本文

○プロローグ

・第1話


 図書室。

 放課後のことである。


「あ、あっ君……こ、これで良い?」


 背の低い黒髪ロングで前髪で目元が見えない、そしてが赤面しつつ震える手で平らな胸元をはだけさせ白いスポーツブラを見せる。


「あっ君じゃない。デビルサモナーマスターアクトと呼べヨルカ……じゃなかった……ヨルムンガンドよ!」


 黒いパーカーにシルバーアクセサリーを見にまとったデビルサモナーマスターアクトと名乗る少年が、ヨルムンガンドと呼ぶ少女の左胸に指を伸ばし羽を模した黒いシールをそっと張り付けた。


「ひっ!?」


 ヨルムンガンドは小さく甲高い叫びを上げる。気にせずサモナーマスターアクトは霧吹きを貼ったシールの上へかける。


「ひやぁ!?」


 更にヨルムンガンドは、声量の無い悲鳴を上げて飛び上がる。


「変な声を上げるんじゃない! 誰かにバレたら儀式は失敗する。とりあえずあおいでシールを乾かすのだヨルムンガンド!」


 改めて説明するがここはとある地方の一般高校、図書室の一角。

 鍵を締め放課後の夕日と部活動の掛け声意外何も入ってこない密室空間にこの男女がいる。図書室の真ん中に六本木のロウソク床に書かれた赤い六芒星を怪しく照らす。

 ついでに部屋の角に掃除用具が用意し彼等が脱いだであろう学生服がある。学生である彼等がこんなことをして見つかればただでは済まない。

 だが、彼らにはやらなければならないことであったのだ。


「さあ、準備が出来た。これより悪魔召喚を執り行い、ヨルムンガンドの悲願を達成する。手を合わせ祈るのだ」


 マスターアクトがそう言うと、ヨルムンガンドは手を合わせ神社の参拝をするような姿勢でじっとする。

 それを確認したアクトは分厚い本を片手に日本語ではない言葉を唱え始める。

 そして、しばらくし……


「――ムシ、混沌、螺旋、特異点……出でよ悪魔よ! 我が右腕を捧げる。血の贄は整った! 我らのもとに具現化し契約を結べ! ハッ!!」


 アクトが右手をヨルムンガンドに向け歯を食い縛り力んでいる。

 しばらく彼の唸り声が響き、最後は彼は息を切らしながら手を下げる。


「もう良いぞヨルムンガンド。儀式は成功した!」

「う、うん、上手く出来たの?」

「ああ、少しやんちゃな悪魔だったが右手に封じ込めることに成功した。危うく学校が吹き飛ぶところだったが、安心してくれ」


 淡々と強敵との戦いを告げるアクトに、ヨルムンガンドの口元は緩む。


「ありがとうあっ君。私のためにいろいろ用意してくれて」

「デビルサモナーマスターアクトだ。長ければマスターで構わない。そして、礼などいらない。ヨルムンガンドよ、貴様は我が悪魔教団の信者だ。我が配下についた以上、不幸であってはならない。どんな小さな悩み事でも相談しろ。必ずこの俺が叶えてやる。気にすることはない」

