フツーの女
うつりと
鍵(キー)
オリーブオイルを引いたフライパンに、刻みにんにくを落とした。
テレビでは京セラドームの巨人、ヤクルト戦がやっている。
左手にバランタインの入ったロックグラスを持ち、カラカラと音をさせながら隣の部屋のテレビを覗き込んでいた。
「あっ!」
にんにくを焦がした。
昨日は牛丼の具を焦がし、ビター味にしてしまったばかりなのに。
今日はナポリタンビター味だ。
私は四十三歳、フツーのOL。
少しフツーじゃないのは、野球が好き。いやジャイアンツが大好きって事くらい。
最近の趣味は貯金する事で、七年彼氏が出来ない四十過ぎの女ならばこれもフツーに考える事だろう。
出来上がったナポリタンを皿に移し、フライパンに卵を落とすとグラスを持ってテレビの前を陣取った。
井上温大は四回迄に四点を取られた。降板だ。
「あっ目玉焼き!」
こちらはセーフ。しかも上々の出来だ。
私は移動の度にグラスを持ち歩く。ナポリタンにタバスコを振りかけ、目玉焼きをのせた。空になったグラスに氷を入れ、バランタインを注ぐ。
今日はスーパーで卵が五十円も安く手に入った。
大盛り鶏唐揚げが五百円だったのを手を伸ばしかけ、散々迷ったあげく我慢する事にした。
(これを止めておけば五百円貯金になるし、ダイエットにもなる!!)
誰に見せる訳でなくてもお腹は引っ込めたいもの。これはどんな女でも同じ事を思うに違いない。
試合はシーソーゲーム。これじゃあ昨日と同じだな。
目玉焼きのせナポリタンを平らげるとグラスは空になっていた。
キッチンに行きグラスに氷を入れるとまたバランタインを注ぐ。
七回表、高木京介が投げている。
何か物足りない。九時になろうとしている。
(やっぱりタグチフーズで鶏唐、買っておけば良かったかなー。もう閉まっちゃう…。どうする?)
チャリで行っても間に合わない。試合は未だ終わりそうもない。
(手持ち無沙汰になるな。いや、口持ち無沙汰とでも言うべきか?)
携帯のマックアプリを開き始めると、クーポンを探した。
(セットは流石に入らないし、夜マックのポテナゲは特大が八百円か。三百円の損だな。)
試合は同点の膠着状態。三分の一に減ったバランタインを一気に飲み干すと、急いで財布と携帯とチャリの鍵を取った。
外はムシムシと暑い。
だがチャリを漕ぐと風が気持ち良かった。
駅前のマック迄は直ぐだが、ここはいつものショートカットでガソリンスタンドを突っ切ろう!
閉店したガソリンスタンドを横切ろうとすると、ガンッ!という衝撃を受け、私の体はぐるっと宙を舞い上がった。一瞬夜空が見えた。
「えっ⁈」
地面に叩きつけられ、自分の状況を把握しようと頭を回転させる。
どうやら閉店したガソリンスタンドは敷地を細いロープで囲んでいたようで、そのロープ目掛けて突進した私は弾き飛ばされ素っ転んだらしい。
向かいにあった交番から警官が二人、走り出て来た。
「大丈夫ですか⁈」
「ハイ。大丈夫です。有難うございます。」
起こされながら即座に答えると警官は
「飲酒運転はダメだよ。」
と言った。
フツーの女 うつりと @hottori
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