ウォシャウスキー兄弟、あるいは姉妹——『マトリックス』で成功したあと、本当に撮りたい映画を撮り、夢を叶えたふたり

たけや屋

夢を叶えたメッセージ

 かつて一世を風靡した映画『マトリックス』。

 一定以上の年齢層ならほぼ全員が知っていると言っていいほど大ヒットしたこのシリーズ。


 そして人間、大成功を収めたら、次は自分のやりたいことをやりたくなるものです。長期連載漫画を終えた漫画家が、次回作は趣味全開の漫画を描きたがるように。

 ウォシャウスキー兄弟もそうでした。


 それは日本のアニメ『マッハGoGoGo』を実写映画化すること。

 この作品は日本でも大人気でしたが、輸出されたアメリカでも『Speed Racer』のタイトルで熱狂的に迎え入れられたのです。


 少年時代のウォシャウスキー兄弟もこの作品に熱狂したそうです。そして映画監督として大成功を収めたあと、自らの手でスピードレーサーを映画化したいと思ったとか。


 ◆ ◆ ◆


 兄弟がどれほどこのアニメを愛していたのかを物語るエピソードがあります。

 日本語版のオープニングを日本語で歌えるのはもちろんとして——。


 うろ覚えなのですが、劇場版の販促として、ウォシャウスキー兄弟のどちらかがインタビューを受けていた時のことです。

 代表作のマトリックスでは非常に有名なシーンがあります。


 主人公『ネオ』が複数の敵から銃撃を受けた瞬間、それをのけぞって回避するシーンです。

 普通なら役者が華麗なアクションで回避するところを、このシーンでは逆に『静止した役者の周りをカメラがぐるりと動く』ことで『あらゆる方向からの銃撃を躱している』のを表現していました。


 これは非常に斬新な映像表現として、世の中で好評を博していました。マトリックスと言えばコレ! という代名詞的シーンです。

 当然、インタビューではそのシーンについても語られました。新作『Speed Racer』でもマトリックスのあのシーンのような凄い映像はあるのか? と。


 ウォシャウスキー監督はこう答えます。

「あのカットは、アニメ『マッハGoGoGo』のオープニング映像から発想を得たんだよ」


 インタビュアーは困惑していたと思います。

 最新CGをふんだんに投入した現代の映画が、60年代の古くさいアニメを参考にした? みたいな。


 アニメ『マッハGoGoGo』のオープニングアニメは非常に手間をかけて作られていました。

 そのラストカット、画面の奥からメインマシンのマッハ号が走ってきて停車、主人公の三船剛が飛び降りてポーズをとった次の瞬間。

 ここでカメラが主人公のサイドにぐるりと回り込むのです。


 主人公だけに演技をさせるなら、作画は主人公だけで済みます。しかしカメラごと動かすからには、その背後にあるマッハ号まで作画しなくてはなりません。カメラが正面から真横まで90度動くのを、人物と車体の双方とも破綻なく描写しなければならないのです。これは大変な技量を要します。空間把握能力と、純粋な作画の手間、この両方が必要になるのです。


 2010年代の某落語アニメでも、

『京都方面ならできるけど、武蔵境的にはキツいんだよ! 振り向く動画だけでも厳しいんだよ!』


 といわれているほど難しいのが『キャラクターが振り向く』動画です。

 それを一段上回るのが背景ごとカメラを動かす動画です。これをCGも無い時代にやっていたのが当時のタツノコアニメなのです。


「マトリックスのあのシーンは、マッハGoGoGoのオープニングのアレをやりたかったんだ」

 みたいなことを嬉しそうに語るウォシャウスキー監督と、

(この人なに言ってるんだ?)

 おそらく原典のアニメを見たことがないであろう若いインタビュアーが、そんな顔で話を聞いているのが印象的でした。


 ◆ ◆ ◆


 2008年、劇場版『Speed Racer』が封切られました。

 その作品には様々なこだわりが見え隠れしました。アメリカの映画であるにもかかわらず、日本語版のテーマソングの一部をそのまま流したり。アニメ版で使われた効果音をそのまま使用したり。アニメ版のデザインを損なうことなく、コスチュームや車体をデザインしたり。


 まさに少年時代の好きが詰め込まれ、愛があふれていたのです。

 しかし得てして、趣味性の高い作品というのは一般ウケしにくいものです。


 結果から言えば、本作も興行的には失敗という烙印を押されました。

 人気マンガ家が長期連載を終えたあと、次回作は自分の描きたい漫画を描いたものの人気は得られず商売的には失敗に終わる——というのはよくあると思います。


 本作も世間的にはそういう扱いをされました。

『あのマトリックスの監督でもコケることはある』のだと。


 しかしウォシャウスキー兄弟、あるいは姉妹は子供の頃の夢を叶えたのです。夢を映画という形で残したのです。興行的には失敗に終わりましたが、創作者として後悔はなかったでしょう。


 ◆ ◆ ◆


 ちなみに自分は、この映画好きですよ。

 レーサーに憧れる少年が、様々な困難を乗り越えて、ついには大レースで優勝を飾るという王道ストーリー。各所に見え隠れする原作アニメへのリスペクトや小ネタ。


 特に主題歌の『Go Speed Racer Go』は出色のデキです。ハリウッド映画にもかかわらず、イントロは日本語版の歌がそのまんま流れます。そこからご機嫌な英語のリリックに繋がり、英語・日本語・スペイン語のラップがズンズン響く。原作へのリスペクトあふれる一曲です。


 是非この映画を見て、監督と夢を共有して、エンディングでこの歌を聴いてみてください。

 映画の世界の主人公と、現実世界のウォシャウスキー監督との双方共が発する、

『夢を叶えるとはこういうことだ』

 という強いメッセージを感じ取れたなら、人生も少しだけ楽しくなるでしょう。

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