第24話 非情なれ
こんがらがっておかしくなった熱の感覚に惑わされないよう、未だに違和感の遺る体で気配を探る。
先程の術で死んでくれれば上々であったが、そうはいかないらしい。
メイヴストは無言で指を組み始める。大きな霊術には、それなりの体力と印、祝詞が必要なのだ。
一瞬完成が遅れれば死に関わる世界だ。
口の中で詠唱を紡ぐ。
星霊様、皇国の繁栄と復古に、どうか御力を下さりますよう。
―――
彼女は思い切りの気炎を心のなかに吐く。
星霊教の霊術は星が力を頂く物であり、それは宗教毎に特色が違う。
他国の抱える霊術士の特徴は頭に入っているものの、ハイリオン帝国の神帝を敬い崇め奉る奴らは、どうも特色の種類が多い。
神帝の刻んだ、彼女から見れば胡散臭い1200年間の数々の奇跡の再現とはなかなかどうしてやりづらい。
「……捕虜の逃走止む兆し無く、その首貰い受ける、
意気に燃える声と共に銀色の滝がメイヴスト目掛けて落ちる。
なるほど相性を見たか敵将は。しかし、なんとちっぽけな水だろうか。
「
拍子抜けだ。
もしくは舐められたものだ。
かの青血の炎魔が、こんな滝程度で抑え込まれるとでも?
ぢゅぅ。
小気味よい音と風圧を立てて、勢いよく直上より降り注いだ水は蒸発した。
水蒸気が散り、紗幕となって彼女を包み込む。
もし、彼女が逆の立場であれば次は―――
ぎぃぃぃん!
敵方は仕留めたつもりでいただろうが、目眩ましに不意打ちで彼女が死ぬ筈がない。
背に回した槍は、背後からの死の凶刃を見事に受け止めた。
「…荒いな!」
背を向けたまま膠着を保ち、メイヴストは呟いた。
数秒の鍔迫り合いの後、双方同時に得物を払って後退した。
改めて向き合う。
き、とメイヴストは目を細めた。
如何にも帝国人らしき若い男だ。
多少褐色に見ゆる肌は
冷や汗が見受けられる。
神を肉体に写したかの炎魔を目の前にして、平然と立っていられる者など極々一握りだろう。
「覚悟しろ」
「御命頂戴する!」
寸毫の静寂の後、二人の戦士はこれまた同時に飛び出した。
何でもない民が見れば、それは風が踊っているようにも見えるだろう。
凄まじい速度での剣戟は、この世ならざる光景と形容するに値する、正に神々の戦争の形。
薙ぎ払い、石突で打ち、刃を振るう。
数百回もの動作を一瞬で終え、また背後を取ろうと尋常でない速度で跳ね回る。
しかし実力の差は歴然だった。
蒼に燃え盛るメイヴストの肢体は稲妻のようにも見え、水流で移動を補助する敵を追い詰める。
戦神はここに。
足場とした瓦礫は粉々に砕け、凄まじい移動と炎によって空気は裂け、振り下ろされた銀光は紡がれた糸のように美しい。
男が地を滑るように、暁の影のように、地面を駆けて反撃の機会を狙うも、メイヴストは確実な斬撃と這わせた蒼炎でそれを許さない。
着実に追い詰める。その心意気が感じられる戦い方だった。
体が暑い。
炎熱を纏い、普段の何百倍、何千倍の力を引き出す技であるため、疲弊はかなりの物である。
しかし頭は冷え切っている。
どう動けばより効率良く、確実に殺せるか。
目に映る男の命を奪うためだけに、彼女は全てを捧げる。
それが彼女の生き方で、覚悟だ。
生暖かくなった息を吸い込む。
「
小さな火球が飛んだ。大きな爆発が起こった。
言祝ぎ、霊力は体を離れ神を具現した霊術となる。
たったそれだけの単純なことで、途轍もない死を振りまくものとなる。
「ぐ、
咄嗟に水の霊術で防いだが、もう遅い。
再度充満した水蒸気のカーテンが白霧となって支配する。
どっと湧いた白の中、微かな人影が背後を振り向くのを見た。
勝った。
石突が唸る。
恐らく後頭部を強打した、生々しい感覚が伝わった。
一つ間を置いて、名も知らぬ水の霊術士は倒れた。
「……」
あの時、いやメイヴストにすればつい先程の光景が重なる。
無防備な相手に槍を突きつけ、頭に駆け巡る勝利の余韻と驕りに浸かり、結果的に負けた。
あそこで一度、メイヴストは死んだのだ。
もう、迷いはなかった。
勝負に横槍を刺し、皇国を守れなかった自分に対する屈辱とばかりに殺さず、時を止めたあの男。
「フレムレード……」
かつての友の顔を思い出した。
許さない。みすみす
厭うものか。もう失敗はしない。
全ては皇国が為、メイヴストは動くのだ。
瞑り、開けた瞳には情が感じられなかった。
非情なれ。例え悪となろうとも、自らの祖国へ何もかもを献上する。
彼女は目の前に転がる、気を失った帝国の男を見た。
ぐじゅ。
首を。
カケツキノ イトセ @Itose5963
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