興味深く聞き入った。

『考えられる問題の一つは『時間を遡る我等に身体的、精神的影響はないか』、もう一つは『時間を遡る先の時代に影響はないか』であり、それぞれについて考え得る限りのシミュレーションを行った結果を報告します』

 静まり返る会場に向けて男は続けた。

『まず、身体的、精神的影響については時間制御で過去に時を遡ったとしても、我々にとっては一瞬である為、おそらくそれ自体が即座に精神及び身体に影響を及ぼす事はないだろうと考えられます。但し、一度に遡れる時間が精々500年程度であると考えると、複数回の繰り返しによる未知数の部分がある事も否めません。その他精神に及ぼす影響については、同一空間でのストレス等シミュレート済みで想定内です』

 関係責任者達一同は説明に質問しようとするも言葉が見つからず、硬直したように唯黙して聞いているしかない。

『次に、先の世界への影響についてですが、これについては非常に難解な要素を含んでいる為に幾つかの可能性が指摘されます』

『幾つかの可能性とは何か?』

 逸る質問に、ジョン・ヤルドは眉間に深い皺を寄せた。

『考え得る事象的可能性、そしてそこから推測される派生的可能性が存在します』

『事象的可能性と派生的可能性とは、何を意味しているのか?』

『理解し易くする為に、単純なモデルで考えましょう。例えば、我等が500年前の西暦1970年に翔ぶとします。1970年の世界人口は約36億人です。その世界に我等100億人が翔ぶのです』

『36億人が136億人というと、一気に約4倍か』

『1970年で、36億人の世界人口が一気に100億人増加するケースを仮定すると、どんな事が起こるでしょうか?』

『36億人が136億人になるのだから、社会的に大混乱が起こるのは必至だ』

 ジョン・ヤルドは頷きながら続ける。

『当然です。食糧問題が起こるでしょうし、エネルギー問題も起こるでしょう。それに因って、戦争が勃発する可能性も高いでしょう。人類の歴史上、戦争の要因の多くは物質的な収奪、略奪です』

『それは、かなりマズいのではないか?』

『そうだ。我等の祖先と戦争などあってはならない』

『大丈夫なのか?』

『まぁ、戦争の可能性がないとは言えませんが、おそらくは大丈夫でしょう。何故なら、1970年へと時を遡る我等のスタンスは侵略ではありませんし、収奪や略奪を行う必要性もありませんから』

『収奪や略奪を行う必要性はない?』

『では、我等の食糧問題やエネルギー問題はどうするのか?』

『我々の食糧問題はクローンプラントが解決し、エネルギー問題はそもそも核融合炉によって十分に対応が出来るでしょう』

『そうか、大丈夫なのか?』

 一気に会場に安堵の風が吹いた。真神や室井も未来人の話を聞きながら、胸をなで下ろしている。

『心理的な混乱が招く事象については比較的に予測が難しい部分がありますが、社会的混乱さえ最小限に抑えられるなら、何とか大丈夫だと思われます』

 会場にいる関係責任者達一同の表情に、薄い微笑が見える。問題解決の根拠の詳細な説明はないものの、ジョン・ヤルド『大丈夫』の一言が安堵を与えてくれる。

『我等100億人が無事に時を遡って、1970年の36億人の人類と融和すると仮定するケースはどうでしょうか?』

 会場には、既に安堵から醸成された期待感が溢れ出している。

『この場合、派生的可能性の問題が考えられます』

『派生的問題とは何か?』

『『ループ』と『人口爆発』の問題です』

 会場に集う関係責任者の誰一人として、ジョン・ヤルドの発した言葉の真意を発想する事さえ覚束ない。『ループ』とは何を意味するのか、『人口爆発』とは何か。

『我々が過去へ翔ぶ事によって、必然的に歴史はループします。我々が500年後の1970年へ翔んだとしても、その500年後の2469年には再び1970年に翔ぶ事になる。永遠に500年間を回り続けるのです』

『そうなのか?』

『そういう事になるのか?』

『ループそれ自体に問題がないとは言えませんが、まぁ百歩譲ってそれは良しとしましょう』

『ループ問題は良いのか?』

『問題なのは、ループそのものではなく、そこから惹起される絶望的な結果です』

『絶望的な結果?』『絶望的な結果とは何か?』

 次々に飛び出す考えも付かない言葉の数々は、会場の理解を置いて駆け抜けて行く。絶望的な結果とは何か。

『皆さんもご承知の通り、1970年時点で36億人だった人類は、500年経過後の現在約3倍の100億人を超えています。先程言ったループで考えると、我々が翔んだ事で1970年時点の人口が136億人になった人類は、2469年には3倍の約400億人になりのす。更にその400億人が1970年に翔ぶと1200億人、3600億人、1兆人と幾何級数的に増加します。地球にそれだけの人類が存続するのは不可能です。では、我々が1970年に翔んだ時点で戦争となったとしたらどうなるでしょう』

 ジョン・ヤルドは、徐々に悲壮感を漂わせながら即座には見えない亡霊のような結論を導いていく。

『仮に戦争になり、我々100億人が残ったとしても、500年後の2469年には約3倍の300億人となり、その300億人が1970年へと翔ぶ事で、900億、2700億、8100億と永遠に増え続けるのです。どちらにしても、このループの中で我等人類は立ち行かなくなり、早々に人類は滅亡します』

 会場から反論する声が飛んだ。

『いや違う。我等が生き残り、500年間に我等の現在持ち得ているテクノロジーを進化させれば、問題を解決できるのではないか?』

『そうだ。見出せる可能性はある』

『そうだ、既に歴史を知る我等なら、現在のテクノロジーを進化させて500年後に問題を解決すれば良いではないか?』『そうだ、我等ならば可能だ』

 飛び交う根拠のない楽観論と安直な意見に、ジョン・ヤルドが目を閉じて、否定を口にした。

『果たしてそうでしょうか。我等がテクノロジーを更に500年進化させる事で問題は解決するのでしょうか。大変残念ながら、問題は解決しません。何故なら、それは因果律に新たな矛盾を生じさせるからです』

 即座に反論が飛ぶ。見えない亡霊が次第に姿を見せ始める。

『そんな事はない。我等が問題を解決出来る可能性はある』

『そうだ、その可能性は十分にある』

『そうだ、我等ならその可能性はある。何故その可能性を否定するのか?』

 ジョン・ヤルドは、遣り切れぬ思いをぶつけるように言った。

『確かに、テクノロジーを進化させて500年後に我々自身が問題を解決する可能性が全くないとは言い切れない。では、進化した新たなテクノロジーで彗星の地球衝突を回避した場合、我々はその後どうするでしょうか?』

 暫くの後、会場から幾人もの嘆息する声がした。

『そうか、しないのか……』

『そうか……』『しないのだ……』

 嘆息する意味を解する事のできない関係責任者達の疑問が、会場を螺旋階段のように飛んでいる。

『何をしないのだ?』『しないとは、何だ?』

『しなければできない……』

『できなければ……する』

『何ができないのだ?』『誰か、わかるように説明してくれ』

 ジョン・ヤルドは、仕方なさそうに亡霊を説明した。

『そうです、しないのです。そして、しなければする。すればしない』

『わからない』『どういう事なのだ?』

『パラドックスです。即ち、しない事とする事との因果律に矛盾が生じるのです』

 交わされる会話に潜む見えない亡霊、因果律に矛盾、パラドックスを、全ての政府関係者が理解している訳ではないが、ヤルドは話を進める。

『更に、派生的に起こるだろう最大の問題は戦争そのものにあります。重大というよりも根本的と言った方が正確かも知れません。先程、我々100億人だけが生き残るというケースを考えましたが、実はそれは絶対にあり得ません。我々だけが生き残る事などないのです。何故なら、ここにも因果律に矛盾が起こるからです』

『それは、戦争になったら皆死んでしまうからと言う意味か?』

『いえ、もっと根本的なところに問題があります』

『根本的?』

『そうか、我等は常に『果』であて、『因』を征する事など有り得ないという事だ』

『親殺しの……』

『その通りです。我々はコンピューターによって凡ゆるケースをシミュレーションしました。結論を言うならば、全てのケースで因果律の矛盾、パラドックスが起こます。その原因は、そもそも我々が過去へ翔ぶ事で『因』と『果』が逆転するからに他なりません。従って、我々が選択すべき唯一の方策は『更なる過去への選択』以外にないのです』

「こうして我等は500年の時空間を翔び、この世界にやって来たのだ」

「ミレイ、肝心な事をまだ聞いてなかった。指導者に会ってどうするんだ?」

 真神は、改めて未来人ミレイの当面の目的を確認した。真神は既にその目的達成の為の次の作戦を考えている。

「先程も言ったが、この世界の有無を言わさぬ攻撃は我等に対する大いなる侮辱に他ならない」

「それは、そうだよな。それは何度でも詫びなきゃ駄目だ。そうですよね、社長、編集長?」

「あっはい、そうで御座います」「その通りで御じゃりまする」

「最終戦争になっちゃいますからね」

 小泉と矢追が済まなそうな顔で妙な言葉の同意をし、室井が合いの手を入れた。

「だが、我等にとっては、今続いている危険な状況は、既にシミュレーションの中で予想されていた事だ。そして、そこに大きな誤解がある。私はその誤解を早急に解消しなければならないのだ」

「誤解?」

「我等はこの世界を侵略に来たのではない」

 未来人の顔に確信が溢れている。

「でも、侵略の意図や意識はなくても結果として世界の人口が3倍に増えるんだから、それを「侵略じゃない」と言っても理屈が通らないんじゃないですか?」

 珍しく、室井の正論が飛んだ。

「ミレイ、君達の行為が侵略でないと言う根拠を教えてくれ」

 未来人ミレイは、「ふぅっ」と一息ついてから続けた。

「確かに、我等が時を遡る事によってこの時代に対して一時的ではあっても混乱を生じさせる事は否定できない。だが、我等にはこの世界から直接的に収得するものはないに等しい。正確には一部ない事もないのだが、大きな影響を与えるものはやはりないと言える」

「じゃあ、食糧問題はどうするんですか。食糧危機の可能性がありますよ」

「ワタシ達の時空船には、全て食糧プラントが備わっている。従って、私達がこの世界に食料危機を齎す事はないだろう」

「食糧プラントって何ですか?」

「食糧と水の類を生成している」

「先輩、そんな事できるんですか?」

「やろうと思えば現代の科学でもできない事はないさ、クローン技術を使えばな」

「二つ目に、ワタシ達は2469年から時を超えて来たが、そもそもこの世界、即ち1970年を目指した訳ではないのだ」

「そうなんですか?」

「我々はこの時代に留まる意思はなく、早々に再び翔ぶ事になる。だが、その為にはある事が必要であり相応の時間を要する」

「ある事って何ですか?」

「それは、重水素の生成だ。先行部隊としてのワタシの最大の目的は、核融合型原子炉のエネルギー源である重水素の生成実験をする事だった。機能上、重水素の生成は別燃料房で行い約1年を要する。別燃料房は、時空間船本体から分離し海中で重水素の生成する。そして、その後再び時空間を翔ぶのだ」

「更に時空間を翔んだ後、どうするんだ?」

「我々は出来る限り早い時期にこの時代から更に時を遡り、同じ事を繰り返して次の500年、次の500年と遡る事で、我々100億人が人類500万年、或いは地球誕生から46億年という遥かな時間の中に分散する事を予定しているのだ。それを実現できれば、例え100億人と言えども、惹起される問題は全て解決される可能性があるのだ」

 ミレイの提起する問題解決策に、真神は取りあえずの現実的な可能性が見えた思いがした。

「名案だ。500万年、46億年か、スケールがデカいなぁ」

「なる程。それなら人類滅亡のループもきっと解決出来ますね」

「ワタシの目的は、指導者に会ってそれ等を詳解し、協力を得る事だ」

 真神が大きく頷いた。

「その案なら、その為に必要な行為だけだから、同意が得られるかも知れない」

「先輩、必要な事って何ですか?」

「海で重水素の生成をする事だよ」

「海、あっ、お台場から海に消えたあの茶色い〇ンコじゃない、タマゴだ」

 何故か急に感が良くなった室井が、お台場に消えた茶色い卵の謎を解いた。

「でもなぁ。例え指導者のオッサンや政府関係者にその案と行為を納得させたとしても、あれを言われるだろうな」

「指導者や政府関係者に会えたとしてもなんて言って、先輩、そんな事出来るんですか?」

「まぁな。だけど、間違いなく「アレ」を欲しがる」

「アレつて何ですか?」

 真神の顔に確認が滲み出ている。

「ミレイ、君達未来人には「アレ」をこの世界に与える意思はないんだよな?」

 ミレイ顔にも確信が浮き出ている。

「当然だ。もしそれをすれば、更に歴史に負荷を掛ける事は間違いないだろう?」

「そうだよな、そうなんだよ。どんなに欲しくても手に入れていいものと悪いものがあるんだ、アレはまだ俺達の世界が手に入れちゃいけないものなんだよ。でも絶対欲しがるだろうな」

「アレって何ですか、何を欲しがるんですか?」

「あぁ、どうするかな。間違いなく要求されるだろう事は必至だよな」

「そうだろうな。それは予想できるが……」

「先輩、アレって何ですか、何を欲しがるんですか?」

 しつこい室井と呆けたままの二人の爺を放ったまま、真神と未来人ミレイが天を仰いだ。

 その時、窓の外から騒がしい声がした。口荒い非難の応酬が聞えて来る。

「邪魔をするな、逮捕するぞ」

「何だよ、捜査令状見せろよ」

「煩い、黙れ」

 怒声に反応して五階の窓から眼下を見渡した室井だったが、何が起こったのか見当がつかない。

「あれは、何だろう。ウチのビルの前に人が大勢います、何だか変な様子ですよ」

 東銀座駅から程近い裏通りに面した五階建の新日本スポーツ新聞社ビルの最上階の窓から、数台のパトカーと警察官らしき男達が警備員や社員と揉めている姿が見える。粗野で甲高い男達の声が徐々にエスカレートしていく。

 室井の言葉に、三人は何事かと好奇心を顕にして覗き込んだ。真神は、階下に見えるパトカーの最後尾に止まっていた見覚えのある黒塗りの国産車を見て、即座にその状況を理解した。

「そういう事か」

「真神先輩、どうしたんですか?」

「俺達は尾行されていたらしい」

「えっ、僕達は何も悪い事なんかしてないじゃないですか?」

「さぁ、どうかな。状況から判断するなら俺達は悪者で、その悪者の俺達を警察が尾行していたとしても不思議じゃない。俺達が未来人と接触したタイミングで、踏み込むって手筈なんだろうな」

「決して良い状況ではないな」

「あぁ、かなりマズい。多分、警察の奴等はこの部屋まで乗り込んで来るだろうな」

「何でだよ?」「そうだぞ。俺達は正義のマスコミだ、ペンは剣よりも強いんだ」

 ゴジラ小泉と矢追は憤慨し、強気に自説を主張した。

「社長、編集長、そんな事言ってると撃たれますよ」

 強がるゴジラ小泉と矢追が、その言葉に震え上がった。

「仕方がないな。室井、逃げるぞ」

「はい、でもどうやって?」

「そんなの未来人なら朝飯前だろう、なぁミレイ」

「そうだな、ワタシに掴まれ」

 未来人ミレイが金属性のスケートボードを五階の窓から外へ放り投げた。空を舞うスケートボードは、何か見えない力で引き寄せられるように円を描いて戻って来ると、ミレイと真神、そして室井の身体を乗せて窓を離れ、空中を飛んだ。

「わぁ、空を飛んでるぅ」

「へぇ、空を飛ぶってのは気持ちのいいもんだな」

「ミレイさん、これってどんな仕掛けなんですか?」

「難しいものではない。重力子で全体を包み込んでコントロールしている。バランス制御はジャイロ機能が付いているだけだ」

「重力制御か、凄いな」

「マガミよ、どこへ行けば良いのか。いつ、指導者に会えるのか?」

 改めて問われた真神は、何かに踏ん切りをつけた。

「正面から真面に日本政府に会う方法を考えていたんだけど、能々考えてそれが無駄だという事がわかった。ヤツの方から喧嘩売って来るのなら作戦変更だ、こっちから行ってやる」

「先輩、ヤツって誰ですか?」   

「その内、わかる」

 新日本スポーツ新聞社ビル最上階のエレベーターから複数の騒がしい足音が近づき、社長室のドアが乱暴に蹴り開けられた。

「真神新一、大人しくしやがれ」「ぶち殺すぞコラ」

 警察官とはとても思えない粗野な叫声をともなって、目付きの悪い怪しい男達が短銃片手に雪崩れ込んだ。警察手帳を見せる素振りなど微塵もなく、ここは本当に日本なのだろうかと思わせる暴挙に、剣よりも強い筈の正義のペンを持った二人が立ち尽くした。

