5」そして世界は巻き戻る

   【Count:2789】


 ――そして私は再び、あの日へと戻る。


 魔法学校をサボり学校の研究施設に論文を提出した。実力主義の施設の方針により、論文のみでソフィアは全ての課程を飛ばして卒業する。

(次は……。)

 セル国王宮地下の魔石工房を解体する。テセラクトと王家抹殺の交渉をする。

 もう慣れてしまった。何も考えずとも、同じ動きになる。自由時間は全て第九神災への対処を考える事に費やしたい。そんな中ソフィアは、起こりうるはずのない、全く予期していなかった出来事に直面した。


 フィリスが死んだ。


 あり得ない、と思う他ない。あの彼女が死んだ?

 ソフィアは原因を調べた。新たに一次転生者が現れた形跡は無く、そもそもフィリス=シャトレを殺害したのは外部の存在ではなく、彼女の弟子であったアスミだった。

 このままでは計画に狂いが出ると思ったが、ソフィアはここで更に不可解な現象に直面した。現象というよりかは、自分自身の計画を改めて見直したときに発覚した事実、というべきだ。

「影響が無い……何故?」

 そう。ソフィアの計画にフィリスは一度も関与していない。あらゆる出来事が、フィリス抜きで成立する。

 それどころではない。フィリスが居なくなって理解した事だが、アスミが四魔神となった事も含め、あらゆる出来事が上手く回っている。少し軋みながらもなんとか回っていた歯車が、フィリスが消えた事で正常に回り始めたような感じだった。

「……後で考えよう。今は今すべき事を。」




 フィリス死亡から五年後、第一神災である砂の都が齎される数日前、ソフィアはアブヌ国を沈めた。都市は海中で砂となり、今後少なくとも三十年は地上が砂に置き換わる事は無い。

「次は……。」

 固定化された神災への対処方法を思い出していたが、突如、空間が裂かれて巨大な鎌がソフィアを襲った。正確にソフィアの首筋を狙って飛来したそれを、一瞬のところで避ける。完璧には避けられずに、頬を掠めた。


 ――久しぶりに、怪我をした。


「あれ? どうして死んでないの?」

 それが、空間の割れ目から突然現れた彼女が発した最初の言葉だった。



    ー    ー    ー



 知らない人間だ。背は小さく、しかし彼女の持つ鎌は反して大きい。彼女は今までのどのループにも存在しなかった、つまりは転生者。しかし彼女は今までの転生者とは明らかに違う。そしてソフィアは、彼女のような例外を知っている。

「……貴女、十七席?」

 自発的にこの世界にやってきたであろう彼女を、まずはそう疑った。

「名乗る必要ってあるのかな。まあいいや。私はアディ。継承者ではあるけど十七席じゃないよ。よろしくね。」

(十七席の継承者。恐らくは時間遡行の力を持つ私と同類。)

「私を殺しに来た?」

「うん、だって君はこの世界の核だし。ここが停滞しちゃってるから君を排除して元に戻さないとね。」

「核?」

「近い未来、最長でおよそ二十数年後くらい? 君は世界を戻すの。ええと、無意味なループが起こってる世界を消して、世界群の負荷を減らすのが私たちの役目。理解できた?」

「理解はできる。だけど同意はできない。」

 ソフィアは氷の剣を出現させ、アディへと向ける。

「……へぇ、私とまともに戦えると思ってるでしょ。」

 アディもまた巨大な鎌を両手で構え直した。



    ー    ー    ー



 至高、と言えるだろうか。アディの腕前はソフィアのそれを凌駕していた。彼女は一切の魔法を使わず、その鎌捌きのみでソフィアの全力を防ぎ切っている。ソフィアは少なくとも数万年は技術を磨いてきているつもりだが、アディのその練度はソフィアの比ではない。武器を交えたからこそわかる、実力の差だ。

「あなた、どれくらいの間旅を。」

「さあ、私はまだこの世界基準で数百年くらいだと思うけど、私の全ては前任からの積み重ねだから。君こそ喋る余裕があるって事は、まだまだ本気じゃないよね。」


 その後も数分に渡り武器を交えていたが、アディが突如として後退した。

「気が変わったわ。認める。ソフィア、君は強い。」

 彼女が武器を地面に突き立て、言った。

「アノン、制限解除して。とりあえず二段階くらい。」


 外的変化は無いが、アディの纏う雰囲気が変化したように感じた。明らかに、今まで以上の殺意を剥き出しにしている。

「行くよ。」

 アディが武器を構え直す。しかし、攻撃が来る事はなかった。


「やめておけアディ。争いは終わりだ。」


 気がつけばアディのすぐ後ろに長身の黒衣の男が立っていて、彼女の頭を撫でていた。目の前にいたはずなのに、ソフィアは視覚で彼を認識するまで彼の存在に気付けなかった。

「それに彼女は制限を全て解除した君を殺せる。」

「買い被りすぎだよ。今も危なかったし。」

「どうやら我々は勘違いをしていたようだ。アディ、この世界は停滞していない。彼女と交えた君ならばわかるだろう。」

「……うん。えっと、もしかして君、ループ前の記憶を全部持ってるの? それなら話は変わってくるけど。」


 それから、ソフィアは彼女らの行動の全てを説明された。他の世界では時間遡行による停滞が起きていて、それを彼女たちが抹消していると。そして、この世界は完全な繰り返しではなかった為、削除対象ではないとも。

