第一話 吉法師参る!
天文九年六月二日 那古野城
「何! 吉法師はまた町に出ているのか」
「はい。複数人、町に行く吉法師様を見たと言っておりました」
一人の家臣が言った。
それを聞いた信秀は、扇を真っ二つに折り怒鳴った。
「早く吉法師を連れ戻せー」
「は、はい。今すぐに」
家臣は慌てて、吉法師のいる町に馬を走らせた。
その頃、吉法師は……
「いつ来ても、ここは良いな。飯はうまいし、沢山人も集まって賑わいをみせている。俺もこの町みたいに作れるかな」
柿を食べ歩きながら言った。
「見て、あの子って確か」
「ああ、信秀様の息子・吉法師様だ」
「まあ…… なんて格好」
町の住人が吉法師を見て言った。
無理もない。吉法師はこの町に来る時、必ず柿を食べながら来ているので、吉法師の評判は最悪だった。
また、住人たちからは「まだ、勘十郎様の方がええ」とか、「尾張を任せられるのは、信秀様だけじゃ」などの声が多かった。
「ま、あんまり気にしていないがな」
吉法師は、住人の噂に耳を向けず歩いた。五分ぐらい歩いている時、吉法師は誰かに後をつけられていることに気がつく。
「はあ〜 またか‥‥」
吉法師は大きくため息をつくと走り出した。
「こ、こら! 吉法師様お待ちなされ」
「やーだね。今日だって絶対に捕まらないよー」
そう言って吉法師は家臣の馬に乗り、駆け出した。
「お待ち下さいませ、吉法師様ー」
家臣は息を切らせながら叫んだ。
吉法師は後ろを向いた。追いかけていた家臣が、どんどん小さく見えてくる。
「どんなもんよ」
笑いながら言った。
吉法師はさらに遠くに馬を走らせた。
「ここまできたら大丈夫だな」
吉法師は、那古野城郊外の小さな村に来ていた。城下町とは違い、ここはとても静かな場所だ。
「ふう〜 ずいぶん遠くまで来てしまったな」
馬から降りて、草むらに腰掛けた。風が草むらを駆け巡り、城下町にはない風景が、吉法師の前に広がった。
「すごい、こんなにも綺麗な景色を見たのは初めてだ」
後の話になるが、この場所は〈信長が愛した場所〉として、人々に愛される。
吉法師が村に来て少し時間が経った頃……
「誰か助けて」
一人の女性が泣きながら叫んだ。村の住人は「何事じゃ」と言って、民家から出てきた。吉法師も「どうしたんだ」と、女性に声をかけた。
「娘が‥‥ 娘が‥‥」
「大丈夫。落ち着いてゆっくり話してくれ」
女性は深呼吸をして吉法師に話した。
「娘が盗賊に」
「なんだと。其方の娘が盗賊に…… 」
「娘を‥‥ 娘をどうか、助けてもらえないでしょうか‥‥」
吉法師は考えた。
(助けたいけど、助けた後どうなる? もし父上に、この事がばれてしまったら、この村の人達は…… いいや、今はそんな事を考えている場合じゃない。助けよう)
「よし、わかった。この吉法師が盗賊を倒してくる」
「本当ですか! ありがとうございます」
女性は涙を拭きながら言った。
「それで盗賊はどこに行ったんだ」
「あっちに行きました」
女性は盗賊が去って行った方向を向いた。
「盗賊はあの道を通ったのか…… そうだ、もう一つ聞きたいのだが」
「なんでしょうか?」
「あの道に何か建っていないか?」
「分かりません。村の者でさえ行ったことがなくて」
「そうか」
吉法師は再度持ち物を確認し、馬に乗った。
「わしらも何か出来ることはありませんか?」
村人達は、斧や鎌を持って言った。
「大丈夫だ。お前達は、娘が帰ってくる準備でもして待っておれ」
「そう言うのなら……」
「案ずるな。必ず連れ戻してくる。必ずだ」
そう言い残し、吉法師は盗賊が通った道を走った。
村を出発してから二十分後
「ここ本当に盗賊が通ったのか?」
