高知怪談

死人の恋はつらい

第1話 双頭の犬

「せっかくだから海に寄って行かない?」

 噂の廃墟、シーレストニュー室戸に向かう途中の車内でOは言った。

「夏らしいし、いいんじゃない?」

 利きの悪いエアコンにうんざりしていた俺は同意した。


 Oとはこの春に入学した土佐黒潮大学の1回生同士で、少々強面に見えるらしい俺にも普通に話しかけてきて、お互いオカルト好きということが分かってからは行動を共にすることが多くなった。やはり、オカルト関連、心霊スポットめぐりが多かったが。


 岡山出身の俺とは違い高知出身のOの運転に身を任せていると、ここが阪神がキャンプに来るとこ、と野球場を通った後に砂浜に到着した。安芸海岸だ。

 狭い車内から降りると潮の香り、波の音が強くなった。海風が火照った体に心地いい。

「お~、海って感じがするね。やっぱり海はいいな~。桂浜に比べたら波が穏やかなのかな?」

「そうだね。あっちの漁港のほうはいい釣り場みたいでキスなんかが釣れるらしいよ」

 Oは指さしながらそう言った。

「そうなんだ。岡山じゃ子供のころに釣りに行ったけどハゼくらいしか釣ったことないなぁ」

 俺はそう言いながら、こいつはもしかして高知の観光スポット的なとこを案内してくれているのかなと思った。少々変わったところはあるけどいいやつだな。うれしくなった俺はちょっと散歩していこうよと誘った。海辺は真っ暗だったが、空には月が輝いていた。


 波打ち際を二人で他愛もない話をしながら歩く。

「岡山じゃ海の近くだったの?」

「小さいころはまぁまぁ近かったけど小学校のころに引っ越して遠くなったんよ。お前は?」

「ぼくは春野で周りは田んぼばっかり」

「あ~、陸上競技場の辺か」

「そうそう、何もないでしょ。でも、うちの親がアウトドア好きでいろいろ連れて行ってもらったかな」

「へ~、楽しそうでいいなぁ。おすすめは?」


 ・・・タッタッ・・・


「定番としては、四万十川でキャンプとかかな。川魚釣って食べて、おいしかったよ」

「美味しそうだね」


・・・タッタッタッ・・・


「あと、何と言っても足摺岬かな。展望台があってそこから見る星空がすごい綺麗なんだ。寒い時期に行ったから空気も澄んでてほんとに良かったよ」

「そりゃいつか見てみたいね」


 ・・・タッタッタッタッ・・・


 んっ?と思い振り返ってみると、黒い塊が波打ち際をタッタッタッと軽い足音をたてて走っていた。それは俺たち二人を意識することなく、振り返ることもなく、俺たちと海の間を走り去っていきすぐに闇に溶け見えなくなった。

 俺は急な出来事にあっけにとられていたが、今見たものが何なのか考えていた。俺の脳が画像を結ぶまでしばらくかかったが先に口を開いたのはOだった。

「・・・今の頭が二つある犬じゃなかった?」

 そうなのだ。俺の脳が出した答えも同じ。いくら暗いとは言え、月明かりに照らされたその黒い塊は確かに頭が二つある柴犬ほどの大きさの犬のシルエットに見えた。

「・・・俺もそう見えた。何なんだ、さっきのは?」

 周囲にはもう何も見えず、潮騒だけが聞こえる。

「・・・例えば、ペットの犬に頭付きの服を着せて散歩させてたとか?」

「いや、でも飼い主さんも見えないし。何より布的な質感じゃなくて、俺には確かに生き物の頭のように見えたような・・・」

 俺はう~んと考えながら、独り言を言うように言ってみた。

「奇形で頭が二つある生物は実際いるし、犬に頭が二つあるのがいても・・・」

「いてもおかしくないけど、それなりに町中のこのあたりで何のニュースにもなっていないのは不自然じゃない?」

 二人してう~んとうなっていたが、見てしまったし砂浜には足跡もある。

 結局・・・

「不思議なこともあるなぁ」

と異口同音に口にし、それが結論になった。

 

 恐ろしさはなく、ただ双頭の犬を見たという不思議な体験であった。恐怖を感じたのは今回の本当の目的地であるシーレストニュー室戸での体験なのだが、それはまた別のお話。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高知怪談 死人の恋はつらい @sibitonokoihaturai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