「……はい、マスター」


 彼女は小さい声で頷く。

 それを見たアクトは、すぅっと笑みがこぼれる。


「よし、早く着替えて出るぞ。悪魔召喚に成功した記念だ。コロッケを奢ろう! ヨルカ」


 と、今度はヨルムンガンドではなく少女をヨルカと呼ぶアクト。

 彼等は普通の高校生の姿に戻り、図書室を綺麗に掃除し二人は出ていった。






・第2話


 図書室。

 次の日の早朝、制服姿のヨルカが同じく制服姿のアクトの腕を引き、息を切らせて中へ入り鍵をかける。

 全力疾走だったのか二人とも汗だくで膝に手を置きゼェゼェと整え、先にアクトが話し出す。


「おい……はぁ……はぁ……朝から腕を引っ張って来て何なんだ! 宿題でも忘れたのか!」


 アクトが息を切らせながら訪ねると、相変わらず前髪で目元が見えないヨルカもまた息を切らせ胸を押さえながら首を横に振る。

 しばらくして二人が落ち着くと、今度はヨルカが泣きそうな声色でアクトに伝えてくる。


「あ、ああああ、あっ君! むむむ胸……私の胸が! 胸が!」

「胸? 胸がどうした?」

「そ、そそそそそそそその! おおおおおおおおおお大きくなっちゃって!」

「何!?」


 ヨルカがシャツの胸元を開けて手で胸を押さえながら彼に見せる。ブラは着けておらず、覗き込むとその原因がすぐにわかった。


「か、片方の乳だけ大きくなってる!?」


 アクトも驚き声を上げてしまう。

 重力で垂れ、接続部分も無い、彼女が押さえるとクッションのように形を変える彼女の身長かとは少しバランスの不釣り合いな本物の巨乳が生まれていた。

 今にも泣きそうなヨルカが呟く。


「ど、どうしよう! 病気なのかな! 保健室の先生に言った方が良いのかな!」

「……いいや」


 彼女の戸惑いにアクトは首を振り。


「俺に任せてくれ、ヨルカ」


 っと、彼はニヤリと笑みを浮かべ彼女の肩を叩いた。

 さっそく彼は準備を整え昨日と同じパーカーシルバーアクセを見にまとう。ヨルカは着替えに少し時間がかかるためそのまま待機し彼の準備を待っていた。


「それでは再び儀式を行うぞ! 迷える子羊ヨルムンガンドよ!」


 彼は大きくなった胸を極力触れないように、通常サイズの方へシールを貼る。


「ひぇ! そ、そっちに貼るの!?」


 驚くヨルカにアクトは冷静に告げる。


「よし、それじゃあ水をかけ……」


 彼が言いかけた時だった。


「ひぃ!?」


 突然ヨルカの小さかった胸がボンッと大きくなり、両方が均等なサイズに巨大化することが出来た。


「……これは」


 アクトは困惑しつつも考え込む。そんな中、半分以上パニックになるヨルカ。


「あ、ああああああああっ君!! これ変だよ! 私の身体どうなっちゃったの!?」

「戻れ」

「……え?」


 アクトが彼女の胸の前へ手をかざすと、大きかった胸が元のサイズへと戻った。


「も、戻ったよ!」

「目覚めよ」

「きゃ!?」


 アクトの掛け声で、またヨルカの胸が大きくなる。


「戻れ」

「も、ももどっ!?」

「拡大せよ」

「ひぇ!?」

「戻れ」

「ま、またもどっ……あ、あっ君待って!!」

「契約を果たせ」

「きゃあ!」


 大きくしたり小さくしたりを繰り返され身体を弄ばれるヨルカ。そしてアクトは気付き大きく高笑いする。


「くっくっく……フハハハハハ!」


 両手を広げ天高く高笑いする。


「ついにきたか……」


 アクトはシャツのはだけるヨルカの肩をガシッと掴む。


「喜べヨルムンガンド! デビルサモナーである俺は今日を持ってついに悪魔契約は成功したのだ!」

「え……ええ!? そう……なの?」

「ああ、俺は人間からかけ離れた能力者へと生まれ変わったのだよ! お前の願い、胸のサイズを自在に変える能力を得ているのだ!」

「へ、へー、そうなんだ……って、えええぇ!?」


 思考が追い付かないタイムラグのあるヨルカにアクトは続ける。


「もう少し能力を確認したい。何か大きくしたい物は無いか? ヨルカ」


 放心状態のヨルカに訪ねるが、思考が追い付かず彼女はボーッとしている。

 アクトは彼女の大きくなった胸を見てあることに気づく。


「ヨルカ、ブラジャーを出してくれ」

「……へ?」

「ブラジャーが大きくなるか実験しよう」

「……ええええええ!?」


 自身のバックを抱き締め抵抗するヨルカ。


「い……いやぁ……」

「ヨルカもブラを大きくしないと、今日一日ノーブラ過ごすことになるぞ」

「うう……」

「しかも今日、ヨルカのクラスは体育があるだろ? いろいろ擦れるだろうし、魑魅魍魎の男子の視線も気になるだろう」

「ううぅ……でも、下着を見せるのはちょっと……」

「俺を見くびるな!」


 アクトは真剣な表情でヨルカ説得する。


「俺達は保育園からの幼なじみ! もはや兄弟そのもの、血よりも濃い絆で俺達は結ばれているんだ! お前の下着を見て今更やましい気持ちになったりなどしない! 昨日も見ただろ!」