「何だ、お前達は・」「そうだ、誰だなのか名前を言え・」

「煩ぇな、手ぇ上げろや。撃ち殺すぞコラ」

「手ぇ上げろって言ってんだろよ」

 社長小泉と編集長矢追が強気に質した声は、空しく男達の脅声に掻き消され、いきなり怪しい男達の躊躇のない発砲が天井に黒い穴を空けた。

「殺すぞコラ、手ぇ上げろって言っただろうがよ」

「ひゃぁ、はい、あっ・」「はい、あっ・」

 二人の側頭部に短銃が突きつけられた。側頭部の冷たい金属の塊感に緊張し湧き上がる恐怖、一瞬で硬直した二人が失禁した。

「いねぇぞ、どこだ?」「いる筈だ、探せ」

「真神新一はどこへ行きやがった、答えろ」

 苛立つ男達は、部屋を一瞥し追い詰めるべき相手の姿がない事を確認すると、二人に問い掛けながら叫び捲った。震える二人の失禁オヤジが、窓の外、雨雲が覆う西空を指差した。

 小雨の散らつく東銀座の西空に、三人の後ろ姿が小さく見えていた。

 JR新橋駅近くの裏通りには、昔ながらの入り組んだ迷路のような道とタイルの剥げ落ちた古呆けたビルがところ狭しと並んでいる。夕方になり俄かに降り出した雨に、サラリーマン達がボロビルの軒下で雨を凌ぎ、恨めしそうに空を見上げている。

 今にも崩れ落ちそうなビルの前に設置された赤電話の前で、真神新一はどこかに連絡を入れていた。度々待たされているようで随分と時間が掛かっている。公衆赤電話に10分円玉が吸い込まれていく。漸く相手が電話口に出たらしく、真神は唐突に話し出した。

「よぅオッサン、俺だ。何だと、この声が銀座のホステスに聞こえるのかよ?」

 電話の向こうで豪胆な笑い声がした。

「言っておくけどな、オッサンに連絡するのは大変なんだぞ。あっちこっちに盥回しにしやがって、勿体つけずに早く出ろ。何、何か用かだと、用があるのはそっちだろがよ。ガタガタ言わず、今直ぐ新橋の駅前まで来い、機関車の前で待っていてやる」

 挑戦的な真神の言葉に、赤電話の向こうで「クソ生意気な口利いてんじゃじゃねぇ、小僧」と怒鳴る声がした。

「偉そうな事言ってんじゃねぇ。何、護送車だと、ふざけ・ 」

 電話は一方的に切れた。緊張気味の真神の顔が青ざめているようにも見える。

「真神先輩、どうしたんですか?」

「ミレイ、今からこの国を動かしている奴が来る」

 悔しそうに興奮を引きずりながら、真神が言い捨てた。

「先輩、この国を動かしている人って誰ですか。知り合いのヤクザなんか呼んじゃ駄目ですよ」

「何だよ、それ?」

「真神先輩って、今は梅さんが組長やっている浅草のヤクザ、浅草青龍会の先代組長だったんですよね。しかも、今でも日本中のヤクザの親分達に顔が利くらしいじゃないですか。それに、浅草と地元の千葉には先輩を慕う暴走族のヤンキー達がゴロゴロ1000人はいるんですよね?」

「話がデカくなっているけど、何でお前がそんな事を知ってるんだよ?」

「珠子さんと梅さんが自慢顔で言ってましたよ」

「あいつ等、余計な事を言いやがって」

「だから先輩、こんな時にヤクザとか暴走族なんか呼んじゃ駄目ですよ」

「違うに決まってるだろ。もっとヤバい、ヤクザが震え上がる奴だよ」

 そう言って、真神新一はまた神妙な顔をした。小さく震えているように見えなくもない。

 真神達三人は雨の上がった新橋駅西口の機関車の前に立っていた。夕暮れ時、サラリーマン達が疎らに通り過ぎていく。帰宅を急ぎ新橋駅改札口へと走るサラリーマン達は、真神達三人の前を通り過ぎながら誰もが一瞬ミレイに目を遣った。それ程に未来人ミレイの外見が際立っている。

 暫くすると、外堀通りから強引にウィンカーを点滅させて新橋駅前へと右折する黒い車があった。街で見る大型バスよりも一回り大きく、側面にある複数の銃弾痕のような異様なキズが周囲を威嚇している。黒い車は新橋駅前公園沿いに入り、前に停車していたベンツにパゥン・と独特のクラクションを小さく鳴らした。すると、駐停車禁止の標識を無視して我が物顔で違法停車していたベンツは慌てて逃げるように走り去った。見た事もない漆黒の警察護送車両と思しきその車は、真神達の前に怪しく滑るように停止した。

 次の瞬間、全ての窓がスモークで覆われ金網が設置された黒い護送車の運転席ドアが開き、足早に鋭い目付きの坊主頭の男が降りて来たかと思うと、手慣れた感じで左側面の分厚いスライドドアを開けて真神達三人を車の中に押し込んだ。

 ドアが閉められ発進した車は即座に首都高速道路に入り、渋滞で苛つく車の群れを追い越して環状線を止まる事なく走り続けた。車外に赤色のパトランプの光が見え、サイレンの音が微かに聞こえる。

「よぅ新公、まだ生きてやがったか?」

 薄暗い護送車の後部座席に、足を組み煙草を燻らせる短髪に浅黒い大柄な男が座っている。真神に向かって親し気な口調で話し掛けるその男は、迷彩服に身を包み深々と被った帽子とのサングラスの奥から眼だけをギラつかせている。とても警察関係者には見えない。

 車に入った途端、煙草の煙の充満する車内の臭気に、未来人ミレイが咳き込み顔を歪めた。

「ミレイ、大丈夫か?」

「大丈夫だ、気にするな」

 微音とともに、全身を防護する薄緑色の靄がミレイの身体を包んだ。

「この野郎、クソ生意気に元気そうじゃねぇか?」

「オッサンこそ、精気の塊みたいだぜ。相変わらず頭の中は、馬鹿な女の事しかないのかよ?」

「煩ぇな小僧、手前ぇみてぇな頭の狂った野郎なんぞと話すのは虫酸が走るんだがな、まぁいいや、俺は優しい男だからよ」

「大丈夫だ、俺もオッサンの顔を見ただけで吐き気がする」

 真神は負けじと言い返した。

「チッ、口の減らねぇ野郎だな。それよりいい加減にしやがれ。手前ぇ、お上の世話になるのは何度目だ。中学で教師をぶん殴り、高校ン時は暴走族の頭で警察官と殴り合い、奇跡的に東大入ったかと思やぁ浅草の腐れヤクザの四代目だとよ。世の中を舐めてるとしか言いようがねぇぜ、一族の恥晒し野郎が。賢い兄貴とは偉ぇ違いだぜ」

「煩い、兄貴と俺は関係ない」

「で、ヤクザ者ンから足洗ったと思やぁしがねえ新聞記者で、今度は国家転覆を狙う極悪人かよ」

「極悪人とは大層な言われ様だな」

「こらぁ新公、ちったぁ反省しやがれ」

「反省?そんな必要はない。確かに教師もオマワリもぶっ飛ばした事はあるが、俺は生まれてこの方間違った事は一度もした事がない。今度だってそうだ、俺は身内同士の戦争、いや殺し合いを見たくないだけだ」

「戦争、身内の殺し合いだと、何だそりゃ?」

 暗闇に双眼をギラつかせる男の言葉を真神が鼻で笑った。

「オッサンみたいに、ふん反り返るだけの唯のアホな偉いさんにゃ何もわからないだろうよ」

「何だとこの野郎。まぁいい、ある意味手前ぇは貴重な存在だ。今時、この俺に面と向かって本気で楯突く根性のある奴なんざ国会議員にもヤクザにさえいねぇ。楯突くのは手前ぇと兄貴の太郎の二人くれぇのモンだからな」

「お誉めに預かり光栄だ」

「誉めちゃいねぇよ、馬鹿野郎」

「先輩、この人誰ですか?」

「このオッサンはな、お偉い官僚様だ」

「官僚って、あの霞が関にいる官僚ですか?」

 男は相変わらず地に響く声で言った。

「そうだ、俺は偉い官僚様だ。序に言うとな、そいつはとんでもなく出来の悪い俺の甥っ子だ」

「甥っ子って事は先輩の叔父さんですよね。何故、叔父さんを呼んだんですか?」

「今の日本を実質的に動かしているのは、首相でも大臣でも国会議員でもヤクザでもない。このオッサンを含めたクサレ官僚共が日本を動かしてやがるのさ。こいつはそいつ等の親玉って訳だ」

「キサマ等、口を慎め。この方は、首相統括補佐官兼総務省国家総合戦略局の澤村剛志局長だぞ」

 男の隣に直立する鋭い目付きの坊主頭が強い口調で叫んだ。

「まぁいい、ノータリンの割にぁ良く理解してるじゃねぇか。お前ぇがガキの頃やらかした悪さを揉み消してやったのもこの俺だぜ、感謝しろよ」

「マガミ、この国の指導者はどこにいるのか?」

 苛立つミレイの問い掛けに、真神は親指で男を指した。

「このオッサンがこの国の実質的指導者だ」

「そうなのか。ワタシはWGJ司令部審議官のミレイ・アレイだ」

 ミレイは、真神と出会った時と同様に左腕に付けたオレンジ色の時計のような機械を操作しながら男を見据えて「なる程」と呟き、訝し気に挨拶した。

「この人があの球体の代表者だ 」

 真神の言葉に、男は既に知っているとでも言うように、まるで驚く様子はない。

「へぇ、アメリカからの情報でアレの親玉は若ぇ女だと聞いてたが、どうやら本当らしいな」

 日本を実質的に動かしているという首相補佐官澤村は、ブロンドの髪の未来人の全身を舐め回すように見ながら茶化した。

「よぅ姉ちゃん、本気で俺等の軍隊に楯突く気なのか?無駄な事はやめて、大人しく降参しろや。何なら俺の愛人の一人に加えてやってもいいぞ」

「愛人という言葉の意味、並びに降参という言葉を我等に投げる意味が理解できない。兎に角、まず直ちに我等への攻撃をやめろ。我等にはこの時代、この世界を侵略する意思はない」

 首相補佐官澤村は、ミレイの答えに不服そうに返した。

「侵略の意思はないだと?自分達のやっている事を良く考えろや、気が狂ってるぜ」

 その言葉にミレイが即座に反論した。

「その言葉、そのまま返してやろう。何ら確認する事もなく、一方的に攻撃する事こそ気が変ではないのか?」

「何だと、そんな大口叩きやがって唯で済むと思ってんのかコラ?」

「唯で済まないとはどういう意味だ?」

 男と未来人ミレイが対峙した。ミレイは一歩も引く様子はない。飛び散る火花が見える。

「まぁ、いいや。取りあえず言いてぇ事があるなら全部聞いてやるぜ、俺は世界一優しいからな」

「言いたい事はまだある。アメリカで事故に会ったという我等仲間と船を即刻返してもらおう」

「断ったらどうすんだ?」

「当然、力を行使する」

「力だと、本気で言ってやがんのか?」

「当たり前だ。我等にも我慢の限界がある」

「オッサン、彼等は本気だ。しかも日本の軍隊なんぞ相手にならない程の戦力を保持している。一年前を忘れたのかよ?」

 男は怒りを隠す事もなく、怒声を張り上げた。

「ふざけるな、マグレでちょいと反撃したぐれぇで何を言いやがる。一年前でさえ、こいつ等が逃げた時点で俺等の勝ちだったじゃねぇか、俺等の軍隊に本気で勝てるとでも思ってやがんのか?」

 一触即発の場面で、室井が会話に割って入った。

「二人とも違いますよ。軍隊じゃなくて、自衛隊です」

「そっちのクソガキの方が余程賢いじゃねぇか。軍隊よりも強ぇ自衛隊に楯突くのは賢くねぇよな、尤もあれは俺の私設軍隊だがな」

「先に一つ言っておくが、この時代のどんな武器を使おうが、我等の力に敵うものなど何一つない」

 ミレイの目が座っている。ミレイの反論に男が吠えた。明らかに憤っているのが見て取れる。

「ふざけるな、この野郎。もう一遍戦争でケリつけてやろうか?手前ぇ等の玉っころなんぞ自衛隊の総攻撃で木っ端微塵だ、馬鹿野郎」

「オッサンよ、相手を見からて喧嘩売った方がいいぞ。自衛隊の武器なんぞ歯が立たないぜ、その内骨身に染みるだろうけどな」

 真神の言葉に、男が完全にキレた。

「煩ぇ、この野郎。誰にモノ言ってやがんだ、日本の自衛隊の恐ろしさを教えてやらぁ。明日の朝、日比谷公園にあの玉っころで来やがれ。逃げんじゃねぇぞ」

「上等だ、そっちこそ、ビビるなよ」

「煩ぇタコ、とっとと失せやがれ」

 高速の出口で真神達を降ろし、「戦争だ、馬鹿野郎」と捨て台詞を残した黒い護送車が急発進し、猛烈なスピードで走り去った。

 その男、澤村は、全国の警察権力とヤクザ組織等その他を支配下に置き、実質的に日本を掌握している。例え、ミレイ達が高度なテクノロジーを持った未来人だとしても、戦争となれば唯では済まないだろう。澤村の力を知る真神は一抹の不安を言葉にした。

「ミレイ、明日の朝この時代の日本の軍事精鋭部隊が出て来る。戦力は相当のレベルだと考えた方がいい。直ぐに応戦の準備をしてくれ」

 冷静に、毅然とした顔で、ミレイがきっぱりと真神の心配を否定した。

「準備など何も必要ない、我等は常に臨戦態勢にある。しかも、残念だがこの時代の武器では我等の相手にはならない」

 既に軍人の顔になったミレイの強い意志と憤りが窺える。

「マガミ、これを腕に付けろ。これは通信機だ、我等と常に連絡が取れるようになっている」

 赤とピンクの混ざった色の不思議な腕輪が手渡された、ミレイの腕にあるものと同じ通信機らしいのだが、子供の玩具のようにも見える。

「これが通信機かぁ。色の趣味は良くないが、面白いな。どうやって喋るんだ?」

「何もしなくていい。喋った言葉をAIが判断し、必要なものだけが通じるようになっている」

「先輩、そんなオモチャで遊んでる場合じゃないですよ、自衛隊にケンカなんか売って本当に大丈夫なんですか?」

 世界に誇る日本自衛隊にケンカを売って唯で済む筈はない。真神自身も澤村相手に簡単に事が進むとは思っていなかったが、自衛隊との第二ラウンドが早々に開始されてしまうのは予想外だった。

 未来人ミレイは、成り行きに対する戦略を冷静に練っているようにも見える。その横で室井は慌てふためき、更にその横で真神は左手首に付けた通信機械ではしゃいでいる。

「何だと、手前ぇ等」

 数日前、総務省ビル最上階、国家戦略局長兼統括首相補佐官室に澤村の激怒する声が響き渡った。球体事件の関係定例報告に訪れた副局長相馬と次長中谷が顔面蒼白になった。

「じゃぁ何か、アレは宇宙人の空飛ぶ円盤で、真神新一は宇宙人と結託して国家転覆を狙う極悪人だってぇ事なのか?」

「いえ、アメリカからの報告によりますと、あの球体は宇宙人の円盤ではなく未来人の船だという事であります。但し、我々としては宇宙人の可能性も捨て切れないのではないかと考えているという事であります」

「また、アメリカから真神新一とその仲間がアレに接触を試みているらしいので国際指名手配したいとの相談がありましたので、一応警察庁には国際手配される前に逮捕しろと指示を出しまして・唯、真神新一が澤村局長の甥子さんであるとは知らず・」

「手前ぇ等、俺をナメてんのかコラ。真神新一の事はぁどうでもいいが、アレが宇宙人やら未来人なんぞとつまらねぇ戯れ言を本気で言ってやがんのか?」

 関係者達は、浅黒い澤村を黒い爆弾と陰で呼んでいる。国家戦略室の黒い爆弾は、前触れもなく突然破裂するのだ。それは日常茶飯事で、いつもの風景でもある。

「ヤバい、澤村補佐官がキレる。早く、早く真神課長を呼べ」

 事務局長が慌てふためいて部屋を出て行ったのと同時に、浅黒い大柄な澤村は興奮気味に椅子から立ち上がり目を剥き、「ふざけるのもいい加減にしやがれ」と怒声を発して陶器製の灰皿を壁に向かって力任せに投げつけた。灰皿が飛んでいく。

