第6話 心の動く瞬間

 高校を卒業し、光希みつきは地元の大学、ひかるは専門学校、夏鈴かりんは隣県の大学にそれぞれ進学した。現在、大学二年生。


 ――電車に揺られ、光希は目的地の最寄り駅に着いた。夕方だけあって駅には人が多い。帰宅する会社員や制服姿の学生たち。彼らの間を抜けながら、待ち合わせの目印である銅像付近に移動する。


 ロングコートのポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。

『到着』

 一言打って送信ボタンを押す。

 そういえば前に輝から、文章がそっけないと言われたことがある。光希は数秒悩んだすえ、うさぎのスタンプも合わせて送ってみた。


『もうすぐ着きます』

 すぐに返信がきた。スキップでもしているかのようなうさぎのスタンプ付きだ。

 光希の頬がゆるむ。


 スマホから視線を上げると、小走りしている胡桃くるみが見えた。こちらに気づくと、ぱぁっと花が咲くような笑顔で手を振る。

「先輩、お待たせしました」

 あの頃と変わらないふわふわの髪。胡桃の声ははずんでいた。


「んじゃ、行くか」

 光希が手をとると、胡桃は遠慮がちに握り返す。胡桃の歩幅に合わせながら、夏鈴が予約した店へと向かった。


「望月はバイト始めたんだっけ?」

「はい、写真館です」

「どう? 楽しい?」

「楽しい、です。みなさん優しいので」


 胡桃はそう言って、マフラーに顔を半分うずめた。二年前のクリスマスプレゼントだったそれを、今でも大切に使っている。

 そんな胡桃から視線を外すと、今年はどうするか、と考えた。

 急に黙った光希を、胡桃は不思議そうに見つめる。


「どうかしました?」

「あ、いや、今年のクリスマスについて考えてた」

 サラッとこたえると、今度は胡桃が口をつぐむ。

「ん? ああ、ごめん。予定入ってる、か?」

「い、いえ、全くです! 入っても全力で空けます」

 不意打ちのアツい発言に、光希は目を丸くした。

「……そっか、なら良かった」


 駅から十分ほど歩き、目的地に着いた。和風の扉を開け、店内に入る。

「いらっしゃいませー!」

 予約者である夏鈴の名前を告げると、二人が待つ席へと案内された。最近リニューアルオープンし、店内は賑わっている。


 外食はあまり得意ではない。けれどもこのお店は半個室で落ち着く。変な気をらずにすむな、と光希は肩の力を抜いた。


「お~! やっときた~」と輝。

「待ってたよ~」と夏鈴が続く。

 二人は笑顔で迎えてくれたが、挨拶を返す前に、光希と胡桃の目は輝の頭に夢中になる。


「「金髪……」」

 はからずもハモった。


「いや、固まりすぎだって! はいはい、座って座って」

「お、おう」

 見慣れない姿にややぎこちなくなるが、光希は輝の横に、胡桃は夏鈴の横に腰を下ろす。


「やっぱ金髪はインパクトあるよね。私もびっくりしたし」

 そういう夏鈴も卒業後すぐに茶色に染めた。

「一回くらい金髪してみたいじゃん? 憧れるっしょ!」

「俺は別に憧れないけど。チャラさに磨きがかかったな」

 光希は苦笑した。


 夏鈴がメニューを広げ、みんなで囲む。釜飯や寿司、天ぷらなど美味しそうな写真がたくさん載っていた。

 飲み物が届くと早速乾杯し、夏鈴が一番に口を開く。

「輝から聞いたよ~グランプリとったんだよね? おめでとう!」

「おう、ありがとう」


 高校のとき佳作に選ばれたフォトコンテストに再挑戦した。今回はグランプリをとることができたのだ。瀬川せがわにも連絡したところ、想像以上に喜ばれ、電話口は涙声。光希はそのときのことを思い出し、自然と口角が上がった。


「いや~俺も嬉しいよ。しかも夏鈴なんて、お祝いにケーキ買う! とか言って自分で食べてたんだぞ」

「い、いいでしょ、別に」

 夏鈴は自分の話はいい、というようにそっぽを向くと、すぐに話題を変える。


「胡桃ちゃんは? 大学楽しんでる?」

「眠たくなる授業もあるけど、楽しいです。友達はあんまり……」

 語尾がだんだん小さくなっていった。


「あーほらほら、顔上げて、くるみん。友達なんて多くても大変だよ?」

「そーそー。輝はいっつも誰かしらに誘われて飲み行ってんだから」

「俺も友達少ないから大丈夫だぞ」

「なんでやけに自慢げなのよ、笠原かさはらくんは」

 変わらず仲の良い三人に胡桃はクスクスと笑った。


 女性陣が一旦席を外すと、輝は口元に手をあて、声をひそめた。

「ミツさ、いつまで名字で呼んでるわけ?」

「輝たちはいつの間にか名前呼びになってるな」

 光希は声の大きさを気にせずに応答し、一人日本茶をたしなむ。


「だって名前呼びしてって、しつこいんだもん」

「別にどんな呼び方でも一緒だと思うけど」

「まあ、そうかもしれないけどさ。名前呼ぶとめっちゃ嬉しそうにするんだよ。距離縮まったみたいで俺も嬉しいし」

 そう言って輝は酒をグビっと飲んだ。酒のせいなのか、照れなのか顔が赤い。

「ふーん。そういうもんなのか」

「相変わらずミツはドライだなぁ」


 ――電話もたまにしていたが、実際に会って話すとやっぱり楽しいなと光希は感じた。あっという間に時間が過ぎ、四人は会計を済ませて店を出る。また会おうと分かれ、光希と胡桃は駅へと戻った。


 クリスマスが近いため、街中はカラフルに彩られている。行きよりも辺りは暗くなっていて、イルミネーションはより輝いて見えた。


「キレイですね、先輩」と胡桃は微笑む。カバンからスマホを取り出し、写真を撮り始めた。

 光希もスマホのカメラを起動し、胡桃を画角におさめる。「も……」と開きかけた口をすぐに閉じる。悩むように一瞬空を見上げ、再び声を出してみた。


「くるみ」


 胡桃は目を見開き、ゆっくりと振り返る。顔が真っ赤だ。

 嬉しそうではないぞ。

 心の中で親友に軽く文句を言いながら、光希は彼女に笑いかけた。

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日々、写りゆく 浅川瀬流 @seru514

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