「……」

「頼むヨルカ、お前(の大きくなった胸)を救いたいんだ」


 彼の説得にヨルカは応じ、鞄から昨日とは違うレースのブラジャーを震える手で差し出した。


「い、一応、大きめのやつを……探してきたの……」

「……ん?」


 アクトは彼女のブラを受け取り見つめる。


「なんか、いつもと違う可愛い下着だな?」

「かかかか感想は良いから!!」


 ブラにシールを貼り指でパチンと音をならす。すると、一瞬で渡されたブラが大きくなった。


「フッハハハハ! やったぞ! 無機物にも効果があることを実証した!」


 特注しないと手に入らなそう程大きくなったブラジャーを両手で広げ彼は高笑いする。


「掲げないで! あっ君、私のブラジャー早く返して!」


 涙目で必死に彼にしがみつき、下ろさせようと手を伸ばすヨルカ。

 そんな二人だが、更に大変な1日を過ごすことになると想像もつかなかっただろう。





・第3話


「クックック……ついに俺にも能力が……」


 自分の教室に戻ったアクトは一番後ろの窓側の席で1人机に突っ伏してニヤつきを押さえていた。

 あれからヨルカと別れ朝のホームルームの時間待ちとなっている。

 昨日のテレビを見たかなど友達通しで和気あいあいと談笑する生徒達の中、アクトは誰とも話さず、声をかけられることなく背景に溶け込みながら過ごしていた。

 普段の彼なら退屈しのぎに読書をするか、こことは別の脳内世界へ旅立ち思い耽っている時間だが、それどころではなかった。


「さて……まず先に何をやる? 学校を占拠する……いや、日本を手中に納めるのも悪くない……むしろアメリカも……」


 ブツブツと顔を伏せ、瞳孔を開きながら彼は膨らむ妄想を口からおさえられずに呟く。


「はい、席に着けー」


 教室に担当教員が入り皆が席に戻って行く。いつもなら、すぐに号令が始まるのだが、教室がざわつき始める。

 雰囲気に気づいたアクトも顔を上げると、担任と並んで見知らぬ女子生徒が立っていた。サイドテールで顔は整い、愛想が良さそうに皆へ笑顔を向けていた。

 注目が集まる中、担任が口を開く。


「それじゃあ、今日からうちに転校生がきたから自己紹介よろしく」

「はい!」


 女子生徒は明るく返事し黒板に綺麗な字で自分の名前を書いていく。書き終えた彼女は皆へ向き直りまた笑顔を振り撒く。


「小菅リリです。皆さん今日からよろしくお願いします!」


 クラスの皆が沸き立つ。

 突然の美少女転校生に男子も女子も盛り上がりが尋常ではなかった。

 1人以外は……


「フッ……平和ボケした愚民どもめ」


 っと、生徒達の質問タイムに耳を傾けずにまた机へ突っ伏す。


「シールの数は間に合うか? いや、代替えが必要になるだろうな……ならまず、セロテープでなら……」


 また1人の世界へ溶け込んでいく。


「そうしたら、小菅さんは押江の隣の席に座って。一番後ろの空いてる席ね」

「はい、わかりました」


 質問タイムが終わり、小菅リリはアクトの所へ近づいていく。

 彼の隣の空いている席に座り椅子を引くと、彼女は話しかける。


「よろしくね、押江アクト君!」

「いや、そうじゃない……コキュートスに教えによれば、これは……」


 美少女が声をかけるが、一向に自分の世界から戻って来ないアクト。リリは一瞬固まるが、もう一度声をかける。


「寝てるの? アクト君?」

「寝ている」

「いや寝てないじゃん! 私のこと無視してたでしょ」

「要件は何だ」


 一向に頭を上げないアクトに、リリの口元がひきつる。


「……あのね私、君と仲良くなりたいなーって思ってて」

「興味ないね」

「きょ、興味ない!?」


 リリは驚くが、すぐに表情を変えニヤリと笑う。


「あーあ、せっかく気持ちいい思いをさせてあげてからと思ったのに残念」

「何!?」


 唐突な殺害予告に突っ伏していたアクトも首だけ彼女の方へと向ける。

