秘密結社は終末を迎え

甘衣君彩@小説家志望

秘密結社は終末を迎え

そりゃ誰だってさ、

ずっと同じ場所に留まっている事を良しとしない。前に進みたい、古い場所から飛び出して新しい場所に進みたい。それが常だ。


ただ俺だけが、


ーーまだここで待ってるんだ。



ーーー


「アカシさん?」

誰かが俺の顔を覗いてきた。

「ん、あぁ……わりぃ」

「最近ずっとそんな感じだよ、大丈夫なの?」

制服姿の少女が、俺の顔を覗き込んでいる。俺はちんけなプレハブ小屋の入口付近に置いてある古い椅子に座っていた。背もたれから背中を離すと、ギィという掠れた音が辺りに響く。

「大丈夫だ。カリナ、今日は? 」

「今言ったじゃん、町内を聴き込み調査だよ」

「おう、分かった」

俺は短く返事をし、それからわちゃわちゃと話している他の奴らを見てふっと微笑んだ。

「雨降るから気をつけろよ」

「アカシさん行かないの!? 」

「見張り当番だ」

「あ、そっか! ごめん! 」

「お前明後日だぞ、忘れるなよ」

カリナはうんっと頷くと、みんなの方に駆けていく。俺はため息をついた。大丈夫だろうか。



秘密結社matteruyo。

様々な年代の奴らが集い、とある悪の組織と戦うために秘密裏に動いている。と言っても、そんな大袈裟な活動では無い。実際はずっと聞き込みをしたり、たまに殴り込みに行ったりするだけだ。勿論楽しい。俺は、この秘密結社が好きだ。好きなのに、今はただ辞めたいとだけ思っている。

誰もいなくなったこの場所で……まぁ表は何人かが守ってはいるが……小さく、誰にもわからないように呟いた。

「そうなんだ、誰も悪くねえんだ」

この秘密結社はもう終末だ。そろそろ崩壊する、俺にはそれがよくわかる。根拠?ねぇよ、唯の感だ。昔のみんながいないから、なんて子供みたいなことは言わねえ。ただ、それ以外の理由はよく分からないでいる。



「……お」

暫くして、俺は床に何かが落ちていることに気づく。力なく椅子から立ち上がると、ゆっくりと確認しに向かう。

「ネクタイピンじゃねえか」

しゃがみこみ、その小さな金属片を拾った。確かにそれは、ネクタイピンだった。リボンのようなアクセサリーのついたものだ。

拾おうとしたその時、後ろから視線を感じた。

「!? 」

振り返ると、そこに居たのはーー



【……この秘密結社も、そろそろ終わりか】



「……オウジ」

“侵入者”だった。俺はへっと笑い、引きつっていた頬を元に戻す。心臓は正直で、沸騰しかけた血をものすごい速さで体内に送る。

「なんだ? 嘲笑いに来たか? 」

【逢いに来ただけだよ、アカシ】

オウジは何を言ってもキザのように聞こえる声を存分に発揮しながら微笑する。嘲笑いではなく聖人のような微笑みだ。悪の組織の新幹部、らしくもない。

「表のやつは倒して来たのか」

【まさか。僕らが秘密の入り口を知らないはずがないじゃないか】

オウジがこちらに歩いてこようとするのを、俺は腕で制止した。

「お前の言いたいことは分かってる。俺はそれには乗れない」

【うん、そう言うと思った】

オウジは微笑みを絶やさずに続ける。

【昨日、ミロンが来てね。マナカと一緒に歓迎会を開いたんだ】

俺は目を見開いた。オウジがこの組織を抜けて、マナカが後を追うように飛び出して行ってからもずっとここに残っていたミロンが……あいつは俺より先に引退して田舎に引きこもっていたはずだった。嘘か?いや、本当だ。オウジは簡単に嘘をつく奴じゃない。

【楽しかったよ。マナカがケーキを焼いて、新幹部全員に配ったんだ。悪(ワル)だから、ケーキを食べたあとに焼肉を食べる。ミロンが頑なに嫌がるものだから、みんなで大笑いしたよ。俺達がかつて思っていたのとは大違いさ。組織としての体制も整ってるし、上に登り詰めれば外に出て何かを破壊することもそうそうなくなる。最高の組織だよ、あそこは】

オウジの目が、俺の目と合った。自信に満ち溢れ、惹き込まれる目をしている。ずっと見ていると、近づきたくなる。

【ここまで幸せな生活、もうここでは手に入らないよ。な、アカシ。若い子達のノリにはもう着いて行けなくなってるだろ?それに、君自身何のために戦っているのか分からないんじゃないのか。ここにかつての僕達はいない。だから、僕らの組織でやり直さないか】

