第五十四話・覚悟の決別

「皆、無事に新学年を向えられるよう、節度ある春休みを過ごすように。また、二学年で会おう」


 

 百瀬先生が、高校生活一年目の終わりを告げた。



「龍ちゃん。部室に集合でいいんだよね?」


「おぅ、慌てなくていいぞ。時間は特に決めてねえからな」



 一年お疲れ様でしたと言うことで、部室でちょっとしたパーティーをすることになっている。


 ただパーティーをする訳ではなく、二輪車倶楽部が今後どう活動するかを話し合う場でもある。


 一旦帰宅した後、簡単な飲食物を各自が持ち寄り全員が揃ったのは、終業式から二時間後であった。



「それでは皆さん! 一年間お疲れ様でした! 全員無事にここに集まれたこと、先生は大変嬉しく思います!」


「そうだな。理英先生いいこと言った」


「あら〜佐々川くんに褒められちゃったわよ〜。ゴールは近いわね〜」


「先生が見てるゴールは蜃気楼なのです」


「先生の夢物語は置いといて、とにかく乾杯しましょ♪」


「まゆに賛成だ」


「そうですね。健児さん、ジュースを注ぎますのでグラスを」


「はい、哲ちゃん。ジュースどうぞぉ」



 笑顔の南藤と高崎。


 それを見た四人の取る行動は、いつも通りの龍仁争奪である。



「じ、仁! わたしに注がせてくれ!」


「龍ちゃん! グラス出して!」


「龍兄! 麗奈のジュースを受け取るのです!」


「遠慮しなくていいのよ〜。先生は口移しでもいいんだから〜」



 争奪戦にも少しは慣れてきた龍仁。


 左手に持ったグラスに右手に持ったジュースを注ぐ。



「もうジュースは入らんっ!」



 四人揃って口を尖らせ、渋々自分のグラスにジュースを注ぐ。


 ようやく準備が整ったところで、龍仁が乾杯の音頭をとる。



「皆んな、二輪車倶楽部起ち上げに協力してくれて、本当に感謝している」


「龍仁。こんな面白い場所を作ってくれて、感謝してるのはこっちだ」


「そうだよ〜ささっちには感謝してるよ〜」



 他の皆んなも笑顔で頷いている。


 

「そう言ってもらえると嬉しい! では、二輪車倶楽部に! 乾杯!」



 その声を合図にパーティーが始まった。



「それにしても、何だか慌ただしい一年だったな」


「そうだな。特に文化祭あたりから慌ただしかったんじゃねえか?」


「そ、それはもう言うなよ! あの後、校内歩くだけで恥ずかしかったんだからな」


「それはぁ、私に告白したからぁ?」


「あれは告白じゃなくて、プロポーズなのです」


「プロポーズと言えば、高崎くんと東雲さんはその後どうなのかしら。先生、気になるわ」


「二人で着実に歩んでいるところです。ですよね、健児さん?」


「うん! 二人で歩んでるよ〜」


「そんな二人を嬉しく思う先生と、羨ましくて泣きそうな先生が居ます」



 その後も、この一年を振り返り、笑顔で盛り上がる二輪車倶楽部。


 そんな盛り上がり中の皆んなに、龍仁からの一声が飛び出す。



「ここで! 今後の抱負を語ってもらいたい!」


「龍仁。いきなりだな」


「確かにいきなりね。でも、先生はいい事だと思います!」


「そうですね。目標などがあるのは良いことだと思います」



 榊原先生と東雲の賛成により、今後の抱負大発表会開催が決定した。



「では、まずは私からよろしいですか?」


「はい! 東雲さんどぞ!」


「耐久レースでの表彰台。そして、健児さんとの関係性をより深くしていきたいと思っております」


「先生、応援してますよ!」


「僕も恵美ちゃんと同じだよ〜。それと、話し方を男らしくしていきたいかな〜」



 微笑みながら見つめ合う二人。


 榊原先生が羨ましそうな視線を送りながら、次の発表に南藤を指名する。



「そうだな。もっとメカニックのスキルを磨く。将来のためにもな」


「じゃあ私はぁ、哲ちゃんを支えられるように、色んなスキル磨かなきゃだねぇ」


 

