魔王攻略編3 魔力の真髄

 悪鬼ブドゥルシャハクの殺気が極限まで高まり、そして一瞬で消えた。


 この緩急。


 姿を捉えられたのは運が良かっただけだ。



 初撃。

 俺の足場の岩石を、悪鬼が蹴り上げる。

 砕けた岩を浴びせられ、足場を失い落下してしまう。


「オラッ!」


 二撃。

 距離を詰めて右ストレート。

 着地直前の防ぎづらいタイミング、嫌な野郎だ。腕のガードに膝を無理に合わせてなんとか受け流す。


「どうした!?」


 三撃。

 その場でシンプルな前蹴り。

 重い。まるで鉄塊。トーキックを下腹に受けブザマにフッ飛ぶ。


「手も足も出ねえかッ!」


 ガリガリと、地面を両足と右手で引っ掻き減速する。魔力の暴発防御がなければ内臓が破裂していただろう。


 体勢は崩れても視線は切らなかった。が、砂煙をまきあげすぎて視界がない。ほぼ停止。距離がやっと空いた、そう思ったのに、


 目の前に悪鬼。マジかこいつ!


 さらに連撃。尋常じゃない魔力が込められた打撃と蹴りのコンボ。


 打撃、打撃、蹴り。


 蹴り、打撃、蹴り。


 打、打、打。


 蹴。打打。



 打、打。


 蹴、打打打。


 打打打、打、打打打。


 打打。


 打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打



────隙が ないッ!


(死んだら悪い)


 必死にさばく。剣を抜く暇もない。これが斬撃ならもう死んでる。一撃の重さが異常だ。


「さ、すが、魔王の父君。強い。戦えて光栄、だ」


 媚びる。休みたい。ザツなフリ。絞り出す。


 こんなの。普通は、無視される。が、連撃が止まったよ、おい。マジかこいつ。


 バカだ。


 機と見て俺は、更なる美辞麗句ウソを紡ぐ。


「神懸りの精度。修練の果てにある流れるような連撃。遥かな武の高みにある」


 静止したまま。

 砂埃舞うなか、悪鬼は首を僅かに傾けて、ゴキゲンな口調でほざいた。


「なんだお前。見所があるじゃねえか。弟子になるか? そうだな。この街の偉い奴らの生首を2つ、ここに並べたら考えてやるぞ」


 悪鬼の甘言。

 明らかなウソ。

 飛びつくのはバカだけだろ。

 この俺に通じるかよ。


 それでもこいつは圧倒的強者だ。何度もこいつは甘言ウソを本気にしたバカを嘲笑しながら惨殺してきたかもな。そいつらの代わりに、意趣返しでもしてやるか。


魔王ガキに洗脳されたムシケラの弟子になんか誰がなるかよ」



 虚。


 虚をけた。

 ブドゥルシャハクの表情が抜け落ちる。

 やはり魔王のことがこいつの逆鱗らしい。

 魔王と悪鬼。親子。上下が逆転してるもんな。プライドが高いブドゥルシャハクには耐えられないだろう。

 

 怒り。

 爆発するのが見てとれる。


 歪む。

 笑えるほどの間抜けなツラだ。


「魔王の尻でも舐めてろ。ザコが」


 追撃。

 舌まで出す。最高にムカつく顔で煽る。



「……………………殺す」



 純度の高い憎悪。

 背筋が凍りつく。


 ほとばしる赤い燐光。

 濃すぎて姿が揺らいで見える。



 ここからが勝負だ。



✳︎



 格上を食う番狂わせを、狙って起こす。

 そんなの。無理。普通は無理だ。

 宝くじみたいな奇跡を自力で起こせるか。

 運要素がデカくなる。


 ヤリ方のポイントは2つ。

 気持ちよくヤラせない。

 慣れたヤリ方をさせない。

 それでヤラれてもあきらめる。


 アッチはチャンピオン。

 コッチはチャレンジャーだ。

 キラクにチョーセンしよう。

 マケたらニゲればいい。


 …………逃げられれば、いいんだけどな。


 ブドゥルシャハク。

 格下のザコがほとんど攻撃を受けてないからかなりイラついている。

 完全に怒り狂っているね。

 そのイラつきが無駄に力を込めさせ、攻撃モーションをすこしだけ大振りにさせる。


 わずかな悪循環。

 かすかな付け入る隙。

 それこそが、死中の活。


(命拾いした)


