小話

神崎諒

それで、いいのか?

 午後十一時。この館の廊下は薄暗く、肌寒い。警備服に身を包んでいてもなお、隙間風の冷たさを感じる。


 時刻が十一時五分になった。私は、ストップウォッチを止め、手元の用紙に『23:05』と書き込む。


「なあ、」

 一緒に業務する上司が話しかけてきた。

「今、作業中なんで」

「そんなん、誰も気づかへんて。どうせ、誰も通らんから、ここ」


 私は、職務怠慢な "この人" の分まで意識を集中させねばならない。記入用紙に『23:07』と書き込む。

「なあ、パインアップルとパイナップルって何が違うん」

「はい?」

 不覚にも、返事をしてしまった。

「アップルってりんごよな? こないだ、カットされたそれをコンビニで買って。裏見たら、商品名 パインアップルって書いてて」

「そうですね……」

 今さら、無視できない。

「次に、別の商品の裏にはパイナップルって記載があって。これ、どっちなん?」


 彼が持つ懐中電灯の光が、正面にある大きな古時計に反射し、さらにその光が彼の胸元のバッジを照らす。


「どっちなんですかね」

 話を膨らませまいとした。


「俺な、正式名称とか言い出すからアカンと思うねん、ややこしいやろ? それなら、どっちもパインでええやんか」

 私は、用紙に『23:11』と書き込み、ストップウォッチを再び動かす。


「なあ、自分、どう思う」

「そうですね……、パインでいいと思います」

「せやろ、でもな、それだとではないねん。正式感出すために、なんか案考えてくれへん」

 ただでさえ、面倒な仕事が、さらに面倒になってきた。

「商品名、パインとあれば、それが正式名称になるんじゃないですか」

「そうか?」

 上司の懐中電灯を持つ手が少し下に傾いた。

「それやったら聞くけど、パインナップルとパイナップルって何が違うん」

 上司は、同じような質問をもう一度繰り返してきた。

「なんというか、さっきのが午前だったら、今度は午後みたいな質問ですね……」

「は〜あ?」

 上司の声がこだまする。



「君達、そこで何やってんの」

 別の警官が懐中電灯を持ってやって来た。

「早く、仕事に戻りなさい。その時計、もう動いてないでしょ」

 上司が私の前に立つ。

「これが、私達のですから」




 このときの時刻は多分、『23:13』くらいだ。






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