「挨拶が遅れたな。初めまして、私はアノン……、いや、君に対しての挨拶は普通ではない方が良さそうだ。改めて、私は"十七席"第三、《永呪》のアノン。世界を内側から俯瞰する者だ。」

「十七席……。」

 彼こそが十七席だったのだ。第三。限りなく上位の存在。

「そういえば君はジオの継承者だったな。説明は省かせてもらおう。」

 ジオ。その名前は覚えている。忘れるはずもない名前。

「げ、君ってあの時計野郎の継承者なの? 災難だったね〜。」

 アディもジオとの面識はあるらしいが、いい評価ではなさそうだ。

「じゃあ私たち同類ってワケだ。十七席から力の一部を貰った仲。でもびっくりしたよ。アノン、この世界って何回繰り返してるの?」

「正確な数値は知らないが、二千は超えているな。彼女がループを開始してから数万年は経過している。」

「だから停滞しちゃってるって勘違いしたんだね。アノンが間違えるって珍しい。」

「私も人間だ。ミスはある。」

「でも珍しいのね、あなた。何万年も経ってるのに普通でいられるなんて。」

 アディに言われ、はっとした。人間の寿命を遥かに超えているが、ソフィアは精神に異常をきたしていない。

「……どうして?」

「記憶の蓄積による副作用は無視される。君は未来の記憶を全て保持しているが、それ以外の全ては遡行前の状態だ。君の精神が安定しているのは、あくまでも今の君は何万と繰り返した君ではないことによる。」

「記憶の引き継ぎはされてる。どうして私は狂わないの。」

「勘違いされやすいが、君が数万年分の記憶を保持する事と、君が狂う事に因果は存在しない。その気になれば、君は自己を失わずに永遠に記憶を蓄積する事も可能だろう。それこそが継承で得た能力の副作用と呼べるかもしれない。」

 永遠に。それは彼が言う通り、本当に無限に過ごす事ができるのだろう。

「……この世界がループしてるのは、神災で世界が終わるのを防ぐ為。」

「ああ。軽く調べさせてもらったよ。そして、我々は既に君たちが神災と呼ぶものの原因を突き止めてある。そして、十七席の後継者である君にはそれを知る権利があるだろう。」

「……それは、何。」

「ティフシスレイン。十七席第十五であり、この世界に神災という名の試練――腐った娯楽を齎した者の名だ。覚えておくといい。」

 全ての神災が、一人の人間によって引き起こされたものである、と。アノンはそう言った。

「どうして、……そんな事を?」

「十七席は基本的に、私も含めおおよそ君たち普通の人間が持つ感性とはかけ離れている。ティフシスが神災を生み出した理由は、彼にしかわからないだろう。存外、彼の事だからただの暇つぶしや無意な探究心だったのかもしれん。」

「……そんな、理由で?」

「怒るのも納得できる。我々も彼を十七席として迎え入れた事を後悔しているのだ。そしてこれは私からの個人的な願望だが、仮にティフシスに出会った場合、彼を躊躇なく殺して欲しい。彼を殺すのはただの人間でなくてはならない。」

「私は直接ティフシス君に会った事はないんだけどね。アノンが言うからにはまだこの世界にいるらしいの。あの子すごい我儘らしいんだって。困っちゃう。」

 アディも続けて、彼に対する文句を言った。


「さて、次に我々にもわからない問題の話をしよう。まずはじめに、……フィリス=シャトレはどうした?」


 彼からその名前が出るとは思わなかった。


「彼女が世界に存在しない事は……、普通ならば、あるはずがない。だが現に、この世界にフィリスは居ない。」

「フィリスは死んだ。アスミに殺された。」

「彼女は死なないさ。決してね。何せフィリス=シャトレは私より上位の存在、"十七席"第二、《垓化がいか》だからな。」

「十七、席……? フィリスが……?」

 それも第二席。アノンより序列が上の、限りなく世界の頂点に近い存在。

「権能、《垓化》。それは彼女自身に対する変更を制限無く行えるだけのものだ。彼女はそれを使い、全ての世界にフィリス=シャトレという人間を様々な地位に配置した。この世界ではかなりの重役だったらしい。ただ、フィリスは我々十七席の中でも特殊だ。確かに彼女が世界に存在しない事はあり得ないが……、彼女は、常に世界に存在しているだけでそれ以外はただの人間に過ぎない。仮にこの世界のフィリスが英雄視されているのであれば、その過程に十七席たる強さは関与していない。全て彼女が無作為に作成した初期設定によるものだ。」