 ハートを撒き散らしながら見つめ合う二人。


 羨ましいを通り越して、空虚な視線を送る榊原先生。



「麗奈は、龍兄を落とす!」


「あらあら、龍ちゃんを落とすのは私よ」


「いやいや、仁と良い感じになるのは私だ」


「三人とも現実が見えてないようね。先生がかなりリードしてるのが分からないかしら?」



 抱負と言うよりも、願望を語る四人。



「どんな時でも四人は通常運転なのですね」


「そうだね〜ブレないよね〜」



 ここまで沈黙していた龍仁が立ち上がる。


 咳払いでその場を落ち着かせ、ゆっくりと話しだした。



「この一年で、色んなものが変わった」



 全員の顔を見渡し、静かなトーンで語りかける龍仁。



「南藤。ようやく夢が叶ったな」


「ああ、みんなのお陰かな」


「藤田。南藤を支えてやってくれ」


「うん。もちろんだよぉ」



 視線を高崎に移す龍仁。



「健児。随分男らしくなってきたじゃねえか。頼りにしてるぜ」


「ささっちに言われると嬉しいな〜。これからも頑張るよ〜」


「東雲。健児のこと、よろしく頼む」


「えぇ、私にお任せください。二人、並んで歩んで行きます」


「ちょ、ちょっと佐々川くん! 何か、さよならの挨拶に聞こえるわよ!」



 榊原先生が心配そうな顔で龍仁を見る。


 龍仁は、真っ直ぐに見つめて言葉を返す。



「さよならの挨拶か……間違ってはねえかな」


「えっ……佐々川くん……」


「龍ちゃん?」


「仁、何を言ってるんだ?」


「龍兄! 何の話なのです?!」



 重い空気が部室を満たす。



「真由美。長い間苦しめてて悪かったな」


「それは、もういいよ……」


「七海。いつも助けてくれてありがとな」


「そ、それはこっちの台詞だ……」


「麗奈。ツラい思いさせてたみたいだな。すまん」


「龍兄が謝ることではないのです……」


「理英先生。この学園に来てくれて嬉しいよ。ありがとな」


「それは、佐々川くんが居たからよ……」



 目を閉じ、俯く龍仁。


 そして、ゆっくりと顔を上げる。


 大きく息を吸い、目を開き、叫ぶ。



「俺は、今日で別れを告げる!」



 固まる二輪車倶楽部部員たち。


 第一声は真由美だった。



「龍ちゃん! 別れるって何! やっと……やっと好きだって言えたのに!」


「仁……何がどうなっているのだ?」


「龍兄、麗奈は何も聞いてないのです……」


「龍仁、冗談だったら笑えねえぞ」


「どう言うことなのぉ?」


「ささっち〜何言い出すんだよ〜」


「佐々川くんなりに、考えてることがあるのですよね?」


「そうなの? 先生、説明を求めます!」



 皆の問いかけに、真剣な顔で話し出す龍仁。



「皆んな……何言ってんだ?」


「えっ? だって、龍ちゃん別れるって」


「あぁ、そう言うことか。別れるって、皆んなと別れるとかって話じゃねえぞ」


「佐々川くん! 先生に分かるように説明しなさい! 今すぐに!」


「お、おぅ、説明するよ」



 龍仁が、一呼吸おいて説明を始めた。



「俺は、今まで逃げてきたんだと思う。好きが分からねえからって、四人の気持ちから逃げてた」


「龍ちゃん……」


「それを考えることすらせずに、ここまで来ちまった」



 頭を掻きながら天井を見上げる龍仁。


 そして、天井に向けた視線を戻す。



「あぁ〜それでだな。そんな自分に別れを告げる決意をした」


「仁……それは……」


「これからは、真剣に考えてみようと思う。少しずつだけどな。それが、俺の抱負だ」


「龍仁、ついに向き合う覚悟決めたか」


「どうなるかは分かんねえ。ずっと分かんねえかも知れねえ。それでもいいのか?」



 四人が立ち上がる。



「仁……それでいい。希望があるのだと言うことが嬉しい」


「少しでも可能性があるのなら、麗奈はもっと頑張れるのです!」


「龍ちゃん。私がそれを分からせてあげるよ」


「佐々川くん! 先生は心から喜んでいます!」



 これまでの自分と決別し、四人に向き合うと宣言した龍仁。


 逃げずに四人の気持ちを考えることで、恋愛感情の扉が開くのか。


 この宣言によって、四人は今後どう動いていくのか。


 新たな舞台の幕が、今開こうとしている。




わたしたちの恋を見つけて

〜恋愛感情欠落男に恋する乙女たち〜


第一部 【完】

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