天空27 スローライフへ
完成した浴場に湯が張り巡らせられる。
小便小僧な俺の像のシンボルや顔だけの真実の俺の像の口からお湯が出て来たが、気にしては負けだ。
スルリと服をアイテムボックスに脱ぎ入れ、いざ入湯。
くぅ〜っ。
「よきかな〜」
久々の風呂は身に沁みる。
法令に違反した薬効があるのでは無いかと疑ってしまうほど効く。
一番いい札を使っていても不思議じゃない。
一月分の疲れが湯に溶けて消えてゆくようだ。
まあ、日光浴をしていただけど、疲れているものは疲れている。
思えば、異世界でしっかり心を休めたのはこれが初めてかも知れない。
ほぼ強制的、いや普通に強制的にスローライフを送ろうと初日から決めた訳ではあるが、何だかんだ精神的にはスローライフを送れていなかった。
日光浴と、スローライフのその先にあるような事しかしてこなかったが、精神的には間違いなく激動の一ヶ月だった。
でも、きっとこれからは心身共に本当のスローライフを送れるに違いない。
ここで出来るある種最も活動的な事は地上の観察だけ。
そんな中で、スローライフを妨げる程の光景となると、どう考えも魔王軍と人類の決戦以上の事は無いはずだ。
あれを見た後では、そうそう動揺する事は無いだろうし、現実的にアレに匹敵する出来事が起きる訳が無い。
勇者としての役割が求められる事ももう無いだろう。
地上に降りれる可能性も出て来たが、課題は山積み。地上を探索するにしても当分先。
スローライフがやっと送れると言うよりも、本当にスローライフしか送れない。
が、色々起きたおかげで心からスローライフを送りたいと思えるようになった。
これまで気付けなかった、身近にあった夕日を美しいと思えるようになった。
今も見上げれば空には敷き詰められた星々、日本では見たことがない、多分見られない輝きが夜空を飾っている。
日本では人に隠されていた光が、ここでは今、大地を照らしている。
元からどこにでも、輝きは眠っていたのだ。
それは例え、世界が滅びかけた後でも有り続けている。
人類が負け滅びてしまった後でも、それは輝き続けていただろう。
そして、人が始まる前からあり続けていた。
ただ、気が付かなかっただけで。
きっと、世界は良き人生を等しく与えてくれていたのだ。
どんな思い出にも花は寄り添ってくれていた。入学式に卒業式、出会いにも別れにも世界は花を贈ってくれていた。嬉しい時も悲しい時も、不安な時も楽しみな時も、必ず季節は巡り花を届けてくれていた。
世界は幸福を約束してくれている。
きっと、気が付かなかっただけで。
スローライフは、それを見つけ出してくれる。
人の流れではなく、ゆっくりとした流れに、世界の流れに身を任せる。
それはきっと、寄り添ってくれていた世界に、寄り添うことだから。
思い描いていた異世界生活とはまるで違う。
胸躍る冒険も、胸熱くする友情も、胸がときめく出逢いもここでは期待できない。
しかし不思議と、転移する前、そして転移した直後よりも、素晴らしい異世界ライフを満喫できる、そう確信できた。
風呂から上がる。
『こちらをお使いください』
すると間を空けず構築されるタオル。
「ありがとう」
タオルが必要な事をすっかり忘れていたから大変にありがたい。
あっ、そう言えば服も着ていたのしか無い。
『直ちに服を生成いたします。冷えるといけませんので、まずはこちらをお召になってください』
しっかりと畳んだ状態で生成される服。
スローライフはスローライフ何だろうが……。
求めたものがすぐに出てくる通販の上位互換。
現代の進んだ文明の延長でもある気がする。
……まあ、何事も捉えよう次第だろう。
これはスローライフだ。
そして俺の人生の価値を決めるのは俺自身。
良かったと思えればそれが全てだ。
それに、全て自給自足することを求めたらそれはスローライフではなくサバイバル。
スローライフとは生き方であり、程良くのんびりと出来ればそれが正解だ。
つまり、何をやるかよりも、どう感じるかが重要だ。
ここは素直に服を作ってくれてありがたいと感謝しよう。
作ってくれた服は、長い着物のような、服にしたバスローブのようなものだった。
というか、バスローブなのか?
