天下布武〜若き織田信長天下統一成し遂げる〜

神無月レイ

第0話 信長の誕生と尾張の危機

 時は戦乱の世。争いが起こるごとに多くの民が苦しむ。争いのない世の中をつくるには、誰かが国を統一したければならない。誰もが争わない国を目指した男……その男こそ織田信長だ。


天文三年五月十二日

 織田信長は、織田信秀と土田御前の間に産まれた。名は吉法師。

彼は後に、天下に名を轟かせる大名になる。


「信秀様、おめでとう御座います。男の子ですぞ」

「そうか、男の子が産まれたか。よし決めた、吉法師と名付けよう」

「良い名ですな」


 信秀の家臣たちは大喜びだ。だが他の織田家に使える家臣は、信秀の家臣を睨みつけた。

 今の尾張は、非常に緊張感のある事態が続いていた。尾張の守護の力は衰え、守護代である織田家も分裂し、尾張の支配を巡って争いがあった。いつ他の国に攻められてもおかしくない、そんな状況が続いていた。

 そんな中でも織田家の中で勢力を持っていたのは、信長の父・信秀なのだ。


信秀の本拠地 勝幡城


「ここから見る景色は最高じゃのう〜」


 信秀は外に出て勝幡城の周りを見渡した。

 眺めていると、信秀の家臣・長沢景時がやってきた。


「殿、犬山城付近にて盗賊に襲われたとの報告を受けました」

「またか、吉法師が産まれたのに、今日ぐらい休ましてくれんかのう」


 信秀は頭をかいた。最近はよく盗賊が出るので、報告を受ける度に部隊を派遣していた。

 

「人数は」

「およそ30ぐらいです」

「ならば、すぐに討伐してこい。指揮はお前に任せる」

「御意」


 景時は急いで討伐の支度をし、勝幡城を出た。

 数十分が経ち、景時が討伐騎馬隊60騎を連れ犬山城まで来ていた。


「とまれー これより、盗賊の討伐を行う。十人一組で、犬山城周辺を探ってくれ。発見次第合図してくれ」

「「「「「はい!」」」」」


 織田討伐騎馬隊は景時の指揮の元、十人一組で指定された場所を捜索した。


景時本討伐騎馬隊


「景時様、何故殿は犬山城から、討伐隊を派遣しないでしょうか」

「それは、美濃国と尾張国の国境付近に犬山城があるから、犬山城内にいる兵を、できるだけ割きたくないんだと思う。だから、我々が派遣されたんだ」

「なるほど」


 他の騎馬隊の人も納得し、捜索を再開した。捜索を開始して30分後


 「いたぞー」


 第三討伐騎馬隊の桑崎吉永が声をあげ、一瞬にして討伐された。


「今日も簡単な討伐でしたね」

「そうだな。だがあまり気を許すなよ。いつ、美濃と戦になるか分からないからな」

「そうですね。今は吉法師様も産まれたことですし」


 景時率いる討伐騎馬隊は、勝幡城へ帰還していった。


「殿、只今戻りました」

「討伐ご苦労だった、景時」


 信秀は膝を叩いて景時を迎えた。


「殿、一つよろしいでしょうか」


 景時は前に出て信秀に、今日の討伐で疑問に思ったことを伝えた。


「申せ」

「は。実は今日の討伐した盗賊の中に、怪しい人物がいました」

「誰だ」

「美濃の家紋〈二頭立波〉が刻まれた鞘を持った、盗賊がいたのです」

「なんだと」


 信秀は眉間にしわを寄せた。


「美濃のマムシの手の者が盗賊の中に混じっていたか……」

「どうされましたか」

「いや何でもない」


(まさか……な)


