代打の鬼神

蛾次郎

第1話




メジャー最強軍団ブロンクス・ジャンキーズは万年Cクラスの弱小球団バージニア・サタンズに13対0の大差をつけて9回裏を迎えた。


リリーフ陣温存のため、外野手ハーデスがピッチャーとしてマウンドに立つ。


ハーデスの山なりの緩いボールにタイミングが合わないサタンズの攻撃陣はあっさり打ち取られ、あっという間に2アウトとなった。


ジャンキーズの圧勝は目前だ。


最後の打者は、打率1割台のキャッチャー、サトクリフ。

ここでサタンズのテリー監督が代打を告げた。


「バッター交代。代打バルボア」



「バルボア?誰?バルボアって誰?」


ジャンキーズのコーチ陣がタブレットでバルボアの実績をリサーチするもこれといったデータが見当たらない。


ギャレズ・バルボア。30歳。ヒゲを蓄えた中肉中背の体躯で、上背もそれほど無い。


なんでもサタンズのスカウトマンが一昨日、地方の果てにある独立リーグから呼び寄せた選手らしい。


代打を告げられたバルボアは、素振りを一振りしてバッターボックスに向かう。


ジャンキーズのキャッチャー、ジェイクがマウンドに向かいハーデスと話す。


「ジェイク、あの中年のボールボーイみたいな男は誰だ?」


「クレイジーなスカウトマンがどっかの草野球から拾って来た奴みたいだぜ」


「まったくサタンズのスカウトマンは、どうかしてるな」


「そのまま始球式みたいな投球を続けてくれれば問題ない」


「始球式とは失礼だな。アイドルよりは少し速い球だぜ」


バルボアがバッターボックスに立つ。


1球目。ハーデスが90kmほどの緩いストレートを投げた。


「ゴートゥーヘル!!」


バルボアは大声を出しながらフルスイングした。


打球はライト側のファールゾーンへ。


「おいおい、こんな球で振り遅れんのかよ」


ハーデスはバルボアのスイングに笑った。



「ゴートゥーヘル!!!」


2球目も遅い球を打ち損ねてファール。


キャッチャーのジェイクがバルボアに話しかける。


「おい、その下品な掛け声はやめてくれ」


バルボアはジェイクに耳を貸さず見向きもしない。


その後も5球連続でファールが続く。


「ミートしても良いんだぜ?こっちは君に打たれようが屁でも無えんだからよ」


再度ジェイクが話しかけるがやはり無反応のままだ。


ジェイクは、バルボアがわざと無視してるのか集中し過ぎて聞こえないのか分からず首を傾げた。


「ヘイ!バルボア!」


ここでテリー監督がバルボアに声を掛けた。


バルボアはバッターボックスから外れ、監督の出すサインを見る。


「何をしてくれるのか楽しみにしてるぜ」


ジェイクがバルボアに囁く。

ハーデスが8球目を投げた。


「ゴートゥーヘル!!!」


バルボアの打った球が主審のマスクに直撃した。

今までよりも強い打球だ。


主審は少しクラッと来たらしく、両手を膝に置いて下を向いた。


「大丈夫かい?」

ジェイクが声を掛ける。


「…ああ、こんなのはいつもの事だ」


バルボアは主審を心配するそぶりもせず監督のサインを見ている。


プレイ再開。


ジェイクが初めてハーデスにサインを出した。カーブのサインだ。


ハーデスはうなづき、カーブを投げた。


「ゴートゥー…ヘル!!!」


ホームベースに落ちそうな良いカーブだったが、またもバルボアのフルスイングがかすってファールになった。


「その大振りでよくカット出来たな。君のおかげで観客があくびしはじめたよ、まったく」


ジェイクがバルボアに囁いた後、もう一度カーブのサインを出した。


ハーデスが落差のあるカーブを投げる。


「ゴートゥー…ヘル!!!」


バルボアの打球は、ジェイクのマスクの上部をかすった後、主審の喉元へ直撃した。


ジェイクと主審がボーリングのスペアのようにパパンと倒れる。


場内が騒然となった。


副審、テクニカルドクター、ボールボーイなどが駆け付けて2人の状態を見る。


ジェイクは脳震盪で気を失い、主審は泡を吹いている。


すぐに救急隊が駆けつけ、担架で2人を運んだ。


その間もバルボアは気にせず自陣のベンチ前で素振りをしていた。


観客もバルボアの冷静さに違和感を感じ始めた。


10分後、代わりの主審が入り、キャッチャーはベテランのレイノルズ、ピッチャーはリリーフのデビッドが務める事になった。


試合中断の際、ジャンキーズのウォーレン監督はレイノルズとデビッドにデッドボールを当てろと指示した。


デビッドは指示通りにバルボアめがけて150kmのフォーシームを投げた。


「ゴトゥヘル!!」


バルボアは身体を反らせてボールをグリップエンドに当てた。


またもファールだ。


「これはアクシデントではない。確信犯だ」


ジャンキーズ軍の見る目が完全に変わった。


「もう…これしかないな」

レイノルズが「スプリット」のサインを出した。


デビッドが悲壮感を漂わせながらスプリットを投げる。


「ゴトゥヘッ!!!」


バルボアは、真ん中高めから鋭く落ちる145kmのスプリットをカットした。


打球は主審のマスクに直撃した後、横に逸れ、ベンチ外に身を乗り出していたウォーレン監督のコメカミに直撃した。