 アリアめ。

 何度か話しかけてやってるのに。

 さっきから返信はない。


 魔力のラインで雑談のために魔力を吸った瞬間に俺が死んだら、さすがのアリアも寝覚めが悪いか。吸う魔力がごくわずかでもな。


 さっきから100回死にかけてる。

 死の恐怖。

 紛らわすのにユーモアは欠かせないが。

 仕方ない。

 いまは戦闘に集中しよう。


 打撃や蹴り技だけのコンビネーション。

 必死に捌く俺。余裕はない。

 そろそろトドメが来そうだ。


 祈りの宝玉に溜め込んだ光の魔法を最大限活用するためにならされたはずの城壁前の平地。ブドゥルシャハクの猛攻で、いまでは地面は荒れ狂ってる。


 ナヂムが首に繋がれた鎖を振り回して相手している魔族の突撃部隊を包む嵐も現在だ。塹壕じみた溝。魔族どもの死体。遮蔽物が増えすぎた。宝玉は従前には働かない。


 俺がそう感じた。

 悪鬼も思ったんだろ。


 血ののぼった頭が落ち着いたか。

 燃えあがる炎のような連打が、狡猾な蛇のように絡みつくものへと戻る。イヤな空気だ。


 一歩の距離。

 手技を警戒する俺。

 絶妙な威力の悪鬼のローキック。

 避けたが、姿勢が、崩れた。

 目の前の悪鬼。ぬるりとした違和感。





 背後を振り向くのには勇気が必要だった。

 

 音もなく赤く光る悪鬼の右腕。


 手刀が俺の首に迫っていた。


 重力に任せれば、死ぬ。風。爆風で移動。



サシュッ



 俺のいた空間そのものが斬れたような、そんな音が響くのを、地面を転がりながら聴いた。



「お前、やるな」



 悪鬼は冷静なままだ。

 奥の手を避けられて激昂したりしない。

 当たり前か。

 ヤツは俺を、実力で圧倒している。



✳︎



 悪鬼は奥の手らしき光る手刀を多用し始めた。魔力が死ぬほど込められており、バチバチと赤い燐光を纏っている。



サシュッ  サシュッ



 空間まで斬れているような、身も心もゾッと冷えきる音が、ギリギリまで引きつけてから攻撃を避けるたびに響く。


 これは受けられない。

 俺が避けた先にある岩まで切断する斬撃。

 薙ぎ払いに加えて、刺突まである。

 最高に厄介だった。

 射程が腕の長さと同じことだけが救いだ。

 いや、蹴りでも使えると見ておかないと。


 最初に避けられたのは運が良かった。


 回避不能の初見殺し、か。

 悪鬼の魔力が弱ければ、俺は感知できずに死んでいたかもしれない。

 フィジカルと戦闘センスに恵まれた悪鬼は、魔力量で格上の相手を今の技で倒してきたんだろう。


 だが、格下相手に使う技としては微妙だ。

 感知されやすい。

 俺がヤツなら、自分の魔力をもっと減らしてから狙う。

 今の悪鬼に必死さはない。

 当たり前だが。


 ザコに対するわずかなイラつきだけ。

 完全に下に見られている。

 ありがたい。

 

 ブドゥルシャハクの魔力はさほど高くはない。俺より少し多い程度だ。手刀は魔力をかなり使うらしい。このペースで無駄遣いさせれば、そのうち逆転する。


 怒りは力と勢いを生むが、冷静さと計画性を奪う。いい傾向だ。


 金属じみた硬くて重い肉体。

 幾多の実戦の果てに練磨された武術。

 これらは確かに恐ろしい。


 だが、魔王暗殺を完遂する勇者オレがつまずいていて良い相手じゃない。


 それに地の利もある。


「お前に、ここで逢えて良かった」


 こんなバケモノ、魔王と組まれて同時に襲われるのが一番キツい。


「今、この場で、確実に殺してやるよ」


 悪鬼は応えない。



✳︎



 ブドゥルシャハクの能力で俺が最も警戒しているのは、"気配を消せる"ことだ。


 肉弾戦が鬼のように強いのも、チョップで何でも斬れるのも、城壁に地平線の果てから巨岩を投げ込む怪力も、突撃部隊を包む竜巻の魔法も、戦闘で俺を圧倒しながら8基の祈りの宝玉に対して常に警戒しつづける用心深さも、すべて理解の範囲内。ただ強いだけだ。


 たまに気配が希薄になることだけが不気味だった。


 ひとつ。想定されるのは、魔力のパスで近場の他の魔族に一時的に魔力を送り、低魔力状態で移動し、移動後に魔力を回収している可能性だ。


 だが、これは違う。近くに他の高魔力者の気配がない。遠ければ距離に応じたタイムラグもあるはず。この線はない。


 魔力の波長が違えばロスも大きい。気配を消した前後で悪鬼の魔力総量に変化は見られない。魔力の波長が同じ俺とエミなら同じことが可能だが、エミの魔力の総量は俺の1%程度。魔力量も同程度で波長も同じ魔族が存在するとは思えない。やはり考慮しなくていいか。



