終章(1)
今もダイゼン王国を訪れると、エドワード大王時代に建てられた立派な記念館や美術館などが、観光客の人気を集めている。
ダイゼンを不動の王国として、世界に君臨した大王の偉業をたたえる人々は多いが、グラント王時代の肖像画や王族たちの絵姿が並ぶ広い部屋は特に人気が高い。若くして不慮の死を迎えたサラ王女と、寄り添う夫君カリヤ公の稀な美貌を伝える肖像画は、人々に哀愁や羨望など様々な思いを抱かせるらしい。
しかし大勢の観光客が帰り、夜中になると明かりが消えて人影も無くなる。月光が窓から室内を照らすころ、静かな室内で繰り広げられる光景を知る人は少ないだろう。
飾られた大きな肖像画の中から、
「誰もいなくなったぞ、今夜は月の明かりも美しい。みんな出てこい、踊ろうではないか」
グラント王の呼びかけに応えて、次々と着飾った人々が肖像画から抜け出してくる。
サラ王女はすぐカリヤ公の腕をとり、放そうとしないが、
「駄目よ、私の夫に手を出さないで!」と割り込んでくるのはアミラ公妃だ。
現世とは異なり、霊界では地位も年齢もなく、遠慮する必要もない。自分の好きな年代に戻れて、言いたいことが言えるのだ。
しかしカリヤ公が、だれに訊かれても、いちばん好きな人はだれなのか口に出さず、 黙っているので周りが騒ぎ出し、喧嘩になってしまうのだから厄介だ。問い詰められると、
「みんな好きだ。誰がいちばんとは言えない」と答える。
「はっきり言ってよ私でしょ?」
「いいえ、私よ」
「待て、タクマは余をいちばん愛しているのだ。男も女もないぞ。この世ではだれにも渡さぬ」
「グラント王には立派なお妃がいらっしゃるのですから、アン王妃と踊り始めてくださいな。私はカリヤ公妃として、国民みんなに慕われてきたのですから、夫は私を誰よりも愛しているはずですわ」
「あなたは夫の足を引っ張るだけで、何も貢献していないわ。夫が愛しているのは私よ」
「アン女王を育てましたわ。あなたこそ夫を裏切ったくせに。私がカリヤ公妃ですよ」
「私は夫に恥をかかせないように責任をとったわ。だから天上で自由に行き来できるの」
「天界でおとなしくしていればいいのに、どうして邪魔しに来るのよ」
「夫の顔を見れば側へ行きたくなるの」
「いいえ」と遮る声がした。
「彼が愛しているのは私よ。私がカリヤ公をはなしませんからね。あの世ではじっと我慢していたのですから、もう別れるのは嫌です」
「何を言うか、アン王妃は余と踊るのだ」
グラント王の怒声に混じって、
「私を忘れたのですか? いちばん王を愛して命を護ったのはこの私ですよ」
アリサ妃が負けずに王の手を取る。
「何よ、私の夫を殺そうとしたのを忘れたの?上品ぶっても内心は違うのを知っているわよ。だから悪い息子ができたのよ」
「私が夫の命を助けたわ。あなたこそ口のうまい大公に騙されるなんてばかみたい……」
「うるさい! もういいかげんにしろ!」
「この世に王妃も王女もないわよ。みんな消え失せればいいわ!」
「カリヤ公がいけないのよ。私を愛していると言ってよ」
「いいえ、私を愛しているわ!」
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