「入りまぁす」

 ドアが開き、現れた長身の丸眼鏡の青年が慣れた手付きで灰皿を空中で掴み、何事もなかったようにテーブルまで歩み寄って灰皿を置いた。

「あらまぁ叔父さん、また暴れてるの?もぅ面倒臭いわねぇ」

「太郎、気味が悪ぃからその女言葉はやめろ」

「あっ、すみません。で、何があったんです?」

 女言葉に憤怒の腰を折られた澤村は、背の高い若い男に投げ捨てるように言った。

「新公の馬鹿野郎がな、アメリカから極悪人と名指しされて国際指名手配されるらしい。極悪人だぞ、極悪人」

 丸眼鏡の青年は「へぇ」と興味なさそうに感心し、灰皿をテーブルの中央に戻しながらソファに座り、徐ら煙草に火をつけると煙を揺らし始めた。

「聞いてんのか太郎、お前ぇの弟が極悪人なんだぞ」

「そうですよね、叔父さんの可愛い甥っ子が極悪人なんですよね。ところで、新ちゃん今度は何をしたんですか?」

「アレだよ、アレ」

「アレって、日比谷公園のアレですか?」

「そうだ。日本とアメリカにいるあの野郎の仲間と連んで、日比谷公園にいるあの玉っころに手ぇ貸して、国家転覆を狙ってやがるんだとよ」

「国家転覆かぁ、そんな事をして新ちゃんに何のメリットがあるんですかね?」

「知らねぇよ。アメリカが日本政府にそう言ってるんだとよ」

「アメリカからのご指名なんて、新ちゃん大したもんじゃないですか?」

「冗談言ってる場合じゃねぇ、あの馬鹿を俺がとっ捕まえる事になりそうなんだよ」

「そうなんですか、それは嫌でしょうね。何だかんだ言っても、叔父さんは昔から新ちゃんを可愛がってましたからね」

「煩ぇ、そんな事ある訳ねぇだろ」

「ところで、アレって500年後の未来、西暦2469年から来た僕達の子孫だっていうのは本当なんですか?」

「あぁ、そうらしい。しかもアレはあれだけじゃなく後発隊がいて、未来人とかいう奴等100億人がこの世界にやって来るらしいんだがな、さっぱり訳のわからねぇ話だ。アメリカからはその空飛ぶ円盤を全て排除しろってお達しだ」

「そうらしいですね。先程アメリカから帰った桜田局長から聞きましたよ。でも面白い話ですよね、タイムマシンで未来から過去へ翔んで来たなんてSF映画か小説みたいじゃないですか?」

「そんなモン、お前ぇ信じてんのか?」

「さぁ、どうかな。でも叔父さん、アメリカが本物だって言うなら、ある程度は信憑性はあるんだし本物でいいじゃないですか。とても信じられないけど」

「何が何やら訳のわからねぇ話だ。本物だったら、どうすりゃいいんだ?」

「叔父さん、本物か偽物かなんてどうでもいいんですよ。偽物なら、笑い飛ばしてそいつ等潰せばいいし、もし本物なら500年後のテクノロジーをボク達が掻っ払うってだけの事です」

「500年後のテクノロジーを掻っ払う、何だそりゃ?」

「アメリカの調査によれば、アレには核融合、重力制御、その他諸々、理解不能な装置が搭載されていたそうですよ」

「馬鹿な事言うな。核分裂でさえ四苦八苦してんだ、核融合なんぞ100年以上先の話だ」

「だから、500年先の世界から来たんでしょ?」

「そういう事か、いやそんなもんある筈ねぇだろがよ」

「確かに俄には信じ難いですけど、首相官邸は何て言ってるんですか?」

「アメリカから即時排除の指示が出た時点で、自衛隊法78条の治安出動で対応する検討を始めたらしい」

「で、叔父さんは何て答えたんです?」

「排除するかしねぇかはこっちで決めると言ったが、官邸は納得してねぇ。今し方も催促があったから「煩ぇ、待ってろ」って言ったところだ」

「またまたそんな言い方して、もっと穏やかに進めましょうよ

「馬鹿野郎、政治屋なんぞに任せて日本が守れるかよ。自衛隊出動でさえ、あの玉っころが害獣駆除に当たるのかどうかを延々と議論してやがるんだぞ。自衛隊本体の御出ましなんざ待ってたら日が暮れちまうぞ。尤も、俺の私設軍隊は自衛隊本体なんぞより100倍強ぇからな、それで十分だがな」

「新ちゃんの事は兎も角、取りあえず未来から来たアレを何とかしなけりゃなりませんね」

「ふざけるな、そもそもそんな話信じられる訳ねぇだろうがよ?」

「いいですか、叔父さん。気持ちはわかりますけど、日比谷公園にエンジン音のない150メートル超の球体が空中に浮かんでいるんですよ。しかも、その球体が発したレーザーと思われる光で日比谷のビル群が瓦礫になっちゃっているんです。未来人の話が本当かどうかなんてどうでもいいんですよ」

 丸眼鏡の青年は至極当然に正論を吐いた。澤村は「ちっ」と舌打ちして、冷静を装う顔で言った。

「確かに、俺が信じるかどうかなんざ大した意味はねぇやな。新公の野郎の件は、二三発ぶっ飛ばしゃいいだけだしな」

「そうですよ、細かい事に固執する必要はありません」

「太郎、どうすりゃいい。アレが未来人だったら、それで何が起こる?」

「当然、混乱が起きますね。例えば、アレが噂通りの宇宙人の宇宙船だったら即戦争で、奴等の攻撃で世界中が廃墟になるかも知れないし、ボク達がそいつ等を殲滅するかも知れない。百歩譲ってアレが未来から来た人間だとしたら、同じ地球人同士で戦争する事になって、やっぱり世界中瓦礫の山になる。かなり低い確率で彼等との協議が融和で纏まったとしても、やっぱり戦争は必至でしょうね」

「そうなのか?」

「我々36億に100億の人間が融合するんですから、その時点で食料は不足し必然的に戦争が起きる。その戦争で勝てるかどうかは不明です」

「戦争かぁ、そりゃそうだな」

「更に、大きな目で見るならループの問題が発生する。いや、正確には既に発生している」

「ループの問題って何だ?」

「彼等が西暦2469年から来た未来人だという事を前提に考えるなら、僕達は彼等と同じ道を進まざるを得ない訳だから、僕達は500年後に1970年に飛ぶ。そしてそこから500年を経て西暦2469年まで行って1970年に飛ぶ。ずっと永遠にそれを繰り返していく事になります。先の見えた未来に、人類は絶望してしまうかも知れませんね」

「そういう事か……」

「桜田さんの話によると、彼等はそれを避ける為に「1970年から更に500万年の過去に飛ぶ」方策をとるらしいですけど、そんな事をしても何ら変わる事はありませんね」

「駄目なのか?」

「話になりません。そんなもの、500年が500万年になっただけで何ら解決策にはなりません。回り続ける事に変わりはないんですよ」

「何をしても駄目って事か。そもそも何でそうなるんだ?」

「これは、彼等未来人が過去に遡って「因」「果」が逆転した事によるパラドックスが原因です」

「パラドックス?」

「パラドックスというのは逆説の事です。矛盾する命題が帰結する事、矛盾しているけれどそれ自体は成り立っているものを言います。例えば、「張り紙禁止の張り紙」とか「規則をつくってはならないという規則」など、パラドックスは世の中に幾らでもあります。他にも、有名なゼノンのパラドックスというのもあります」

「ゼノン?」

「ある日、アキレスが亀と競争した。アキレスは亀より10倍速い。どちらが勝ったと思います?」

「アキレスの方が10倍速いんだろ?」

「そうです。でもアキレスは決して亀を追い抜けない」

「はぁ?」

「亀はアキレスの10メートル先からスタートし、スピードはアキレスの方が10倍速い。アキレスが最初の10メートルを走ったと同時に亀は1メートルを走る。次にアキレスが1メートルを走ったと同時に亀は0.1メートルを走る。次にアキレスが0.1メートルを走ると亀は0.01メートルを走り、アキレスが0.01メートルを走ると亀は0.001メートル、アキレスが0.001メートル走るならば亀は0.0001メートル……アキレスは永遠に亀に追いつけない」

「ん、確かに理屈はそうだが、そんなバカな話があるかよ」

「それがパラドックスです。因果律に矛盾がある事で、事象が矛盾したまま永遠に続くんです」

「そのパラドックスってのが現実に起こるって事なのか。そんなものが起こって問題はねぇのか?」

「大丈夫です。アキレスはパラドックスに陥る。でも、現実の世界ではアキレスはあっという間に亀を抜き去ります。それが現実であり、パラドックスによって現実が変化するなんて事などあり得ないんですよ」

「そうなのか?」

「当然です。そんな事より、もし未来人の話の全てが事実なら、我々は500年先のテクノロジーを手に入れられる可能性がある。それは即ち、我々にとって想像もできない国富を生む事になります」

「確かに、そのSF映画ばりの話が本当で500年先のテクノロジーが手にはいれば、デカい国富を生むだろうな」

「それに、実は国富を生むかどうかなんて駄目元でいいんですよ。取りあえず、大事なのはアメリカで確保したあの球体を僕達のものにする事です。それさえ出来れば、僕達は、いや叔父さんの私設軍隊はアメリカ軍を遥かに超える戦力を持つ事になるんです。その上で、それをどう使うかを考えればいい。既に完成した未来テクノロジーが手に入るんですから、考えただけで震えが来ますよ」

「どうすりゃいい?」

「問題は唯一つ、彼等は全力で奪回しに来るでしょうから、それをどうやって阻止するかです。一番厄介なのは、彼等の戦闘力が今一つわからない事です。それさえわかれば方法はありますからね」

「なる程、そうだな」

「まぁ、彼等の対応は叔父さんにお任せします。警察程度じゃ話にならないでしょうし、だからと言って自衛隊の戦力を行使する為にアレを自衛隊出動の害獣と認めるには相当の時間が必要でしょう。災害対策会議やら防衛庁長官と首相の承認、その他が必要ですから、どんなに早くても七日は掛かるでしょうね。でも叔父さんなら、戦車で包囲して攻撃するくらい簡単でしょ?」

「当たり前ぇだ。M16戦車の90ミリ戦車砲だけじゃねぇ、必要ならヘリから機銃でもファントムからミサイルでも撃ち込んでやらぁ」

「新ちゃんは必ず叔父さんに連絡して来ますよ、もしかしたらアレの関係者でも連れて来るんじゃないかな」

「あの馬鹿が連絡して来りゃ丁度いい」

「それじゃぁ、そういう事でお願いしますね。その他の問題点については纏めておきます」

「わかった、警視庁の白内を呼べ」

 澤村が不思議そうに呟いた。

「それにしても、あの野郎色んな事を知ってやがったな」

「きっと、一緒にいるその未来人から聞いたんじゃないですか?」

「俺も最初はそう思ったんだがな、こっちの手の内まで知ってやがるんだぞ。ありぁ内部情報が漏れているとしか考え難いぜ。誰かあの野郎と攣るんでいやがるとしか思えねぇ」

「へぇ、そうなんですか?」

 長身の若い男の目が泳いでいる。何食わぬ顔で、白を切る言葉もどこか嘘臭い。

「太郎、まさか手前ぇじゃねぇだろうな?」

「バレちゃいました、僕ですよ」

「何だと?」

「僕が新ちゃんにアメリカと日本政府他各国の目的と状況を教えたんですよ」

「何故だ?」

「当然ですよ。叔父さんも知っている通り新ちゃんは正義感が異常に強いし、興味があるものに対する行動力は並外れてますからね。アメリカからの情報と日本政府や各国の情報を流せば、叔父さんのところに辿り着くのはわかっていましたからね。その時こそチャンスが訪れるって思ったんですよ」

「チャンス?」

「奴等のテクノロジーを掻っ払うチャンスですよ。新ちゃんが未来人を叔父さんのところまで連れて来れば、多分叔父さんが上手く捌いてくれるだろうし、そうすれば奴等のテクノロジーが拝めると思ったんですよ」

「馬鹿野郎。明日の朝、また戦争だぞ」

「そのなもの、叔父さんが上手くやってくれるでしょ?尊敬しますよ、叔父さん」

「何が尊敬だ、心にもねぇ事言いやがって。大体だな、国家機密事項をバラすなんざ犯罪だぞ。呆れて物が言えねぇぜ」

「何を言ってるんですか、上手くいけば何だっていいんですよ」

「まぁな、そりゃそうだがな」

「新ちゃん様々だ」

 翌早朝、真神と室井は日比谷通りにいた。有楽町周辺辺りを彷徨っていた球体は、日比谷公園に戻り、目の前の緑の森から銀色に輝く頭を出しているのが見える。その周りを自衛隊の戦車部隊が幾重にも取り囲み、空には数十機の武装ヘリ、アパッチが旋回している。両者は、既に一触即発の緊張感の中で対峙していた。

 真神と室井は、人気のない日比谷通りから緊張感の漂う光景をじっと見つめている。その後ろから二台の黒い国産車が近づき、真神達の横で停車した。全面スモークの張られた後続車の窓ガラスが下がり、澤村が顔を出した。

「いいか新公、良く見とけ。世界に誇る日本の軍隊、じゃねぇ自衛隊よりも強ぇ俺の軍隊がどれ程のもんか教えてやるからよ。腰抜かすな」

「オッサン、俺を捕まえねぇのかよ?」

「そんな屁みてぇな事ぁどうでもいい。そこで、未来から来たお友達が木っ端微塵に消えるのを篤と見てやがれ」

 二台の車の内、先頭の車が戦車部隊の横を通って前に出た。オレンジ色の朝焼け空をバックに、日比谷公園に鎮座する巨大な球体は燃え立つように赤く輝いて見える。

「何だ、あれは?」「何だ?」

 戦車部隊の自衛隊員達が叫んだ。球体の下部ハッチから、光沢のある白い服と虹色のヘルメット姿の戦闘ロボットらしきヒト型が次から次に現われて球体の上空に浮上して停止すると、ロボット兵士達が弓状に並んだ。兵士達は一様にマシンガンに似た小銃を構え、いつでも攻撃できる意思を強く示している。未来人の戦闘部隊が戦闘隊形を整えた。

「クソっ垂れが生意気に楯突こうってのか。世界一の軍隊の恐ろしさを見せてやらぁ。小便漏らしても知らねぇぞ」

 澤村が自分を鼓舞するように独り叫び、黒い先頭車から出てきた白髪の男、一年前に球体への攻撃を指揮した警視庁特別警邏隊本部長白内が大声で命じた。

「目標に向けて砲撃用意・」

 日比谷公園上空に停止する球体とロボット兵士に向けて、自衛隊戦車部隊が一斉に砲口を向ける。最早、再びの戦争の勃発は回避不可能な状況となった。しかも、今度は一方的な自衛隊の砲撃に留まらず、未来人も迎撃体制にある。正に、戦争の火蓋が切って落とされようとしていた。

 戦争を止める事など不可能、そう思われたその瞬間、砲撃準備態勢に入った自衛隊員達が日比谷公園の遥か上空を指差して騒ぎ出した。

「あっ何だ、あの光は?」「何だ?」「何だ、あれは?」

 その方向、ヘリが舞う更に上空に小さく赤く点滅する夥しい光は、朝焼け空に存在を強く主張するかのように美しく輝き始めた。戦車部隊の自衛隊員と指揮を執る政府関係者の誰もが、新たに現れた正体不明の赤い光群の正体に首を傾げざるを得ない。

「先輩、あれが彼等の100億の後続ですかね?」

 室井は、急激な状況の変化に順応し、驚いていない。

「多分、そうだろうな」

 突如として、遥かな天空に新たに出現した球体群の赤い光の点滅に、驚く白髪の男、警視庁特別警邏隊本部長白内は逡巡し、身構えたまま戸惑いを口にした。

「何だ、どうすれば良いのだ?澤村補佐官からは「あの球体を殲滅しろ」と言われているが、これ程の数とは聞いていない。どうする、暫く状況を見るべきか。いや駄目だ、もしここで奴等を殲滅できなければきっと私が抹殺されるに違いない」

 白内の自問は続くが、解答は出ない。

「くそっ、もうどうでもいい。砲撃開始だ、撃て、撃て、撃て」

 自暴自棄になった葛藤する白髪の男は、全戦車部隊に攻撃を命じた。東京の真ん中に再び戦車砲弾の爆発音が響き渡り、空に浮かぶ赤い球体群と空中に並ぶロボット兵士は、戦車隊の砲撃を受けて光輪と真っ黒な爆煙に無理やり引きずり込まれていった。室井が恐怖に慄き叫び声を上げた。

「驚くのはまだ早ぇぞ。世界最強の軍隊の戦力は、まだまだこんなもんじゃねぇ」

 震撼する室井の声が聞こえたかのように、澤村が得意げに叫んだ。その声に即応する武装ヘリの風切り音が空を席巻していく。その上空には、赤い球体群が点滅を続けている。

「撃て」

 周回していた武装ヘリの25ミリ機関銃が、畳み掛けるように容赦なく球体を撃ち捲った。

「全弾命中」

 今度は爆音が遠く離れた空から聞こえてくる。

「あぁぁぁっ先輩、今度はジェット戦闘機の音です」

 朝焼けがオレンジ色から真っ青な空に変わる頃、空の彼方からF4EJ戦闘爆撃機ファントムが飛来した。二機のジェット機は日比谷公園を低空で掠め飛び、球体目掛けて計8発のミサイルを撃ち込んだ。白い煙跡を残すミサイルは恐るべき正確さで目標を捉え炸裂する。轟音とともに日比谷公園の木々は吹き飛び赤黒い爆煙の中で球体が燃え上がった。室井は驚愕し、耳を塞いで踞った。

「やった、やったぞ」

 白髪の男は、肌に伝わる十分な手応えに達成感を滲ませたが、徐に消えていく黒煙の中に浮かび上がる光景に、白内だけでなくそこにいた誰もが己の目を疑った。爆煙の中から現れた球体とロボット兵士に一切の損傷は見られない。そのあり得ない光景を見せつけられた関係者は、唯その場に立ち竦むしかない。