 彼女は確かに世界最強と呼べる人物だったのだが、それも彼女がそのように作られたからだったのだ。

「フィリスが死んだ場合、世界に選ばれた誰かが新たなフィリス=シャトレに成り替わる。だからこの世界にも……どこかにいるはずだ。ソフィア、無限の時間が与えられている君に、フィリスを探して貰いたい。」

「貴方は?」

「私では探せない。外の力を使って探す方法はあるが、フィリスはそれら全てを自らの権限で遮断しているだろう。内側、常人の力で探すのにはこの世界を隅まで知っている君の方が適任だ。」




「そうだ、君について気になる事もあった。」

 別れ際になり、アノンが思い出したかのように言った。

「仮に君がどれ程の時を過ごそうと、人間の強さの限界値は存在する。」

「……まだ、それには到達していない。そうでしょう?」

「いいや、違う。寧ろ逆だと言えよう。先程、君が転写先の世界へ持ち越せるのは君自身の記憶のみだと言っただろう。それは当然、君が三十年で身に付けた技も同類だ。……だが、君は既に人類が到達できる範囲を軽く越えてしまっている。ジオから与えられた転写の力にその値を増強する力は無い。」

「じゃあ、私が得たこの技量は何?」

「上限を無視できる存在、それは十七席とごく一部の継承者のみだ。だから君に関してはわからない。時間があれば、その要因を探ってみるのもいいだろう。これに関しては私も協力しよう。……これは推測だが、君の中には十二席以外の要素も入っている。」

「私に……?」

「曖昧な推論だ。忘れてくれ。」


 そうして、それ以上は何も言わずにアノンとアディは消えた。



    ー    ー    ー



 フィリスが死んだこの回は、特異な出来事が起きすぎた。アスミの魔神化、アキの抵抗、第六神災の失敗。

 そして何よりも、リエレア=エル。彼女は存在自体が異常だった。まるでフィリスと入れ替わるように、フィリス以上のノイズとなった。


「それじゃあ先延ばしにしてるだけで、解決できてない。」

 その言葉に動揺したのか、ただ気を許したのか。ソフィアは第六神災を、条件を満たしているかどうかも確認せずに処理してしまった。それが、今回の敗因。

「さようなら。リエレア。貴女を失うのは惜しかった。」

 魔法陣を展開する。今まで出会ってきた他の転生者たちと同様、彼女も消えてしまうだろう。異質は解決への手掛かりに最も近い要素だが、ソフィアは彼女の異質さを最後まで活かし切れなかった。

「第十二継承者の名の元、"転写"を行使する。」

 そうして、ソフィアは再び過去へと遡った。




   【Count:2790】


 ソフィアはベッドの上で目が覚めた。ここ最近考えている事は常にひとつである。第九神災、終末人形の対処。

(相手が単騎であれば、どの四魔神でも対処はできる。問題は数。見積もって数百万程度……。)

 単体ですらセルの高位魔術師を凌駕する。その化け物が、数百万。今のところ未然に防ぐ方法は見つかっておらず、第九神災前として必ず終末人形が現れる。

(フィリスのところにも行っておこう。)

 アノンの言葉を思い出す。彼女は十七席やこの世界を知る良い手がかりになるはずだ。過去へ戻ったこの瞬間であれば、フィリスは生きているはずなのだ。

 着替えようとロッカーに手をかけた瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。父親だろうか。

「……違う。」

 周期の始まりにこんなズレは起こらない。となると考えられるのは一つ。そう、新たな転生者である。

 わざわざソフィアを訪ねてきたという事は、相手はソフィアを知っているか、もしくは既にループに気付いているか。アノンたちが再び来た可能性もある。どちらにせよ、ソフィアはドアの向こうの何かに対し不利な状況にある。向こうが持つソフィアの情報とソフィアが持つ向こうの情報を比べれば一目瞭然だ。

 だから何だ。ソフィア自身の上を歩く人間であるならば、それは願ってもない事だ。ソフィアは躊躇なくドアを開けた。


「……何故。」


 そこには二人の人間がいた。一人はかつてフィリスの弟子であり、前の周では一年後に土の剣の所有者となるアスミ。そしてもう一人。

「リエレア……?」

 ループ開始後にこの世界にやってきた一次転生者。時間の遡行と共に消えてしまうはずの人間が、ソフィアの前に立っていた。

「ソフィアさん、今は過去に戻ったばかりなんだよね?」

 リエレアがソフィアに質問する。ソフィアは頷いた。その反応を見たアスミが、彼女が右手に持っているものをソフィアに見せた。

 ソフィアはそれに見覚えがあった。

「なあソフィア。フィリスが居ないんだ。これはどういう事だ?」


 アスミは、土の剣を既に所持していた。

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第七世界群放浪記録「 根道洸 @Kou_A

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