主審とウォーレン監督がぶっ倒れた。


場内は悲鳴と怒号に包まれる。


「ハッハッハッハ!てめえらがスプリットされちまったな!」


テリー監督が腹を抱えて笑う。


「ゲラウト!!」


副審がテリー監督を退場させた。


一部の過激なジャンキーズファンはバルボアに向かって紙コップやグラブを投げつけた。


バルボアは紙コップとグラブを打ち返し、投げた客のもとへ戻した。


それを見たレイノルズの足が震え出す。


「あ、あんた、いったい何者なんだ?これ以上犠牲者を出さないでくれ」


バルボアは何も喋らない。


ウォーレンに代わって監督を務める事になったトーマスヘッドコーチは、バルボアを申告敬遠した。


これで惨劇が収束したかに思われた。


しかし、サタンズの監督代行、ボブ打撃コーチが不気味な笑みを浮かべ、今日3人目の主審に代打を告げた。


「代打、メルヴィン!」



「…誰だ!?また知らない野郎が出て来たぞ!?」


再び慌てふためくジャンキーズ首脳陣。


リサーチの結果、メルヴィンも地方の果ての独立リーグに簡単なプロフィールが載っているだけで、成績のデータが見当たらない。



トーマスヘッドコーチの携帯にジャンキーズのオーナーから着信が来た。


「おい、トーマス君。今すぐバッテリーをどうでもいい選手に代えてくれ!これではポストシーズンを迎える前に終わってしまう」


「オーナー、了解です。バッテリーは誰にしましょう?」




トーマスは電話を切ると、主審にバッテリーの交代を告げた。


ピッチャーは外野手のスタンリー、キャッチャーは内野手のジミーが選ばれた。


どちらも今月中に戦力外予定の選手である。


ベンチ裏で控えていた2人がトーマスに抗議した。


「俺らを生贄にしようってのか?」


「もしもの事があったら、あんたを親族総出で呪ってやるぞ!」


「オーナーからの命令だ。経験値の高い君らが必要なんだ。こちらも何かあったら最大限の努力をする」


トーマスが何とか説得すると、2人は泣く泣く承諾した。


数分後、試合が再開された。


キャッチャーを務めるジミーは、キャッチャーマスクを二重に着け、首にはコルセット、プロテクターの下は防弾チョッキとファールカップを装着している。


ピッチャーのスタンリーもジミーと同じ装いでマウンドに立った。


観衆からは笑いと同情、応援の声が上がった。


スタンリーが第一球を投げる。


100kmの山なりストレートだ。


メルヴィンがフルスイングする。


打球はキャッチャーの前に転がった。


打ち取った!!


ジミーが球を捕ろうと立ち上がるが、装備し過ぎた身体が重過ぎて、転がる球の位置までかなりの時間を費やしてしまった。


まるで相撲取りの着ぐるみを着て徒競走をするタレントのようなコミカルな動きになっている。


ジミーがようやくキャッチャーミットを転がる球の上から被せた。

しかし、駒のようにスクリューした球はミットを被せても勢いが落ちない。


「熱っ!!」


球の摩擦力でミットが熱くなり、思わず球をミットから離してしまった。


その間にバルボアは2塁を周って3塁へ向かい、メルヴィンも余裕で2塁へと走っている。


球の勢いを止めようとキャッチャー、ピッチャー、ファーストが全員で球にミットを被せる。


観衆から呆れ笑いが聞こえる。


球の回転が収まった頃には、バルボアとメルヴィンはホームベースを踏んでいた。


メルヴィンの内野ゴロ2ランランニングホームランだ。



結果的にこの2点で何とか抑え、13-2でジャンキーズの勝利に終わった。


試合後、サタンズのテリー監督とボブ監督代行は、負け試合とは思えない満足気な表情を浮かべた。





「未知ほど怖いものは無い」


病院のベッドで試合を観ていたウォーレン監督が呟く。


「最初に甲殻類を食べた人間は凄いな」

そんな事をしみじみ思いながら、再び安静にしていると、チーフスカウトマンのマクダニエルから連絡が来た。


「もしもし、ウォーレンだ。どうした?」


「監督。マクダニエルです。今日の試合には勝ちましたが、サタンズのやり方を他のチームでもやられたら、ジャンキーズの主力が潰されていきます」


「ああ、こんな品格の無い試合はスポーツとして成立しない。野球人気も終わる。ただ…」


「何でしょうか?」


「ルール上は何の問題もない。向こうがそう来るなら、こっちもああいう特殊なタイプに対抗出来る選手を発掘しなければならない」


「そう来ると思って、うちもスカウトするかどうか迷っていた選手が居るんですよ」


「ほう。どんな選手だ?」


「狙って自打球を投げられるピッチャーです。球に力はありません。只、どんなスラッガーでも当てたら自打球になってしまうんです」


「一刻も早くブロンクスに迎えろ。潰し合いこそがプロ興行の醍醐味だからな」


ウォーレンはニヤけながら本音を漏らし電話を切った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

代打の鬼神 蛾次郎 @daisuke-m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