異世界転移して勇者になったんだが、そんなことより俺の従者(男)がかっこよすぎて辛い

砂漠の使徒

始まりは突然に

「うおおおおお!!!」


 通学路に現れた魔法陣に飲み込まれた先は、いかにも中世ヨーロッパな見た目のお城だった。

 そう、これは異世界転移!!

 今どきの高校生ならすぐに察しがつくぜ!!


「異世界より来た勇者、田中正人よ、お主には魔王を討伐してもらいたい」


「はい、わかりました!!」


 ありがちなストーリー。

 残念ながら、チート能力は貰えなかったが(転移特典でちょっとだけ強くはなっているらしいけど)、それでも剣と魔法の世界を旅するってのはテンションが上がる。

 これからなにをしようか!

 期待に胸を膨らませながら、俺はお城の大きな門をくぐり……。


「勇者様ー! 待ってくださいっスよー!!」


「ん?」


 振り返ると、俺より年下の少年が走って来ている。


「どうしたんだ、お前?」


 近くに来て、彼が獣人であることに気づく。

 体にふさふさの毛がはえている……わけではないが、おまけ程度なケモミミとしっぽがはえている。


「はぁ……はぁ……、俺、勇者様の従者になったテントっス!」


 息を切らしながら胸を張る彼の名前はテントというらしい。

 しっぽが自慢げに左右に揺れている。


「従者? お前が?」


「はいっ! なんでもいうこと聞くっス!」


 キラキラと目を輝かせながら俺を見つめる少年。

 これはいわゆる仲間キャラというやつだろうか。

 いても損はないだろう。


「よろしくな、テント」


「はいっス!!」


 これが俺達の出会いだった。


――――――――――


「くっ……! しくじったか……」


 上級モンスター「ライブ・フラワー」。

 生きている花で、その根で生き物を捉え、餌にする。

 ある程度依頼をこなし強くなった俺は、つい普段は手を出さないモンスターに手を出してしまった。

 それがこのざまだ。

 体に巻き付いた根は、どんどん締まっていく。

 そろそろ俺も限界だ。


「勇者様!」


 そばでテントが叫ぶ。

 彼は健気で、いつも俺をサポートしてくれた。

 だが、今回ばかりはどうしようもない。


「テント……早く逃げろ……」


 せめて、彼だけでも助けたい……。

 俺のことは見捨ててもいいから。

 頭がもうろうとして……。


「いやっス!!!」


 もう俺に返事をする体力はない。


「ワオ――――ン!!!」


 そのときだ。

 どこからか大きな遠吠えが聞こえた。

 まるで狼のような、恐ろしい声だ。


「うおっ!」


 突然、俺を縛っていた根がほどかれた。

 いや、ずたずたに切り裂かれたのだ。

 いったい誰が……。


「ガウ!!」


 力が入らず、倒れそうになった俺だが抱きかかえられた。


「だ、だれだ……?」


「だいじょう……ゆうしゃ……」


 だめだ。

 まだ頭がはっきりしない。

 そのまま、眠りに落ちる。


――――――――――


 次に起きたのは、案外すぐだった。

 目を覚ますと、まだ森の中だ。

 そして、目の前にいる、俺を抱えて走っているのは。


「オオカミ?」


「おっ、気が付いたか。ご主人様」


 狼の頭と目が合う。

 顔はオオカミだが両手で俺を抱えて二足歩行をしている、まるで狼男だ。

 そいつがしゃべった。

 ……待て、ご主人様だと?


「お、お前、誰なんだ?」


 こんなやつ、知らないぞ。

 まさか新手のモンスター?


「おっとそうだ。ご主人様にこの姿をお見せするのは初めてだったな」


 狼男はにやりと顔に笑みを浮かべた。


「俺はテントだ」


「テント?」


 それって、俺が知っているあいつのことか?


