女王の夫

高柳由禰(たかやなぎゆね)

女王の夫

 僕はある女王陛下が治める国の官僚です。ひたすら出世欲に燃え、順調に出世コースを歩んでいました。


 野心家である僕は誰よりも上に立ちたいと思っていました。そして誰よりも有名になりたい。後世に名を残すほどの偉人になりたい。平凡な人生なんて真っ平です。


 僕は新しく人と出会うと、その人が自分より学歴が上か下か、自分より金持ちか貧乏かが気になります。相手が自分より上か下かが気になるのです。よく勝ち負けにこだわります。白黒はっきりさせないと気が済まない完璧主義でもあります。こんなことを気にする僕は劣等感の塊なのかもしれません。だったらその劣等感を払拭する為に誰よりも上に立ってやる! と思っています。


 そんな僕は順調に出世コースを歩んでいました。僕は社会に出るまで不安でした。小さい頃から学校の勉強は得意でしたが、果たして僕は仕事ができるタイプなのだろうか。よくある『学校の勉強だけできて仕事ができないタイプ』なのではないかと不安で気が気でなかったのです。


 そんな僕は社会で予想以上に有能な人材だと見込まれたようです。どんどん仕事を任され、理不尽なまでに責任を押し付けられることもままありました。それでも出世欲に燃えた僕はひたすら人の上に立ちたいという野心の元、業務に励みました。誰よりも上に立ちたい。国の礎となるような人物になりたい。実質上この国の実権を握っている人物になりたい。


 そんな僕はある日――


 女王陛下に結婚を申し込まれました。


 ――は? え?


 まさに青天の霹靂でした。敬愛する我が女王陛下はまだ若く美しい女性です。ですが僕は陛下のことはあくまでも主君としてしか見做していませんでした。だってそうでしょう? どんな美女でも女王や王女、王族の女性に本気で恋するなんて無謀ではないですか。アイドルに本気で恋をするのと同じですよ。しかし、あくまでも主君としてしか見做していなかった僕に対して女王陛下はなんと恋焦がれていらっしゃったというんですよ! こんな僕の一体どこがいいのかよくわかりませんが、同僚からは鈍感だの朴念仁だの散々罵られました。


 僕は非常に動揺しました。ちなみに王や皇帝の求婚は絶対に断れないものなんですよ。それは女王や女帝でも同じです。つまり僕に選択の余地はありません。女王の夫になるしかないのです。


 ――え? 女王の夫?


 女王の夫ということは国のトップの伴侶、つまり国のトップに限りなく近い存在となるわけですが――が、しかし!


 影が薄い!!!!!


 みなさん、ここで女王の夫という存在について考えてみて下さい。そもそも国王の妻は王妃という名称があるのに対して女王の夫には名称がありません。あくまでも女王の夫。歴史上、女王の夫は非常に数少ないので無理もないでしょう。一応英語ではプリンスと呼ばれています。敬称は「殿下」です。


 王妃と女王の夫、同じ国のトップの伴侶でありながら世間の印象は随分違うものに感じられます。王妃と聞けば、中には民衆に愛される王妃もいるでしょう。歴史上有名な王妃もいるでしょう。学校の教科書に載ったり肖像画が残っていたり。現代ならテレビで大大的に報道されるでしょう。しかし女王の夫と聞けばなんとも影が薄い存在です。


 民衆に愛される王妃はいるけど民衆に愛される女王の夫は…歴史上有名な王妃はいるけど有名な女王の夫なんて………いないではないですか! 皆さん、考えてみて下さい。歴史の問題に女王の夫が出たことがありますか? ないでしょう? つまりそれくら影の薄い存在なんです! 女王の夫なんてテレビでも画面の端にチラッと映って終わりではないですか!


 女王の夫となることは果たして立身出世したことになるのか。国のトップに限りなく近い存在、そういう意味ではこれ以上ない出世でしょう。しかし、これだけ影の薄い存在となると…ああ…僕の人生プランが…ああ…こんなはずじゃなかった…


 誤解のないように言っておきますが、女王陛下を一人の女性として見做した場合、告白されたのは大変光栄であります。僕のような男を好いてくれるのであれば喜んでその気持ちに応えましょう。そして二人で幸せな家庭を築きましょう。しかしそれが女王陛下となるといろいろ事情が込み入ってきますし、こちらとしても複雑な心境になってしまいます。先に申し上げたように国王や女王の求婚は断れません。敬愛する女王陛下。今まであくまでも主君としてしか見做していなかった彼女を一人の女性として見做すことに戸惑いながらも、僕は女王陛下と結婚しました。


 僕は元々『あまりにもくそ真面目すぎる』性格なのだそうです。そこが女王陛下から見ると誠実な男性に映ったようです。僕は女王の夫として、女王陛下と共に国の行く末を案じ、国政に尽力を尽くしました。出来うる限りのことをしました。僕の政治的手腕は、僕が思っていたよりは才能があるようです。自分が少しでも有能な人材だと思うと自分の中の野心に火が付きます。僕は今まで人の上に立ちたいという野望の元に生きてきました。女王の夫などという影の薄い肩書など気にせず、次々と才能を開花させていこう。そうして実質上、国の実権を握っている人物になるのです!


 そんな風に野望に燃えていた僕を気に食わないと思う人は当然いました。僕は元々人目を気にする方です。世間体が気になるのです。人に悪い噂をされるのを恐れます。陰口を叩かれるのを恐れます。少しでも耳にはさむと言われないように気を付けようと思ってしまいます。そんな僕はある日聞いてしまったのです。心無い人達が僕を指して言った言葉を――


 ヒモ


 フフ…フフフフフ…僕は血管が浮き出て今にも怒りが爆発しそうです。皆さん意味はおわかりですか?細長い紐のことを言っているのではありませんよ。…フフフ…これは女性に養われている男性を悪く言う言葉なのです。


 ウガアアアアアッ! 許せない!


 僕は女王陛下の誠実な夫として夫婦仲はいいし、政治的手腕も発揮している。あれはそんな僕に対する僻みだ僻み! しかしそう考えても心の動揺は抑えられません。胸中に煮えくり返るような怒りが込み上げてきます。クッ! こうなったらなんとかしてあいつらを見返してやる! 本気で国の実権を握ってやる! どんどん後世に名の残るような偉業を成し遂げてやる。そうだそうだ。そして後世の子供達が教科書で僕の存在を知り、テレビ番組の特集で僕の一生を知るまでになってやる! 子供達の歴史上尊敬する人物の一人に僕の名前が挙げられるほどの輝かしい功績を残してやるのだ!


 野心に燃えた僕の新しい野望です。人生の目標です。


 僕は後世に名の残る歴史上初の女王の夫になってやるぞ!

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