僕のシナリオが現実になった件

緋翠

第1話 はじまりの大図書館

それは僕にとって、いつも通りの夜だった。

午前2時頃だろうか、僕はふとペンを休める。この時間になると小腹が減る。アパートの傍らにあるコンビニへと軽食を買いにいくのが小さな楽しみとなっていた。

軽い足どりで階段を降り、空を見上げる。


「空木」

これが僕のペンネームだ。売れっ子というほどでも無い、マイナーな小説家大学生。

昔から本が好きだった。特に多彩な世界を望める小説が。

しかし、時代は変わってしまった。2000年代初頭は良かったものの、それ以降文学は衰退の一途を辿った。

2200年現在、人々は左腕に「イデア」と呼ばれる人工知能付き個体認識装置を装着する。これによってスマホやパソコンは太古の遺物と化し、人々はイデアですべてのネットワークへの接続が可能となった。

そんな中、ペンを使って小説を書く僕は稀なのだろう。僕なりの移りゆく時代に対する反抗といってもいい。


ここまで見れば相当僕が捻くれていることが分かると思う。でも明確に文学は衰退した。

いわゆる「異世界転生」系ライトノベル小説。これが横行してからだ。

最初は良かった。まだ見ぬ世界を颯爽と駆け抜ける主人公、敵を散らす唯一無二の能力。誰もが憧れる物語だ。しかしこれらは次第にありふれたものとなる。主人公が交通事故、神からチートスキルを授かる、無能力者と蔑まれるといった要素は飽和し尽してしまった。


結果として、この風潮は僕達作家の才能を大きく下げる要因となった。

故に僕の小説は現実が舞台となることが多い。

読んでくれる人は数人程度なんだけどね。


気付けばコンビニの前に来ていた。

自動ドアを通ると、いつもの店員さんが

「いらっしゃいませ」

と微笑む。

どうも、と会釈してスイーツコーナーに足を運ぶ。最初に目に入ったチーズケーキを手に取ってレジへ向かう。

女子大生らしきアルバイトの店員が

「今日はチーズケーキなんですね」

といいながらレジを打つ。

「どうにも糖分が欲しくなるんだよね、この時間は」

お金をトレーに置いて、常連なのがバレバレな些細な会話を終えた途端、恐ろしい地響きがなり響く。


大きな揺れと共に、一瞬目の前が真っ暗になる。

地震に停電....?

嫌な予感がする。

「きゃっ」

店員さんが甲高い声を上げる。我に返った僕は

「早く外へ出よう!」

そう言って揺れる店内を背に、彼女の手を引いて外に出る。


「なに......あれ......」

外の景色を見て、彼女は呆然と立ち尽くす。

そこにはいつもの港区の夜景は無く、恐ろしいほど暗い夜街と、ひときわ目立つ、見たこともない大きさの建造物がそびえ立っていた。

かつて東京湾と呼ばれていたそこには、まるで湾なんて無かったと思うほどの建造物1つに埋められていた。

見覚えのある、いや正しくは、想像の具現化とでも言うべきだろうか。

その建造物には不思議と心当たりがある。

「大図書館」

ポツリと放った言葉に彼女が

「えっ」

と呆けた顔で僕を見つめる。

「あぁ、ごめん。なんでもないよ」

怯えた目つきの彼女に思わず僕まで言葉を失くす。


突如、彼女のイデアが光を放つ。

「————人工知能付き個体認識装置、通称イデア強制起動します————」

「えっえっ、急になに!」

取り乱す彼女に声をかけるまでもなく、僕のイデアと彼女のイデアそれぞれにホログラムが投影された。


「初めまして、大図書館第2区画司書のフリージアだよ! この世界ではイデア?が共通端末みたいだから、ひとまず強制アップデートしてみたよ! これからゲームの情報はイデアを通して伝えるからよーく聞くんだよ!」


明るい物言いのフリージアと名乗る少女は、にっこりと笑いかける。


「哀れな人間種達よ、ようこそ、大図書館へ!」





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