ゴースト・ストーリー(ズ)

レベルNデス

ゴースト・ストーリー

 大学入学共通テストが1か月前になるというある夜、私は通っている学習塾の近くにある山に散歩に来ていた。

 勉強のため1日中机に向かっていると確実に気が滅入るため、それを防ぐためだ。もちろん、もともと散歩が好きということもあるが。


 基本的に街の中を徘徊するときにはイヤホンをして歩くようにしている。もともと人が密集しているところや車の往来が苦手なのもあるが、人が無数にいる中で自分の好きな音楽の世界に浸るというのは世界からの隔絶を感じさせ、心地よい孤独感を得られるからだ。

 逆に私は山の中などの自然に囲まれたところではイヤホンをしないようにしている。もちろん、動物が急に出てきたときにイヤホンをしていたら気づかないという理由もあるにはあるが、単純に自然の中の音の一つ一つを聞き逃したくないから、というのがある。

 自然が発するものを全身に浴びることで、自分が俗世から脱したように感じる瞬間が好きなのである。


 と、そんなルールを自分で決めていたわけだが、最近はこの山に散歩に来過ぎてもはや景色も見慣れてしまったし、勉強続きで気分も落ち込み気味なので、テンションが上がる系の音楽を流しながら、イヤホンをして散歩している。

 まあ結局のところ現在、音楽を聴くために耳を塞ぐ機械を耳の穴に詰めて暗い山の中を歩いているわけだ。


 イヤホンをしているとどうしても集中力は散漫になってしまう。なので本来自分のような女子が夜に一人で山を歩く時、イヤホンを装着するというのは推奨されるものではない。何かあった後では遅いからだ。

 まあこんな山の中を変質者が闊歩するとかありえないし(変質者は人通りが多いところを好みそうだし)、幽霊なんているわけないしで大丈夫だろうと油断していたところで、異変は起こる。


 舗装された道から少し離れた木々の中から、何かが自分に近づいてくる気配がした。

 いや、気配だけではない。

 声が聞こえたのだ。

 イヤホンをしているにもかかわらず、だ。


「ねぇ…、返して…」

「な、なんで。イヤホンしてるのに…」


 本能的にイヤホンを外した私は、どこからが現れるのかを探るため、周囲を見渡す。

 すぐにそいつは発見できた。

 自分の真横に位置する木々の中に、いた。

 声の正体は、いた。


 は足先が透けていた。

 肌は血が抜けたように真っ白く、髪は何年も手入れされていないようで、全く生気が感じられない出で立ちをしていた。

 オカルトを信じない自分でも、この事態を前にすると、こう思わざるを得なかった。

(ゆ、幽霊…?)


「返して…。ねぇ、返して…」

「な、なんか言ってんだけどぉ…」


 幽霊ってことはこの世のものではないってことだ。

 多分、物理攻撃とか通じないし…。

 ど、どうすりゃ助かるの…?


 アンビリバボーなこの異常な状況と、受験勉強のせいで凝り固まってしまった今の頭では柔軟で冷静な考えなど浮かんでこなかった。

 叫んでもこんな山の中じゃ誰も来ないだろうし…。

 もはや完全に頭は真っ白になってしまった。

 そこに理性はない。

 もはや自分の命を守るために本能的に口や体が動く。それを第三者の視点で傍観することしかできない状況になる。


「も、もしかして幽霊さんですか?い、いやー初めてモノホンを見ましたよー。何か探し物っすか?」

「返して…。私の大切な…」

「ちょ、ちょっとぉ。もっと具体的に言ってくれないと何も伝わってきませんよー。ほら、もっと具体的な名詞を出して」


 すごい。理性を失った人間は幽霊に対してこうも冷静に対処できるようになるのか。発言に一切のウソがない。自分が助かりたいという魂胆が見え見えだ。


「息子を…。私の大切で…、愛する息子を…」

「あ、もしかして女性のゴーストちゃんっすか?あはは、声が天龍源一郎並みにカッスカスすぎて性別すらわかんなかったところっすよ、ガハハ。」


 もはや発言に統一感が無いな…。これが追い詰められた人間の姿か…。


「返して…」

「あー、すんません。私のような者ではあなたの息子をご用意することができなくて…。てなわけで、これでもくらえオラァ!」

「!」


 え!?

 な、なにやっちゃったの私!?


「…」

「どうっすかこれが人類が発明した文明の利器の一つ、イヤホンです!しかも、なんとワイヤレスっすよ!」

「…」

「えーと、あなたがどの年代に生きていた人か知らないですけど、今の技術はここまで進化してるんですよ!あ、ちなみにそのイヤホンに音楽を流させてるのがこの薄い板のような機械で…、スマートフォンっていうんですけど…」

「…」


 どうやら私は幽霊にの耳に向かって自分のイヤホンをぶっさすという暴挙に出たらしい。どういうこと?


「あ、ちなみに今流れてるのは演歌とかじゃなくって…、えーっとEDMのサブジャンルでHardstyleっていうのがあるんですけど…。あ、今ちょうど流れてるのはD-Block & S-te-FanのGhost Storiesですね!ちょうど幽霊がテーマの曲じゃないですか!いいっすねぇ!」

「…いいね」

「え?」

「…私が生きていたころにはこんな曲なんてなかった…。この耳につけるものと…、その薄い板、私に頂戴…?」

「え、あ…はい」

「ありがとう…。大切に使う…」

「うん…」


 えーっと。

 とりあえず自分は助かったみたいだけど…。

 その代わりスマホとイヤホンを失ってしまった。

 ま、命に比べたら安いもんか!

 多分この後家に帰ったらめちゃくちゃ怒られるんだろうなぁ…。ってどうやって今日のことを親に伝えるんだ…?

 絶対誰も信じてくれないよね…。


 とりあえず、今回のハプニングで一つ教訓を得たわけだ。

「幽霊に出会ったらイヤホンを無理やりつけさせて音楽の楽しさを分からせる」

 いや、どこで使うんだこんな教訓…。




 ちなみに、この出来事があってしばらくしてから、この山でたまに音楽フェスをやっているかのような音が真夜中に聞こえるようになった、という噂が立つようになった。あのとき出会った幽霊が周りの同類にお気に入りの音楽でも布教したのだろうか。そしてたまに音楽イベントでも開催してるんだろうか。

 もしそうなら私は、ひとつの幽霊コミュニティにブームを起こしてしまったことになるのか。

 そんな人間、世の中探しても私くらいだろうな…。

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