『いえ、マスターが仙人となられましたので、私の記憶およびマスターの記憶からそれらしい服装をピックアップし、普段着としても動きやすいように再構築しました』
「服のデザインまで出来るんだ」
『切り貼りのみでしたら。ゼロからの構築能力はありません』
それでも十分凄い。
少なくとも一生服に困る事は無いだろう。
橋を渡って林檎畑へと戻る。
そうだ、風呂上がりに林檎でも齧ろう。
風呂上がりだとジュースかな。
『ジュースでしたら、専用の魔法道具を作製いたしますか?』
うん、本当に凄い。
田舎でのんびりと言うよりも、コンシェルジュ付きのホテルにいるかのようだ。
そんなホテル、行ったことは無いが。
「それ、リンゴジュース限定?」
『いえ、ジュース作成に複雑な調理工程を必要としない食品でしたら、全て対応しております。スカイポイントを多く注ぎ込めば、様々な皮剥きや温度管理に対応させる事も可能です』
「何でもいけそうなら、高性能なやつで」
『畏まりました』
魔法道具の作製を頼むと、ゴブレットのようなものが現れた。
金細工とガラスのゴブレット、買うとしたら相当お高そうな外観。
『魔力を流しながら思考操作により稼働します。魔法道具内に林檎を容れてください』
近くの樹からもぎ取った林檎をゴブレットに容れる。
そしてジュースになれと念じる。するとゴブレットの上部もガラスで、いやよく見ると結界で塞がり、林檎が回転、風の刃であっという間に皮が剥けるとどこかへと消え、続いて切り分けられ芯も消える。再び回転するとジュースに変わった。
それだけでは終わらず、ミキサーサイズだったゴブレットはガラスのように見えていた結界が消え、金細工のみとなり変形、ワイングラスサイズとなる。
このまま飲めるんだ。
試しに飲んでみると、林檎ジュースはしっかり冷えていた。
林檎の粒も残っていない、濾したかのような滑らかさ。
求めていた通りの林檎ジュースだ。
ジュースになれとしか念じていないが、求めているジュースを読み取ってそれに近付けてくれるらしい。
この世界はこんな便利な道具で溢れているのか。
『いえ、僭越ながらこの魔法道具は千年前でも国宝とまではいかなくとも、宝物庫には入れられるレベルかと』
「……そんな凄いやつだったの? と言うか何故に作れる?」
『私はダンジョンコアを元にし作製されましたので、これは宝物作製能力を再現したものです。ですので人類に再現できていない技術を用いた宝物も作製可能です。ただ、それには莫大なエネルギーが必要ですので、作製出来たのは偏にマスターのお力です。また、スキルレベルが上がっていなければかつての私には作れなかったでしょう』
「……莫大なエネルギー?」
『はい、浴場を十造れるスカイポイントを注ぎ込みました』
そんなに注ぎ込んだんだ……。
まあ、何度でも使えるんならまあ良いか。
それにしても、宝物レベル、金細工に見えたけど、本物の純金製という事か。
『はい、純金製です』
魔法道具の価値は分からないが、金というだけでもお高いのは分かる。
売ったら、一体幾らになるのだろう。
スローライフを決意していたのに、俗物的な考えが過ぎってしまう。
だが、その考えはすぐに消えた。
売りに行く光景を思い浮かべた時点で消えた。
だって、今の地上に売りに行く場所なんて無い。
どこも被害を受けているのだから。
金銀財宝なんて、歴史で類を見ないレベルで価値が下がっているだろう。
そう思い至ると、不謹慎かもしれないが改めて感じる。
人が太古の昔から求め続けて来た金ですら、価値とはそんなものなんだと。
反対に、その程度のものですら、人は満足する事ができる。
世界が普遍的に贈ってくれていたものだけじゃない。
全てのものには、きっと等しく価値がある。幸福と感じる人生をなすほどのものが詰まっている。
ただ、真摯に向き合うだけで、きっとそれは見つけられる。
ああ、俺はこれから幾つの素晴らしいものに出逢えるのだろう。
少なくとも、俺の異世界生活は成功した。何故なら、素晴らしい天空島がここに居るから。かけがいのないものは、既に一つ見つけた。
さあ、明日も世界を楽しもう。
《異世界生活三十日目時点のステータス》
名前:ユタカ=アマガミ
称号:【異世界召喚者】【異世界勇者】【リンゼワースを知る者】
種族:異世界人、仙人
年齢:15
生命力 1032/1032
魔力 1202/1202
体力 1000/1000
力 100
頑丈 100
俊敏 100
器用 100
知力 100
精神力 100
運 100
魔法:全属性魔法Lv1
固有スキル:適応Lv2、天空島Lv2、不老不死Lv1
パッシブスキル:光合成Lv5、魔力回復Lv5、生命力回復Lv5、水吸収Lv3
アクティブスキル:アイテムボックスLv1、鑑定Lv1、魔力感知Lv5、魔力操作Lv2、遠見Lv5、水属性魔術Lv1、土属性魔術Lv1、生命力感知Lv5
《用語解説》
・天空島
