天空25 悠久の風景


偵察機による海中散策を暫く続けた後は、いよいよ陸地への上陸だ。


速度重視で海上を走り続けてゆくと、海岸が見え始めて来た。

遠目では砂浜は無く、ほとんどが切り立った断崖絶壁。ヨーロッパの観光地紹介で見るような白っぽい岩の壁が延々と続いている。

崖の上には明るい黄緑色の草も茂り、更に近付くと見えて来る柱などが微かに残るだけの遺跡群、本当に有名な観光地の様な絶景だ。


『あちらの海岸はオロムスペルル地方において最も栄えたと言われる都市国家ペルルがかつて在った“ペルルの城壁”です』


どこまでも有能なスカイコア先生は観光案内もしてくれる。


『どこまでも続く広大な海岸線に見えますが、地図に示しました通り大陸においては半島と呼ばれる地形になります。この半島は大部分がこのような断崖絶壁に囲まれており、非常に守りやすい地形である事から約六千年前から四千五百年前まで非常に栄えておりました。ちょうど進行方向に位置するのが、ペルルの中心であるペルル大神殿の跡地になります』


非常に栄えていたらしいが、流石に四千五百年の年月の前には勝てず、今は僅かな痕跡しか残っていない。

見たところ今は人が支配する土地ではなく、自然が支配する土地だ。


『ペルルは四千五百年前に魔王が半島の入口に出現し、敗れた事から天然の要塞は天然の牢獄となり滅びました。その為、ペルル文明の詳細は多く残っておりません。また、魔王軍侵攻の影響で魔獣が活性化している危険な地であり、現在はオロムスペルル地方全域、半島全域において人が滅多に踏み入れない地となっております』


隕石を落とす様な実験を行った事から、人里から離れた海上に偵察機は落ちていたが、その最寄りは半島ごと殆ど人がいない土地らしい。

半島ごとほぼ無人の土地になってしまうとは、魔王はもちろん魔獣も恐ろしい存在だ。


幾ら観光に向いている絶景があるとは言え、地上に降りれるようになってもここは避ける事にしよう。



偵察機は進み続け崖の上に、大陸に到達する。


魔王軍に滅ぼされ、魔獣が支配する土地であると聞いていたが、そこにあるのは長閑草原と僅かに街の痕跡が残るだけになった草原だった。

別に魔獣がうじゃうじゃいる訳ではない。と言うかぱっと見た感じでは何もいない。

動物が多く生息すると言っても運が良くなければ動物と出会わない日本の自然公園と同じ様な感じだ。


少なくとも四千五百年前の遺跡が遺る程度の平穏はあるらしい。


一面の草は、近くで見ると全面に生えてはいるものの伸びては無く、場所によっては靴も隠れない程度の長さでしかない。

その為、近付くと草の下にある遺跡もよく識別できた。

見たところ、草原の下は大部分が遺跡だ。

人工物である痕跡の残る石材が様々な形で草の下に眠っている。


おそらくこの草原の草丈が短いのは、硬い石材の遺跡の上にあるからなのだろう。

その下も岩の崖だったし、植物の生育には適さない。


もしかしたら魔獣の数が多くないのも、草が育たない為にそれを食べる動物が集まらないからかも知れない。

草という食物連鎖の下に位置するものが少なければ、当然その上の存在も少なくなる筈だ。


だとしたら、思っていた以上に安全かも知れない。


まあそれでも、絶対の安全が確認されない限り実際に行こうとは思えないが。

やはり観光の為に、最悪の場合死にまで到るリスクを負うべきでは無い。


だが、実際に行こうとは思わないが、有名観光地に引けを取らない絶景だ。

美しく穏やかで、サンドイッチでも食べたくなってくる。

サンドイッチが無いのが残念でならない。


林檎でいいか。


アイテムボックスから収穫しておいた林檎を取り出し齧り付く。


「カキュッ…」


うん、美味い。


遺跡が点在している、遺跡の上に覆い被さっている草原も見事だが、後ろに目を向けると先程通ってきた海。

高い断崖の上から見下ろす透き通った海は、それだけで一つの傑作になっている。


都市国家がまだ存在していた頃は、一体どのような景色だったのだろう?

今は人の一人すらもいないが、かつては数え切れないほど大勢の人々が暮らしていた筈だ。


かつての人々も海は同じ景色を見ていたのだろうか?

それとも盛んに漁船や貿易船が行き交う賑やかな海だったのだろうか?


そもそもこの絶景が見られる地に居を構えた都市国家の人々は静かで趣を大切にする人々だったのだろうか、それとも賑やかな明るい人々だったのだろうか、もしくは天然の要塞に住んだ人々は武に明るい戦闘民族だったかも知れない。

彼らはこの土地の景色を見て、何を思っただろう。


そしてこの地に、再び人が足を踏み入れるのはいつになるのだろうか。

数千年ぶりにここに到達した人々は、まず何を思うのか。

旅の達成を喜ぶのか、この景色に息を呑むのか、ここに来るまでに疲れ果てただ通り過ぎて終わる事もあるかも知れない。


いつか、この地に街が再び築かれることはあるのだろうか。


そんな平和が訪れたら、是非とも訪れてみたい。


考えようによっては、これは自分にとっても特別な風景、異世界に来た第一歩の景色かも知れない。

偵察機越しではあるが、この世界の地上からの景色を、大陸での景色を見たのはこの土地が始めてだ。

ある種、初めての異世界らしい風景。この世界での原点の一つ。


俺が、実際に足を踏み入れる日は来るのだろうか。

その時には、この景色はどうなっているのだろう。


人はいるのか、街はあるのか、遺跡はどうなるのか。

変化を見た俺は何を思うだろう。

何年何十年、場合によっては何百年何千年と見続けていた景色の変化を寂しく思うかも知れない。人の歩みに感動し喜びを感じるかも知れない。


その時の俺は、どうなっているのだろう。

仙人らしくなっているのか、もしくは勇者になっている可能性もある。のんびり暮らし続け、変わっていない事もあるだろう。


何であれ願わくば、不老不死で良かったと思いたいものだ。


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