魔王攻略編2 悪鬼ブドゥルシャハク

カンカンカンカンカンカンッ


 警鐘がけたたましく鳴り響いている。

 兵士たちがあちこちを走りまわり、魔族を迎撃する準備を急ピッチで進めていた。


──間に合うか?


 自問しつつ、城壁から地平線を睨むが魔族どもはまだ見えない。だが、確実に近付いている。首狩姫並みに強力な個体が


「いや、違う。それどころじゃない」


 ぞくぞくと脳が痺れるレッドアラート。警鐘より激しく。跳ね起きた時からやまない。天災みたいな存在が近づいているのを勇者の第六感だけがとらえていた。


 つい息が荒くなり、魔力制御まで乱れてくる。おかげでソフィアが背後に立ったのに気付くのが遅れた。


「なにをひとりで話してるの?」


「ん、あ、つい魔族の嫌な気配で。つうか黙って聞いてんな。死ねよ」


「お父さまから伝言よ。マコトはしばらくここで待機ね」

「ああ? なんでだよ、この街の最強戦力はたぶん俺だぞ」

「だからよ。ナヂムは出して、マコトは温存。向こうの最強個体に当てる。しばらく城壁のど真ん中で睨みを効かせててね。あたし、ちゃんと伝えたからね?」

「あ、おいっ!」


 固い表情で言い終えるとすぐさま走り去っていった。緊急時に俺への伝言だけで聖女を使うなよ。それだけ俺を重要視してくれてるのか。


(アリア、俺は待機を命じられた。お前は?)


 魔力のパスによる通信。

 アリアと俺の間にはホットラインがあるのを、こんな状況下でさえリニーには明かしてないらしい。俺はエミにさえバレなきゃどうでもいいが。


 立て込んでいるのか。

 かなりの間があってから返事があった。


(魔族の群れが城砦に到達次第、大規模範囲魔法を行使する予定です。ソフィアと連携して。しばらく勇者様の近くにいれません。ご容赦を)

(いい。俺の魔力も存分に吸え)


 勇者の長所の一つに、魔力の回復能力の高さがある。

 

 どんな人間でも、魔力が空っぽになっても半日休めば満タンまで回復する。俺の体感だと1時間で1割程度か。


 俺の魔力の最大量が一万とすれば、一時間待ってるだけで千も回復することになる。アリアが百だけ回復してる間に、アリアの最大魔力量と同じ分だけ回復してしまう。この差はデカい。


 だが、高魔力の個体ほど回復能力が高いのは魔族も同じだ。この戦闘、きっと格上が数匹はいる。回復能力で劣るんだから持久戦は不利だ。


 人族も魔族も、魔力の器は胸の辺りにある。頭と胸を切り離してしまえば回復魔法も使えない。最も有効な攻撃は首を斬り飛ばすことだ。


 短期決戦で首をねる。

 それ以外に勝つ手段はない。


✳︎


 魔族の行軍により追い立てられた近隣のモンスターが侵入し、兵士との散発的な戦闘が起きている。群れで来たのは伸縮式の角を持つフグ顔のシカ、触手で包んだ槍を突き出す器官を持つ猪、3メートルあるメドューサみたいなタコくらいか。


 他は単体でやってきてはあっさり兵に倒された。魔族に追い立てられたザコモンスター程度、前線都市の屈強な兵隊には相手にもならなかいだろう。


 いまだ夜の闇の先にある地平線。

 ついに現れたのは霧だ。いや、渦巻いている。祈りの宝玉への対策として竜巻の魔法を使っているのか。魔族の軍勢も中に見える。


 岩の装甲に覆われたゾウや巨大な黒いヒョウのようなモンスターに乗って魔族は移動してきている。


 魔族の第一陣。怖気おぞけを感じる上位魔族はいない。ゾウが引く荷車に載せられた攻城兵器を迅速に無力化するのは兵の仕事だ。大石弓部隊や弓兵が射程距離に入るのを待ち構えている。話に聞いていた残弾の吐き出し合いがこれから始まるらしい。


 ……ソフィアがナヂムを連れて俺のいる方に近づいてきた。魔族の群れに視線を向けており、俺を特に意識していないらしい。最寄りの城壁のふちに歩いていき、ソフィアは首輪に繋いだ鎖を手放した。


 ついに出陣か。


 ソフィアが切なそうにナヂムを見つめ、肩から指先までゆっくりと撫でると、少しだけ小指を握りしめながら囁く。そのウィスパーボイスも無粋な勇者の聴力は捉えてしまった。



「ナヂム、おねがい。蹴散らして」



ウオオオオオオオオオオッ!!