 戦車隊の後陣から状況を窺い、球体がミサイルの爆裂を受けて一瞬で粉々に吹き飛ぶ様を想定していた首相補佐官澤村は、目の前の光景に呆然とする以外になかった。

「何がなんだか理解できねえ、俺は夢でも見ているのか?」

 球体内に、司令官ミレイの声がした。

「今より我等も反撃する。皆、配置に付け」

 ミレイの勇壮な声が球体内に響いた。その声に沿うように、戦闘ロボットは次々と球体内へ姿を消し、羽音のような奇妙な音を発しながら球体が青く輝き出していく。

 同時に、球体を覆う一回り大きな白い光が出現し、次第に大きな青白い光となって球体を包んでいった。真神は小泉律子の言葉を思い出した。

「多分、これが神の怒りに違いない」

 球体を包む青白い光は更に大きく膨張し、あっという間に戦車部隊を囲い込む程になると、膨張する青白い光の中で声がした。その声は、自衛隊員達の意識に響くものだった。

「今より、この青い光が囲うエリアを焼き払う。エリア内の全ての者に告げる、直ちに避難せよ」

「何だ、この声は?」「全てを焼き払う?」「ヤバくないか?」「ヤバい、焼き殺されるぞ」

「ヤバい、逃げろ」「ヤバい、逃げろ」「ヤバい、逃げろ」

 青白い光のエリアに囲い込まれた戦車部隊の自衛隊員達の誰もが、明らかに危険な状況を肌で感じている。

「そんなハッタリに惑わされるな。逃げるんじゃない、逃げるな。撃て、撃て」

 白髪の男には、既に冷静な指揮官としての判断力はなかった。破れ被れで声を荒げている。

「再度告げる、これは脅しではない、避難せよ。我等は例外なくエリア内の全てを焼き尽くす」

 再び意識に響く声に、自衛隊員達は恐怖し逃げ惑った。

「逃げるな、逃げるな」と男が白髪を振り乱し叫び捲ったが、従う者はいない。直視不能な眩しい青白い光の塊となって輝き続ける球体は、立ち竦む関係者達を嘲笑うかのように一瞬だけ激しい紫色のフラッシュを輝かせた。

 眩しい光が消えた後、人々は仰天し震え上がった。 そこには何もなかった。戦時に空爆を受け焼け野原と化した東京を思わせる、唯、唯、黒く焼き尽くされた巨大なドーナツ状の痕跡だけが球体の周りに広がっていた。白髪の男の右足の革靴の先端が焦げている。

「ひゃぁあぁぁ、もう嫌だぁ」

 黒いドーナツエリアの端で叫び捲っていた白髪の男は、驚嘆と恐怖と混乱の渦の中で腰を抜かし、泣き出した。

「こりゃ駄目だ。レベルが違い過ぎらぁ、勝てる気がしねぇや。やめた、やめた」

 後陣で一部始終を目の当たりにした澤村は、ゲームに飽きた子供のように戦争を放り投げた。躊躇なく立ち去ろうとする黒塗りの国産車は、真神の横まで来ると車窓を開けた。

「新公、改めて会見に応じてやらぁ。あの姉ちゃんと、総務省ビルにある国家戦略局の俺の部屋まで来やがれ。手前ぇ等にその度胸があればの話だがな」

 そう吐き捨てて、黒い国産車が霞ヶ関方面に消えた。

「くそっ、舐めやがって」

「先輩どうするんですか?」

「そんなもん決まってるだろ、球体で堂々と正面から突っ込んでやるんだよ」

「えっ、球体で行くんですか?」

「ミレイ、聞こえるか。次は正面突破だ」

「面白い、その作戦乗ったぞ。真神、今直ぐにノアまで来い」

 真神の左手首に装着された通信機から、未来人ミレイの嬉々とした声がした。

 同じ頃、世界七ヶ国の空に無数の赤い光群が現れていた。赤い光はプラズマをともなって雷光のように輝き続け、天空に銃機類を携える夥しい数の人型ロボット兵士を出現させた。殲滅を主導したアメリカと、その方針に従う筈だった世界各国の軍隊、イギリス軍、ドイツ軍、フランス軍、イタリア軍、オーストラリア軍は、日本での緊迫する事態を見せられ、早々に総攻撃を中止していた。

 真神と室井は日比谷公園の中にいた。銀色の球体の周りに、広い範囲でドーナツ状の黒く焦げた跡が見える。硝煙の立ち込める日比谷公園の黒い焦跡の中に入ると、周辺はまだ温度が高く汗が吹き出して来る。樹木だけでなく、金属の焦げたような異様な臭気が辺りに充満していた。

「先輩、本当に球体に行くんですか?」

 室井が心配そうに訊いた。

「行くしかないだろよ?」

 一瞬の戦争が終わった日比谷公園周辺には、人の気配は完全に失せている。二人の他に球体に近づく者など皆無で、大都会に忘れ去られた静寂が訪れている。

「静かですね」

「あぁ、東京ってこんなに静かだったんだな」

 真神と室井の二人は、球体の真下まで来ると下から地上10メートル程の位置に浮かぶ巨大な物体を見上げた。

「先輩、デカいですね」

「あぁ、空飛ぶこんなものを500年先の俺達の子孫が造り上げて、過去に時空間移動して来たなんて、何だか不思議だな」

 真下から見上げる球体は、一段とその巨大さを感じさせる。

「ミレイ聞こえるか、今ノアの下まで来た」

「了解した」

 真神の発信に快く応答するミレイの声がした。その声に呼応して四つの内の一つのハッチが開き、長いタラップが降りた。タラップの階段部分が薄緑色に光っている。

「ミレイさんを包んでいたのと同じ薄緑色の光だ」

「バリアだな」

 真神と室井が恐る恐る薄緑色に光るエリアに足を踏み入れると、身体が光に包まれてタラップごと浮き上がり、球体の中へ誘われた。身体が引っ張られる感覚に、一瞬だけ意識が薄れる気がした。

「凄い科学力だな」

「ご、500年後にはこうなるんですよね 。ま、真神先輩、緊張しませんか。ミ、ミレイさんの他の人達が皆お化けだったらどうします、お化けじゃなくて、やっぱり宇宙人かな?」

 室井は青ざめた顔をして、妙に饒舌に訳のわからない事を言っている。謎の空飛ぶ円盤と巷で噂される球体の内部に潜入するのだから無理もない。

「俺はお前と違って緊張なんかしない」

「い、いいですね。感覚がバカな人は」

 室井の声が震えている。言葉とは裏腹に、心躍るような怖いような不思議な感覚に緊張しているのは真神も同じだった。

 未来人の時空間制御船。常識では全く理解し難い見知らぬ世界がそこにある。二人の緊張感は既に最高潮に達していた。タラップが球体の内部に吸い込まれ、内部との仕切り扉が開いた。

「あれ?」

 球体の内部を見渡した室井は、思わず不思議な顔をした。

「球体の中って、真神先輩がどこからか持って来たあのインチキ写真に凄く似てませんか?」

「だから、インチキじゃないって言ってんだろがよ」

 球体内部を表現するのは難しい。何故なら、何もない空間なのだ。どこまでも青い空が広がって、地上には緑が生い茂っているのが見える。ビル群はないが、外部との違和感はない。真神が新聞特集記事で公開した写真は、室井が今ここで見ている球体内部とは違う機械的な宇宙船然としたものだったが、それは違うというよりも似て非なるものと言った方が近い。

 広大な空間の中にいるミレイと白い宇宙服を纏う、数人の若い男女が、真神と室井を歓迎した。ミレイの他に何が出て来るのかと気が気でなかった室井は、その状況にちょっと安堵した後、若い男女の顔を穴が開く程に凝視した。

「室井、お前今「この人達は何歳だろう」って考えただろ?」

 室井が舌を出した。

「ようこそ、我等の時空船ノアへ」

 未来人ミレイ・アレイは、相変わらず爽やかな美麗な顔で微笑い、右手の拳を突き出した。

「マガミ、拳を合わせてくれ。これが我等の親愛の挨拶だ」

 真神と室井は、言われるままに拳を合わせた。

「我々の時空船は、現在オーバーホール中だ。終了するまでの間、自由に船内を見てくれて構わない。副司令官のカオンが案内する」

「先輩、大丈夫ですかね。僕、やっぱり帰ろうかな」

「大丈夫だ。多分、喰われる事はないだろうから、お前だけ帰るのはやめろ」

 お化け屋敷の不安が薄れた室井は、未来人の至れる対応に戸惑っているが、そこにある球体内部を見たい衝動を抑えきれない。真神も同様に心細さはあるものの、目前に広がる500年後の未来世界に鼓動が高鳴るのを感じている。

「カオン・キティスです。私が船内を御案内します」

 黒髪を揺らせながら歩く鼻筋の通ったモデル然とした顔立ちをした案内役カオンは、女性特有の柔らかい声で球体内部の説明を始めた。ミレイに負けず劣らず美しい容姿と清々しい匂いが鼻を擽る。暫くして興奮状態の落ち着いた室井が訊いた。

「カオンさん、この宇宙船から降りようとして撃たれて引っ込んだ人はどうなったんですか? 」

「あれは准司令官派の同志で、ミレイ司令官の方向的な示唆を否定し単独で外部との接触を模索しようと試みた者です。唐突な攻撃を受け多少の精神的なショックはありますが、大した事はありません」

「先輩、准司令官派、方向的な示唆って何ですか?」と訊いた。真神は「彼等には彼等の、俺達にはわからない相関関係や世界があるんだろう」と往なしたが、真神も未来人の中に派閥がある事に多少の驚きがある。こんな特殊な状況の500年後のコミュニティにも尚、派閥があるのか。人間とはその程度なのだろうか。人間の狭量が伝わって来る。

 微かに頷きながらカオンが続けた。

「この時空間制御船ノアは六層構造となっています。私達がいる中空層は更に二層に別れ、それぞれ居住空間です」

 そこが球体という限られた空間であるとは瞬時には感知できない。目の前に圧倒される広大な空間が広がり、周囲に繁茂する樹木とどこまでも遥かに高く青い空が気持ちを落ち着かせる。閉塞感もなく快い風がそよぐ快適な空間に白い雲間から燦々と輝く清々しい太陽が顔を覗かせた。暑くも寒くもない。

「凄い、太陽が見える」

 室井が天空の太陽に驚嘆し、田舎者丸出しに叫んだ。

「カオン、あれはどんな仕掛けなんだ?」

 もう一人の田舎者が訊ねる顔を、カオンが不思議そうに見た。

「それ程驚く仕掛けではありません。球体の天井と壁に光ファイバーで取り込んだ外部からの太陽光とCGで構成した画像を投影しているだけです。別のバーチャル映像の方が良ろしければ変えますので言ってください」

「C・G・じい・ちゃん、ばあちゃ・んが象?」

 室井が首を捻った。室井には「爺さんと婆さんの象が何かを変える」と聞こえた。

「いえ、CGとバーチャル画像です。コンピューターで創った映像です」

 室井の理解が宙を舞っている。真神は独り納得している。

「そういう事か」

「先輩、何がそうなんですか?」

「俺の球体内部写真とこの空間が違うのは、この宇宙船の球形の壁や天井に映像を映し出しているからだ。わかりやすく言うと、ドーム式野球場のような空間で映画をやっているようなものだ」

「先輩、ドーム式の野球場なんて見た事あるんですか?」

「アメリカのヒューストンに6年前に出来たアストロドームを見た。アメリカまで行かなくたって、今開催している大阪万博のアメリカ館はエアドームだし、みどり館には360°全天周スクリーンで映像が見られる。ドームの内側に映像が投影されるとまるで本物のような世界が広がるんだ。この光ファイバーの映像とは根本的に違うんだろうけど、まぁ似たようなもんだろな」

 居住用中層部の直下には核融合発電システム層、最下層部には重力制御層があった。上層部は食糧プラントシステム、最上部が制御機械室になっており、中層部端に時空間制御機械室があった。

「先輩、凄いですね」

「そうだな」

 1970年の時点で考えられる驚くような未来が大阪万博にあり、それよりもっと々遥か先の未来がここにある。そして、時代的にはそれが全て繋がっているのだ。真神と室井は夢と現実の狭間で佇む子供のようだった。

 1970年3月14日から183日間の日程で開催されている大阪万博は、月の石とともに、動く歩道、TV電話、リニアモーターカー、電気自動車など、手の届く身近な現実を未来として感じる事の出来る祭典として来場者を熱狂させていた。

「羨ましいな、僕もこんな時代に生まれたかったな」

 室井の言葉に、カオンはちょっと顔を曇らせて、言った。

「逆に、私達は皆さんがとても羨ましいですよ」

「あっ、そうか。500年後は彗星衝突で人類滅亡なんだ・」

「いえそうではなく、この世界には我等が置いて来てしまったものが溢れています」

「置いて来てしまったものって何ですか?」

 室井の無邪気な質問に、カオンの口から陰鬱な言葉が漏れた。

「街には木々が繁茂し、汚染されていない大気と海、この世界にはあるべき自然が手の届く場所にあります。我等の世界には人工的に造られたもの以外には何もありません。三度の核戦争から復興したとは言っても放射線量は未だに高レベルで、七つの区国都市はドームで覆われて許可なく外部へ出る事はできません。我等人体への影響も否定はできず、女性が子供を産む事さえも全ては政府計画の下で管理されるのです。そんな世界が、この世界の人達にとって羨ましい未来なのかどうかはとても疑問です。我等には、この時代、この世界が理想の国に思えます」

 カオンの目に光るものが見えた。

「そうなんだ」

「カオン、君がこの時代を羨ましいと思うのと、室井のバカが言っているのは多分同じ事だよ。それぞれの時代にはそれぞれ一長一短の部分がある。人間なんて所詮ないものを欲しがる事しかできない生き物だから、それぞれが足りない部分を羨ましがる。そうやって、自分が置かれた世界で羨ましがりながら足りない部分を得ようと生きていくのが人間なんじゃないかな」

「はい、そうかも知れません」

 真神の言葉に、カオンが微笑んだ。

「カオン。室井が言うように、君達の科学力には唯々驚くしかなんだけど、どうしても引っ掛かる事があるんだ」

「先輩、引っ掛かる事って何ですか?」

 真神は単純な疑問を呈した。

「君達のテクノロジーの核融合は太陽活動そのものだし、食糧プラントのクローンも既に理論的には俺達の世界でも確立されている。重力制御も重力を確実に認識できるから何となくわかる。だが、時間制御というのは一体何だ。時間を戻す、進めるという空想、妄想は理屈の想像さえできない。そんな簡単に時間のコントロールなんかできるものなのか?」

 案内役カオンは一瞬驚き、首を傾げる真神の顔をじっと見つめ返した。

「カオンさん、先輩は唯の愚鈍なボケナス野郎ですけど、害意はないので気にしないでくださいね」

 室井は思い付く語彙を探して、必死に繕った。

「マガミさん、さすがは司令官が信用するだけの事はありますね。アナタの視点は正しい。何故ならば、我等は誰一人として時空間制御の理論を理解していないのです。神の一族であり、日本神国の稀有の天才と呼ばれたミレイ司令官でさえも、その理論を解明できないのです」

「結局、誰も理解できていないのか?」

「時空間制御は「時の玉」なる物質から生み出されるのですが、それはWGFの物理学者ドクター・ソウという人物が神の啓示によって創り出し、WGIのソウパ物理学研究所で時空間制御装置、即ちタイム・マシンに応用された事になっています」

「神の啓示、時の玉か?」

 基本的な理論はWGF、WGIでも理解できていない。にも拘わらず、未来人達は現実として時間を遡っている。

「カオン、時空間制御装置の内部を見る事は可能か?」

「可能です。時間制御装置はあれです」

 中空層フロアの広場奥にある赤いCの文字の描かれた白いドアの中央に、掌程の三つの丸い金属板が張り付いている。その前でカオンが両手を翳すと同時にドアが開き、ガラスの向こう側に青緑色の小さな玉が見えた。

「あれが時の玉と言われるものです。全時空船それぞれに、あの小さな青緑色の玉を設置した時空間装置が搭載されています」

「それだけなのか?」

「直接的に時空間制御に係るものはこれのみです」

「何がどうなっているんだ?」

「機関としては難しくはありません。中心に置かれたあの小さな青緑色の球体を核融合エネルギーによって亜光速で回転させる、それだけの単純なものです。でも、理論的には殆ど理解不能です」

「時間を制御する小さな玉・か」

「先輩、何か知ってるんですか?」

「知っている訳ないだろよ」

「あぁもぅ、東大出ても馬鹿は馬鹿なんだよなぁ」

「そうやって500年の時を翔んで来たのか、何か変わった事はないか?」

 そう言った真神の言葉に、カオンは気になる事を告げた。

「実は、この500年の時空間移動により、時空船全体の0.01パーセントである約120隻が時空の磁気嵐の中で行方不明となっています。それが唯の偶然か、それともこの青緑色の玉と何か関連があるのか、我等はその検証を実行する環境を持ち得ていません」

