朧月幻想譚

みゅな🍯

第壱章 『慈愛の月のプレリュード』

第壱音 『序奏』

ざぁ──、ざあぁぁぁ────。


酷く激しい雨が降り注ぐ中、男女は足元が悪いのにも関わらず、必死に駅へと走る。なぜ2人は走っているのか。答えは単純明快。何者かに追われているからだ。


その何者かというのは、黒い液体を滴らせるもぞもじとした生物…、いや、あれを生物と呼べるだろうか。何がともあれその生物の群と奴らを使役する濁った大鎌を持つ金髪の男。彼は掠れた気味の悪い笑い声をしながら、男女に斬撃波を放つ。青年は手に持っていた薙刀で少女を庇いながら、その攻撃を防いだ。



「っ!!しつけぇな!!」


「『 』さん!大丈夫ですか!?」


「足を止めるんじゃない!早く駅に行かねぇと追いつかれる!走れ!」


「…っ、はい!」




しばらくこんなことが続いて数分。駅に辿り着くことはできた男女。しかしそれは奴らも同じで、男女を追い詰めることに成功させてしまった。青年は少女の前に立って、薙刀で威嚇をする。それに黒い生物たちを使役している大鎌の男は、それに動ずることなく嗤った。



「あっはははは!そんな小さな威嚇、俺様なんかに効くわけがねぇじゃん?」



男は大鎌を地面に思いっきり突き刺して、身体をそれに乗っけて再び話し始めた。



「『絶刑ぜっけい』、そして『歌姫』。我が主がお前らをご所望だぁ、抵抗せずについて行ったら何もしないこと、保証してやんぜぇ?」


「はっ、誰がお前らみてぇな極悪集団の元に行くんだよっ。それにお前保証という単語を辞書で調べた方がいいぞ?明らかに殺意満々だろ」


「あっははは、そうだなぁ〜、俺様はぁ、お前みたいな強者が俺の目の前に立って、薙刀を向けてくるだけで…、ひひっ、血が踊って仕方がねぇんだぁ〜♪」


「それはそれは愉快で迷惑な血ですこと…」



そんな会話を交わしているが、青年は内心焦っていた。ここで戦闘なんかを繰り広げてしまえば、少女は勿論列車すらも巻き込んでしまうのではないかと薙刀を震わせていた。少女はそんな彼の手を寄り添った。



「『 』さん…っ」


「……『 』、こっからお前一人でも逃げれるか?」


「えっ」



そう呟いたあと、開いた列車の扉。

それと同時に青年は少女の肩を列車の方向に押しのけ、中に入れさせた。



「…!何を!?」


「大丈夫、こいつらちょちょっと片付けたらすぐ追いかけるから」


「えっ、やだ!やだやだやだ!!!」



そんな少女の声も、列車の扉がしまったことにより遮断されてしまう。

青年は今にも泣き出しそうな少女に向かって穏やかな笑顔を浮かべる。


そして、列車の汽笛が辺り一帯に鳴り響いたあと、青年は身体から紫色のオーラを解き放ち、薙刀を構える。それと同時に列車はゆっくりと西の方向へと向かっていく。



「おぉい?彼女逃がしていいんよぉ?♪」


「どうせ蒼狐に着くまでは『宝魔ほうま』は列車の中に入ってこれねぇし、それに蒼狐に着く前に追いかければいいだけの話だ」


「へへっ、今からこの俺様との戦闘を無視して行くなんざ舐められたもんだなぁ〜〜♪」


「別に無視なんてしてねぇよ、今からお前をさっさと殺せばいいだけの話だし」


「ふははっ☆、ひひひひ…っ、やっと俺たちだけになったなぁ…、さぁ始めっかぁ!!!強者同士の戦闘!!!派手に楽しませてくれよぉ!!!!ヒィィィィィハァァァァァ!!!!!!」





「やだッ、『 』さん!!待って!!止まってよ!!止まって!!!!」



少女は列車内を叫ぶも、その声に耳を貸すものなど誰もいない。

そして少女が乗っている列車は、知識の国『蒼狐そうこ』へと進んでいくのであった………。







────朧月幻想譚 第一章 『 慈愛の月のプレリュード 』








一方、知識の国『蒼狐』ではというと……。




「はーい残念でした、またのお越しを〜!!」


「まぁーーーた爆死だよぉ!!これで5回目!!」



───ここは螢魂屋『阿吽あうん』。


その店内の中で机に突っ伏している茶髪碧眼の青年。

彼の名前は『福柳 奏真ふくやなぎ そうま』。虹燎郷の花とも呼ばれている花月館に住む『霽月せいげつ』と呼ばれる陰陽師である。


そんな彼は蜜珠みつガチャというか、自分の持ってきた蜜珠を鑑定させて使えるものかを確かめるものを専門家に頼んでいた。


結果、爆死。


そしてこれは彼も言っていた通り5回目なのであった。



「もーやだぁ、メンタル崩壊しそう」


「そんなんでメンタル崩壊したら世の中廃人だらけになるからやめて?」


「死にそう」


「だからほんとにやめて??」


「もうどこにも行く気になれない…、もういっその事ここで住むことにしよっかなぁ…」


「ダメに決まってんでしょ!!働けニート!!!」


「僕一応働いてんだけどぉ!?」


「あんたは陰陽師の皮を被った自宅警備員だろうがぁ!!」



奏真と張り合っている犬の耳が生えている獣人の少女は『海乃 叶音うみの かのん』。この阿吽の看板娘でもあり、店長でもある。彼女も年相応に見えるだろうが、本来は何年も生きている妖怪みたいな存在。