「景時、今日のところは下がって良い。報告ご苦労だった」

「は。失礼」


 景時は一度頭を下げ、襖の向こうへ行った。

 しばらくして信秀は立ち上がり、吉法師のもとへ向かった。



土田御前の館


「お帰りなさい。ほら吉法師、父様ですぞ」


 土田御前は信秀に吉法師を見せた。


「うむ、だだいま。吉法師今帰って来たぞ〜」

「あーー あーー」

「可愛いのう」


 信秀は吉法師の手を握った。


「今日も盗賊が出たのですか?」

「ああ。しかし、今日の盗賊は少し違ったらしい」

「何が違ったのですか」

「美濃の手の者が紛れていたらしい」

「なんと……」


 土田御前は驚いた。


「殿、また美濃と戦になるのでしょうか。せめて、この子が大きくなるまでは」

「すまない。子供達には申し訳ないが、近いうちに美濃と一戦交えるかもしれない」

「……」


 土田御前は息を呑んだ。

 察した信秀は立ち上がり、


「今日産まれたばっかりなのに、突然押し掛けてすまない。邪魔した」

「いえ」


 本丸へ帰っていった。


二日後‥‥


「と‥殿、大変です!」

「そんなに慌ててどうした」


 家臣の一人である、嶋田笹郎が走って信秀にある事を知らせにきた。


「は。美濃の国境付近の織田軍が、およそ1800ぐらいの美濃の兵を目撃したとの事です。」

「なに、1800だと」


 景時は大きな声で言った。


「何故そのような数が集まる。美濃は全軍で攻めて来たと言うのか」

「ついに尾張も終わりなのか」


 信秀の家臣は慌てだした。その時信秀は手を叩き、


「ならば、美濃に我々の力を見せつけてやろうではないか」

「ですが殿。今の兵力は集めても900しかありません」

「数が足らなければ、戦法で勝てば良いではないか。見よ」


 信秀は笑い、地図を見せてきた。


「尾張の地形を誰よりも知っている我々だ。弱音を吐いている場合ではないぞ」

「その通りですね。今は目の前の敵を倒しましょう」

「景時様が言うなら……」

「よし、皆の意見を聞こうか」


 こうして、作戦会議が始まった。2時間ぐらい会議が続き、ようやく作戦が決まった。信秀達が作戦を決めた頃は、朝方になってた。


出陣前


「皆の衆、準備は整ったか」

「「「「はい!」」」」


 信秀は、愛刀の〈景光かげみつ〉を抜き声を出した。


「敵は美濃軍。全軍出陣!」

「「「「おーー」」」」


 信秀率いる織田軍約1000は、侵攻中である美濃軍の迎撃にむかった。



美濃軍本陣 小牧山


「殿、流石です。小牧山に陣をとり、そこから織田軍を迎え撃つ。それに、周囲は平地であるため織田軍の動きがよく分かりますね」

「そのとうりだ」


 美濃のマムシこと斎藤道三は、少し笑いながら言った。

 ここ小牧山は、山頂に続く道は一本しかなく、幅も狭い。おまけに平地の真ん中にあるため、麓がよく見えるので、敵が来たらすぐに攻撃でき。そのため小牧山に陣を張った美濃軍は、この戦に勝てる確率は高かった。

 ここで余談だが、ここ小牧山は永禄三年に信長によって、城が建てられ〈小牧山城〉と名付けられた。


「向こうの総大将は〈尾張の獣〉織田信秀だ。気を抜いてはならぬ。各自、警戒体制」

「は!」


 美濃軍は織田軍を迎え撃つ準備を始めていた。

 その頃、織田軍は‥‥


「まもなく、美濃軍が陣を張ったと思われる、小牧山の麓に着きます」

「うむ」

「殿、本当にあの作戦でいいのでしょうか」

「構わない」


 家臣が言っていたあの作戦とは…… それは〈織田軍五分割包囲網おだぐんごぶんかつほういもう〉作戦なのだ。ざっと説明すると、小牧山を五分割した織田軍で包囲し、一気に攻める。なんと無茶苦茶な作戦を、今から始めようとしているのだ。しかも、正面から突撃するのは、信秀のいる織田軍の本隊。正直この戦に勝てる確率は、非常に低かった。


織田軍本隊

 織田軍は小牧山から弓が届かない場所に陣を張った。しばらくして、各隊の使者が織田軍本隊にきた。


「信秀様、各隊配置につきました。いつでも攻められます」

「承知した。狼煙のろしの合図を待て」

「は!」


 各隊の使者は急いで戻っていった。両者の緊張が高まる中、戦は刻一刻と近づいてきた。

 そしてついに、織田軍の狼煙を境に、美濃と尾張と戦〈小牧山の戦い〉が始まった。


「全織田軍、進めーー!」

「うおーー」


「美濃軍、敵を引きつけて撃て!」

「はーー!」


 美濃軍は小牧山から弓を撃ってきた。対して織田軍は、騎馬隊および歩兵隊で小牧山にいる美濃軍を攻撃した。


 戦いは昼になっても続いた。時間が経つにつれ、両者の兵が削れていった。


 

「信秀様、このままだと我々の負けになってしまいますぞ」

「殿、ご決断を」


 家臣達は、一刻も早く信秀の次の指示が欲しかった。信秀は腕を組みこう言った。


「このまま攻撃を続けろ」

「「「「!!!!」」」」


 家臣達はその言葉に驚いた事であろう。「尾張もこれで終わりか」と言う者もいれば、「勘弁してくださいよ殿」と言う者もいた。だが信秀は、「今ここで辛抱したら必ず勝てる」と言って、家臣達の言葉に耳を貸さなかった。

 その言葉どうり、この後事態は大きく変わる。

 