 今度はカオンの言葉に、真神は「そう言えば」と前置きして返した。

「参考になるかどうかはわからないが、俺の情報ではアメリカで事故に会った先方部隊の時空船は光の玉となってニューヨークに現れた後、まるで飛ばされたように猛烈なスピードで南東方向、ニューメキシコの小高い山に激突炎上したらしい」

 カオンの顔が変わった。

「という事は、今後我等のどの船にも同様の事態が起こり得る可能性があり、そして120隻が時空間に消えたのは偶然ではない可能性があるという事になりますね?」

 青緑色の玉の正体が不明である限り、何が起こっても不思議ではない。500万年の人類の歴史に散る前に100億の全未来人達が時空間の塵となって消滅する可能性も否定はできない。

「室井、青緑色の時空の玉とは一体なのかな?」

 真神は、想像もできない時空の玉の正体解明に、室井の突飛な発想を求めた。未来人達の時空船をカルト宗教集団だ、パラレルワールドからの来訪者だと言う馬鹿げた室井の発想も、真実に近づく為の一助にはなっている。

「カオンさん、この球体の中に5000人の人達がいるんですよね?」

 正体不明の青緑色の玉の正体を想定できない室井は、真神の問いに反応する事もなく、広大に見える球体内部を見渡して話を振った。室井の天才的発想が及ばない。

「正確には我々は5003名の同志がいます」

 広い空間を、重力制御板スカイウォーカーに乗った人々が忙しそうに通り過ぎていくが、全く物音は聞こえず人の声もない。

「あれは何ですか?」

 室井が不思議そうに訊いた。完璧にハイパーデジタルな未来世界の空間の一画に、アナログ臭の漂う明らかに周囲とは一線を引く人集りが見えた。人々の頭越しに見える少年達は、身振り手振りで何かを主張している。

「あれは世界政府反対派グループの者達です」

「それは何ですか?」

「我等の中には、方向的見解の異なる准司令官派閥以外にも、複数の思想を主張するグループが存在します。あれは、世界政府の方針に反対する者達のグループである「JALO」が演説しているのです。現在、私達の世界では個人的な主義主張は自由です」

「彼等は、敵者生存を主張し、過去への選択を否定しています」

 カオンが「これを」と差し出した指輪に似た機械を人差し指に嵌め耳に当てると、アジテーションの声が全身に染み通るように聞こえた。

「僕達の主張こそ正しい、地球人類を・」

「わっ、声がする」

 次々に起こる未体験な事象に、田舎者は純粋に、単純に驚いている。

「骨伝導か?」

「そうです。ここでは全ての音が選別され、聞きたい者だけが周波数を合わせて骨伝導集音機で聞くルールです」

 人溜まりの中心で、七人の少年少女が中空を指差し、強い調子で言葉を投げている。かなり煩わしい。

「僕の主張こそが正しい。この世界に負荷を掛けないとするWGの方針は間違っている。何故なら、この世界の者達が僕達に攻撃を仕掛けた事を考えれば明らかではないか。絶対にWGの方針になど従ってはならない。僕達はこの世界を征服し、神として生きるべきだ」

「何だか随分と過激なアジテーションですね」

「黄色髪の彼の名はカシア・アレイと言います。ミレイ指令官の実弟です」

 過激に叫ぶ黄色髪の少年は、真神と目が合った途端に知人に挨拶でもするように、ちょこんと頭を下げた。

「真神先輩、未来人の知り合いですか?」

「いや、知らん。知っている筈がないだろ」

 真神は見知らぬ少年の親しげな挨拶に違和感を抱いたが、それにどんな意味があるのか確認のしようがなかった。副司令官であるカオンにもわからない。

 カオンに連絡が入った。

「はい、了解しました。直ちに司令室へお連れします」

 カオンが司令官ミレイからの指令に頷いた。各階を繋ぐエレベーターに乗って案内された最上層の司令室の奥から、ミレイの弾む声がした。

「マガミ、準備完了だ。いよいよ、突っ込む事が可能だ、派手にぶち壊すのも良いな。具体的にどうする作戦なのだ?」

 司令官ミレイが活き活きとした顔で真神を見つめた。一方的に突きつけられた挑戦への対応は弱気では決して上手く進まないだろう。「強気でいくぞ」そんな意気込みがミレイの顔に見える。

「あのオッサンの度肝を抜く事が心理的な効果を生む。一気にオッサンのいる総務省ビルとやらに突っ込むぞ、多少建物が壊れても構わない」

「そうか。ならば、早速その作戦に従う事にしよう。ノア、発進」

 未来人ミレイの指令に呼応する直径150メートルを超える巨大な銀色の球体、時空制御船ノアは日比谷公園を垂直に浮上し、一瞬で遥かな空へ飛んだ。遥かに地平線が見える。室井は展望台に高揚する子供になって下界の景色を呑気に楽しんでいる。

「では、行くぞ」

 ミレイの言葉に真神は頷いた。同時に球体は反転し、高高度から一気にスピードを増して急降下した。150メートルを超える巨大な物体が霞が関エリアに向かって、放胆に落ちて行く。

 総務省ビル内の非常警報機が鳴り響き、職員が慌てふためいて叫んでいる。

「澤村統括補佐官、大変です。非常事態です。唯今警視庁から緊急連絡があり、上空約1000メートル付近からあの球体が本庁舎ビルに向かって落下しているとの事です。即時退避願います」

「早速来やがったか。あの野郎、空から突っ込んで来るなんぞとクソ生意気な真似しやがって」

 澤村は声を弾ませ舌打ちした。

「統括補佐官、退避を・」

「俺は大丈夫だ。あの野郎、随分と早いお出ましだが何か策でもあるのか、それとも阿呆の破れ被れか……」

「あの物体が、補佐官、退避を・」

「煩ぇよ、大丈夫だって言ってんだろ。ありゃぁクソっ垂れだが俺の客人だ。騒ぐんじゃねぇ」

「球体が落ちて来るぞ」「逃げろ」「逃げろ」

 ビル内が怒号と叫声で騒然とする中、澤村は落ち着いた口調で連絡を入れた。

「はい、受付です」

「澤村だ、今から客が来る、予定通り丁重に頼むぜ」

「承知致しました」

 雲一つない青空の中に見える黒い小さな一点が、次第に目視出来る程の物体へと変化していく。総務省ビルの職員達は必死の形相で建物の外へ飛び出し、更に外周で逃げ惑っている。天空に風を切る鈍い音を響かせて、一点を目掛けて突っ込んで来る物体に、誰もが驚愕し逃げ遅れた職員が天を仰いだ。

 直径150メートルを超える球体は、躊躇なく総務省ビルの西側に体当たりした。

 耳を劈く轟音が霞ヶ関周辺を包み込み、押し潰された総務省ビルの西端部分の壁面コンクリートが中庭に崩れ落ちた。

「さぁ、乗り込むぞ」

 真神の言葉に誰もが緊張した。いよいよ決着をつける時だ。相手は自衛隊の一部を私設軍隊と称して顎で使い、実質的にこの国を統べる輩。そして、これが最終決戦となるのだ。決裂すれば、本格的な戦争勃発も致し方ないだろう。人類滅亡の可能性も現実味を増す。

「全員、このまま待機せよ」

「ミレイ司令官、いつでも攻撃出来るようにしておきます」

 心配顔のカオンと乗員達に、ミレイが笑みを浮かべて頷いた。ミレイと真神、室井の三人は、球体の下部ハッチから薄緑色の光に包まれたま地上に降り、総務省ビルの正面玄関に消えた。

 総務省ビルの正面入口の傍らに受付が見え、受付嬢が一人立っている。

「最上階の澤村統括補佐官室までご案内致します」

 微浅に一礼した受付嬢は毅然とした仕草で真神と未来人ミレイ、室井を向かえ、普段と何も変わらない様子で歩き出した。

 室井は足が竦み硬直しそうになる感触を必死で堪えている。エレベーターに乗り、最上階で降りた四人の前に明かりの殆ど消えた薄暗く長い廊下が続き、その最奥に明かりの灯る扉が見えた。廊下に並ぶブロンズの彫像を横目に、迷う素振りも見せず真神とミレイは受付嬢とともに進んで行く。室井はその背中を追った。

 廊下の突き当たりで受付嬢は足を止め、黒い扉をノックして開けた。扉の向こう側から、煙草臭い冷えた空気の匂いがした。

 開けられた部屋の中には、豪奢なシャンデリアの下に真新しい黒皮革張りの大きなソファーがあり、いつものように足を組み煙草をくゆらせる強面の澤村が双眼をギラつかせながら座っていた。

「うっ・」と充満する煙草の臭気に、未来人ミレイが前回と同じように顔を歪めた。

「ミレイ、大丈夫か?」

 今度も独特の音とともに薄緑色の靄がミレイを包んだ。

「新公、臆せず良く来たじゃねぇか。誉めてやるぜ 」

 忖度のない相変わらずの高飛車な言葉が、刃物のように飛んで来る。

「喧しい。それより第二ラウンドを始めるぜ。彼等の圧倒的な攻撃力を見て、どっちが強いかがわかっただろう?」

「何だと?」

 真神の挑戦的な一言が、一瞬で首相補佐官澤村の怒りを沸騰させた。

「随分とふざけた事を言うじゃねぇかよ。何を勘違いしてやがんだ、手前ぇはよ」

「勘違いだと?」

「そうだ。確かその姉ちゃんは司令官だと言ったな?」

「それがどうした?」

「いいか、今は戦時だぞ。こんな時にこんな所まで軍の頭が馬鹿面下げてノコノコ来やがって、その時点で手前ぇ等なんざ終ってるんだよ。相手を見てモノを言え、馬鹿野郎。どっちが強ぇかじゃねぇ、どんな手を使ってでも勝った方が強ぇに決まってるじゃねぇか。手前ぇ等、そんな事もわからねぇのか?」

 真神は澤村の正論に息を呑んだ。反論する言葉がない。確かにその理屈は正しいに違いない。例え戦闘力に極端な優位があったとしても、司令官が最前線の敵陣へ単身突っ込むなど定石としてはあり得ない。

「それにな、そもそもこの戦争は俺達のこの世界を崩壊させる可能性を持った悪党共から世界を救う大義を持った聖戦だからな、正義は俺達にある」

 澤村は得意気に、そして威嚇するように大口で嘲笑った。目は笑っていない。

「何が聖戦だ。所詮アンタは彼等、未来人が持っている二つのモノを掻っ払おうとしてるだけだろ。そんな事は先刻承知だ、盗っ人野郎」

「何だそりゃ、二つもあるのか?」

 澤村は真神の指摘に小首を傾げた。

「惚けるな、アンタが欲しいのはこれから先500年の歴史と未来人のテクノロジーだ。図星だろうがよ?」

「未来の歴史?そんなもんに興味なんざねぇよ。どうせ500年後にゃ人類滅亡なんだろ、そんなもん知って何になるんだよ?」

 澤村は鋭い眼で威嚇しながら鼻で笑う。

「俺が欲しいのは姉ちゃん達が持っている500年先のテクノロジーだけだ」

「何だよ、やっぱりそうかよ。そんなもん掻っ払って天下でも取る気かよ?」

「天下だと?下らな過ぎて話にならねぇな。天下なんぞ、もう疾の昔に俺が取ったようなもんだ。この俺に本気で喧嘩売る奴なんざ日本にゃいねぇよ、手前ぇ以外はな」

 浅黒い澤村の眉間の皺が、増々深くなっていく。

「じゃぁ、日本をアメリカの属国にでもする気なのかよ?」

「何をふざけた冗談言ってやがんだ。自民党の偉いさん方は知らんが、俺はアメリカなんぞの犬になった覚えはねぇよ」

「何を言ってやがる。格好いいのは口だけで、結局アメリカの口車に乗ってるだけだろがよ」

「口車だと?相変わらず何もわかっちゃいねぇなぁ、手前ぇはよ」

「俺がわかってないだと、俺はアンタなんかより・」

「手前ぇよ、まさか態々こんな所まで来て「全ては誤解だ。彼等はこの世界を混乱させる意思も、負荷を掛ける事もない」なんぞと戯れ言を吐くつもりじゃねぇよな?」

「何?」

 澤村の言葉に真神は言葉を詰まらせた。それは、正にミレイや真神が伝えようとした未来人の基本的な方針事項だった。向かい風が吹いている。

「けっ、大当たりってかよ。情けねぇな」

「何故だ、何でそれが戯れ言なんだよ?」

「その言葉はよ、アメリカで自爆した玉っころに乗ってた姉ちゃんが最後にほざいた言葉らしいんだがな、それを聞いて腹を抱えて笑っちまったぜ。そんな子供染みた屁みてぇな理屈を誰が本気で納得するってんだ?」

「何故だ、この世界に負荷を掛けたくないと考える彼等の意思を、何故笑うんだ?」

「おい、待てよ。本気で言ってやがんのか。いる筈のねえ馬鹿な奴がここにいやがったぜ。手前ぇがそこまでノータリンだったとは思わなかったな」

「何がノータリンなんだ?」

「わからねぇのかよ、情けねぇなぁ。そう言えば、俺に「何も知らねぇでふんぞり返っているアホ」だと抜かた事があったが、何も知らなねぇボンクラは手前ぇの方じゃねぇのかよ?」

「ボンクラだと?」

「そうだ。ボンクラのノータリン野郎だな。何が負荷を掛けねぇだよ、いきなりこの世界に俺達と同じ人間が100億も押し寄せて来てやがんだぞ。負荷が掛からねえ訳がねぇだろうがよ」

「そんな事はわかってる。それでも彼等は彼等なりに問題を解決して・」

「いや、手前ぇは何もわかっちゃいねえよ」

「彼等のテクノロジーを掻っ払おうとするさもしいアンタなんかより・」

「煩ぇ、問題は解決しただと?それなら俺の質問に答えやがれ」

 澤村が強圧的な問い掛けで真神の言葉を遮った。

「俺等と同じ人間がこの世界に100億人来やがったんだぞ。その100億人の食いモンはどうするんだよ?こいつ等が100億人分の食料を必要とすりゃぁ、即刻戦争が起こるだろうぜ。何なら今直ぐ米でも味噌でも恵んでやろうか。クソだって棄てなきゃならねぇだろう、100億人分のクソ溜でも造ってやるぜ」

「いや、その必要はない。我等の船は食糧生産と排出物循環システムを装備している。我等にはこの世界から取得すべき物も排出する物もない。多少の酸素と海水が必要だが、地球規模で言うなら影響はない」

 ミレイが即答した。

「新公、こいつ等は飯を食わねぇのか?」

「彼等は食料の生産循環プラントを備えている」

「ふざけるな、そんなモンで100億人が食える訳ねぇだろがよ」

「彼等はクローン技術を確立しているんだ」

「何だと、クローン?そんなモン食ってたら死んじまうぞ」

「全て問題はない。今より500年後の時代には、クローンプラントで一般的な食糧生産を行っている。我等がこの世界の食糧その他の物資を欲する事は一切ない」

「わかったか、オッサン。彼等はアンタのように浅知恵で行動しているんじゃない。十分に検討されたシミュレーションの上で問題を解決しているんだ」

「へぇ、そうなのか。じゃぁ姉ちゃんに訊くが、お前ぇ等が過去の世界に来る事にはそもそもデカい問題があるよな?」

「デカい問題?」

「それは・」

 未来人ミレイが口籠った。澤村の言葉は、ノアプロジェクト統括者ジョン・ヤルドの言葉を想起させた。

『我等はコンピューターによって凡ゆるケースをシミュレーションしました。結論を言うなら、全てのケースで因果律の矛盾が起こます。その原因は、我等が過去へ翔ぶ事で『因』と『果』が逆転するからに他なりません。結果として、我等が選択すべき方策は唯一『更なる過去への選択』以外にありません。但し、それでも無限ループの問題を根本的に解決する事は出来ません』

「知らばっ暮れんじゃねぇ、馬鹿デカい輪っかの問題だ。そいつのオトシマエはどうやってつけるつもりだなんだ。そいつを説明できるなら、取りあえずお前ぇ等が問題を解決したって認めてやろうじゃねぇかよ」

「あっ澤村補佐官、デカい輪っかの問題だったら既に解決済みですので、僕が説明します」

 室井は、ここぞとばかり真神から聞き齧った知識をひけらかした。

「1970年現在の人口が36億人で500年後に100億人になるとすると、人口は500年で約2.7倍になります。1970年の人口が36+100で136億人とすると、500年後の2469年には136億人の2.7倍の376億人になって、その376億人が再び1970年に翔ぶ事になる訳です。それを繰り返していくと、1041億人、2885億人と増えていく人々が1970年にやって来る計算になり、僕達人類は500年の無限に続くデカい輪っかに陥る事になります。でも・」

 室井が、得意気な顔で結論を言う。

「でもですね、澤村補佐官。それが、大丈夫なんですよ。未来人の彼等がこの世界に留まらず、早々に「更に時を遡れば」、そうすればその500年の無限ループ、つまりデカい輪っかの問題は解決してしまうんです」

