天空26 天空浴場


ペルルの地をのんびりと偵察機で散策すること暫く、いつの間にか日が傾いて来ていた。


夕日が沈む海の光景は格別だ。


これ以上に美しい夕日は無いかも知れない。

いや、これ以上に美しい土地は無いかも知れない。

俺がこれまでに見てきたどの夕日よりも美しいのは確かだ。


しかし特別は希少だからこそ際立つもの。

絶景は止まってはくれない。

やがて日は完全に海の彼方へと沈んだ。


今日はここまでにしよう。

一日も同時に終わりだ。


そう思って偵察機の立体映像を消すと、目に沈んだ筈の光が入って来た。


「………………」


普通に、ペルルの夕日よりも美しいものがあった。


それは、天空の絶景。

夕日に染まる雲海と神秘の島、天空島。


これまで他に気を取られる事が多くてあまり意識していなかったが、観光気分のまま見るととんでもない絶景だ。

方向性などに差異はあるが、普通にペルルの景色を上回っている気がする。


だが、ただ美しければ感動する訳では無いらしい。

心が動くというよりも止まってしまったかのような感覚だ。

脱力感すら感じる。あれだけペルルで感動したのは何だったのかと。手のひら上で踊らされていた様な気分だ。


どんな美食も満腹時には食べたいとは思えないのとある種、似ているかも知れない。

満腹になった後に更に美味しいものを食べる機会を得て逃したら、美味という記憶よりも惜しい事をしたという記憶が上回る。


何事も、タイミングと心の在り方次第のようだ。


この景色は明日、改めて満喫するとしよう。


さて、今日も一日が終わった。

寝るとしよう。


「“クリーン”」


寝る前に汚れを落とす魔法を使い服や身体の汚れを落とす。

この異世界に来てから、いやおそらく光合成をするようになってから殆ど汗をかかなくなっていたが、やはり清潔さは保ちたい。


そうだ、今度風呂でも造ろうかな。

天空浴場、さぞ疲れが癒せるだろう。


まあ、今日も光合成して景色を見ていただけだけど……。


兎も角、癒やしは必要だ。


『浴場でしたら、現時点のスカイポイントで十分作製可能です。お造りになられますか?』

「おお、なら早く造ろう」


と言う事で、浴場造りが始まった。



『まずは、作製する場所をお教えください』

「風呂の位置か…」


全てが見渡せる天空島の中央、元からあった神殿に跡にしようか。

いや、あそこは時の重みを再現できない遺跡としての天空島そのもの、二度と作り出せない景観。

安易に弄りたくは無い。


ならば、この林檎畑の広場。

いや、林檎の樹に風呂と言うイメージがいまいち噛み合わない。

せっかく薬草原を造ったし、それを削って風呂を造るのもどうかと思う。


水晶の床で造った観測所に造っても、下が見えて眺望は良いも知れないが落ち着けなさそだし、そもそも地上観測の邪魔だ。


となると、風呂専用の土地を増築するのが最適解か。


「大理石っぽい感じの土地は増築出来る?」

『はい、可能です』

「じゃあ、白っぽい大理石で」

『畏まりました。広さは二十メートル四方程でよろしいでしょうか?』


二十メートル四方、風呂にしては大分広い気がする。

ちょっとした体育館程度の広さなんじゃないか?


いや、でもここは空にあるから狭いと落ちそうでちょっと怖いか。


「とりあえずそれで」

『畏まりました。増築を開始いたします。場所は後から移動可能です』


林檎畑の横に、新たに大理石の土地が構築されてゆく。

見かけは一枚板の白い大理石。

買ったら高そうだ。

それが一枚浮いている。


近付くと石のブロックが集まり橋となった。


早速渡る。


橋の下は空だが予想外に恐怖は感じなかった。

元々高所恐怖症ではないが、それを加味しても特に感じるものはない。

普通の道を歩くのと同じだ。

そういった部分も適応しているのかも知れない。


さて、どんな風呂にしよう。


天空島の景観的に取り敢えず洋風の大理石の土地を造って貰ったが、そこから先に具体的なイメージがあった訳では無い。


洋風、遺跡、風呂とくればローマの公衆浴場が有名か。

というか、それくらいしか知らない。

消去法的に方針が定まった。


問題は、そのローマの公衆浴場についても詳しくは知らない事だ。

何をどうすればそれっぽくなるのだろう?

柱とか彫刻とか置いておけばそれっぽくなるか?


『お悩みでしたら、マスターの知識を元に自動構築も可能です。マスターの知っている範囲から試行いたしますので、完璧なローマ公衆浴場の再現は不可能ですが、風情のみの再現でしたらある程度は可能かと』


優秀過ぎるスカイコア先生。

俺がいまいち覚えていない情報からでも分析して仕事を熟してくれるらしい。


『芸術に関する機能自体は存在しませんので、あまり期待しすぎないでいただけますと幸いです』


加えて謙虚。

あらやだ素敵過ぎる。


「それで十分。じゃあ、そのおまかせコースで」

『畏まりました』


下から大理石が伸びてくるような形で風呂が造られてゆく。

まずは風呂の本体が。

次にそこに入る為の階段が。

最後に飾りの柱や彫刻が次々と構築された。


注文通りにそれっぽい仕上がりだ。

ローマに本当にある遺跡の浴場というよりも、それを再現、いや元にして造ったレジャー施設の浴場、もっと言えば実際しないゲームや漫画の中とかにちらりと登場する感じの風呂だ。

だが、その本場を再現しきらないオリジナリティが俺だけの風呂、天空島の風呂という感じがして中々に良い。


ただ、一つ問題もあった。

予想外の問題が。


「この彫刻は?」

『偉大なるマスターの彫像です』

「だよね……」


そこにあったのはローマとかギリシャ風の彫像。

だが、モデルの人物は全部俺……。


俺の想像を遥かに超えるレベルで、スカイコアは俺をリスペクトしているらしい。


というか、裸体像の再現度が凄い。

ここに召喚されてから何気に一度も服を脱いでない気がするが、服の下は勿論、パンツの中までしっかりと再現されていた。

そんな事まで出来たとは。

色が付いていたら鏡だと思っていただろう。

まあ、ポーズはそれぞれ今まで一度もしたことが無いものだが。


ただ、どんなに再現度が高くても違和感が凄い。


ダビデ像な俺、考える俺、小便小僧な俺、ミロの俺、真実の俺、などなど……。


自分がモデルであるというのもそうだが、そもそもここまで再現力が高い彫刻家がまずモチーフにしない現実離れした感が否めない。

標準体型だとは思うが、彫刻としてはここまで貧相なモデルを普通は使わないだろう。

だから見慣れないからか、違和感が凄いのだ。 


ポーズを変える機能があるのなら体型とかも変えてほしかった。


『マスターこそが至高ですので』


……想定よりも数段、俺の事をリスペクトしていたらしい。


もう、このままで良いか……。

変えてくれなさそうだし。


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