とも

 モノクロの世界で俺は、椅子に座る、という作業をしていた。

 斜め向かいに座る勇樹ゆうきが、こちらに身を乗り出すと秘密を打ち明けるようにして言った。

「『♪う~すべ~にい~ろの~かわ~いい~き~み~のね~』って何て歌だっけ」


 俺はあえて答えずに、勇樹をただじっと見ていた。

「昨日さ、アパートの自分の部屋で本読んでたら、下で誰かが歌ってんだよ。なんて歌だったかなって。一青窈なのは分かったんだけどね、タイトルが出てこなかった。それで、考えてたら本なんて全然頭に入ってこなかったわけよ」

 勇樹は、また背もたれに寄りかかった。


「分かってんだろ?なんて曲か」

 俺は気のない返事をした。


「まぁ、そのあとすぐ調べたからな」

 勇樹は無表情だった。

「お前、別れたんだろ?美海みなみと」

 

 美海とは、大学時代から俺が6年間付き合っていた元カノだ。俺たちが別れたことを、多分先輩伝いで勇樹は知った。

 突然のことだった。理由はよく分からない。別れ際に理由を訊くなんて野暮ったいと誰かが言っていたが、さすがに訊けばよかったのかもしれない。でも、もう今はどうでもいい。


「まあ、」

 極力、俺は平静を装った。



「お前なら分かると思ってたわ。花屋だったし」

「ふん、バイトな。しかも、三日間だけな」

「俺、多分一生いじると思うわ、お前のそれ」

 勇樹は、にやりと笑った。


「なんか、最近つまんないんだよな~。誰か女でも紹介してくれよ」

「フラれたばっかのやつに訊くか、普通」

「あら、そうだったわね?」

 おどけた顔で勇樹は言った。



 手元のブザーが、動くおもちゃのように振動しながら、フードコート内に鳴り響いた。

「おぉっ、…と」

 いつも突然大きな音をたてて鳴り響くので、俺はこのブザーが苦手だった。


 ブザーを持って立ち上がり、数歩あるいてから勇樹の方を振り向いて言った。

「あのさ、」

「うん?」

「嘘だろ?その話」

「…さぁ」

「なんか、ありがとね」

「ふん、」

 勇樹は、ぎこちなく片方の口角をあげながら、右手で首筋を触った。照れくさく思ったとき、いつもこうするのを俺は知っていた。


「早く取りに行けよ、お前のラーメン」

「…おお」


 このとき、確かにブザーは鳴っていたはずだ。でも、俺たちの耳にはそれが入らなかった。


 足早に受け取り口へ向かい、おぼんに乗ったラーメンをもらった。厨房の奥から漂ってくるスープのいい香りで、急にお腹が減ってきた。


 席におぼんを置いてから間もなくして、今度は勇樹のブザーが鳴った。

 俺たちは一緒に昼を食った。

 俺は塩ラーメン、勇樹は生姜焼き定食。



 いつもと変わらない味だった。



















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小話 神崎諒 @write_on_right

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