 真神が言葉を被せた。

「そうだ、彼等はシミュレーションの中で問題を既に解決し、この世界に及ぼす混乱と負荷を最低限に抑える為に、この世界には留まらず早々に更に過去へ時を遡って行こうとしているんだ」

 澤村の顔が怒りの頂点に達していく。

「更に過去へ遡るから輪っかの問題はないってか。「なる程、そいつは素晴らしい策だ」と言いてぇところたがな、俺はそんな屁理屈で納得する程馬鹿じゃねぇんだよ」

「澤村補佐官、ですから500年の輪っかはですね・」

「煩ぇ、馬鹿野郎。俺が言ってるのはな、500年なんてケチ臭ぇ話じゃねぇ。いいか、良く聞け。こいつ等100億人がこの世界に留まりゃな、クローンだのプラントだと理屈を捏ねたところでいつか戦争が始まっちまうんだよ。じゃぁ留まらなけりゃ、全ての問題は解決するのか?」

 澤村は大きな地声を更に張り上げた。

「解決なんざしねぇよな。お前ぇ等は2469年から1970年に遡って更に過去に遡るんだよな、お前ぇ等がどこへ行こうとそんなもん勝手にすりゃぁいいさ。だがな、俺達はお前ぇ等と同じように生きて行かざるを得ねぇ。だから、今から2469年までの500年間の出来上がった未来を進んだ後、行きたくもねぇ過去に翔び、更に過去に翔ばなきゃならねぇんだ。最終的に、お前ぇ等は500万年の人類の歴史の中へ翔ぶらしいじゃねぇか。それがどういう意味かわかるか。人類はお前ぇ等が辿り着いた500万年前から500万2469年を進んだ後に、また同じように過去へ翔ぶ事になるんだ。その繰り返しだ、永遠にな。お前ぇ等が過去に翔んだ事で、人類はデカい輪っかを永遠に繰り返さなけりゃならなくなっちまってるんだよ。人類はいつまで経ってもそのデカい輪っかの中でしか生きて行けねぇんだ。永遠にだぞ、永遠に先の見えた輪っかを回り続けるんだよ。お前ぇ等が1970年からどこぞへ消えたからと言ってこの話にケリがつくのか、つかねぇんだよ。そんなもん輪っかがデカくなるだけの事じゃねぇか。何も解決になんぞなっちゃいねぇんだよ」

「そ、それは・」

 真神は言葉を返せない。

「しかも、デカい輪っかにゃもう一つ問題がある」

「もう一つ?」

「そこのガキが言った通り、500年で人類は2.7倍になった。じゃぁよ、500万年で人類はどれ程増えるんだ、100倍か1万倍か。500万年前に翔んだ100億人の人間が500万年で1万倍になったら100兆人だぞ。人間なんざゴキブリと一緒だ、放って置くだけで幾らでも増える。500万年のデカい輪っかで100兆人になる前に人類滅亡じゃねぇのか?それくれぇは手前ぇのノータリンの脳みそでもわかるだろう。どう足掻いたところで人類はクタバるしかねぇんだ。一回りする間に、2469年どころか1970年さえ来ねぇ可能性が高い。2469年も1970年も来ねぇんだぜ、大笑いだな」

 澤村は吐き出すように声を荒げ、続けた。

「その原因はな、全てお前ぇ等が時を過去に遡った事にあるんだよ。その責任、そのオトシマエは誰がつけるんだって訊いてるんだよ?」

「そ、それは・」

 澤村の言う「人類は、先の見えた悲惨な未来を永遠に繰り返していく以外にない」その指摘に反論できる者はいなかった。「既に見えた悲惨な未来を永遠に回り続ける、そんな絶望感に押し潰されて人間など一人も居なくなってしまうだろう」澤村の眼はそう語っていた。

「この世界に負荷を掛けねぇなんぞと綺麗事言ってんじゃねぇ、人類が潰れちまう原因がお前ぇ等にあるのは否定できねぇだろう。そんな事も理解できねぇ馬鹿が偉そうな能書き垂れてんじゃねぇ」

 真神は反論した。

「それなら、彼等はどうすれば良かったって言うんだ?」

「そんなもん簡単だ。お前ぇ等はこの世界、過去なんぞに来ちゃならなかった、人類は西暦2469年、AG269時点で滅亡するべきだったって事だ。俺達がお前ぇ等をぶち殺そうとしたのは、アメリカの犬っころに成り下がったからじゃねぇよ。このオトシマエをつけるにゃお前ぇ等がこの世界に来た瞬間にぶち殺しちまうしかなかったってぇ事だ。まぁ来ちまったもんは仕方がねぇが、このオトシマエは、お前ぇ等にきっちりとつけてもらうぜ」

「それがテクノロジーを渡す事だって言うのか?」

「まぁ、そういう事だな。未来から来たこいつ等は俺達にそのテクノロジーを渡す義務がある」

「義務だと、ふざけた・」

「我等のテクノロジーを得て何をする気なのだ?」

 ミレイは澤村の言葉の真意を知るべく訊いた。

「何をするだと、ガン首揃えてそんな事もわからねぇのかよ、情けねぇ。そんなもん決まってんだろう、人類がこのデカい輪っかから出る方法は一つしかねぇんだよ」

「ふざけるな・」

「煩ぇ。良く聞け新公、俺達に渡されたこいつ等の500年後のテクノロジーはどうなると思う?」

「それは・」

「そんな簡単な事もわからねぇのか?」

「更なる、進化か・」

「そうだ。こいつ等は俺達より500年進化した人間で、俺達にゃ手も足も出ねぇ程のテクノロジーを持っていやがる。だがな、こいつ等は、どんなに高いテクノロジーをもっていようと、人類が滅亡しちまうって究極の時に彗星の衝突如きを避ける事もできねぇボンクラで、僅か500年の時空間を翔ぶ事しか能がねぇ出来損ないだったって事だ。所詮こいつ等はその程度だがな、俺達は違う。俺達はこいつ等が500年で築いたテクノロジーをベースにする事ができる。だからな、こいつ等は俺達にそのテクノロジーを渡す義務があるんだよ。俺達に渡された500年後のテクノロジーは更に500年の進化を遂げて、500年後の2469年に起こる天災を止める方策を簡単に見つける事ができるだろうぜ。まぁ絶対とは言わねぇが、可能性は相当高ぇだろうな」

「いや、それは・」

「煩ぇ、こいつ等は時空間を遡ったこのプロジェクトを「過去への選択」と呼んでいるらしいが、俺達がやらなきゃならねぇ事は、全人類を救う為の「未来への選択」だ。500年後の彗星の衝突も、デカい輪っかも俺達が全て解決してやらぁ」

 真神は得意げな澤村の未来への選択に驚き、そして叫んだ。

「駄目だ。それをやったら無限ループじゃなく、今度はタイムパラドックスに堕ちてしまう」

「タイムパラドックスだと?」

「そうだ。2469年に問題を解決してしまったら、人類は1970年には翔ばない。翔ばなければテクノロジーを手に入れる事はできない。テクノロジーが手に入らなければ問題を解決する事はできない。問題を解決できなければ1970年に翔ばなければならない。1970年に翔んでテクノロジーが手に入れば、2469年に問題を解決するから1970年には翔ばない・それが永遠に続いていく。それがタイムパラドックスだ」

「それがどうしたってんだ?」

「澤村補佐官、ダメなんですよ。タイムパラドックスに堕ちたら大変な事になるんですよ」

 慌てる室井が必死で澤村を止めた。

「おいクソガキ、そのタイムパラドックスに堕ちたら何がどうなるんだ。説明してみやがれ、裸の女がオッパイ揺らして出て来んのか?」

「いえ、あっ、えっと、それは因果律に矛盾が……えっと・えっと・先輩どうなるんですかぁ?」

「それは・」

 室井も真神も、そして未来人ミレイも、タイムパラドックスによって起こるだろう具体的効果を説明できない。

「手前ぇ等、俺をナメてやがんのか?」

「舐めてなんかいないですよ」

「じゃぁ、説明してみやがれ。タイムパラドックスとかいうヤツに堕ちたら何がどうなるんだ、いい加減な事を言いやがると手前ぇ等ぶち殺すぞ」

 室井は、唯、唯どうしようもなく叫び、真神は沈黙する以外になかった。

 澤村の言うように、既に500年の時空間の無限ループの中にいる人類が500万年の時空間を遡れば、それはループが500万年になるだけだ。かと言って、500年後の問題を解決するなら、今度はタイムパラドックスに陥る可能性が高い。だが、それが何を意味するのか、何がどうなるのかを確実に説明できる者はいない。

「先輩、東大出なんだから何とかしてくださいよ」

 室井は泣きそうな顔で頭を抱えた。

「タイムパラドックスなんぞと聞いた風なご託宣並べやがって、この馬鹿共が。いいか、俺が言いてぇ事は一つだ。タイムパラドックスだか何だか知らねぇが、俺達は姉ぇちゃん達のテクノロジーで必ず500年後の危機を乗り越えて、全ての問題を解決してみせるぜ。だからな、お前ぇ等が本気でこの時代に負荷を掛けたくねぇと思うなら、三つ目の問題、「アレ」が起きねぇ内にとっとと500万年前でもどこへでも消えちまえ」

「三つ目の問題?」「アレ?」

「もっとも、お前ぇ等は「アレ」起こす程馬鹿じゃねぇだろうがな」

 ミレイの驚きの顔が澤村を凝視した。

「それも理解しているのか?」

「当たり前ぇだ、俺を誰だと思っていやがるんだ」

「ミレイさん、「アレ」って何ですか?」

「それこそ我等の最大のウィークポイントだ、それを知っているとは流石にこの国の指導者だけの事はある」

「先輩、「アレ」とかミレイさん達のウィークポイントって何ですか?」

「俺達とミレイ達未来人が繋がっているって事だ」

 真神が小声で言ったが、室井は理解していない。

「なぁ姉ちゃんよ。お前ぇ達がこの世界の人間にチョッカイ出すと面倒臭ぇ事になる、そんな事さえわからねぇ跳ねっ返りの馬鹿がどの世界にも必ずいるもんだからよ、精々気をつけな。もしお前ぇ等がチョッカイ出したら、俺達は最後の一人になるまで戦う事になる。それを忘れるな」

「わかった、我等は早々にに旅立つ事にしよう」

「アメリカの玉っころは返さねぇが、乗組員は全員丁重に弔ってやる。何だかんだ言ってもお前ぇ等は俺達の遠い身内なんだからな」

「宜しく頼む」

「それからな、新公。姉貴に、たまには実家に顔を出せって言っておけ」

「気が向いたらな」

「ちっ、相変わらず可愛い気のねぇ野郎だな」

「お互い様だ」

「口の減らねぇ野郎・」

 澤村の言葉を遮るように、窓の外で轟然たる音がした。同時に総務省ビルが激しく揺れ、そこにいた全員が何事かと窓の外を見据えた。

 窓の向こうに銀色の球体の鼻先が見える。球体は総務省ビルに何度か激突しながら、再び姿を現した。巨大な球体の下部に丸い出入り口が開き、横方向に伸びた黄緑色の光に包まれたタラップが総務省ビルのガラス窓をぶち破った。ビルの壁端が崩れ落ちていく。

「馬鹿野郎、ビルを壊すんじゃねぇって言ってるだろがよ。このビルは、国民の大切な税金で建てた公共物だぞ」

 背後に澤村の愚痴を聞きながら、真神と室井そして未来人ミレイは破壊された窓から平然と黄緑色の光のタラップに移り、球体の中へと消えた。

「先輩、澤村補佐官ってヤクザみたいな人でしたけど、流石にいろいろな事を知っているし頭の回転が早いですね」

「いや、あれを考えたのはオッサンじゃない。兄貴だ」

「兄貴?」

 真神達の去った澤村の部屋に、長身に丸眼鏡の男が入って来た。満面の笑みを浮かべている。

「隣の部屋で聞いていましたよ。上手くいきましたね、叔父さん」

「まぁな。これから500年、人類の腕の見せどころって事だな」

「そういう事ですね」

「それより、問題はアメリカにあるあの玉っころのテクノロジーをどうやって俺達が掻っ払うかだ」

「そんなの簡単じゃないですか、散々恩を売って共同調査研究チームかなんか組んでタラタラやりながら、ロシアか中国に中身全部盗まれた事にすれば良いんですよ」

 日比谷事件の一年後に起こった霞ヶ関事件は、「謎の球体が霞ヶ関総務省ビルを襲撃」として大手マスコミが挙って報じたが、これもこれ以上の真相が明らかになる事はなかった。

 未来からやって来た正体不明の球体に乗っていたのは、人類自身とも言うべき悪意なき者達だったが、地球に飛来する者が常に悪意を持っていないとは限らない。

 宇宙の彼方を飛ぶ赤く光り輝く流星は、意図しない太陽の重力に引き寄せられ、地球の成層圏に眩しい程の光を放った。

 そして数日後、神奈川県横浜沖には不思議な赤紫色の雲が現れていた。その雲の中に赤く光る円盤状の何かが鎮座している。時折雲の切れ間から光が漏れる以外、特に変化はない。

「ミレイ、あれは何だ?」

「わからない。雲の中に飛行物体が存在している事は間違いないと思われるが、正体は不明だ。地球のテクノロジーでない事を考えるなら、異星人来襲の可能性はある」

「ミレイ、君達は未来の歴史を全て知っている筈だ。未来の歴史を語るのに抵抗があるのは理解できるが、今は非常事態だ。頼む、教えてくれ」

 未来人ミレイは困惑した顔で言った。

「真神、少なくとも我等の知る限り、歴史上地球が異星人の攻撃を受けた事はない。これは我等が知らない未来だ。これも我等が時を遡った事による歴史の歪みなのかも知れない」

「そうか。どちらにしても、あれが地球侵略の意図を持った異星人だとするなら、俺達地球人の科学力で太刀打ちできるかどうか、それが問題だ」

「あれが地球侵略の意図を持った異星人の宇宙船かどうかはわからないが、嫌な気を発しているのは確かだ」

 またも正体不明の輩が現れた。しかも既存の歴史を超えているらしき今度の輩は、悪意に満ちているようだ。偶然なのか必然なのかは誰にもわからない。

 突然、雲の中の巨大な円盤状の飛行物体に変化が起きた。

「赤い雲に変化が見られます。異星人の攻撃が始まるかも知れません」

 飛び回る各TV局の報道ヘリが見据える中、東京上空を無数に陣取る球体群の向こうを張るように、神奈川県横浜沖に現れた巨大な円盤状の赤紫色に輝く物体から幾つもの赤い光が上空に投げ放たれた。天空に投げられた赤い光は放物線を描いて地上に降下し、JR関内駅前広場で爆裂した。激しい衝撃波は横浜市役所の建物横に巨大な穴を開け、中華街を吹き飛ばした。その爆発力は凄まじく、未来人の核爆弾を凌ぐ程に感じられた。

 そして、今度は円盤状の物体から青い光の玉が天空に吐き出され、北方向に飛び去った。

「司令官、赤い物体から青い球体が分離し、かなりの速度で移動しています」

 青い光は、一気に品川を超え、赤い光群が空を埋め尽くす日比谷公園上空を横切り、更に北へ飛んだ。

「ミレイ司令官、未確認物体と思われる青い光源と我等との距離はかなりあり、我等と交錯する事なくこのまま北方向へ飛び去ると予想されます。光源の着地ポイントは不明、我等各船との衝突はないものと思われます。各艦待機します」

 当初、青い光の玉の行く先は未来人の光群と思われたが、球体は光群など相手にしていないとばかりに飛び去っていった。

 ミレイは剥き出しの感情を表した。

「どうやら、ヤツ等は我等の存在を無視したようだな。気に入らん」

「では、潰しますか?」

 カオンの問いに、ミレイは薄笑いを浮かべつつ頷き、対応を命じた。

 次の瞬間、未来人の球体群から無数の白い小さな玉が飛び出した。群れる白い玉は元気印の子供のように跳ねながら異常なスピードで青い光の玉を追走した。そして、青い光の玉を飲み込み、消滅した。

 ミレイ達の攻撃は、当然の事ながら、赤紫色の巨大な円盤状の飛行物体の意思を妨げている。急遽、赤紫色の物体は移動し始め、未来人の球体群に向かって進攻した。

「そうか、我等に楯突く気か、上等だ。喧嘩を売る気なら幾らでも買ってやろう」

「ミレイ、状況を見た方が良くないか?」

 真神の進言に、ミレイの想像を超える強い応えが返って来た。

「状況の把握はする、だが喧嘩を売るなら全力で潰すだけだ」

 真神は、ミレイが実は澤村に劣らぬ相当に攻撃的なヤバいヤツだという事を知った。戦闘になった途端嬉々とした顔に変わる。かなりの変態だ。

 ミレイ率いる未来軍団は、迫り来る正体不明の物体を今かと待ち構えている。

 南の空に、赤紫色の巨大な円盤状の飛行物体が見えた。赤紫色の輝きを放つ物体は、既に臨戦体制の完了を示していると思われる。

「ミレイ、取りあえずヤツ等の動きを確認して・」

「全艦、発散」

 ミレイの声がした。全球体へ攻撃を命じる声だった。球体群が一斉に青白い雷光を発出した。全方位からの青白い雷光は、スポットライトの如く円盤状の飛行物体を照らした、と同時に真っ赤に燃え上がった。一瞬の内に巨大な円盤状の飛行物体が消滅した。これがミレイ率いる未来軍団の実力なのだ。恐ろしい。