 手刀薙ぎ払い、回避。


 魔力を込めた突然の咆哮、全身が固まる。


 踏み込んでの前蹴り、なんとか回避。


 そして、わずかな隙。

 悪鬼の横に回り、回避スペースを作る。

 後ろに逃げられなくなれば俺は死ぬ。

 命の綱渡りがいまだに続いている。


(勇者様。宝玉か支援魔法、)


(要らん。それより、わかったか? ヤツはどうやって気配を隠蔽している)


(そんなこと、いま必要ですか?)


(いま、必要なんだ)


 アリア……、お前は危機感が足りない。俺がヤツと互角に対峙している、様に見えるせいか。


 ブドゥルシャハクがその気になれば、気配を消していつでも俺の首を刎ねられる。そのぐらいの危険感が俺にはある。悪鬼が魔力を半分手放せば実現するんだ、状況はヤバすぎるままだ。


 俺、そしてナヂムまでヤラれれば、このレベルの魔族を相手できる前衛はそうはいない。悪鬼は後衛寄りの高魔力者には抑えられん。街が墜ちかねない。


 魔力は万能だ。時空を超えて俺をこの世界に召喚した。なんでもできる、のかもしれない。そこで思考を止めては勝てない相手。どう上回るか。魔力の真髄に至る必要がある。



 ブドゥルシャハクの連撃。反撃欲をなんとか抑え、ひたすら観察に徹する。明らかにイラだっている。もう一度煽るか。


「バテてきたか。年寄りは、もう引退したらどうだ。魔王に譲ってな」


「ん、だとッ!?」


 口撃がやっと効果を見せた。


 4歩の距離。悪鬼の全身を可視化できるほどの魔力が覆う。尋常ではない殺気。


 ふっと存在が薄れて、目の前、1歩の距離に悪鬼。気配消しをまた使ったな。


 そしてまた地獄の連撃が始まった。



✳︎



 悪鬼の猛攻。とにかく凌ぎ続けて、魔力量がやっと並んだ。防御にだって魔力は使う。なかなか厳しい戦いだった。



 薙ぎ払いに見せかけての突き、回避。

 足元の土まじりの蹴り上げ、回避。

 同時に土煙を捲き上げる魔法、上書き?

 出来ない!


 視界ゼロ。気配消し。来る。何が来る。


 超低姿勢のタックル。


 読んでいた。

 ローキックで悪鬼の頭を蹴飛ばす。


(わかってきたぞ)


 返信なし。


(自分と自分に魔力のパスを結んで魔力を送ってるのかとも思ったが)


 返信なし。


(違った。まず、気配を過剰に発する魔力を空中に放出している。それから気配を消して移動している。戦闘機がミサイル避けるためにダミーの熱源を撒くのと似てるな。潜水艦が魚雷避けるためにダミー音源撒くのとも似た原理か)


 ラノベで読んだ。


(気配隠蔽魔法か。高度な技巧だ。やはり戦闘の天才らしいな)


(……それが、いま何なんですか?)


(悪鬼は魔族殺しの専門家だ。それも格上相手の。手の内が知りたかった。回避不能の初見殺しで瞬殺するのは勿体ないだろ)


 高魔力者は魔力感知が苦手だ。魔力量の格上を相手にするにはそこを突くのが常道らしい。


 気配の隠蔽。

 良い手だ。

 かなり上手い。

 魔力操作の熟練の技だな


 俺がブドゥルシャハクの不意打ちに対応できていたのは、単にヤツより魔力が少なかっただけだ。


 お礼に見せてやるか。

 俺が修めた魔力の真髄。その一端を。



✳︎



 基本的な魔法として水の魔法がある。召喚されてからエミと過ごしたあの地下室でよく世話になった。飲み水と風呂とかでな。


 あまり戦闘では使われない。火の魔法を消火するときだけ。だから生活魔法とかに分類されている。


 水の魔法。

 原理はアリアもエミも知らなかった。

 俺は仮説を3つ立てた。


 ひとつめ。空気中の水をかき集めている。

 ふたつめ。物質を創造している。

 みっつめ。水を召喚している。


 結論からいうと、最後の水の召喚だった。検証は簡単。水を満たした壺をずらりと周りに並べて、水の魔法を行使しまくるだけ。俺を囲んだ同心円状に水が減りやすかったし、湿度はさほど変わらなかった。物質を一部創造してる可能性はまだあるが検証する方法はない。人族の長い歴史で水魔法を使いすぎたせいで海が広がったりはしてないそうだ。物質創造は魔力は苦手で、物質を召喚する方が得意なのは間違いがない。


