第14話 岸駄

 数週間後の魔王城、魔王の間にて。


「魔王様、こちらが新たに建設される予定の施設の許可書です。サインの方をお願いします」


「うむ」


 バトラーに渡された資料に目を通す魔王の姿があった。


 平和な日々が続いていた。


 金剛仁による金品窃盗や食い逃げ、女性魔族へのセクハラなどなど、数えればキリがない悪行がなくなり、文字通りの平和な日々が続いていた……のだが、その平和は一瞬で崩れ去る。


 ダダダダダッ! と部屋にお駆け込んで来た兵士が肩で息をしながら声を張り上げる。


「しっ、失礼します! 魔王様! ヤツが……ヤツが現れました!」


 次の瞬間、巨大な音と共に扉が破壊されると同時に大量の砂埃が舞った。その勢いにより、兵士は短い悲鳴を上げながら遥か後方へと吹き飛ばされる。


 壊れた扉の先には、誰かが立っているのであろう、人影が逆光で見えた。


 セバスは魔王を守るように前に出ると、その凍てつくような鋭い眼光を人影へと向けた。


「どちら様でしょうか? 魔王城に何用でありましょうか?」


 セバスの警戒する声をまるで嘲笑うかのように、俺は答える。


「どちら様……か。そんな記憶力でよく執事兼魔王補佐ができるものだな、バトラー」


「──ッ! あなたは! いえ、でも気配が全く違う⁉」


「俺は俺だ、変わることはない。あんたなら分かるだろう? 魔王」


 魔王はスゥ―と線のように細めた視線を、砂煙を纏う俺に向ける。


「コンゴウ……ジン!」


「戻ってきたぜ、魔王。共に世界を救うぞ」




 客間に通された俺は、テーブルを挟んで対面する魔王に全てを話した。


 俺の夢。俺の原点。俺の故郷である『日本を救いたい』という願い。


 数時間の説明が終わり、魔王は茶を啜る。そして一言。


「当たり前のことだ」


「…………」


 まるで興味を示さなかった。


 まあ、途中から魔王の反応が明らかに薄くなっていたから、予想できた回答ではあった。


 魔王は続ける。


「この世界の国のルールは権力を持つ王族や貴族が決めている。増税をするのも、その税を何に使うのかも、全て権力者が決める。


 貴様の国の政治家とやらは、王族や貴族となんら変わらん」


「そこまで理解できているのならば助かる。つまり、王を取れば簡単だ」


 優雅に茶を啜る魔王に向けて、俺は宣言する。


「俺は岸駄きしだを殺す!!」


「…………」


「ヤツこそ諸悪の根源。宇宙誕生から膨張を越えた先に存在する崩壊まで、全てのマルチバースを含め、森羅万象の災いはこの男から発せられる邪悪で醜悪、改悪のオーラによってもたらされる副作用に過ぎない。


 厄災の化身にして増税の権化、260万の持ち逃げ息子を持つ老害。自国民を愛さず、他国に無償で資金援助することによって他国の評価だけは高い強欲な魔人。国民の血税を啜りつくさんとするヒル人間。


 ヤツの息子が良い例だ。ヤツの一族がいる限り、日本の少子高齢化は止まることを知らず、日本人は近い将来滅びる運命にある。


 俺はそんな運命に立ち向かう! だから魔王、俺に力をかしてくれ。日本を救う為に、共に世界を渡ってくれ!」


 俺の熱弁に構わず、優雅に茶を啜る魔王は一拍置いて、


「貴様自身が政治家になるのが夢ではなかったのか?」


 子供の頃の俺は無知だった。


「俺の夢は日本を救うことだ。過程は重要ではない。それに、政治家になるということは、岸駄の傘下に入るということ。


 ヤツは国のトップだ。権力では敵わないし、歯向かった人間はすぐに社会的に抹消される。


 一生、牢屋生活だったらマシな方だ。裏社会の人間と取引をして、傘下の人間を証拠を残すことなく消し去るなど、ヤツにとっては造作もない」


「なるほどな……」


 少し考えるような素振りを見せた魔王は、


「やはり、無理だな」


 否定を続ける。


「……理由を聞こう」


「第一、どうやって世界の壁を越える? 壁を越える、と言うのは簡単だが、物質的にそこにあるものではなく、これはただの表現だ。そんな技術はこの世界に存在しない」


 じゃあ、何で俺はこの世界にいる?


「俺がこの世界に召喚されたのなら、その逆だって可能なはずだ」


 付け足す、と魔王は答える。


「正確には、可能かもしれないだ。異世界召喚が成功したとしても、それを確かめる術をこの世界は持たない」


「ならば、一度異世界に召喚した後に、また同じ対象をこっちの世界に召喚すれば、本当に成功したかどうか判明するじゃないか」


「貴様は知らないと思うが、異世界召喚にはそれ相応のコストが掛かる。そう何度も乱用することは出来ない」


「ならば、そのコストを教えろ。俺が用意する」


「国家機密だ。それを教えられる程、我は貴様を信用していない。今までの行いを悔いるのだな」


 確かに、冷静になれば少し羽目を外し過ぎたかもしれない。異世界に来たのだから、コレくらいなら許されるだろうと、自分を甘えさせていたことは事実だ。


 こんなファンタジーな何でもありの世界でも、俺には過去を変える力はない。ならば、俺は未来に賭ける。


「ならば、お前の信頼を勝ち取ろう。お前の信頼を勝ち取る為に、お前の傘下に入り働こう」


「要らん」


「……俺、強いぞ」


「強いヤツなら魔王軍にいくらでもいる」


「……俺、悪いぞ」


「そもそも魔族は悪ではない。只人が好ましく思わない亜人種をそう呼び始めただけだ」


「…………」


「バトラー、お客様のお帰りだ。外まで送ってやれ」


「かしこまりました」

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弱小俳優 異世界にて変身ヒーローデビューを果たす。 唐揚げ @Yuto3277

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