 さっきまで人懐っこそうな印象とは裏腹、リリは足を組み、頬杖をつき、女王のような鋭い目線、そして不気味な笑みを浮かべる。


「その態度、ムカつくからすぐに殺しちゃおっかなー?」

「貴様、何者だ!」

「慌てたってもう遅いわ。貴方、押江アクトは悪魔召喚の代償により命を私に捧げなくてはいけないの? 自分でもわかっているでしょ?」

「クッ……まさかこんなにも早く」

「後悔しても遅いわ。さあ、絶望に歪む表情を見せながら逝きなさい!」


 アクトはどことなくニヤついている。リリがそう言いながら、アクトの腕を掴む。すると、特に魔法のような効果エフェクトは出てこないが、アクトの表情が苦痛に歪む。


「ぬわああああああ!」

「……あれ?」

「血が……血が吸われていくうううううう!」

「いや、これ血じゃなくて生命エネルギーを吸うやつだから! というか吸えてないし!? ど、どういうこと?」

「うわああああああ!」


 さっきの威勢とは変わり、おろおろと困惑するリリ。しかし、アクトはまだ悶え苦しんでいる。


「ふんぎゃおおおおおお!」

「うるさいな! あんた今効いていないんだから痛くないでしょうが!」


 リリが手を話すと、アクトは荒い息で片膝をつく。


「ハァ……ハァ……貴様のブラッドドレイン、中々の威力だ。認めるしかない」

「だから血を吸ってないから! 何耐えきったみたいな表情してるのよ! 効いてないんだからやられたフリしないでよ! 何なのよアンタ、腹立つわね!」


 そういうと、アクトは真剣な表情で彼女を

指差す。


「お前、人が乗ってくれたのにその反応は何だ? 失礼じゃないか? 話を合わせるのが筋だろ?」

「なに!? 何で私が怒られてるの! 違うわ! 私は本物の悪魔!」

「そう! お前は悪魔! 俺が召喚したベルゼブブ!」

「違う! ハエじゃなくて私はリリ!」

「あーそっちの方か! すまないなリリス!」


 リリは頭を抱え首を横に振る。


「あー、もうどうでも良いや……とにかく、今から君を殺さないと……」

「ん? 様子がおかしい……さっきから俺達が騒いでいるのに生徒どもがこちらに関心を持ってないぞ?」

「いや、話そらさないでくれる? これも私の力で私達に興味を持たなくする魔法使ってるだけだから」


 アクトが立ち上がり、リリも立ち上がらせ後ろに下がらせる


「まずい……別の能力者から攻撃を受けている可能性がある。リリ、後ろに下がれ!」

「あの、聞いてた? これ私がやってるんだけど」

「フッフッフ……何だ貴様も能力者だったのか。ここは協定を結ぼう、俺もシールを貼った物を大きくする力だ」

「うんアクト君、それ私があげた能力ね」

「アクト君ではない。そう言えば自己紹介してなかったな。俺の名は」

「いや、知ってる。押江アクト君でしょ? 契約で名前書くことになってるから」

「違う! それは表世界で使う記号! 俺の誠の名は――」


 アクトが言い掛けたその刹那。

 教室の窓ガラスが割れ、中に人間のような何かが複数体入ってくる。


「「きゃああああああ!?」」


 教室内では悲鳴が聞こえ皆がその物体から逃げるように離れる。

 人間のような存在は頭を上げる。

 そうすると下は学校の制服姿の人間だが、頭の部分が違う……


「ウキキーッ!」


 顔が真っ赤で灰色の体毛に覆われた日本猿になっている。

 猿人間だ。


「あーもう! ウダウダやってたら何か変なこと始まっちゃったじゃん! もう良い? アクト君のこと物理的に殺して良い? 私早く帰りたいんだけど!」

「騒ぐな! 俺の名は……デビルサモナー」


 アクトはゆっくりと、どこぞの特撮ヒーローの変身シーンのようなカッコイイポーズをとり。


「マスター・アクトだ!」


 混沌と化した教室にその名を轟かせる。

 リリ以外は聞いていない。


「もういい、殺すわ」


 リリは満面の笑みを浮かべ、手をアクトの前に掲げた。

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