042 それぞれの休暇 〜フートミーの場合〜

フートミーは休暇を利用して、先日までハンキーが逗留していたウェルフル国は王都、フローギィフまで足を伸ばしていた。


それというのも『ある人物』に会うためだ。



「あ!フートミー?!」


一応変装をしていたものの、やはり無駄だったようだ。


門番すらも彼のファンなのだろう。そして相変わらずキチンと仕事をしているようだ。



フーはトランプ国では大人気のソーレース(現実の競馬)に於いて、いくつもの大記録を打ち立てた伝説的ジョッキーであり、当然ながらウェルフルでも超有名人なのである。



(しっ!お忍びで来てるんです!内緒でお願いしますよ!)


(っと、これは失礼。有名人に対して不躾でしたな。どうぞごゆるりと)




「ふう・・・・危ない。やはり『変身』しておくか?・・・・いやそれだとオレだってわからないだろうし・・・・」



そうこうしていると俄に周囲にざわめきが起こり始めた。


(アレってさ・・・・)


(絶対そうだよ)


しかし遂に、歳の頃は10程だろうか。男の子が大きな声をあげた。


「ああ!フートミー!!」



こうなってしまえばあとはわかるだろう?


否応なしにサイン攻めに会うことになった。


「まあ仕方ないか。ファンを蔑ろにするわけにはいかん。協会の顔もあるしな」


フーはサインと握手を求める群衆に応じていたが、どんどん蜂蜜に群がる蟻のように湧き出てくる人々すべてにとはいかないだろう。




「フートミー殿!」


その男は素早い身のこなしで屋根伝いに跳躍し、フー達の前に音もなく着地した。



「おお!あなたがコタロウ殿か?!」


フーが会いたかった『ある人物』とはこの男、『十傑』の第一席であり、王都警察の魔法指南役である、コタロウ・リュウスイだ。



「無事に会えて良かったよ。」


「皆すまぬ、フー殿は休暇を利用して拙者との茶の湯に参られた。今日のところは勘弁してくれ」


王都警察の顔役でもあるコタロウがそう言うと、皆 納得してくれたようだ。



「正直、助かったよ。ありがとうコタロウ殿」


「なんの。折角の客人にござる。拙者もずっとお会いしたいと思っておりましたぞ」



ーーーーーーーーーーーーー


フーは王都警察との技術交流の名目で、警察の演習場へと足を踏み入れていた。


確かにレベルは高い。しかしナイトや『十傑』、各地の強者と比べると、どうしても見劣りしてしまうのは否めない。



フーが何故、休暇を利用してまでコタロウに会いたかったのか?その答えはひとつだ。


「ところで、コタロウ殿。忍者の末裔なんだろ?!忍術って使えるのか?」


円卓の義の後の情報交換の中でハンキーから聞いていたのだ。ウェルフル最強の男は忍者の末裔だと。



「ジパンでも忍の血族はほとんど途絶えており申す。拙者が使えるのも、極簡単な基礎術だけでござる」


「厚かましいようだが、是非見せてくれないか?」


「勿論でござる。忍者が好きなトランプ人など数えるほどしかおりませぬ故、拙者も嬉しいでござるよ」


フーも嬉しさで尾をブンブン振り回した。



忍術修行をしたがる者が出てくると不味いので、演習場や署内では滅多に見せないらしい。


「まずは基本からでござる」


「忍ッ!」


「おお!!!」


コタロウが気を込めると、その身が2つに分かれたではないか。


「知っているさ!『分身の術』だろう!魔法でもないのにこんなことができるのか?!」


フーが興奮と喜びを抑えきれず、またもや犬獣人の特性として残った尾を大きく左右に振る。



「原理は一緒でござるよ。ジパンでは『忍術』の他にも『妖術』や『霊術』と呼ばれて候」


「凄え!オレもできるかな?!」


「うーむ、やはり『血と地』の繋がりがないことには・・・・」


「そうか・・・・残念だ」


エルフのとんがり耳を落として大きく項垂れるフーには哀愁さえ漂っていた。



コタロウはフローギィフ王都警察代表として、また『十傑』筆頭としても、遠路遥々やって来た客人を手ブラで返すわけにもいかないのだろう。


フーにはとっておきの土産を用意していた。



「フー殿は拙者と同じ操作型でしたな。それならぴったりの魔法がござるぞ」


「本当か?!是非教えてくれ!コタロウ殿!」


コタロウは気を高めると、指で魔法陣と酷似した『印』を結ぶ。


「それでは篤と御覧あれ!これがリュウスイ流の奥義でござる!!」


ーーーーーーーーーーーー


「こんな技・・・・本当に教えてもらってもいいのか?」


「なんの、ささやかな礼でござる。それに今は、強い味方が1人でも多く必要な時で候」


2人は忍者を愛する者同士として確かな友情を育んだ。



「ありがとう。それから、フーと呼んでくれないか。オレもコタロウと呼ばせてもらうよ」


「うむ、拙者も貴殿とは他人の気がせぬぞ。この瞬間から我らは友でござる」



フーは忍術修行の一端を付けてもらうことになり、しばらくの間フローギィフに滞在することになった。


その修行は想像以上に過酷なものであったが、フーにとってはそのすべてが喜びに変わる。


「これを見せたら驚くだろうな。騎士団の連中」



フーは忍者に一歩近づいた自分に確かな手応えを感じながら帰路に着いた。

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