「これが我等のオトシマエだ」

「ミレイ、無茶苦茶だ」

「いや、我等の前に立ちはだかる者は何人たりとも容赦はしない」

 新たに勃発し静かに終結した「空の戦争事件」は、正体不明の赤紫色の円盤状の飛行物体は一体何だったのか、その他詳細を報じられる事もなく一切の謎を残したままマスコミ報道される事はなかった。

 無数の球体群は、何事もなかったように今日も東京の空を席巻している。

 霞ヶ関事件から六ヶ月程経ったある日、何の前触れもなく澤村の予言した「アレ」は起こった。

 未来人達にとって、時空間を翔ぶ事による身体的、精神的な影響は、事前に十分にシミュレートされ、球体内衛生環境の維持や搭乗員達の身体的、精神的なケア、主義主張の自由な発信の許諾などの対応も講じられていた。従って、アレが起こる可能性は想定されてはいたものの、それ以上の特別な対応策は準備されておらず、抑圧された空間と見えない時の彼方へ向かう非現実的現実の中、澤村が最後に言ったアレが起こる事は、悲しいかな必然だったのかも知れなかった。

 晴れ渡る青い空に白い積乱雲が湧き上がり、真夏の到来を告げている。未だ新入社員の室井が裏口の駐車場で社用車を洗っていた。真神はウチワを扇ぎながら暑さに茹だっている。

「真神先輩、聞いてますか。何で僕一人で洗車しなけりゃならないんですか、編集長は二人でやれって言ったじゃないですか?」

「煩いな。新人が入って来ないんだから、お前が今年も一年坊主だろがよ。ガタガタ言わずにやれ、先輩の命令だ。俺は中にいるからな、サボるなよ」

 真神は数本のアイスキャンディを口いっぱいに頬張りながら、ビルの中に消えた。

「くそっ、天パーのモジャモジャ野郎。絶対不倫現場の写真撮ってバラ蒔いてやるからな」

 室井は悔しまぎれにホースで裏口のドアに水を掛けた。

「おい、そこのお前」と、室井の背後で声がした。

 振り返った室井の目の前に、金属製のスカイウォーカーに乗った赤、青、黄の髪をした見た事のある三人の少年と銀色の髪の四人の少女達が立っていた。

「マガミって人を呼べよ」

 少年達の一人、青髪の少年はぶっきらぼうに室井に指図した。

「君達は、確かあのNOAにいた未来人の子達だよね?」

室井が訊いた。

「煩い、早く呼べよ」

「「呼べ」とは何だよ、この野郎」

 真神に看過されたのか、ヘタレ室井が強気に言葉を返した。

「いいから呼べ・」

「待て、すみません、真神さんを呼んでもらえますか?」

 黄色髪の少年が青髪を遮り、言い直した。室井は、未来人ミレイと同じ白い宇宙服を着た少年達の突然の出現に驚き対応を躊躇ったが、高飛車な態度に腹を立てながら仕方なくビルの中で涼む真神を急かした。

「真神先輩、大変ですよ。ミレイさんと同じ服を着た中学生くらいの子供達七人が「真神のバカを出せ」って言ってます。確かあの球体の中でアジってた子達ですよ」

 状況が理解できずに急かされた真神は、ウチワを片手にパンツ一丁で現れた。

「あんた、マガミだよな?」

 青髪の少年が不遜な物言いで問い掛けたが、後ろに立つ背の高い黄色い髪の少年が青髪の少年を制した。

「マガミさん、僕が誰だかわかりますよね?」

 黄色髪の少年のいきなりの問い掛けに、真神は怪訝な顔をした。

「知らないな。俺は男には全く興味がない」

「僕はカシア・田中・アレイ」

「カシア?そう言えば、NOAの中で見たような気がするな」

「そう、NOAの中でお会いしましたよね。僕はミレイの弟です」

「「お会いしましたよね」って、NOAの中で目が合っただけじゃないかよ。それで、ミレイの弟が俺に何の用だよ?」

「驚かないんですね」

「驚くって、興味がないもんに驚く訳がないだろ?」

 素っ気なく答える真神に、カシアは戸惑いの表情を見せながら、確信のある強い調子で言った。

「真神さん、アンタはもう知っている筈だよ」

「知っている筈って、何を?」

 真神には少年の言葉の意味が不明のままだ。何の目的で雁首を揃えて来ているのかが見えて来ない。

「NOAで、アンタが聞いた僕の崇高なる思想をだ」

 崇高なる思想とは何なのか、増々理解不能だ。真神の顔が不機嫌になっていく。

「僕は姉のミレイとはまるで違う考え方を持っている。ミレイは「この世界の誰一人傷付けてはならない」と主張している」

「当然だろ?」

「いや、それは明らかに間違っている。有史以来、僕達動物は弱肉強食の中で進化して来た。かつて存在した資本主義は弱肉強食を前提としていたし、共産主義でさえも実質的には弱肉強食によって社会的地位や身分に格差を生んでいた。つまり、全てに競争原理が存在する。ところが、僕達の世界では共生主義の下で一切の争いが強制的に放棄され、全ての人間は平等に生きていく事を理想とせざるを得なくなってしまっているんだ」

「いいじゃないか、世界政府主導で理想国家を目指しているんだろ?」

「違う。そんなものは嘘だ、皆が平等に生きていく世界なんて絵空事でしかない。本当の平等を言うのなら、何故人間だけを対象とするのだ。人間以外の動植物、いや細菌やバクテリアに至るまで、全ての生物が平等でなければ理屈が合わない筈だ。結局、そんなものは権威者の都合のいい理想論に過ぎないって事だ。だからこそ僕は反世界政府革命評議会『NALO』を発足させ、全ての区国にいる仲間とともに正しい政府を樹立する為の活動をしているんだ。NALOとは、NATURELOW、適者生存という意味だ」

「それがどうした?」

 ここまで聞いても少年の真意は見えない。弱肉強食こそが理想と言うのだろうか。尚も、黄色髪の少年は不思議そうに小首を傾げながら言う。

「だが残念ながら、世界政府の指導者である姉ミレイは、僕の崇高なる思想が理解できない。この世界に来てからもそうだ、絶対的方針「この時代に負荷を掛けない為、更に過去に翔ぶ」「決して、この世界の人間を傷つけてはならない」などという愚かな考え方が最優先されている。僕はそんなものは絶対に認めない。僕達は動物としての原点に戻り弱肉強食、適者生存の絶対的なルールに従い、この時代の軍隊と戦い雌雄を決し、敗者は消滅する事こそ正しい事を証明する。その為に、マガミさんに手伝ってもらいたいんだ」

 真神は、熱く語る少年の独り善がりな思想論に思わず笑い出した。

「崇高なる思想が弱肉強食か、笑えるな」

「何故、笑う?」

「笑って悪けりゃ、答えろ。強者とは何だ?」

「簡単だ。強者とは強い力を備えた者、即ち僕の事だ」

「それなら、強者が勝つのか、それとも勝った者が強者なのか?」

「僕は強いから勝つ、勝つから強いんだ」

「お前は常に必ず勝つ事ができるのか?」

「僕は絶対だ」

「凄い自信だな。仮にお前が強い力を備えた強者だとしても、例えどんなに強い力の者だったとしても、常に絶対に勝てるかなんて誰にもわからない。負けた時点で、お前は弱者になり果てるんだ」

「そんな事は絶対にない」

「残念だが、世の中に絶対はない。絶対を持ち出すのは阿呆か詐欺師と相場は決まっている。所詮、弱肉強食やら適者生存など偶然、運でしかない。ジャンケンと大した違いはないんだ。そんな偶然を本気で目指すなんて、マトモに聞いちゃいられない」

「僕の崇高なる思想は絶・」

「くだらないな。お前の崇高なる思想なんか唯の幻想、愚か者の勘違いに過ぎない。しかも、随分とレベルが低い」

「じゃぁ、僕を手伝う気はないのか?」

「俺がお前を手伝う、何を?」

「僕はこの世界に留まり、この世界の絶対的指導者になる。その為に、アンタに僕の片腕として是非とも働いて欲しいんだ」

「俺が?お前、脳みそ腐ってるのかよ」

「何故かな、不思議だ。ミレイから聞いているイメージと随分違う、もっと賢いと思っていた。NOAで会った時から、既に僕の崇高なる思想を理解してくれていると思ったのにな」

 少年の言葉には、真面に聞いていられない程の嫌悪感がある。

「馬鹿かお前。大体な、俺はお前と目が合っただけで、お前の「崇高なる思想」なんぞ聞いてもいないし聞きたくもない。そもそも人は動物であって動物ではない霊長類を目指して思考し、戦いに血を流し、悲しみに涙しながら文明を築いて来た。だから、俺達ヒト人類が戦いのない平和を理想とする事自体に何らの矛盾はない。確かにヒトが生物である限り他生物を食料として捕食するし、ヒト同士の平和だって単なる理想でしかないという考え方もあるだろう。でもな、だからと言って何故原点に回帰する必要があるんだ。理想に過ぎない、上等じゃないか。できる筈がないと諦めればそこで全ては終了だ。理想を追求するのは無駄だ、馬鹿げている?いいじゃないか。だから、俺達は動物じゃなくヒトなんだよ。何が悲しくて動物に戻らなきゃならないんだ?」

 真神が興奮気味に言った。

「そんなのは詭弁だ。どんな状況であれ、僕達はヒトとして進化する事を放棄してはならない、強い者が弱い者を淘汰する事こそ自然の摂理だ。僕のこの思想は絶対だ」

「煩い。大層なゴタク並べやがって、何がヒトとしての進化だ。今、現実に自分が置かれた状況の中で、お前自身が何をしなければならないのかを冷静に考えてみろ」

 未来人達が置かれた状況は決して輝くようなものではないし、一か八かの賭けでもある。人類史の中に分散しようとする未来人達の行動も、澤村の指摘の通り人類を「更にデカい輪っかに落とし込む」だけの短絡的な一面をもっている事も否定できないのだ。真神は、少年に「そんな今だからこそ実姉であるミレイを中心として固く結束しなければならない事」の重要性を諭したかったが、真神の言葉は届かない。

「違う。自然の摂理を無視すれば人類は滅びるぞ」

「滅びりゃいいじゃないか。滅びた後で、次に進化した生物に「昔、自ら万物の霊長だなんて驕りながら、理想を突き詰めて滅亡した馬鹿なサルがいた」と笑われりゃいいじゃないかよ。そもそもお前等がこの世界の人間を淘汰しても、お前等が進化する事はない。俺達とお前等は繋がっている、だからお前達が俺達を淘汰する事は自分の首を絞める事と同じだ。そんな事も理解できないで何が進化だよ」

「くだらない理屈を良く喋るな。それに僕の崇高なる思想を理解できないなんて賢くない」

「煩い小僧。いいか、良く聞け。お前が何をしようとしているのかは知らないが、物事の本質も知らないガキのくせに偉そうな御託並べてんじゃない」

 真神が珍しく感情的になった。今は、未来人100億人と間違いなく繋がっている36億人とがどうやって生きるのがベストなのかを考えなければならない時なのだ。その答えが弱肉強食の戦争なのだと呪文のように唱える少年、その間違いの指摘を理解しようとしない少年をどう説得すれば良いのだろうか。

「この人は今はこんなボケナスみたいな顔してるけど、元はチンピラヤクザなんだぞ。どうだビビっただろう?」

 室井が訳のわからない事を言っている。

「アンタも所詮は頭の固い唯のジジイって事か。忘れるな、その時は必ず来るんだ。その変革の時、アンタは僕の前に平伏して後悔する。僕は崇高なる思想の下で新しいプロジェクトを発動する」

「何をする気だ?」

「アンタを含めた愚かな者達に、まずは新しいプロジェクト開始前の面白い余興を見せてやるよ」

「余興って何だ?」

 六人を従える未来人ミレイの弟と名乗る黄色い髪の少年は、「余興」とは何かに答える事もなく、スカイウォーカーに乗り宙を舞い去って行った。真神と室井の二人は無言で顔を見合わせて嘆息した。

「先輩、今のって何ですかね?」

「多分、未来人の世界にも色々事情があるんだろうが、「余興」ってのはちょっと気になるな」

 真神の呆れ顔と同時に、ミレイから渡された通信機械が左腕で鳴った。何かあったのだろう、常に冷静な未来人ミレイの慌てた声が伝わって来る。

「マガミ、ワタシの弟と一部の者達が行方不明になった。核爆弾を持ち出したと思われる。意図的に通信機を持っていない為に居場所を知る事ができないのだ。良くない事が起こる可能性がある」

「それなら、たった今ミレイの弟だと言う怪しいガキ共がここに来た。NOAの中で、アジっていたヤツ等だ。新しいプロジェクトの前の余興を見せるとか言っていたが、何をする気なんだ?」

「「新世界創造計画」という無差別攻撃を考えているようだ 」

「何、それはマズいな。ガキ共は銀座方向に行った、俺は直ぐにヤツ等を追う。俺の居場所で位置を特定してくれ」

「わかった。ワタシも直ぐに向かう」

 通信が切れた。ミレイの声が唯ならぬ非常事態を告げている。

「先輩、どうしますか?」

「取りあえず、ヤツ等を追い掛けるしかないだろな」

 真神と室井は車で銀座方面を目指したが、東銀座から銀座四丁目に通じる晴海通りは何故かいつもとは違う異常な交通渋滞を起こし、全く車が動かない状態となっていた。車の先、銀座方向から嫌なざわつきが聞こえるような感じがする。

 真神と室井は、車を路肩に置いて銀座を目指して走り出した。東銀座から銀座四丁目までは走ってもそれ程の距離はない。晴海通りには渋滞した車の列が延々と続き、殆ど動きそうもない。

「先輩、車が全然進んでませんね」

「この先で、何かあったに違いないな」

 銀座四丁目交差点辺りが見えると、何かは判別できない人々のざわめきが聞えた。息絶え絶えに走って辿り着いた銀座四丁目交差点周辺には、いつものように着飾った大勢の人々が何事もなく楽しげに歩いているが、所々に人集りが見え、少年達と思われる叫び声が飛び込んで来る。

「愚かなキサマ等、良く聞け。僕達はこの世界の指導者となる者達だ。頭を垂れよ、平伏し崇めよ」

「そうだ。僕達に平伏せ」

 少年達は、まるでSF映画にでも出て来そうな金属的に光るビームガンを構えて、銀座四丁目交差点の真ん中でそれぞれに叫んでいる。映画かドラマの撮影かなと想像するしかないシーンが繰り広げられている。通り縋りの人々は、不思議そうに指差しながら呟いている。

「コレは何、映画の撮影?」「テレビ?」

「何だ、頭が変なのか?」「可哀想ね、まだ若いのに・」

 人々は玩具のような銃を携えた少年達を、大道芸人のパフォーマンスを見るように一瞥して皆通り過ぎて行く。真面に相手をしようとする通行人はいない。

「ナメるなキサマ等、平伏せ」「ふざけるな、キサマ等ぶち殺すぞ」

「ふざけるな、殺すぞ」 「殺すぞ」

 本気で革命を起こそうとする少年達は、反応の薄い通行人に向かって感情的に叫び続けている。

「やれやれ、困ったな・」「何をしているんだ、この子達は・」

 四丁目交差点の交番から、叫び捲る少年達の大道芸がいつ終わるかと見ていた二人の中年警察官は、痺れを切らして仕方なさそうに腰を上げた。

「君達、もういい加減にしなさい」「やめなさい」

「煩い、ジジイ。殺すぞ」「こいつ等から殺してやるか」「殺せ」

「何だ、この子達は。イカレているのか?」「シンナーでもやっているのか?」

 警察官は対処に戸惑いつつも話し掛けたが、少年達は聞く耳を持っていない。

「カシア、まずはこいつ等ぶち殺そうぜ」

「カシア、ぶち殺していいのか?」

 青色と赤色の髪の少年が、黄色髪の少年カシアに問い掛けた。少年達は今にも二人の警官に銃を向けそうになっている。

「やれ、最初は威嚇だ」

 赤い髪の少年が右手に持ったレーザーガンを撃った。レーザーの光が銀座三越ビルを直撃し、コンクリートの欠片と割れたガラスの破片が路上に飛び散り、交差点から発進する車が急停止した。空から降る瓦礫、歩行者も車の運転手も何が起こったのか理解できない。

「今のは、何だ?」「何が起こった?」「何だ、早く行けよ」「急いでんだ、早く行けよ」 「早く行けよ」

 後方の車が騒がしくクラクションを鳴らしている。

 続けざまに、赤い髪の少年がスカイウォーカーに乗ったまま車道に出て、通行する車両に銃を向けた。一発目のビーム弾が屋根のないオープンスポーツカーを直撃すると、爆裂で車体が引っくり返り火を噴いた。突然の事態に人々の悲鳴が聞こえる。