「違う。テントは人間の子供で、小さくて、まだ戦えるのかも怪しい歳で……」


「おいおい、ひどいぜご主人様。俺だってやるときはやるんだからな」


 今度は俺の言葉に苦笑する狼男。

 まだ信じられない。


「お前、本当にテントなのか?」


「そうだぜ? そんなに疑うなら、証拠を見せてやるよ」


「証拠?」


「ほらこれを見ろ、人間のときも同じ耳がついてるだろ?」


 狼男の頭でピコピコと動く灰色の耳は、たしかにテントと同じものだ。

 フサフサで、かわいらしい。

 けど、今はたくましく見える。


「たまたま同じだけかも……」


「疑り深いな、ご主人様……。それじゃあ、秘密でも打ち明けてやろうか」


「ひ、秘密?」


「ああ。例えば、ご主人様は気に入った町娘の絵を描いて、それを枕の下に隠して寝るとか……」


「なっ、ばっ、お前っ、テントっ!! 見てたのかよ!!」


「ふははははっ、人狼族の勘を舐めちゃいけませんよ!」


 そんなこんなで、テントのおかげで危機を脱した俺。

 そして、これが運命の日となることを思い知るのはすぐだった。


――――――――――


「だめだ……」


 俺はあの日からおかしくなってしまった。

 そう、テントにお姫様抱っこされたあの日から。


「なにがだめなんすか?」


 俺の部屋の掃除に来たテントが尋ねる。


「なっ、なんでもねーよっ!」


「ふ~ん、そうっスか」


 口を尖らせて、ジト目で俺を見つめるテント。


 かわいい。


 かわいい!?


 俺はずっとこの調子だ。

 テントのことを無駄に意識してしまう。

 今まではなんとも思っていなかった一挙一動が気になって仕方ない。

 それもこれも、全てはテントが人狼であることを知ってしまったから。

 あの日、死にかけた俺を救ってくれたときのテントの姿が目に焼き付いている。


「かっこよかったなぁ……」


「だから、なにがっスかぁ~?」


 座っていた俺の肩に顎を乗せてくるテント。

 彼の吐息が耳に当たって、ドキドキする。


「なんでもないって!」


 絶対に教えるもんか。

 それに、俺だってまだこの気持ちを整理できていない。

 だって、テントは男だぞ?

 俺も男なのに、テントのことが好きだなんて……。


「ううううぅ~~……」


 誰にも言えない悩みを抱えて、狼のように唸る俺であった。


――――――――――


「どういうことだ?」


 テントのやつ、俺をこんな薄暗い路地裏に呼び出すだなんて。

 まさか、俺を襲って金品を奪って逃げるつもりじゃ……?

 いや、そんなことありえない。

 だって、テントはいいやつだ。

 今まで俺の世話を嫌な顔一つせずにしてくれた。


 ……でも、あいつにもあいつの考えがあって。

 いつか離れるときが来るのかな。


「いや……だなぁ……」


 俺はうつむいて、路地裏の暗闇に消えてしまいそうなくらいの小ささで呟いた。


「なにが嫌なんだよ?」


 だから、まさか返事が来るとは思ってなかった。


「えっ!?」


 俺は驚いて顔を上げた。

 すると、あのときと同じ人狼の姿がそこにあった。


「なぁ、俺のご主人様……正人。率直に聞くぞ?」


「……な、なん……だよ」


 その鋭い目で見つめられると、俺まで獲物にされている気分になる。

 体がこわばって、うまくしゃべれない。


「お前、俺のことが好きだろ」


「っ……!」


 「好き」という言葉に反応して俺の心臓が大きく跳ねる。

 自分の中では何度も呟いていたが、改めてそれを彼の口から出されると、動揺で頭が真っ白になりかける。


「俺、狼だからよ。鼻がよくて気づくんだ」


「な、なんに?」


「俺を見ているときさ、お前からは恋をしている匂いがする」


 そっ、そんなわけ……!


「そんな匂い、あるわけない! あ、違う……。仮にあっても、俺からするわけないだろ!」


「ふっ、そうかよ……。別にいいんだぜ、俺は」


 テントは呆れたように、でも嬉しそうに笑い、それから腕を広げた。


「それじゃあ、最後に一つチャンスをやる。もし俺と生涯を共にしたいんなら、この胸に飛び込んできな」


「えっ……」


 ど、どうしよう。

 彼は、生涯を共にするって言った。

 俺は彼のことが好きだけど……。


「ほら、どうした? 俺はいつでも歓迎だぜ?」


 挑発的な笑顔で俺を迎える気満々のテント。


「仕方ねーな。カウントダウンだ」


 カウントダウン……。


「ごー」


 やばい、時間がない。


「よーん」


 早く決めないと。


「さーん」


 俺はテントのことをどう思ってる?


「にー」


 この先、一緒にいてもいいのか?


「いーち」


 二人で、幸せになれるか?


「ぜー……ろぉぉぉっと!!! おいおい、そんなに強く飛び込むなよ……、迷える子羊ちゃん♪」


「うるさい、もう迷ってない」


「おっ、そんじゃあ子羊は認めるんだな?」


「……お前と二人っきりのときだけだぞ」


(了)

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