 動きがあったのは、道三のいる美濃の本陣だった。


「道三様、急いで美濃にお戻りください」

「なぜだ!」

「実は、奥方様が……」

「なんだと」


 道三は立ち上がった。


「道三様、どうされましたか?」


 美濃三人衆の一人である、安藤守就が言った。


「‥‥ 皆の衆よく聞け、これより我が軍は撤退を開始する」


 周りにいた者全員が驚いた様子だ。

 道三は扇を開き、口を開かせた。


「皆の気持ちはよく分かる。しかし今ここで死んだら、これからの美濃はどうなる? これからの美濃を守れるのは君達だ。生きろ。ここで死ぬな! 今は撤退の事だけを考えろ」

「「「「……」」」」


 周りの兵士たちは黙り込んだ。しかし次の瞬間、一斉に声を上げた。


「「「「うおーー おーー」」」」

「帰りましょう、道三様」

「私たちはどこまでもお供します」


 道三ほ微笑み、馬に乗った。


「帰るぞ、お前達! わしについて来い。今から山を下る!」

「「「「おーーーー」」」」


 道三を先頭におよそ1200の兵士が、一斉に山を下った。下る美濃軍に対して対抗した織田軍だったが、美濃の圧力に押され陣形が乱れはじめた。


「殿、申し上げます! 美濃の部隊が、ものすごい勢いで山を下っているそうです」

「数は?」

「およそ1200」

「1200で山を下るだと。不可能に決まっている」


 景時が笑いながら言った。それにつられ、他の家臣も笑った。無理もない。ここにいる誰もが「下るなんて不可能」と思っているからだ。

 だが次の言葉で、家臣達は笑わなくなった。


「実は‥‥ 前線部隊の陣形が乱れています」

「「「「????」」」」

「どう言うことだ」

「そんなはずはない」


 家臣達は口を揃えていった。

 しかし、信秀だけ面白そうに言った。


「ほう、それは面白い。先頭にいるのは道三本人だな」

「そうなのですか」


 景時は疑問そうにいった。


「ああ間違いない。あれが本隊だ」

「では一気に攻めましょうぞ」

「そうだ」

「殿、ご命令を」


 家臣達はやる気満々らしい。


「……」


 信秀は少し考え、立ち上がった。


「いや、このまま我々も撤退する」

「「「「はい?」」」」


 家臣達のやる気はこの言葉により、冷めてしまった。


「何故です。このまま攻めれば確実に、美濃軍を迎撃できるのですぞ」


 信秀の家臣の一人である、笠木義龍が言った。


「いいかお前達! 斎藤道三や美濃の兵士は逃げたのではない! 我々に勝利を譲ってくれたのだ。勝利を譲ってくれた相手に、なぜ攻撃しなければならない。譲ってくれた相手に攻撃しないこそ、敬意を払うということだ」

「「「「‥‥」」」」


 あるものは涙を流し、あるものは下を向いた。信秀の言葉は、その場にいた者全員の心に響き渡った。


「殿、貴方様のお言葉よく響きました。この笠木義龍承知しました。撤退を開始します」


 義龍は狼煙で前線の部隊に撤退の合図をした。


「私も何かすることはないでしょうか」

「拙者も何か出来ることは」


 義龍が動いた後、他の家臣も撤退にむけて準備を開始した。

 織田軍の撤退が始まると、美濃軍は攻撃をやめ撤退を再開した。


「道三様、全軍撤退完了しました」

「うむ。ご苦労だった」

「どうされましたか?」

「いや、なんでもない。帰るぞ」

「は!」


 道三は美濃へと帰っていった。


「殿、織田全軍撤退の準備完了しました」

「そうか」

「どうかいたしましたか?」


 信秀は撤退する美濃軍を見つめて思った。

(マムシならいつか手を取り合えるかも)

この願いがのちに実現するが、まだ先の話。


「いや何でもない。では皆の衆、撤退だ」

「「「「は!」」」」


 織田軍も小牧山を後にし撤退した。

 今回の尾張の危機は、両者の撤退により回避されたが、まだまだ大きな危機はいずれやってくる。信秀は脚を叩いて、尾張の勝幡城へ向かった。



小牧山の戦いから六年後 天文九年六月一日


「若〜 どこに行ったのですか」


 老いた一人の男性が誰かを探していた。


「爺、私はここだぞ」


 一人の少年が庭園で寝転びながら言った。


「探しましたぞ、若」

「すまない、気持ちよくてな。ついつい寝てしまった」

「あんまり驚かさないで下さい」

「今度から気をつけるよ」


 少年は起き上がり、爺の元へ駆けよった。


「爺、馬の準備は出来ているだろうな」

「はい‥‥ ですが良いのですか? また街に出ると、信秀様に怒られますよ」


 少年は笑いながらこう言った。


「構わないさ。この吉法師、覚悟はできているよ」

「その覚悟をもっと良いことに使ってくださいな」


 爺はため息もついた。


「じゃ、夕方には戻ってくるよ」

「待ってください〜」


 爺の言葉を気に求めず、吉法師は街に出た。吉法師は馬を走らせながら、大きな声で言った。


「いつか必ず、天下を統一してやる」


 とても九歳とは思えない発言をした。

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