周りは草が生い茂り、木が隙間なく生えている。まるで妖怪がでそうなところを、吉法師は進んでいた。
「本当に会っているのかよ」
見渡す限り、住居ひとつもない。
「もう少し奥に進んでみるか」
さらに奥まで馬を進ませた。
さらに十分後
「あれは……」
目の前にあったのは、普通の屋敷とは思えない巨大な屋敷が建っていた。
「いくらなんでも大きすぎだろ」
馬を降りながら言った。
吉法師は中の様子が気になったので、馬を柵に繋ぎ、二本の刀を持って屋敷に入った。
「お邪魔する」
そして、入って十秒も経たないうちに、吉法師は気づいた。(この屋敷は盗賊の棲家だ)と。
「……」
少し奥に入ったところに、盗賊が盗んだお金や刀、食べ物がたくさん保管されている、部屋を見つけた。
「これ全部盗んだのか」
お金を手に取りながら言った。
「後で父上に報告するか」
吉法師は立ち上がり、屋敷を捜索した。
しかしいくら他の部屋を見ても、盗賊の姿や娘の姿は見えなかった。
「おかしいな。いくら探しても人がいない。確かに気配は無いが……」
もう一回、屋敷を捜索した。
すると、ある部屋に不思議な物が壁にあるのを発見した。
「これはなんだ?」
不思議に思った吉法師。次の瞬間、
カチ
何かを押した音がした。
〝バン〟と大きな音がした後、隠し階段が出てきた。どうやら地下に行く階段らしい。
「こんな仕掛けがあるなんて。姿が見えない理由はこれか」
階段を降りていると、奥から人の声が聞こえてきた。
「しかし、良いのですか?」
「何が」
「この小娘と引き換えに、尾張の大名になれる話のことですよ」
「その事か。確かに嘘っぽい話だが、前金とし二千貫もくれた男だぜ。俺はその男に賭けてみようと思う」
「お頭がそう言うのなら」
盗賊はお酒を飲みながら言った。
その頃吉法師は、隠れて盗賊の様子を見ていた。
(数は…… 二人…… いけそうだな)
刀を抜き、盗賊に気づかれないように近づいた
(後もう少し)
四百‥ 二百‥ 少しずつ近づく。残り百になったとき、盗賊が動き出した。
「そろそろくる頃だろう。頼んだぞ」
「分かりました」
盗賊の一人が誰かを迎えに、階段の方へ行った。
(よし、今のうちに)
吉法師も動き出した。
「お覚悟! 盗賊の大将!」
「なんだ〜 ガキか」
盗賊のお頭は立ち上がり、そばにあった刀を抜いた。
「少年、この怪様の目の前に立つとはいい度胸をしている」
「娘は何処にいる」
「そんなに、あの娘を返して欲しいのか」
「ああ」
怪と名乗った男は、大きく刀を振り回し大きな声で言った。
「ならば、儂を倒してみよ。お主が儂を倒したら、娘が何処にいるのか教えてやる」
「…… わかった。お前を倒したら、絶対に教えてもらうからな」
「約束は守ろう。ではいくぞ!」
怪はものすごい勢いでやってきた。
「吉法師参る!」
吉法師も怪に向かって、刀を振りかざした。
両者の刃が交わり、火花が散った。
「ほう〜 中々な腕よ」
「そうかな」
「だが次はないぞ」
再び向かってきた。
先ほどの攻撃とは違い、怪の刃は一瞬で吉法師の右腕に入ってきた。
(まずい‥‥ 避けきれない)
グサ
「くそ……」
とっさに避けたが、刃に先が吉法師の右腕をかすった。
「今の攻撃を避けただと……」
怪は頭を抱えた。流石の怪でも「あの攻撃を避けれた者はいないぜ」と言って、笑い出した。
吉法師は、血が滲み出した右腕に応急処置をして、再び立ち上がった。
「あの攻撃は通じないぜ」
吉法師は自信満々に言った。
「それはどうかな」
怪は余裕な態度で答えた。
「じゃ、最後にさせてもらうぜ」
「よかろう」
両者は見つめ合い、再び剣を構えた。
