第49話姫と親友は再開する

 日は進んで七月の中旬。蒸し暑い大通りを進む影が一つあった。影の主はアネモネ・ブバルディアその人だ。半月ほど何事もなく、退屈をしていた愚妃は暇つぶしに散歩に出ていた。

 街を行けば逞しく働く労働者の人々が目に入り、彼、彼女らのように働こうかと考える。退屈が続くなら、環境を変えるのが一番手っ取り早いと愚妃は思うのだ。教会に帰ったらリリィかシスターにでも聞いてみようと思う。

 大通りを抜けて噴水広場へとやってくる。散歩にしては遠くへ来てしまった。まぁ、夏ということもあって噴水があるこの辺りは居心地が良い。少し休んでから帰路につこうと思う。

 ベンチに腰を下ろし、周りを見渡す。子供たちは無邪気に走り回り、休憩でもしているのか大人たちは噴水の縁に座って談笑している。平和な町並みは姫であるアネモネに心暖かいものを届け、同時に寂しさも感じさせる。今の姫は一人だ。リリィとクリスを含めた教会の人たちは働いているからやることのない自分一人が取り残されることになる。

 愚妃はため息をついた。気分が沈んだ心に建物の陰であることと水のしぶきによる涼しさが染みる。体も心も冷たくなるようなこの場にいては毒だと思ったアネモネは立ち上がり、帰路についた。

 すると、後ろから馬車の音がした。陽炎が揺れるその奥から現れた馬車は広場を横断する。だが、何が気になったのか切り返して愚妃の元へと馬車がやってくる。城にある馬車ではない。扉にあった金床で剣を金づちで打つあの印には見覚えがある。あれは、トリトマ侯爵家を象徴するマークだ。そして、トリトマ侯爵家の印が刻まれている馬車がこちらに来るということは。

 馬車はアネモネの隣に止まり、馬車を操っていた執事が扉を開く。外開きの扉の奥。陰になっているせいで顔はよく見えないが、愚妃は誰がそこに立っているのかがわかる。私の古くからの親友であり、学友である少女。

「お久しぶりです、アネモネ様」

 馬車から降りてきた少女は紫色のドレスの裾をつまみ、片足を引いてお辞儀する。癖でアネモネも同じようにお辞儀をした。お互い顔を上げ、瞠目する姫の目に映ったのはにんまりと口と目が半月状に弧を描く笑顔。小説では悪役がしていそうな笑顔だが、特に企みがあるわけではなく、ただ単純に目が細いだけの少女だ。腰ほどまである長い黒髪を持ち、片眼を前髪で隠した少女はアネモネが以前会った時と変わらない。何か闇深い雰囲気を醸し出しておきながら、いきなり笑顔で走ってきて抱きついてくる少女はやはり、アネモネの記憶にある少女と同じ人物だ。

「久しぶりね、クルミ」

 相対する少女の名前はクルミ・トリトマ。見た目とは裏腹に、子供のような少女だ。


 時刻は午後三時。夕焼けを見るには遠い時間。どういうわけか、クルミが教会に来ている。

「わー、ここがアネモネ様が住んでいるところ?」

 子供のように目を輝かせ、好奇心旺盛にロビーを走り回っている。その姿はまさに幼女のようだ。ぬいぐるみを抱えた少女、ハルジオンの元に寄ってはしゃがんで話しかける。

「ねぇ、貴方の名前は?」

 おどおどとしているハルをよそに自己紹介を始める。

「私の名前はクルミ・トリトマ! アネモネ様の友達なの。ねぇ、今なにしてるの? おままごと? 入れて入れて」

 距離の詰め方が初対面のそれではない彼女には自分と他人の間に壁はない。今も全力でおままごとをしている友人にハルはテレながらも嬉しそうにしている。遠くからサイネリアが監視するようにクルミを見ているが、見つけた友人が一緒に遊ぼうと誘っている。遠慮をしているサイネリアだったが、友人が手を引っ張ると素直について行く始末だ。周りにいる教会の子供たちも同じように誘うとおままごとをする大きな集団が出来上がった。

 相も変わらず凄いコミュニケーション能力だと思う。あんなに騙されやすそうな性格なのに、賢いから嘘を見抜く力がある。

 玄関付近で見ていたアネモネは後ろの扉が開いたことに気づく。振り返ればリリィがいた。

「ただいまって、どうしたのあれ」

 リリィも教会にいて長いが、あんなに大規模なおままごとは初めて見るものだろう。事実、教会の歴史上初めての出来事だ。

「クリスもあの中にいるのよ。面白いでしょう」

「本当に? 珍しくはないけど、何だか、意外だね」

 クリスはクリスでよく子供たちと遊んでいるから特段驚くことではないが、シスターも含めて教会中の人たちが集まるあの場にクリスも混ざるのは意外だし微笑ましいし面白い。

「アネモネ様! アネモネ様もやろうよ」

 おままごとに夢中だったクルミは愚妃の方を向くと隣に立つリリィを見つけた。そして走り寄ってくる。リリィの前まで来ると両手で握手した。

「初めまして! クルミ・トリトマです。アネモネ様の一番の親友です!」

「え、うん、よ、よろしくお願いします。リ、リリィです」

「リリリィちゃん、よろしくね。ねぇねぇ、一緒に遊ぼ?」

 自他ともに親友の少女はリリィを連れて行った。そして、思い出したように振り向いたクルミは口を開く。

「アネモネ様もやろうよ!」

 アネモネは親友の誘いに懐かしさと喜びを感じ、歩んでいった。

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資産0エルのお姫様! 蚤野ヒリア @NOMINO

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