番外編・おまけ

【おまけ】 お菓子と悪戯、どっちがいい?

※ハロウィンの短編として書いたものです。おまけとしてこちらに再度upいたします。





「ねぇブーブ。ブーブは今年も行かないの?」


 宙クジラの渡り、サーウィン——もしくはユールの夜。

 ニンゲンの世界への扉が開くその夜は、怪物たちがめいめいの格好や目的を持って、人里へと降りていく日。

 そんな夜【HOTEL GHOST STAYS】の屋上からも、沢山のお客様たちがニンゲンの世界へと遊びに行く姿が見られます。それはまるで数多の流れ星のような光景でもありました。

 そんな夜に、ホテルのフロント番をするのはニンゲンの子であるユルと、バグベアという怪物のブーブです。この二人で番をするというのがもう当たり前に感じておりましたが、悪夢毛玉バグベアは元々ニンゲンに悪夢を見せるのが大好きで、いい夢も恐怖の感情も美味しく食べてしまう怪物です。

 どうしてせっかくの機会にニンゲンの世界に行かないのだろうと、ユルは不思議でたまりませんでした。


「我ハ、随分ト昔ニヨク行ッタモノダカラ、モウニンゲンノ夢ハイラヌノダ」

「ふぅん、そういうものなの?」


 ユルの綺麗な琥珀色の目に見つめられて、ブーブは一つしかない目玉をジトっと逸らしました。賢いブーブが目を逸らすことなんて滅多にないのですが、上品なホテルマンとは、詮索をしないもの。遠い昔に何かあったのかもしれないと、ユルはそれ以上問いかけるのはやめておきました。


「トリック・ォア・トリート」

「ドウシタノダユルヨ」

「ふふふ、だって皆いなくてつまんないじゃない? ぼくとブーブの秘密だよ」

「……」


 まだなにも答えてないし、そもそも聞いてきたのはユルの方なのですが。

 ブーブの目の前には、ユルが焼いた艶々のアップルパイがことりと置かれていました。


「マシューにはひき肉とマッシュポテトのパイにしたんだ。ブーブはりんごが好きだったよね?」

「……ユル、共ニ食ベヌカ?」

「えっ? いいの?」

「美味シイモノハ分ケッコスル、ソノ昔我ニ教エテクレタニンゲンガイタノダ」


 つい〜と、宙を滑るようにしてナイフとフォークがやってきました。

 それで丁寧に切り分け、ブーブはむぐむぐとアップルパイを頬張ります。


「……その人のこと、大好きだったの?」

「ウム、昔ノコトダ」

「そっか」


 ユルはもさもさのブーブの頭をそっと撫でました。

 彼はもうずっと前から、悪夢を見せなくなったバグベアです。ユルが小さい時には、ユルの怖い夢を食べてくれていたとマシューから聞きました。

 だからなのか——ブーブは随分と小さな姿のバグベアでした。本来見せるはずの悪夢を吸い取り、良い夢を与えるなんてこと……本当はずっとお腹が空いているんじゃないかとユルは心配になるのです。


「悪戯ヨリモ、菓子ノ方ガイイノダ……」


 大きな一つ目を細めてそう呟くブーブがゆっくりとアップルパイを食べ終わるまで、ユルはそっと彼の言葉を反芻しては見つめていたのでした。





『汝、お菓子か悪戯か』


 それは化け物たちの合言葉。

 けれども今じゃ、ほとんどの奴らがお菓子の方が好きだと言う。


 ほんとにほんと?

 そう言えば、少しだけ気まずそうに目を逸らすものも。


「いやさ、逆にだよユル。ニンゲンたちと遊んでお菓子をもらえる夜は、この日しかないんだぜ?」

「そうそう、悪戯だったら仕事とあらば年中やってるお化けや怪物だっているもの」

「っていうか、怪物だってバレずにニンゲンの中にいるのが、既に楽しくて悪戯って感じもするけどね」

「言えてるー!」


 そういうものなのか……と思いながらユルは帰り支度をします。

 宙クジラの渡りの夜、今ではマシューがユルの帰りを待っていてくれるから寂しくないのです。

 男物の従業員服はピシリとして好きだけど、帰ってから着替えるふわふわの人間用のパジャマもユルは大好きです。


「ただいま、マシュー」


 小屋の中からもれる灯りにワクワクして帰れば。疲れていたのでしょうか、マシューはテーブルにもたれて眠ってしまっていました。

 きっと一緒に食べようと用意してくれていたのでしょう、カボチャのスープとひき肉とマッシュポテトのパイが食卓には用意されたままになっていました。


「マシュー、トリック・ォア・トリート」


 小さく囁くユルの声に、大きな狼人間ヴェアヴォルフはまだ目を覚ましません。

 ふふっ、と笑うとユルはその大きな背中に抱きつきました。


「いたずらだよーっ」


 いつもありがとう、そう呟いてその灰色の頬にチュッとキスをします。


「——は?」

「あれっ、おはようマシュー。マシューは眠り姫だったかな?」


 にこりと微笑むユルに、マシューはがたんっと音を立てて飛び起きました。面白そうに、さも悪戯が成功したかのように、ユルは鉄の手袋のはまった左手を口に当ててニヤリとしています。


「ユル! お前はほんとに! 大人をからかうんじゃない……!」

「えーっ? なんで」

「なんででもだ!」


 まったく……だのなんだの呟きながら、マシューはカボチャのスープを鍋に戻して温め直しています。鍋の中でスープがウフフと笑いました。


「ねぇ、マシューはお菓子と悪戯、どっちがいい」

「菓子一択だ……!!!」

「ちぇーっ、つまんないの〜。だってアレでしょ。狼人間は人を襲って食べちゃうんでしょう?」

「誰に聞いたんだそんなこと……」

「ヴァンパイアのエレンや、ヨルもそんなこと言ってた。美女のお肉の方が美味しんでしょう?」

「……あいつらっっ」

「マシューはとってもかっこいいから、いっぱい美女が釣れそうだねー」

「いらんこと喋る前に、とっとと食器を並べなさい。あっ、こら抱きつくな!」


 二人で過ごす一年の暮れ。

 ユルは今年も大好きなマシューと共に過ごせることが、お菓子よりも何よりも幸せなのでした。

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ホテル・ゴーストステイズの見習い人 すきま讚魚 @Schwalbe343

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