043 それぞれの休暇 〜ハナコ・イカヅチの場合〜

『シュボッ』


フラワーは縁側に座ると、電子ライターで紙巻き煙草に火をつけ、一息吸い込んだ。


「フゥ・・・・」


しばらくの間、消えゆく煙を眺めながら、時折池の鯉が跳ねる音とゆるやかな時間に身を委ねた。


遊び疲れて眠っている幼い弟妹を見ると笑みを浮かべ、神でさえ独り占めしたくなるほどにその美しさが眩い光を放った。



「折角の休日にすまないな、ハナ」


縁側の向こう側から歩いて来た男は上背こそそれほどではないが、屈強な体つきをした丈夫だ。


運足からして只者ではないことが、わかる人間にはわかるのだろう。



「大丈夫だよ父さん。私にとっての休暇はこの子達と遊ぶことだよ」


「本当に悪いわねえ。お国の一大事業に関わっているのに」


「母さんも休みなよ。久しぶりに家族水入らずで過ごせるんだから」


小柄でフラワーそっくりの美しさと瞳の強さを持つ母が労いだ。その肌は驚異的に若々しく、2人が共に歩いていても姉妹にしか見えまい。



「しばらくは居れるんでしょう?」


「ええ、休暇中はいるつもりよ」




「ハナ、辛かったらいつでも帰って来ていいんだぞ」


「ありがとう。でも、私はもう大丈夫だよ。それよりもあの子達だよ。異国の人間はこれからが大変だわ」



フラワーは異国の人間として謂れのない差別を受けることもあったが、勉学も武芸もすべて実力でねじ伏せて来た。


しかし、それだけではすぐに限界がきた。


恵まれすぎた環境と優秀すぎる才能が、周囲には疎ましかったのだ。


フラワーは孤立し、上辺だけの友人以外ができることはなかった。



それでもフラワーは挫けない。


武術の修行に明け暮れ、薬に関する知識をあらゆる書物や実験で詰め込んだ。


製薬は彼女の優しい性質に合っていたのだろう。


門下生たちの絶えることのない生傷や病魔に苦しむ人々を救うのが誇らしき使命であった。




そして転機は訪れる。


それはもちろん、円卓の騎士団への加入だ。


騎士団にはスティやニーナをはじめ、自分とは違う分野で、自身より優れた知識や武才を有するものばかりであった。


フラワーははじめて『仲間』と『友』を得たのだ。それは彼女にとって『家族』と同じく、粉骨砕身すべてを捧げるに十分なものだった。




「あの子たちには私と同じ失敗はして欲しくないの。『誰かに頼る』ってことを知ってもらいたいわ」


「元はと言えば俺たちのせいだろう」


「いいや、違うよ父さん。私はどこかで自分が特別だと驕っていたのよ。騎士団に入って自分の過ちと愚かさに気づいたの」


「・・・・いい仲間を持ったな。お前は俺たちの誇りだよ、ハナ」



ーーーーーーーーーーーーー


「いい休暇だったな・・・・私の戦う理由なんてこれだけで十分さ。何者にも、絶対に奪わせはしない」


フラワーは内なる不安と恐れの暗雲を、愛と勇気の風で吹き飛ばした。


そのどれもが家族や仲間、友人から与えられたものだ。自身で得たものでは決してないのだ。



「さてと、行きますか」


「週末には帰ってきなさいよ」


「ははは、言われなくてもそうするわ。あの子たちに会いたいもの」



「ねえさま!まって!」


いつもならまだ寝ている時間の幼い弟妹が、可愛らしくバタバタと板張りの床を鳴らしながらフラワーに駆け寄ってきた。



「これ!おまもりにもっていって!」


それはボルドーでは自生していない『金木犀』の押し花を樹脂に綴じ込んだ髪留めだった。


「ねえさまがいちばんすきなお花でしょ?」



フラワーはその美しい黒髪を金木犀の髪留めで束ねると、凛々しくも柔和な笑顔で弟妹に語りかけた。


「ありがとうセイ、リン。姉さんはお仕事だから、帰ってくるまで父さんと母さんを頼むよ」


「うん!まかせてよ!」


「わたしたちもねえさまみたいにつよくなるわ!」



フラワーはまた優しく微笑むと玄関を潜った。


「じゃあ、行ってくるよ」


「いってらっしゃい!」



フラワーの中で闘志の炎が燃えた。その五体と内なる刀身には、ほんの数日前よりも遥かに強い魔力が宿っていた。

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旅の吟遊詩人はエレキギターを掻き鳴らす。 デラシネ @Deracine13

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