第八話 文化祭の出し物 その三

 背中までの長さの艷やかな黒いロングヘアーに、白のフリルのカチューシャ。

 長袖に、スカート丈がひざ下まである黒のワンピース。

 長めのスカート丈が、百七十センチメートル台である〝彼女〟のスラリとした身長に良く映えている。

 スカートの裾からは黒タイツの足が覗いている。

 真っ白な袖元。

 その上から大きなフリルのウエストに大きなリボンが結ばれた真っ白なエプロン。

  真っ白の衿を飾る胸元の黒のリボンが特徴で、正統派かつエレガントな雰囲気のメイド服。

 色白肌に夕暮れ時の空を映し出したような青紫色の瞳。

 まつげが長く、切れ長の二重の目元はどこか哀愁をたたえているところが、どこか危なっかしい雰囲気を生み出している。

 その美女の正体は、言うまでもなかった。


「……静藍……」

「……ま……茉莉さん……」


 茉莉を見つけた静藍は頬どころか耳まで赤らめている。その恥じらうさまは、天女が霞むレベルの美しさだ。清楚で禁欲的な色気に初々しさが入り混じり、見ているこちらの方が逆に恥ずかしくなってくる。


「おねーさんとっても綺麗だよ!! こっち向いて! 恥ずかしがらずにほらぁにっこり笑って!!」

「『お帰りなさいませ、御主人様』って言って欲しいな~」


 しかも引く手あまたである。今日の彼は男女問わず大人気のようだ。優美の読みは大当たりである。


「きゃ~!! 静藍せんぱぁ〜い!! 綺麗〜めっちゃ可愛い!! 握手して下さぁい!! あ! あ! 一緒に写真もぉ!!」

「やべぇ……先輩……マジっすか……!? 破壊力半端ねぇっすけど!!」

「あり得ない……女子がメイドコスするより美人度高いだなんて……」


 スマホ片手に甘ったるい黄色い声を上げて駆け寄って来たのは、新聞部後輩の一年生である桜坂愛梨だった。両耳に小さなピアスを付けた茶髪のゆるふわロングヘアの彼女は、大きな目をきらきら輝かせている。その背後にいる彼女のクラスメイト兼同じ部員である虎倉左京と鷹松右京は顔を真っ赤にしていた。二人は正視出来ず、目を左右に泳がせている。


「あ〜茉莉先輩もみぃつけた!! 先輩も一緒に一緒に!! 茉莉先輩も超カッコイイ!! お二人のコーディネートは優美先輩でしょぉ? 超お似合いのメイドと執事!! ツーショット写真も撮らせて下さぁい!!」

「あ……愛梨ちゃん落ち着いて……!! 私達逃げないから……」

「これが落ち着いていられますか!! この喫茶大行列の大人気で、三十分待ちで今やっと入れたんですから!! 」


 (マジか――――っっっ!? )


 愛梨は茉莉に抱きついて狂喜乱舞状態だ。興奮しすぎて鼻血を出されないかが大変心配である。彼女はそう簡単に解放してくれなさそうだ。高校生がする模擬店で三十分待ちって一体……と、つい白目を剥きたくなった。


「……取り敢えず、交代時間まで頑張りましょうか、茉莉さん」

「……そ……そうね」

「茉莉さんの執事服も素敵でとっても格好いいですよ。大変良く似合っていると、僕も思います」


 百六十センチメートルに少し届かない自分が、百七十センチメートル超えの長身美人から見下されるような姿勢で言われるには、違和感あり過ぎなセリフだ。


「……ありがと。静藍も、凄く綺麗だよ」


 何か言うこと言われることあべこべな気がするが、新鮮だからたまには良いかと割り切った。


 ※ ※ ※

 

 午後担当のクラスメイト達と交代引き継ぎが終わり、茉莉達は揉みくちゃにされそうな中、何とか教室から這い出るように出て、急いで空いている隣の教室へと飛び込んだ。そこは偶然無人だったので、二人はようやく胸をなでおろした。


「ひ~っ一体何なのよぉ。たかだか生徒のやるお遊びじゃない。それなのにこの熱気は異常すぎる!!」

「お祭りだから皆さんどこかネジが飛んでいってるのかもしれませんね。午後は少しは落ち着くと良いですけど」


 と、大反響の大元である静藍はやれやれとハンカチで額の汗を軽く押さえるように拭っていた。


「このままあちこち回るのも面白いかなと一瞬思ったのですが、文字通り身動き出来なさそうですね。着替えますか」

「……うん、そうね」

「念のためと思って、これを持って来て正解でしたよ。今日の午後は〝昔の僕〟に戻っておきます」


 そう言った彼は、ポケットから黒縁眼鏡を取り出した。十二歳の時からずっと使っていて、彼のトレードマークとも言えるものだった。かつて吸血鬼達によって、仲間を蘇らせる為の「器」として自分の身体を狙われた静藍は、十二歳の時に襲われて術を掛けられて以来、もう一つの「人格」を体内に宿すことになった。十七歳の誕生日を迎えるまでに、術を解くか人間の生き血を啜るかしなければ、死ぬ運命にあったのだ。

 そんな事件も、茉莉を含めた新聞部メンバーの助けもあって八月頭で無事に解決し、静藍は自分自身の人生を取り戻すことが出来た。視力が戻りすっかり不要となったため、眼鏡自体を見るのは本当に久し振りである。


「え? メイクは落とすし、いつもの格好であれば良いだけじゃない?」

「例えウィッグをとっても顔はそのままですからね。校内とは言え、優美さんがせっかくお膳立てしてくれた茉莉さんとの時間を、誰にも邪魔されたくないですから」

「……静藍ったら……」

「因みにこれ伊達眼鏡なので、今の僕が掛けても差し支えないから大丈夫ですよ」


 さらりと流れ出た静藍の本音に茉莉は何だかくすぐったくて、くしゃみが出そうになった。しかしそこで茉莉はふと我に返った。ただでさえ静藍の瞳は周囲を奪うほどの美しい輝きを持っている。彼と一緒に歩いていると、男女問わず通り過ぎざま二度見されることが多い。彼自身が自衛のために眼鏡を掛けておく方が正解だと思った。


「僕はメイクを落とさないといけないので少し時間がかかるだろうから、少しお待たせするかもしれません」


 あれこれ思考していた茉莉は更に現実に引き戻された。彼は普段メイクとは無縁の男子だ。茉莉から借りたクレンジングがあるとは言え、洋服的にも色々時間がかかるだろう。


「慌てなくても別に大丈夫だよ。待ってるから」

「そろそろお昼ご飯の時間ですし、最初は縁日メニューをやってるクラスの方に行きましょうか。何を食べたいか、考えてて下さい」


 そう言った彼は、着替えスペースになっているパーテーションの奥へと姿を消した。


 その教室からそっと抜け出した茉莉は制服が入った紙袋を片手に一旦新聞部の部室へと向かうことにした。急いで着替えてすぐ戻るつもりだが、何かあったらLINEに連絡を寄越すよう言ってるから大丈夫だろう。


 (あと四時間あるな。どこを回ろうかな……確かフランクフルトやってところあったよね)


 季節は十月になったばかり。静藍とのやり取りは八月過ぎてからと、まだまだ始まって間もない。

 二人で色んなことをして、出来るだけ一緒の時を過ごしたい――彼も同じ気持ちのようで、胸の温まる想いがした茉莉だった。


――完――

 

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炎のトワイライト・アイ〜外伝〜 蒼河颯人 @hayato_sm

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