「…………」

手を開き、握る。もう外でバチバチ闘っていた頃の強さはない。そして、こいつの力は未知数だ。俺は、目を細めた。今度はオウジが少し目を開く。

「盟友」

この呼び方は、若い頃の……あの頃、戦地で強がっていても震えていたオウジに向かって語りかける為の言葉だった。次の言葉が、喉から出かかった。

ーーずっと待ってた。

だが、その言葉はゆっくりと飲み込む。俺は今にも肺から飛び出してきそうな言葉を抑えながらも、表面にでないようにして続ける。

「悪の組織としてじゃなく、『盟友』として答えてくれ。“簡単に信念を曲げたようなやつと仲間でいて楽しいか?”」

オウジが口を開いたのに気づきながらも、俺は出そうとした声に被せる。

「俺は、最後までここを裏切らない。廃れるのも、荒廃するのも分かってる。俺にまた取り戻すほどの気力がないのも知ってる。だがーー俺達がかつて守っていた組織を、俺達が語り合った信念を、裏切ることだけは絶対にできない」

オウジは口も目も開いたままだった。瞳が揺れ動いている。

【き、君は……アカシ、君はそれでいいのかい?】

俺は背を向けた。

「悪いな。3人とも、ずっと元気でいてくれ」

名残惜しいが、これ以上話しても無駄だ。俺は大きく息を吸い、たった今捨てたであろう何かと一緒に吐き出した。

「侵入者だー!!!! 」


ーーー


あれから3ヶ月が経ち、

秘密結社は遂にその時を終えた。

小競り合いが大喧嘩に発展し、乱立された派閥はそれぞれを削りあっていた。そして今日、遂にリーダーが解散を言い渡したのだった。

「……ぐすっ……うう……」

俺たちが夢を語り合った建物は、今はもうただのプレハブ小屋でしか無かった。プレハブ小屋の前で、カリナがしゃがみこんで泣いている。

「カリナ」

俺は、カリナの背に声を掛ける。分かっている。昨日まであった居場所が、急に無くなったことを憂いているのだ。かつての俺がそうだったように。もう、好き勝手に離散していった仲間を待つ場所さえ無くなってしまった。

「……」

ポケットに入れた手に感触がある。ネクタイピンを取り出す。あの日のきっかけ、であるかどうかは分からない。

「これ、お前のか」

カリナがしゃがんだまま振り返る。涙がいくつもの線となって頬を伝っている。

「……いらない……っ」

後悔の印だとするならば、捨てた方がいい。


正直俺は、あの日のことを後悔していた。オウジに誘われたあの時、本当はこう言うべきだった。

ーーずっと待ってた。俺も連れて行ってくれ。

あの時、我慢しきれていなければ、飲み込んだ言葉をそのまま出していれば。今頃、マナカやミロン、オウジと一緒に次の夢について語り合っていたかもしれない。悪の組織を成長させ、数多の正義に立ち向かう。それも、ロマンがあって楽しいことだろう。

だが、俺は結局心のどこかで、あいつらが許せなかった。一欠片残っていた正義と、これまで培ってきたものは遂に手放すことができなかった。もしこのままあの組織に入ったならば、俺があいつらを裏切ったかもしれない。だから、俺は……俺は。


大きく振りかぶり、ネクタイピンを投げた。カツン、と音がしたっきり、また場は静まり返る。


「おい、カリナ」

俺はネクタイピンの落ちていった方向をぼんやりとみているカリナに語りかける。

「そりゃ誰だってさ、ずっと同じ場所に留まっている事を良しとしない。前に進みたい、古い場所から飛び出して新しい場所に進みたい。それが常だ」

「うん」

「お前が先に進みたいなら、俺は止めはしない。ただ、俺はもう引退して田舎に引き篭ろうと思う。俺には……あの日々があった事だけで、もう十分だ」

カリナがゆっくりと立ち上がった。そして、

振り返ってプレハブ小屋を見る。

「……私は」

これから、また別の秘密結社で働くのか。ここを再建して俺のように仲間を待ち続けるのか。こいつは、そうはならない気がする。まだ若い。踏み出そうとすれば、意外と簡単に先に進めるはずだ。プレハブ小屋をしっかりと見つめ、拳を握り締めるカリナを見ながら、俺はふっと微笑んだ。


ただ俺は……俺だけは、古いものに固執し、留まり続けるだろう。俺にとっては悪いことではない。終末を迎えたこの場所で、語り合った思い出を抱えて生きていこう。

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