041 それぞれの休暇 〜カミラ・ヴァニアの場合〜
騎士団唯一の魔物であるエヴァことカミラ・ヴァニアの休暇は、日々アイダやヴィヴィと共に観劇やコンサート、食巡りに勤しんでいた。
「ん〜!いい脚本だったわねえ〜!」
「本で読んだときは難解な戯曲だったけどねえ。上手く大衆向けにアレンジされてるのね」
「その通りよ!子供でも楽しめるのが演劇の良さなのよ!逆に言えばそうでなければ意味がないとも言えるわね」
この日はアイダと舞台を観に行っていた。
自身も役者であるというのに、観劇もたまらなく好きとのことだ。
「さあ!予約してたレストランに行くわよ!語り尽くさなきゃ!」
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「しかし役者の人たちも良かったわ。私も混ぜてもらおうかしら」
しばらくは世間話に花を咲かせていたが、アイダが切り出した。
「・・・・あのさエヴァさん」
「もう、エヴァでいいってば。アイダも私の娘みたいなものよ。他人行儀は止してちょうだい」
「えっと、エヴァ。言いにくかったら答えなくてもいいんだけど、っていうかアタシも聞きづらいんだけどさ・・・・500年も生きてて、その、なんというか・・・・」
「辛くならないかって?」
アイダは黙って小さく頷いた。その目はエヴァに対して深い尊敬と愛情が込められている。
「あはは!なるわよそりゃあ!」
「ごめん、無神経なこと聞いちゃってさ」
「全然よ。むしろ聞かない方がおかしいでしょ?」
エヴァはこれまでの人生で幾度となく話したのだろうか。自身の身の上を話し聞かせた。
「私の住んでた国は寒くて作物もロクに育たないような所でね。それでも寒さに強いジャガイモを育てたりして、慎ましく暮らしていたの」
「でもある年、飢饉に見舞われてね、大勢死んだわ。もう顔も思い出せない両親、兄弟。協力し合っていた魔物や人類の友達もね」
「・・・・ごめん、辛いこと思い出させたね。もう止めよう」
「・・・・アイダ、あなたは本当に良い心を持っているわ。優しいだけじゃない、太陽みたいに周りを照らしてくれるわ」
「だからこそ聞いて欲しいの」
アイダは意を決したように、また小さく頷いた。目にうっすらと、確かに涙を浮かべながら。
「死んだ魔物のお肉を食べてたらね、いつの間にか自分も魔物になってたの。すぐにわかったわ、ヴァンパイアになったって」
「生き残ったのは私だけだったみたい。その後、人を呼び込んでね、作物の品種改良をして、土壌を耕して、とうとう公共事業で川も作ったわ」
「住み良い土地になってね、ああ、私の役目はこれだったんだな、って思ったの。そして世界中を周ったわ。困ってる人たちを助けるためにね」
「色々な出会いがあったわ。それにいくつも事件を解決したのよ。『旅の吸血鬼カミラ』って、御伽噺になってる国もあるわ」
「沢山の人と出会って、そしてみんな私より早く死んじゃった」
「その後も血を分けてもらいながら諸国を放浪したの。でも、もう私の空白を埋めてくれるものはなかったわ」
エヴァはいつだって微笑みを絶やさず、悲しみを感じさせない。もちろんこの瞬間もだ。
「そのあとはずっとボルドーの森にいたわ。100年ぐらいかしらね。たまに人類や魔物に会うこともあったわ」
「魔獣たちに血を分けてもらいながらね。なんで生きてるのかなんてとっくにわからなくなっちゃってるのにさ」
「でもね、つい最近よ」
「つい最近。1年ぐらい前かしら。ようやく感情がなくなりかけてくれたのよ」
「それなのに、どこからか私のことを聞きつけたハンキーが来てねえ、歌うのよ。そりゃもうしつこいの。私が反応しなくてもね、ず〜っと歌ってるのよ」
「でさ、ある時ついに訪ねてみたの。『あなた、一体何してるの?』って。そしたらあの子ったら、なんて言ったと思う?」
「『俺の歌で燃えない奴がいるなんて我慢ならん』ってさ。笑っちゃうでしょ」
アイダは不思議と笑顔になった。ハンキーの話だからではないだろう。きっとエヴァがとても嬉しそうだからだ。
「アイダならわかるでしょ?」
「・・・・アイツらしいわね」
「本当に笑っちゃったのよ。本当に本当に久しぶりに。もう最後に笑った時なんて記憶になかったのにさ」
「ハンキーは私にとっても恩人なのよ。彼の歌に救われた人は大勢いるわ」
「でも、このままずっと生きるのかい?」
「永遠のものなんてないわ。ヴァンパイアって個体数が凄く少ないけれど、ちゃんと老衰で亡くなった記録も残ってるのよ」
「きっと私にもいつか、この呪縛から解放される時が来る」
「それまでは生きるわ。今の私は役者として人々に希望を与えられるもの。ハンキーみたいにね」
「・・・・エヴァの一生じゃ、一瞬の出来事かもしれないけどさ」
「不束な娘ですが、よろしくお願いします」
「湿っぽくなっちゃったわね、でもこれは嬉し涙よ。あなたの中は今まで出会った誰よりも温かいわ。こんな姑だけど仲良くしてね」
確かな絆を結びながら、2人はグラスを合わせ微笑みあった。
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