第23話 蒼い太陽

ヘカテの街は瞬く間に荒れ狂った。

龍のように神話のように、空が裂け雲が焼け空気が焦げる。


「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああ!」


おまけに砦付近に狂った遠吠えまで聞こえるとなると、最早臣民たちは生きた心地がしなかった。


耳を澄ませる冷静さがあれば違っただろう。

これは再び生を得たメイヴストの、苦痛に満ちた大声だった。


粉塵舞い全てが熱で満たされた火災の爆心地で、痙攣しながら虫のように蠢くメイヴスト。


当然とも言えようか。

即座に感覚が拗れ回り、二ヶ月もの間で擦り切れた触覚が蝕む。

視覚と認識は言わずもがな、断片的なあの日のイメージと現状が網膜を揺さぶりしがみつき離さない。


それでも、それでも決して槍を手放さなかったのは意地以外の何者でもない。


あの日、皇国失陥の日、十字架が立った日。

確かにメイヴストは居たのだ。


顔を知る敵を追い詰めた所で背後から不穏な何かを嗅ぎ取り、踵を廻し炎の塊を放とうとした時、一瞬でこの景色に移り変わった。


幻覚?違う。

彼女には確信があった。

例の皇国の時を止めた秘術が、自身に降り掛かったと。


「ああああああ、ああああああああああああああああああ!」


筋肉と感覚が麻痺し、形容し難い気持ちの悪さに襲われれば、錯乱せずとも激痛に叫ばない者は居ない。

まるで四肢が人形になったかのように思い通り動かせず、視覚はちかちかと火花が埋め尽くし何も見えない。

気を失うことだけは訓練を信じて踏みとどまるしかなかった。


「あああああ、ぐ、えががあああ」


絶叫がクレーターに響く。

呼吸は困難で激痛を伴うが、寧ろ頭のおかしい感覚の中で激痛という命綱があるだけましである。


彼女は叫ばずにはいられない。

しかし永遠にこうしてもいられない。


「しん、でたまるか…!」


まだ死ねない。

死ぬわけにはいかない。


炎熱の残響遺る傷跡の地で、彼女はなんとか槍によりかかり立ち上がった。


ここはどこで、何が起きて、皇国はどうなったのか。

それを知るにはまず。


…!


彼女の獣のような勘と、探り当てた気配は気の所為で済むことではない。


灼熱は良い。

紺碧ノ太陽の星霊から力を借り受けたメイヴストは、己が生み出す熱波さえ操る。


未知の霊力の塊がこちらへ近づいてきている。

霊術士同士の邂逅はいつもそうだ。互いに顔の見えない距離から相手を察知し、戦闘に入る。


「…くそ!」


恐らくはそれなりの霊術士である。

といっても普段のメイヴストなら勝てる確率は大きい。


しかし今は全てが最悪だ。

気力体力霊力精力思考力、殺し合いの勝ちに必要なものが尽く足りていない。


「とんだ逆境だ…!」


ふううう、と苦痛に苛まれながら肺を動かす。

逃げ切れぬ、なら殺すまで。


意識するのは心臓の下辺り。

耳に劈く心音のリズムに、ゆっくりと練り上げたの束を乗せる。

霊力とは、体の内側に巻き起こる、神より賜りし力である。


胸、頭、下腹、腕、腿…。


朝霧のように纏わり付く、不可視の朧がメイヴストを覆う。


「やってやる……〈白冠鎧〉コルナ


途端、幻想的で破壊的な蒼炎がメイヴストに宿った。


彼女も所詮、か弱い人族アルナの一人である。

所業と力が神に匹敵するには、霊術士足りうるにはこの動作が必要なのだ。


紺碧ノ太陽を自らに写し、爆発的な力を手に入れる神への宿願とその恩恵が、メイヴストを最強とさせる要因だった。


「……皇国星辰守護士団の団長、メイヴスト・ヘルメタインとお見受けする!」


彼女の爆炎が築き上げた瓦礫と熱の城に一つの大きな声が響いた。


油断なく槍を構えて、そちらへ視線を向けると、甲冑に身を包んだ騎士の群れがクレーターの縁に居た。間違いなく、帝国の。


「いかにも!」


彼女は唸るような声で叫んだ。

同時に、慎重な観察も。


数は大体30、そしてその内の1人から霊力を感じた。

戦闘になるのなら、まず奴を潰す。


「貴様は捕虜である!ただちに我々の元へ降り、将軍ヘラクレイ様直々の死刑の旨を実行せよ!」


「……皇国はどうなった!」


張り上げるのは距離が距離だからだ。

いつでも飛び出せるよう呼気を整え、なるべく情報を引き出そうと試みる。


「答える義理はない!」


「私の身柄と引き換えに皇国の安全を保証しろ!」


「……断る!」


腕を弛めた。

そこからは簡単だ。


強情で聞く耳も持たぬ位ならば、大人しく捕まるわけにはいかない。


〈湿り星〉オルドラ


巨大な波が弾け飛んだ。

丘を吹き飛ばし空気を押して、その熱波は貫く。


派手な蒼炎付きではない、視界を邪魔しない攻撃。


太陽然り、紺碧ノ太陽然り、学者と星霊教の教えによればそれらは可燃性の空気が夜空で燃え上がっている星らしい。

その力を借り得ているメイヴストにできぬ道理はない。


粉塵晴れて、引き伸ばされた空気が寒暖差を壊してくる頃には、彼女は次の手を思案しているところである。


―――敵の霊力は感じられる、つまり。


本調子ではないものの、切り抜けるにはどのみち倒しておかねばなるまい。

蒼い太陽の化身は槍を強く握る。


「かかってこい」

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