構えてから三分ぐらい経ち、吉法師が「この一撃で仕留める」と、つぶやいた次の瞬間……
バリン
大きな音と共に両者の刀が砕け、破片が床に落ちた。
「見事…… なり……」
刀の破片が落ちた同時に、怪は床に倒れた。
「ふー 危なかった〜」
吉法師は安心したのか、力が抜け床に座った。
「さて、娘が何処にいるか教えてもらおうか」
「いいだろう」
怪は起き上がり、娘がいる部屋の場所を教えた。
「あそこの扉の奥に部屋がある。そこに娘がいる」
「本当だな」
「約束だからな……」
「そうか」
刀を納めながら言った。
「これからどうするつもりだ」
「さ〜な。考えていないよ」
怪は腕を組みながら言った。
「良かったら、私の家臣にならないか?」
「何?」
「この国には、お前みたいな強い奴が必要なんだ」
「少年…… 一体何者なんだ」
吉法師は笑みを浮かべながら怪に話した。
「私の名はただの吉法師だ」
「そうか」
怪は、外に通じている階段の方に向かった。
「行くのか?」
「ああ」
「気が向いたら、那古野城の門を叩いてみろ。必ずお前の運命を変える。私は信じている」
「ふ‥ かたじけない……」
何か言いたそうだったが、怪は階段の闇に消えていった。
(私は、必ずお前が那古野城にくることを、信じているぞ)
吉法師は微笑み、怪を見送った。
犬山城城内
「殿、失敗だそうです」
ある家臣が、焦りながら言った。
「何、失敗だと。一体誰が倒したと言うのかね」
「は。逃げてきた盗賊によりますと、相手は一人で怪を倒したとのこと」
「たかが一人で、怪を倒しただと。笑えん話だ」
「ですが本当らしいです。これを見てください」
家臣は、怪が所持していたお守りを、君主に見せてきた。
「ならば、怪を倒した野郎を捕らえて参れ」
「承知しました」
男は扇子を投げ、大きな声で言った。
「何故だ‥‥ 何故どいつも儂の邪魔をする。許さん」
その声は城中に響き渡った。
男の名は織田信清。後の織田家に、大きな影響を与えた人物となる。
「今に見ておれ」
信清はつぶやいた。
話は吉法師に変わり
「この扉でいいよな」
怪から教えてくれた通りに、娘が捕らえられている部屋の前にやってきた。
「いなかったら、承知しないぞ」
吉法師はゆっくりと扉をあけ、部屋の中に入った。
「お邪魔しま〜す」
部屋は広く、何処に誰がいるのか分からないほど、暗かった。
「誰かいるか」
とりあえず呼んでみる。しかし返事はなかった。
「まだ奥がありそうだ」
吉法師はゆっくり歩いて、部屋の奥を目指した。
何歩か歩いた時、正面に人の気配がした。吉法師は一度部屋を出て、怪が使っていたろうそくを手に取って、再び部屋に入った。
「確かここで、人の気配がしたのだが」
周囲を照らしながら探した。
「ん……」
吉法師が何かに気づき、目を凝らしてみると……
「まじか‥‥」
銀髪の少女が、吉法師の目の前に座っていたのだ。
吉法師は気づいた。
(おそらく日本中探しても、こんなに美しい人はいない)
頭の中はそれでいっぱいだった。
「だ、大丈夫か」
吉法師は手を差し伸べ、少女に話しかけた。
「あ……」
少女はとても怯えていた。
(相当怖かったのだろう。何かあるかな)
吉法師は自分の持ち物の中から、少女に渡せそうなものを探した。
「ん…… これは」
吉法師が手にしたのは、織田家の家紋が刻まれた小さな袋だった。
「こんなので良ければ……」
そっと少女の手に置いた。
「怖かっただろう。もう、大丈夫だからな」
「うん……」
少女はようやく口を開いてくれたが、手はまだ震えていた。
「其方、名は?」
「私は……」
吉法師は少女に名前を聞いた。
「
「星都奈か‥ いい名だな。私は吉法師だ。よろしくな、星都奈」