奏真はこの世の全てが終わったかのような鬱な表情で、ゆっくりと立ち上がり、そのままドアの方向へと体を向けた。



「んじゃあこんなうるさいニートはもう帰りますよー。はーいさよならー」


「はいはい、大人しく帰って求人資料でも探すことですね」


「だから働いてるってのにぃ…」



その時だった。テーブルの上に置かれていた黒いラジオが、大きく部屋に響いた。叶音はその声にそのふわふわの獣耳をピクリと動かせた。



『──緊急速報、緊急速報!現在蒼狐駅周辺にて宝魔が暴れているとの情報がありました!その数なんと200を突破しおり、既に住民の被害も大きくなっていく状態であります─────』



「…駅に宝魔かぁ…200ってやばいね……ッて」



叶音が見上げた先には既に準備体操と軽い刀の手入れを始めた奏真。

これは行く気満々だなと察した叶音は念の為、奏真に聞いてみる。


「霽月さん、もしかして駅行くつもりなの?」


「え?当たり前じゃん」


「いやそんな真顔で言われても…、『深祝みの』ちゃんの許可は?」


「じゃあ叶音さんの方から電話入れといてっ!じゃぁ僕行くから!」


「いやはっっや!ちょっ!!」



そう言って、奏真は全てのことを叶音に任せて、阿吽を後にした。

彼女には申し訳ないなと思いつつも、その想いも数歩歩けば消え、駅の方向へ走っていった。







「うっひゃ〜〜っ、これはやばい。『天満月あまみつき』の人達まだ来てないのかなぁ?」



天満月。それは虹燎郷の首都『彩雲さいうん』で結成された警察的組織である。しかし、それらしき人物は一人もおらず、いるのは黒いオーラを放つ禍々しい化け物…『黒音こくいん』と、それに逃げ惑ったり襲われている住民たちだけである。



「ほんと何してんだか…」



奏真は月の変わり目をモチーフとした鞘から、スっと刀を取り出した。

そう、彼の生を共にしてきた『三日月宗近みかづきむねちか』。奏真はそれを手馴れた手つきで、黒音に向かって特攻していく。



「…っ!」



奏真はその一体に光速の一閃で斬り捨て、その勢いで数々の黒音を斬って、奥へと進んでいく。きっとその先には親玉的な『宝魔ほうま』が存在しているはずだから。そう推測する奏真の目の前には、住民達から生命力を吸っている小さな宝魔を中心に黒音がうじゃうじゃと這い回っている。



「式神召喚、『白蔵主はくぞうす』!この穢れし者共全て焼き払え!急急如律令!」



奏真は御札を取り出し、その御札から自らの式神である大きな白い狐を召喚させた。そんな式神は奏真の命令に従い、目の前の黒音を一歩で踏み潰し、他の黒音、宝魔達をその赤と紫の交じった炎で焼き尽くす。その炎は住民には通用することなく、助けられた住民達は奏真に感謝をしながらそそくさと退散した。



「よしよし、君はあっちの方に行ってくれる?僕はこっちに行くから。もしなにかあればその鈴を鳴らして僕を呼んで。すぐ駆けつけるから」



奏真は自分の式神を撫でながら、命令を言う。式神はくぅーんっと音を鳴らしながら従順に奏真とは真反対の方向へと向かった。



「さてと、あっちの方に行ってみるとするか……ん?」



奏真はなにか異変を感じ、目を凝らしてみる。すると奥から明らかに異国の服を着ているであろう、青髪の少女が悲鳴にも近いような声を発しながらこちらに近づいてきたのだ。



「ひええぇ〜!!!!!お、お助けぇぇ〜!!!!」


「え?」


「あ!そこのなんか青い人さん!早くここから逃げてください!!とっても危ないですよ!!」


「え…?ちょ、君…っ!」



奏真はようやく気づいた。彼女がなぜこちらに全速力でダッシュしてきたのかを。


それは簡単。彼女の後ろには大量の宝魔や黒音達がうじゃうじゃと現れたからだ。奏真は何故彼女にここまでの数の化け物が来るのかと考えてみたが、そんなことより先に身体が先に動いていた。



「へ?」


「氷妖『凍玻璃いてはり』」



奏真は掌から白い力を纏わせ、その力は氷と化して宝魔や黒音達を凍てつくす。動けなくなったことを機に、奏真は三日月宗近でそのまま横に斬る。敵を包んだ氷は跡形もなく砕け散った。その様子に少女は圧巻するも、しばらくして奏真に抱きついた。



「わっ!?」


「あぁ、なんてお優しい方なのでしょう…!あぁぁぁありがとうございますありがとうございます…っ!あの化け物たちしッッッッつこくて大変迷惑してたんですよ…!」


「そ、それは良かったね…、とりあえず君も早く逃げた方がいい。宝魔達を引き寄せてしまう体質なら尚更……」


「いえ……、それはできませんっ」


「はぁ…?」



奏真は訳が分からなかった。彼女はゆっくりと立ち上がる。そして奏真の肩を掴んで、彼の瞳を逃がさないようにしっかり見つめてこう言った。




「助けてください、私達は今"追われてる"んです」





これが全ての始まりだった。



……To Be Continued.

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