冬はつとめて冷静に
ユーマ君はいいにおいがする。
とくに朝。
ワックスはつけてないぽいからヘアトニック? しらんけど。なんだか落ち着くふしぎなにおい。視界に入っていなくても、近くにいればわかるのだ。
今日は近いと思ったら目の前に座っていた。後ろの席に座るゴリラ系男子とボソボソしゃべってる。
私とユーマ君は同じバスだ。冬だけ。
ユーマ君とはあれから一度も話してない。最近は視線も合わさない。
半年くらいは視線を感じることが多かったけど。ほぼ胸に。童貞くさ。
「学祭で俺ワカナとだいぶ仲よかったじゃん」
「うん」
「一緒にケッコー帰っててさ」
「うん」
「昨日告ったさ」
「マジ。どうなった」
「スルー的な感じにされた」
「どういうこと?」
ゴリラ君はフラれたらしい。なんかボソボソしゃべっている。興味ないのに耳に入ってしまうので、仕方なくイヤホンを耳に付ける。
「お前どうなんだよ。キノシタと」
「なんもないし」
「休みに会ってるらしいじゃん」
「いや、会ってないし」
ほう? めずらしい。ユーマ君の恋バナが聞けそうだった。再生したかのようにふるまって外をながめた。私はあなたたちの話なんて聞いてまセンヨ。ホントダヨ。
「図書館にいっしょに行ったんだろ」
「行ったけど他にキムラさんとかもいたし」
「え? なにそれ女ばっかじゃん」
ビミョーなモテ方するよね、ユーマ君。
「勉強する会的なのに誘われただけだと思う」
「めっちゃうらやましい」
「あとキノシタさん彼氏いる。8組のオカダ。内緒だけど」
モテてなくて安心した。本当に音楽を聴き始めた。その時、降りる客に背中を押されて前に一歩つんのめった。
ウゼーな。
降り口に消えていくソイツをニラんで気づくのが一拍おくれた。
当たってる。ユーマ君。あなたのヒザ。私の、アソコに。ビミョーに。
いやー、完全に当たってるね。びっくりした。普通は高さが合わないよ。車輪のそばのビミョーに高いイスだからか。シンデレラフィット。
他のヤツならソッコー離れてたけど、イタズラ心がムクムクとわいてくる。もう少し押しつけることにした。当ててんのよ?
ユーマ君はすでに気付いてるだろ。この童貞め。気づいててヒザをはなさない。
これでユーマ君はチカンに目覚めちゃったかもしれない。
もうちょっとだけ感触を残してあげてから、ユーマ君の心にクギを刺してあげよう。私は軽いけど優しいのだ。
ゆっくり、本当にゆっくりとユーマ君に顔を向けていく。しっかりと目を見つめる。間が大事だ。ここまでしてユーマ君もこちらをすこし見た。
まず天使のような優しい笑顔を作った。
そしてゆっくり、ゴミを見るような目に変化させていく。この間が大事だ。
最後に、声を出さずに、ゆっくりと口の形で伝える。
サ・イ・テ・ー
チ・カ・ン
ビクリと震えてヒザがはなれていった。顔を真っ赤にしている。ユーマ君かわいい。ヒザのぬくもりも一生忘れないのかな。
ゴリラ君とまだなんか話してる。彼は私たちに何も気づかなかった。ニブそーだもんな。
◆
学校に着いてすぐトイレに行った。
「セーフかな」
バスの振動でちょっとだけヤバかった。
私も目覚めちゃったかもしれない。
【短編】チカと私とユーマ君 イモタロー @onikutabetai
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