 全ての音を掻き消す咆哮。

 魔族の進軍さえ一瞬止まった。


 迸る魔力。白い燐光を纏った勇者が大地に突き刺さるように降り立ち、そのままの勢いで魔族へ突撃する。


 魔族が蹴散らされるのに5分も掛からなかった。


✳︎


 第五陣。また構成は同じだ。


 引いていたゾウを殺され放置されたままの攻城兵器は、戦場の隙間を縫うように駆け回っている魔法使いが爆破する。こちらの被害は少ない。


 8つの宝玉は温存。

 聖女2人は待機。

 勇者の俺も待機。


 ナヂムは戦場のど真ん中でいまも大暴れだ。消耗は少ない。勇者の継戦能力は異常だ。戦うさなかに回復していくんだからな。


 魔族の群れが纏っている竜巻の魔法だけが少し不穏だ。巻き上げた小石が弾丸の速度で襲ってくるせいで被害が出ている。これまでの防衛戦で一度も起きたことがないとアリア経由で知った。


 これまでリニー攻撃に参加しなかった上位魔族が向こうにいる。悪鬼ブドゥルシャハク。格上にしか興味のないトリッキーな魔族を、アリアと俺が招いたのか。気配だけを地平線の向こうに感じる。


 すこしだけ後悔した。


「首狩族の族滅は、悪手だったのかな……。魔族の共食い野郎を起こしちまった」


 集中を欠いたつもりはない。

 それでも反応が一拍遅れた。


 冗談みたいな光景。

 スローモーションに見えた。

 10メートルを超える岩石が飛んでくる。

 城、いや俺にッ!

 ふたつ、みっつ!?


 風の魔法を応用した移動。

 飛んでくる岩まで飛んで叩き落とす!


 …兵を潰した。無視。次。飛ぶ、落とすって、間に合わねえぞ!


 残りは魔力をぶっ放して粉砕。

 魔力、1割減ったか。

 

 叩き落とした岩石の上に降り立ち、舞い上がる砂埃のなかでやっと息をつく。


 そこに不意打ちの声。


 

「お前が勇者マコトか」


「……ブドゥルシャハク!」


 声の方を見下ろすと、砂埃のなかで悪鬼が目の前に立っていた。5メートルも離れていない。ずっと感じた嫌な気配はこいつだ。


 全てのパーツが銀色に輝いている。


 感情の読めない大きな眼、複眼。鋭い大顎。長い触覚。そのすべてが金属製のように見える。外骨格に覆われた手足。総じて、人型に進化した蟻のような風貌だ。


 天然ものの鎧か。

 魔力の通りが良さそうで嫌になる。


 節で繋がれた各部は繋ぎ目以外は攻撃が通りそうにないのに、鉄製の防具で関節を覆っている。


 身長は2メートルはある。

 魔力は……。意外。量は俺と大差がない。

 それがおそろしかった。


 格上を殺すスキルがこいつにはある。

 冷や汗が頬に垂れていく。

 投げた岩に紛れて接近された。

 魔力の気配は普通は隠蔽をできない。

 気配を隠せる能力か。

 さっき不意に襲われれば俺は死んでいた。

 流星剣を持つ手もかすかに震える。


 会話。せっかくのチャンスだ。期待せずにウソを吐く。油断させられればいいが。


「悪鬼ブドゥルシャハク、取り引きがしたい」


「ん? んんっ? 取り引きだあ?」


 地の底から響くようなしゃがれた恐ろしい声が、可笑しそうに震えた。一発で反応あり。会話を楽しむタイプ。


「お前は強いヤツと闘うのが好きらしいな。俺と手を組めば魔王とたたかわせてやるぞ」


「あ? ああ? ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ! 俺が!? 魔王と闘うだって!」


 相当ツボだったらしく、腹を抱えて笑い出した。


 本当に可笑しそうに、ひとしきり笑うと悪鬼は俺に凍りつくような視線を向けた。特上の殺気とともに。



「魔王は俺の息子だ。誰が殺すかよ」


「そうか。すまん」



 交渉決裂。


 こいつ、魔王のために敵対魔族を殺してただけかよ。

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