リンゼワース世界において唯一空に浮かぶ島。天空島が正式名称であり固有名詞。
千年以上前、魔王ディバラキアによって滅亡の危機に瀕した人類が総力をあげて建造した人類最後の砦。
建造計画の当初は人類軍の司令基地となる予定であったが、そのスペックと追い詰められた戦況から残存する技術者達の総力が注がれた。
魔王も手が出せないと考えられていた天界エクセムーンへと渡る方舟でもある。
ダンジョンコアを加工し都市管理機能を付与したシティーコアをベースに構築された。
元となったのはリンゼワース世界史上最も栄えていた都市、魔王に滅ぼされた都市のシティーコアであり、天界でも人類が繁栄可能なスペック、大都市を展開できる能力を有する。
尚、聖剣ステラと同時期に同じ開発部隊により作製されたが、天空島のテクノロジーを応用して聖剣ステラが造られており、実は聖剣がおまけ。
スカイコアの記録では起動した事は無い事になっているが、完成し人類最後の砦として機能していた。
地上観測機能などはダンジョン由来の能力ではなく、当時天空島に存在していたものを再構築したもの。
しかし、スカイコアにその記録が無く天空島が小さな遺跡になっていたのは、当時の全リソースを注ぎ込んで魔王を攻撃した為。
完成時に乗り込んだ人類は僅か、地上に残った人類の最高戦力が全滅した時点で、住人のいない居住地区をパージし質量攻撃、主砲を起動し大陸ごと魔王軍を焼いた。
しかし当初の予定よりも生き延びた避難者は極端に少なく、住人の魔力により十分なエネルギー補充が出来なかった。
その影響で残存エネルギーが生存環境を維持できない程に枯渇し、最後に避難者を地上に降ろした段階で使えるものを全て使い果たし機能を停止させていた。
千年前と比較し魔王城周辺の地形が大きく変化していたのは、全て天空島の仕業。
そして千年前から文明が大きく後退したのも魔王軍により壊滅していた事に加え、天空島の主砲などにより地上の殆どが焼却され、また文明を維持していた天空島を人類が失った為である。
地上ではかなり形を変え神話として語られており、ある地域では魔王に神罰を下した神々の住まう楽園として語り継がれ、ある地域では新たに人類の祖となった聖女エスリーラを守った方舟としてその存在が知られている。
あまりに重大な出来事の中心ではあったが、人類が壊滅的な被害を受けたこと、そもそも天空島の詳細を知る人物達がこの天空島を守る為に乗り込む前に散ってしまった事で、世界中で知られているが、神話や伝説、御伽噺でしかなく正しい記録は完全に失われている。
ユタカがここに召喚されたのは、偶然召喚の儀式を行っていた場所の真上を、召喚の瞬間に通った事に加え、勇者を召喚する術式の残骸が天空島にも遺っていた為。
物理的かつ魔術的にキャッチした。
全ては偶然であり、天空島がユタカに与えられた能力でも無ければ、何者かがそう仕組んだ訳でもない。
全ての権限を手に入れたのも、元々全人類に操作権限が与えられており、誰もいなくなっていた為に唯一の資格者と判断され付与された。
また、付与された全権である固有スキル〈天空島〉は、格が足りなかった為に固有スキルとなった神の加護に近いものであり、意思疎通やエネルギーのやり取りを円滑にする効果こそあるが、本来はただの資格者の証明に近い。
レベルアップはしない前提の固有スキルであるが、ユタカがほぼ全てのエネルギーを供給し、真に使い熟した為にレベルが上がった。本来、人には行えない偉業である。
この予期せぬレベルアップにより、現在は完全にユタカの能力の一部となっている。
仮に天空島が塵一つ残らず消失しても、スカイコアの演算能力や構築能力は何も変わらず、ユタカが無事である限り、魔力を用意すれば何度でも復元される。
そんな不滅性まで手に入れた人類の叡智が詰まった人類最後の砦兼人類史上最強の兵器であるが、ユタカは素敵な話し相手兼コンシェルジュ付きの庭付きマイホームくらいに思っている。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。また、フォローやレビュー等をしていただき、ありがとうございます。大変励みになります。
1章はここまでとなります。
次章はこのまま続けるか、100年くらい飛ばすか迷っているのでお時間をいただきたいと思っております。
尚、今更ながら投稿のタイミングは、基本的にこれまでのゴールデンウィークや年末年始など人の動きも変わる休日や、数字的に揃っている日(例:1/23)などを予定しています。
強制されなくともスローな更新頻度の本作にはなりますが、今後とも、お付き合いいただけましたら幸いです。
強制スローライフ〜異世界召喚後のスタート地点が天空の孤島だったのでスローライフ生活を送る事にしました。他にどうしろと?〜 ナザイ @nazai
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