終章(2)
「また隣の部屋がうるさくなったぞ」
もの憂げな声が響く。エドワード大王だ。
「余がダイゼンを平和で偉大な王国に仕上げたというのに、みんな隣の部屋へ行きたがる。いつまでたっても祖父の人気は衰えぬ。カリヤ法王の力で天界にとどめられぬものか?」
「わが父ながら、まだ悟りの境地には至らぬようで、母は天界で落ち着いているのに、愛した女性たちの諍いを見ると来てしまうのは困ったものですよ。気が多いのか博愛か……別れ際によけいなことをしたり、言ったりしますからね。あとで困るのは自分なのですが、しかしいちばん愛していたのは私の母だと信じていますよ」
「法王までそのようなことを申されるのか」
「カリヤのような小国が人々に愛され、世界のあこがれの地となったのは父の功績ですから、私は父カリヤ公を誇りに思っています」
「法王も同盟国の総会を日食の日に定めて、開催の最中に太陽を暗くして皆を騒然とさせた。なかなかの芝居上手だ。祈祷を始めるとだんだん太陽が元通り明るくなったから王たちや民衆が驚き、法王への信頼は揺るぎないものになったのだ。超能力を持つ法王だと」
「父母から受け継いだ能力とイラヤ高僧の天文学や念力に加えて、祖母の占星術もずいぶん役に立ちましたよ。王たちの諍いや紛争など、面倒なことを持ち込まれるのには閉口しましたが、うまく収めて尊敬されたのはうれしいことです。私の願いは世界の平和と安定ですからね」
「しかし天文学者がまた新しい星を発見したらしい。これから世界の情勢が変わりそうだ」
「世界も人類もいろいろ変化しますよ。神の御意思にお任せするしかありませんね」
「あなた」と明るい声がした。
「私たちの星は大切に護りましょう。破壊したがる戦争はみんなで阻止するのです」
「大王妃の仰言るとおりですね。今日はカリヤの祝祭がありますから、私は失礼してカリヤへ祭祀の様子を見に行ってきますよ」
「そうか。アルバート公とリサ公妃も見守っている。相変わらず仲の良い夫婦だ」
「大王も愛妻家として知られていますよ。それではまた……」
法王はさっと姿を消してしまった。
「踊りましょう、あなた」リタ大王妃の祖父はリョウ大公だそうだが、踊りや歌が上手で馬術も得意。偉大な夫を支えて面倒見の良い大王妃として国民から敬愛されていた。
隣の部屋では喧噪の中をリード公が、
「皆さん、お静かに。もう喧嘩はやめて仲良く踊りましょう」と呼びかけていた。
「月光が美しいうちに楽しく踊りましょう。夜が明ければ、また大勢の観光客が来るのですよ。皆さん、額の中から人々を眺めるのが好きでしょう? 称賛されてもうっかり目を動かして驚かせてはいけませんよ」
傍らでエリザ妃が笑っている。
「じっとしているのも楽じゃないわ」と王妃。
「あまり美人は見当たらないものだな。明日はどうだろう。おかしな服を着ている者もいるぞ。男か女か判らぬ格好だ」
「時代がよく判って面白いじゃありませんか」
「地上はうるさいが楽しいことも多い。アン王妃、機嫌を直して少し踊ろう」
サラ王女に引っ張られて踊り出したカリヤ公を見て、王はアン王妃の手を取り、踊りながら、憮然としたアリサ妃を横目で見る。
アミラ公妃も仕方なさそうに顔を伏せたが、いつの間にやって来たのかリョウ大公が笑いながら「踊ろう」と誘い出している。
アン女王とダイゼン公は仲良く空中を飛ぶように舞い踊っていた。夢幻の世界だ。
やがて月光が消え、小鳥のさえずりが聞こえ始めると、みんなは急いで自分の肖像画の中に戻って行った。大公の姿も消えている。
明るい朝が来て、何も知らない観光客が次々とやって来た。今日もダイゼン王国は安泰らしい。賑やかな女性たちの声がする。また記念館に観光馬車が着いたようだ。
雨上がりの青空に、くっきりと美しい虹が人々を温かく迎えていた。
完
虹の王宮3「旅立ち」完結編 牧 千晴 @makichiharu
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