星都奈は笑顔で「うん」と、答えた。
吉法師は立ち上がり、星都奈の方を向いて再び、手を差し伸べた。
「帰ろう、其方の母の元へ」
「うん」
星都奈は吉法師の手を掴んだ。
吉法師の手を掴んだ時は、星都奈の手の震いは治まっていた。
(良かった。これでひと段落だな)
吉法師は心の中でつぶやいた。
吉法師達が屋敷から出てきた時には、夕方になっていた。
「馬は乗れるか?」
「吉法師と一緒なら」
「仕方ないな」
吉法師の前に星都奈が乗り、二人を乗せた馬は進み始めた。
屋敷を出てから十分後
「今日は、夕日がとても綺麗に見えるな」
馬を止めつぶやいた。
山に沈む太陽は、吉法師を見守るかのように沈んでいた。
「今日は疲れたな〜 明日からどうなるか…… ん?」
吉法師の腕に、星都奈の顔があたった。
「寝てしまったか…… よっぽど疲れていたんだろう。私がそばについているから、今は安心して眠るが良い」
吉法師は星都奈の寝顔を見て、再び馬を走らせた。
四十分後……
「おい! 帰ってきたぞ」
村の一人が大きな声で言った。
「本当か!」
「無事なのか!」
続々と村の住人が、外に出てきた。
「遅れてすまない」
馬から降りた吉法師は、住人の一人に星都奈を預け、今日の出来事を話した。
「なるほど。そんなことが起きていたのですね」
「二人とも無事で何よりです」
「そうだな」
住人達は吉法師の周りに集まり、吉法師の話を聞いた。
少し時間が経った頃、村の長老がやってきた。
「この度は、村の宝である星都奈を助けていただき、ありがとうございます」
長老は泣きながら吉法師にお礼を言った。
吉法師は「長老、頭を上げてください。困った時はお互いさんです」と、戸惑いながら話した。
村の住人達も「本当に助けてくれありがとう」と、感謝の気持ちを吉法師に伝えた。
また少し時間が経った時、一人の女性が泣きながら、吉法師のところへきた。
「娘は…… 娘はどこですか……」
女性は星都奈の母親だった。
吉法師は女性に近づき「娘さんは今、長老のところにいますよ」と言った。
「本当ですか!」
「本当ですよ。娘さんは無事です。今は疲れて眠っています」
「本当に…… 本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げたら良いのでしょうか」
「礼なんていいですよ。それよりも早く、娘さんの所まで行ってあげて下さい」
「はい…… ありがとうございます……」
女性は再び泣き始め、走りながら長老の家に行った。
吉法師は、女性が長老の家に入ったことを確認して、安心したのかその場に座った。
数分後……
吉法師は立ち上がり「そろそろ、帰るか」と、住人に言った。
(これ以上、ここにいたらまずいかも)
馬に乗りながら、心の中で言った。
村の住人達からは「まだ、帰らないでくださいよ」とか、「今夜はここで泊まっていきなさいな」などの声があったが、吉法師は「これを星都奈殿に渡してくれないか」と言って、手紙を村の住人の一人に渡した。
手紙を渡し終えた後、吉法師は「では、近いうちに」と言い残し、村を出た。
吉法師が少し馬を止め後ろを向くと、星都奈と星都奈の母親の姿が見えた。星都奈の手には手紙があった。吉法師は嬉しくなり「また会おうぞ」と、手を振りながら言った。星都奈もそれに応えるかのように、手を振ってくれた。
吉法師は再び前を向き走りだした。まるで、新しい時代が始まるかのように。
天下布武〜若き織田信長天下統一成し遂げる〜 神無月レイ @kannazuk68
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