第13話

 オーロラの余韻が残る明け方。怪物たちはこの暮れの日に、ニンゲンたちの世界へいたずらをしにいくのが習わしです。


 どこかの国の深い深い森の奥。【HOTEL GHOST STAYS】はそんなお客さまの滞在をくまなくサポートし、より良い一年の節目を迎えていただくのに最適なホテルです。


 今年も、笑顔でお菓子を抱えたお化けやモンスター、魔女たちが空の向こうから戻ってきました。そしてまた、新しい年がはじまるのです。





「ああ、なんてこったい。ぼくは完全に当て馬役だよ、ヘビなのに。ああつまらない、つまらないなぁ」


 大地にふて腐れたように寝そべる大蛇、ヨルムンガンドはそうひとりこぼしました。


「せっかく、ぼくのことを恐れない、神でも化け物でもない子と出逢えたっていうのにさ」


 しばらくヨルはそうして、自身の尾をがじがじと噛んでいましたが、やがてつまらなそうにホテルの裏庭を眺めます。


「おまえらしくもないね、だいぶいていたようだったけど」

「うるさいなぁ。だってユルが16さいになるまで待っていたら、きっと何もかもが変わっちゃうんだもの」

「おやおや。うちの無精な従業員が、そんなにもおまえを焦らせるほどだったとは。なんともまぁ面白いことで」


 ふぅー、とヨルは大きなため息をついて、隣に佇む灰色の狼人間ヴェアヴォルフ、このホテルの支配人オーナーをうらめしそうに見やります。


「にいさんは、やっぱりいじわるだ」

「そんなことないさ。これでも、弟がようやっとあのじめじめした地下から這い出てきてくれて、とても嬉しいんだけど」

「あっそ」


 むうと少し喉を膨らませ、ヨルは地べたにその顎を置きました。

 視線の先には、眠るユルを大切そうに抱き上げるシルバーグレイの毛色をした狼人間ヴェアヴォルフがいます。ふん、とその鼻息でマシューの毛を逆立たせて、睨みつけながらヨルは言いました。


「呪いが薄れたからって、いい気になるなよ。もしユルを泣かせたら、今度こそおまえを丸呑みにしてやるんだから」

「……そりゃ勘弁してほしいな。肝に銘じとくよ」


 マシューは心底嫌そうな顔で、そう返事をしました。


 氷の呪いを持つ手を、恐れずにマシューが繋いだとき。

 ユルはマシューのことを想い、彼の無事を祈りました。

 同じくマシューは、ユルの幸せだけを心の底から願っていたのです。


 するとどうでしょう。繋いでいた手の氷がすっかり溶けてしまったのです。ヨルはたいそう驚いて、少し悔しい気持ちになりながら地上へと戻りました。

 そんなふたりを引き離すなんて、それこそユルを悲しませるとわかったヨルには、むりやりユルを連れていくことなんてできなかったのです。


「なぁ、ヨルムンガンド……」

「ヨルでいい」

「んじゃあヨル。もしよかったら、これからもユルの話し相手になってやってくれないか?」

「はぁ?」


 不服そうな顔でヨルはマシューに向けて鎌首をもたげましたが、「せっかく友達ができたと喜んでいたから。あんたがいなくなるとユルが寂しがっちまう」とのマシューの言葉に、脱力したように舌をちらつかせました。


「ああ、やだやだ。これ以上、みじめな思いをしろっていうのかい?」

「あ、いや……」

「こんなのが恋敵だなんて、ぼくは心底いやになってしまうね」

「……は?」


「いやだね、これ以上は塩をおくるもんかい」そう言いながら、ずるずると、ヨルの身体は大地の裂け目の中へと戻りはじめました。


「お、おい!?」

「ユルに伝えておいて。いつでも地下の部屋においでよってね。狼が嫌になったらもっと大歓迎だよって」


 それだけ言うと、「じゃあね」と大ヘビはするんとその頭を大地の中に引っ込めて、それきりうんともすんとも言わなくなってしまいました。


 マシューは「ありがとな」と、眠るユルを抱えたまま、その暗い地の底に向けて静かに一礼をするのでした。





「あれれ、マシュー? みんなまで。どうしたの、もうすっかりお昼なのに」


【HOTEL GHOST STAYS】の裏庭の中。ようやっと目を覚ましたユルが静かにそう言うと、ホテルの仲間たちは大喜びで花火や、煙をもうすっかり冬の様子にかわった空へと打ち上げはじめました。


 やったぁ! やったぁ! ユルが戻ったぞ!

 ユルは仲間だ、家族なんだ。


 皆の踊る姿に、すっかり目を丸くしたユルは、びっくりして自分を抱えているマシューの胸にふれました。


「あれ……? すごい、すごいよマシュー。ぼくの腕が、冷たくないよ。すごいや、マシューはこんなにあったかいんだね!」


 嬉しくなったユルは、そのままぎゅっとマシューの首に抱きつきました。


 みんなはおや? と首をかしげます(首がないのでかしげられない子もいます)

 なんたって、ふだんなら「はなれろ」とユルをふりほどくマシューが、そのままされるがままになっていたからです。


 マシューはひとつ、ため息をついてユルに言いました。


「いいか、ユル。女の子は「ぼく」じゃなくて、「わたし」と言うんだ。何度も言わせるんじゃない……」


 ユルは返事のかわりに、もう一度ぎゅっとマシューの首に抱きつくのでした。





 ここは由緒あるホテル、【HOTEL GHOST STAYS】。

 ここにはさまざまなモンスターや幽霊ファントマ、妖精たちが日々支配人オーナーの号令のもと働いています。


 そう、ここはお化けたち専用の、ちょっと変わったホテル。

 けれどもうひとつ、変わったところがあるのです。


 しっかりとホテルマンのスーツを着て、左手に鉄の手袋をはめたニンゲンが怪物たちに混じり、てきぱきとひとり働いているんだそうです。


 時折、そのニンゲンに気づいたお客様が「なんだい、このホテルはニンゲンを雇い出したのかい?」と少し不思議で……嫌そうに聞いてくることもあるのですが。

 そうすると皆は、にこやかに口を揃えてこう答えます。


「ええそうです。ですがお客様、あの子は立派な一人前のホテルマン。そして我々【HOTEL GHOST STAYS】のファミリーなのですよ」と。





 そういえば。ユルのもうひとつの腕には、氷の冷たい呪いが手首ほどまでまだ残っておりました。


 だけど、今回のおはなしはここでおしまい。

 この呪いをユルが本当に解くことかできるのかどうかは、また別のおはなしなのです——。

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