 風呂では温水を召喚したり、水を温めたりどちらもしていた。温度変化も魔力は得意だ。


 そこまでわかれば、火の魔法の原理も想像がつく。温度変化と燃料の召喚を同時にしているだけだろう。


 悪鬼の気配消し。最初は、自己召喚の原理で移動する魔法かと思ってビビらされた。タネが割れればたいしたことをしていない。この程度の相手なら勝てそうだ。



「"蝕む毒よ"」


 右手で払うように、召喚した液体を悪鬼に振りかける。


「んなッ!?」


 悪鬼はすぐに5歩の距離へと離れた。

 右腕に広がる煙の上がる液体。触れた部分をすぐに燃やし、観察したがわからなかったんだろう。もう2歩離れて、即こそぎとり、即回復させた。そこには迷いがない。


 ちなみに毒はウソだ。高魔力者は毒まで効きづらい。ただのマイナス180度くらいの液体空気を召喚しただけ。風魔法の応用。アリアと一緒に開発した。意外だが火の魔法より魔力コストが低い。少量だしな。適切なイメージさえあれば温度変化は容易かった。


 詠唱は精霊なり魔神なりに呼びかけるものだが、起こす奇跡のイメージがブレなければ何でも問題がなかった。だからこんなこともできる。


 悪鬼の警戒が高まった。

 距離をとったままこちらを観察している。

 ここから逃げられては面倒だ。

 次で決める必要がある。


 流星剣を抜き払い、魔力をたっぷりと馴染ませてから斬撃の魔法で覆う。効果範囲内の空気分子が切断されて、閃光が弾ける。


 抜かないままだったこの剣も、悪鬼はそれなりに警戒していた。悪鬼の警戒レベルに変化は見えない。


 向こうは全身凶器。どこにだって斬撃の魔法を帯びさせることができる。敵うはずがない。リーチの短さも爆発的な突進力で補ってくる。

 こっちは頼りない剣一本。リーチも流星剣の分、40センチ長いだけだ。俺は変わった魔法を使ってみせたが、悪鬼の優位は変わらない。

 まだそう思っててくれている。表情と魔力から読む。





 魔力は万能だ。世界の法則さえ塗り替えられる。きっと物質の創造さえ可能だ。俺がその気になれば。


 魔力で奇跡を起こす。


 俺の知る奇跡。

 その再現。


 魔力が存在しない世界。

 俺しか知らない世界。


 魔力の否定。


 魔力で魔力を否定する。

 悪鬼の魔力を否定する。


 集中。


 悪鬼の初撃。

 斬撃の魔法を帯びた右手。

 俺の首に伸びてくる凶器。

 流星剣で打ち払う。


 接触。

 爆発的な閃光。


 何も見えない。

 だが互いの魔力を感じる。


 距離を詰められる。


 ここだ。


 俺も全身を斬撃の魔法で覆う。

 魔力消費。

 1秒持てばいい。


 左手。

 悪鬼の腹にそっと触れた瞬間。



 魔力のすべてを放出。


 全魔力で否定。



 "魔力の対消滅魔法"



 効果は絶大だった。



 戦闘中だというのに、悪鬼の動きが、完全に止まる。


「ぐっ!? な、にを、した……!?」


 悪鬼は膝をつく。息まで苦しそうだ。


 首狩族の首を持ち帰ってわかったことがある。肉がぐずぐずに崩れていった。さほど時間が経たずに。魔族の体組織。高魔力下に特化し、魔力で維持されている。


 おそらく10秒は身動きできないだろう。

 それで十分だった。


(アリア。悪鬼をけ)



 閃光。爆音。


 光の魔法が発動。


 祈りの宝玉2基から悪鬼へ光が注がれる。



 光が消えてから兵が煙を散らして残っていたのは溶けた地面だけ。悪鬼は死体も残らなかった。


(すごいな。太陽が召喚されたかと思った)


(勇者様。勝ちましたね)


(ぎりぎりな)



 さすがにつかれた。

 魔力もからっぽだ。


 ナヂムや兵の戦闘は続いているのに体は動きそうにない。その場に座り込んでアリアを探す。


 城壁の上で笑顔で手を振るその姿を見つけてから、意識を手放した。

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洗脳聖女とウソつき勇者〜異世界召喚された俺は聖女の洗脳にレジストして二股をかける!〜 イモタロー @onikutabetai

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