 赤髪、青髪の少年と四人の銀色の髪の少女達は、「死ね」と叫んで次々にレーザーガンを撃った。白いタクシーから炎と爆発音と黒煙の柱が上り、黒いトラックの運転席から悲鳴を上げながら逃げる男、他の車両からも人々が一斉に飛び出していく。

 人々は逃げ惑い、周辺は騒然となった。想像を超越した少年達の持った武器の破壊力に驚いた二人の警察官は、緊張気味に短銃を構え少年達に向けた。

「君達、武器を捨てなさい。大人しく持っている武器を捨てなさい」

「捨てなければ撃つぞ」

 少年達は聞く耳を持たずに叫んでいる。

「煩い、馬鹿じゃないのか。そんな古臭いオモチャみたいな銃で何ができる?」

「そうだ、撃てるものなら撃ってみろよ」

「もう一度言う。武器を捨てろ」

 警察官は再度警告した後、容赦なく威嚇で短銃を撃った。鈍い破裂音と同時に弾は、赤髪の少年の脚下に命中して跳ねた。少年達の興奮は一気にMAXに達した。

「無駄だ、無駄だ、そんなものはボク達には通用しない」

「そうだ、ボク達は神だ。平伏せ、頭を垂れよ」

 真神、室井は四丁目交差点に着いたタイミングで未来人ミレイとカオンと合流し、交番の前で叫び捲る少年達を視界に捉えた。周辺の人々は、ビルの陰に隠れて恐る恐る遠巻きに事態を見ている。

「マズいな、あいつ等かなり興奮しているぞ。何とか、あいつ等の武器だけを止められないか?」

「残念だが、武器だけを止めるのは難しい。これ以上あの子達が発砲するなら、活動システムを停止する為に電磁バリアで囲い込む以外ない」

「電磁バリアで囲い込むと、どうなるんだ?」

「電磁バリアは外部内部両面からの衝撃を同時に遮断する」

「内部からも?」

「そうだ。だからカシア達の攻撃を遮断する事はできるが、同時に・」

 ミレイが口籠った。それは、少年達が発砲すればバリアの中で自身が焼き尽くされる事を意味している。

「他にヤツ等を止める方法はないのか?」

「ない・」

 少年達の興奮は既に極限に達し、周囲がまるで見えていない。

「キサマ等、皆殺しにしてやる」「皆殺しだ」

「カシア、やめろ。馬鹿な真似はやめろ」

 ミレイの叫びが虚しくビルの山々に木霊していく。

「煩い、煩い。今からこいつ等の処刑を始める。皆殺しプロジェクトの開始だ。僕達はこの時代の誰よりも強く、そして賢い。僕達が生き残る事が正義だ」

「カシア駄目だ、私達はこの世界の人々を誰一人として傷つけてはならない、傷つけ合ってはならないのだ。傷つけ合えば時空は歪み、私達自身が消滅する」

 最早、司令官であり実姉でもあるミレイの声さえ聞こえていない黄色髪の少年は、荒い息で人々に向かって叫んだ。

「キサマ等、これが何だかわかるか、これは核融合爆弾だ。放射線こそ大した事はないが、爆発の威力はキサマ等の想像を遥かに超えるだろう。この街など跡形もなく一瞬で消え去る」

「核融合爆弾だと、本気なのか?」

「先輩、核爆弾って原爆の事ですか?」

「原爆なんてもんじゃない。そんなものが銀座で爆発したら東京は終わりだ」

「カシア、これ以上愚行を続けるな」

「死ね、これでこの世界はボク達のものだ」

「ミレイ、どうする?」

 少年の愚行は止まらない。司令官ミレイは、冷静にノアに対応すべき指示を発出した。その言葉が唯一の、究極の方策である事が窺えた。

「方法は一つしかない……カシア達全員を電磁バリアで包含せよ」

 ミレイの指令に、日比谷公園上に滞空する球体から電磁バリアの放電が不気味な音を立て東方向、銀座四丁目へ向かって発散した。

 少年少女達七人それぞれの身体をガードしていた薄青緑色の活動システムが消えた。と同時に、彼等全員を一体に包み込む透明な四角い空間が出現した。彼等にはその状況の変化さえ見えていない、そしてそれが何を意味しているのかも。

「これで終わりだ」

「カシア、駄目だ。やめろ、やめろ、やめろ・」

 カシアが核爆弾のスイッチを押した瞬間、ミレイは目を閉じた。

 四角い空間は、眩く金色に輝いた。ほんの一瞬の出来事だった。金色の光が消えた時、四角い空間の中に少年達七人の姿はなかった。

 ミレイは唇を噛み締め、絶望に包まれた。  

「……私のせいだ。全て私のせいだ・サワムラの言った通り・それが起こる前に私達は行くべきだったのだ・もしかしたら・もしかしたらこの世界に私達の生きる場所があるかも知れないと無意識の内に私は甘えていたのかも知れない……全ては私のせいだ・私が弟達を・殺したのだ……」

 そう呟いたミレイの身体が小刻みに震えた。

 銀座四丁目の交差点で黒煙を上げる数台の車の周りで、数百人の人々が息を呑んだまま立ち竦んでいる。TV局の報道車が到着する背後で消防車と警察車両らしき緊急音が狂ったように街に響いた。殆ど全ての人々が何が起こりどうなったのかを理解する事もなく、事件は終わりを告げるだろう。

 緊急車両の甲高い音が近づく銀座四丁目に、夜明けのスキャットがレクイエムのように流れていた。

 数日後、ミレイの船と思われる一機の球体NOAが日比谷公園を飛び立ち、東銀座上空に静止した。

 日比谷公園は相変わらず封鎖されていたが、自衛隊戦車部隊は姿を消し、暫くの間球体も目立った動きを見せる事はなかった。そして、マスコミはまるで意図的に避けているかのように、球体に関する事件を含む一切の報道を自粛していた。既に人々の意識の中では、球体の存在は不気味な空飛ぶ円盤ではなく、日比谷公園と世界中の空に鎮座するオブジェのようになり掛けていた。

 そんなある日、突如として東銀座上空に一機の球体が移動した。歌舞伎座や新橋演舞場に集う人々は、予期せぬ天空の来客に度肝を抜かれ、頭上を移動する球体に驚嘆するしかなかった。

 東銀座周辺が騒然とする中、真神の通信機から「屋上まで来てくれ」とミレイの声がした。

 真神と室井が勇んで屋上へと駆け上がった時には、天空の球体から薄緑色の光が新日本スポーツ本社ビルの屋上に降りていた。黄緑色の光のタラップからミレイとカオンが姿を現した。ミレイの顔に心労が見える。

「我等は早々に旅立つ事にした。どんな理由があろうと、我等はいつまでもこの世界に留まっていてはならないのだ。二度と会う事はないだろう、有り難う、感謝する」

 ミレイが嬉しそうに笑った。

「ミレイ、一つだけ教えてくれ。何故俺の言葉を信じてくれたんだ、俺が小泉律子の代理人だったからか?」

「いや、それだけではない。ワタシは、エリアは限定的だが、過去約500年間のかなりの数の日本人のパーソナル・データをインプットしている。名前を聞いた直後に、君やサワムラが何者なのかはある程度知る事が可能だった」

「そうか、なる程な。俺がオッサンと親戚だって事も知っていたのか?」

「サワムラが実質的な日本の指導者とは知らなかったが、サワムラやリツコと君の繋がりが何かを導いてくれるような気がしたのだ。ワタシの家系はその昔、神の遣いだった。ワタシの感はかなりの確率で当たるのだ」

「そう言えば、ミレイ達が来る直前に律子がミレイと意識がシンクロしたと言っていたが、それも神の遣いの家系だからなのか?」

「時間制御装置に意識を乗せて飛ばす実験の成果だったが、まさか時空を超えて会話ができるとは思わなかった。リツコと私は同族の家系だ。同族同士は、時として意識をシンクロさせる事ができるのだ」

 未来人ミレイは右手の拳を突き出し、真神、室井と拳を合わせた。

「マガミ、ムロイ、色々世話になった、有り難う。キミ達二人との親愛の印として、NOAの機体番号の後尾にマガミ、ムロイのMを刻んだ」

「そりゃ凄いな」「何となく誇らしいですね」

「それから、もう少し後の時代にワタシの直系の者が君達二人に世話になる事になっている。今からワタシが礼を言うのも変だが重ねて礼を言う、有り難う。因みに、君達は比較的運が強い筈だ。それは我が一族との縁によるものだ。これからも強運は続くだろう」

 その言葉を残して、未来人は銀色の球体、時空制御船NOAとともに遥かな過去へと旅立っていった。銀色の球体の側面には「AG269M」と描かれていた。

 時空に消える寸前、空に舞い上がった球体は大空をぐるりと回った。真神と室井にはそれがどういう意味なのかはわからなかったが、敬愛と惜別の情を表しているのだろう事を理解した。二人は彼等が消えた空に向かって拳を突き上げた。

 未来人がいた日比谷公園に残る200メートルを超える円型の焼跡が、そこで起きた全てが現実だった事を物語っていた。

 TVアナウンサーが慌てた口調で伝えた。

「突然ですが、臨時ニュースをお伝えします。今日昼過ぎ頃、秋葉原電気街に程近いビル建設用地に、土星型の空飛ぶ円盤と思われる物体が着陸しました。空飛ぶ円盤からは数人の裸の男達が現れ、周辺は騒然としています。空飛ぶ円盤の詳細は不明、裸の男達は「ワタシ達は火星から来たのよン」と言っているそうです。更に、裸の男達を見ようと集まった沢山の男達が騒ぎ出しています。政府は万一の事態に備え、自衛隊を派遣する事を検討しています」

 今度は秋葉原に裸の火星人がやって来たらしかった。土星型の空飛ぶ円盤と思われる物体は、あの日比谷公園の球体とは違い、ブリキ製のハリボテのようにも見える。

「真神、室井、何をしているんだ。早く火星人の取材に行け」

 いつものように、編集長矢追の嗄れ声が飛んだ。

「はい、はい」

「はいは一回だ、バカやろう」

 聞き慣れた矢追の怒鳴り声を背中で受け流し、真神は肩を揺らしながら出て行った。室井は足取り重く後をついて行く。

「今度は裸の火星人ですかぁ」

 室井はあからさまに嫌そうな顔をした。球体事件の時のようなワクワクは皆無だ。

「アホらしい。そんなのどこかのノータリンか、でなけりゃ唯の変態野郎の仕業だぞ。土星型の空飛ぶ円盤なんて、嘘っぱちに決まってんだろがよ」

 真神は慣れた手付きで車のハンドルを回しながら吐き捨てた。

「きっとそうですよ。仕事だから行きますけど、裸の男の取材なんて気が進まないな。朝日新聞や読売新聞や毎日新聞だったらこんな胡散臭い事件なんか相手にしないんだろうな。東スポなら直ぐに飛んで行くんでしょうけど」

「そうだよな。そんなのこそ、自衛隊の戦車砲で木っ端微塵に撃っちまえばいいのにな。俺も気が進まねぇや、パチンコでも行くか?」

 エアコンなど一般的ではない車の三角窓から、一陣の涼風が二人の頬を撫でた。

「ミレイさん達、今頃どうしてますかね?」

 真神と室井の脳裏をミレイ達の記憶が過ぎった。日比谷事件も、霞ヶ関襲撃事件も、銀座事件さえ既に遠く懐かしい気がする。

「遠く遥かな時を旅してるんじゃないかな・」

「先輩、詩人ですね」

「俺は東大出だからな。○大なんかとは違うんだよ」

「先輩、基本的に東大以外の大学を馬鹿にしてるでしょう?」

 いつもの事だが、室井の話など聞いていない真神が唐突に人類創世を語り出した。

「室井、人類の歴史を知ってるか?」

「知りません」

「諸説あるが、俺達ヒト人類は約500〜700万年前にチンパンジーと同じ祖先から猿人サヘロトロプスやアウストラロピテクスが枝分かれし、約50万年前に原人、約30万年前にネアンデルタール人と呼ばれる旧人ホモ・ネアンデルターレンシス、殆ど同時期の約20万年前にホモ・サピエンスが現れ、4~5万年前にクロマニヨン人などの新人ホモ・サピエンス・サピエンスに進化して、現生人類に至るんだ。更に約4000~5000年前に世界四大文明が誕生したって言われている」

「知識のひけらかしですか?」

 真神は室井の問い掛けに答える気もなく、人類創生を語り続けている。

「ミレイ達はその人類500万年の歴史の中に分散するんだ」

「ミレイさん達500万年前の類人猿と上手くやっていけるのかな。案外ミレイさん達が類人猿と一緒に人類のルーツになったりするかも知れませんね、夢があるなぁ」

「それはない、絶対にない」

 そう言い切る真神が遠い目で語る室井を現実に引き戻した。

「何故ないって言い切れるんですか、彼等未来人が500万年前の人類と融合して、僕等の遠い祖先になったなんて夢のある話じゃないですか?」

 真神が大した根拠もなく断定した。

「そんな事ある訳ないだろがよ」

「何故?」

「お前、500万年前の世界で類人猿のメスとヤレるか?」

「あぁ、そうかぁ。なる程、ないですね」

 室井の頭に、類人猿のメスとの無謀な関係の想像図が浮かんでいる。

 人類の歴史は今から約500〜700万年前に始まったと言われているが、その間を確実に繋ぐもの、即ちミッシングリンクは未だ発見されていない。従って、人類は「神」が創造したという神の創造説や、人類は宇宙からやって来たとする古代宇宙飛行士説も一概に否定する事はできないかも知れない。

「融合は無理でも、ミレイ達がそのテクノロジーで人類を導く神になるなんてのは、あるかも知れないけどな」

「それいいですね。人類に火を与えたプロメテウスが実はミレイさん達だったなんて面白いですよね」

 ギリシャ神話では、人類に火、つまり文明を与えたのはプロメテウスだったという事になっている。人類に火を与えた神であるプロメテウスが、実は時の彼方からやって来た未来人だった、そんな歴史の真実があったとしても何ら不思議ではない。

「それでも、根本的な問題が解決する訳じゃないけどな」

「根本的問題?」

「あぁ、そう言えばそうでしたね」

 未来人が選んだ「過去への選択」は、人類を永遠に抜け出せないループに嵌める事になる。それを避ける為に、1970年に置いてきたテクノロジーで2469年の災厄を回避する「未来への選択」が成功したとしても、人類はタイムパラドックスに堕ちる事になる。

「人類はオッサンの言うデカい輪っかで絶望するかも知れないし、タイムパラドックスで消えてなくなるかも知れない。具体的には説明出来ないけどな」

「人はどこから来てどこへ行くんですかね?」と、聞いた事のある言葉が室井の口をついた。

「さぁ、どこへ行くんだろうな」

 人類の歴史とは、進化の中に確実に存在する筈のミッシングリンクを探す事かも知れないし、神とは何か、そしてヒトとは何か、その答えを探す旅なのかも知れない。

『人類は先の見えた悲惨な未来を永遠に繰り返し生きて行くしかねぇ。既に見えた悲惨な未来を永遠に回り続ける、そんな絶望感に押し潰されて人間なんぞ一人も居なくなっちまうだろうよ』

 そんな澤村の言葉が真神の頭を掠めた。

「俺もミレイ達と遥かな過去でも行けば良かったかな」

「僕は500年後の未来の方が興味ありますね。」

「人類滅亡の500年後に行ってみたいのか?」

「カオンさんが言っていた未来が、どれくらい悲惨なのかを見てみたいなって思っただけですよ」

 室井が遠い目をして言った。

「やっぱりお前変態だな」

「でも、人類が滅亡する500年後なんてやっぱり現実味がないですよね。結局、僕達にとっては今が一番いいのかなぁ」

「まぁ、そうだな」

「そう言えば、ミレイさんの祖先が僕達に世話になるって言ってましたよ。ミレイさんみたいに綺麗な女の子だといいですね」

「どうかな。ミレイの先祖だから、女だとしても性格は相当キツそうだ」

「未来の事なのに、僕も凄くそんな気がするんですよ、哲学が足りないのかな?」

「じゃぁ、もっと人生の哲学を勉強した方がいいな。確か三田のあの店が新装開店だった筈だ」

 真神の運転する白い車は、秋葉原とは反対方向の日比谷通り銀座交差点を左に曲がり、三田方面へと消えた。

 人類は500万年のループの中で絶望感に押し潰され消えしまうのだろうか。未来のテクノロジーによって500年後に滅亡を回避し、タイムパラドックスに堕ちた人類はどうなってしまうのだろうか。プロメテウスは果たして何を選択するのだろうか。そして、ヒトはどこから来てどこへ行くのだろうか。 

 そんな数え切れない疑問を残したまま、未来からやって来た人類は時の彼方へと消えていったのだった。

 人類の行く末を気にする事など露程もなく、刹那に浮かれる東京の街に晴れやかな万博音頭が流れていた。

「社長、どうっすか。いい娘いますよ。1000円ポッキリ、サービスしますよ」

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時空超常奇譚其ノ壱〇. NEVER END/東京パラドックス 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

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