短編 靴下の穴

 俺は今、靴下の穴を塞いでいる。

 それも、パートナーである彰人あきとの靴下だ。


 今朝、彼はゆったりと支度をしていたが、朝一番に会議があったことを忘れていたらしく、思い出した途端に慌てて準備をし始めた。


 そのとき「洗った靴下が見当たらねぇ!」と、新しいものを出したのまでは良かったが、急いでいたせいで靴下のタグピンをハサミで切った際に、布まで切ってしまったのである。お陰で新品なのに小さな穴が空いてしまったのだ。


 慌てているし、靴下には穴が空いてしまったことで混乱してしまった彼を落ち着かせるように、俺は物干し場から乾いた靴下を渡してこう言った。


「俺、今日は休みだから縫っておくよ」


 それを聞いて安堵したのか、ぱっと表情を明るくすると「本当か! じゃ、頼んだ!」と言って意気揚々と出て行ったのである。


 俺は内心、彰人にいい所を見せるつもりで得意気な気持ちだった。裁縫のレベルは、得意か不得意かということが分かるほどやったことはないが、家庭科の授業ではそれなりだったので大丈夫だろう。それに今回は、靴下と同じ色っぽい糸で縫えば何とかなりそうだ。


 そう思って始めたのだが、靴下というのは知っての通り伸び縮みする要素を備えている。それなのに縫う糸は伸びない……。小さい穴を縫うとは言え、これは下手に縫うと履くときに支障が出るのではないか――ということが、裁縫素人の俺でも想像できた。


「……引き受けないと良かったかな」


 彰人にちょっといいところを見せたくて、その上喜んだ顔が見られると思って見栄を張ったのがいけなかった。これは安易に引き受けたことへの代償だ。

 俺はもやもやとしつつも、何とかそれっぽく穴を塞いだのだが、上手く言ったようには到底思えなくて、忘れるかのように買い物に出た。


――――――――――


「ただいま!」


 彰人が元気よく帰ってくると、俺は気を紛らわすようにキッチンで作業をしているふりをする。実際はそわそわとしたとした気持ちで、彼のその後の行動を眺めていた。


(あ、ソファの方へ行った……)


 縫った靴下はソファの上に置いてある。絶対に気づく。絶対に気づ――。


「おお! 靴下じゃん! 直樹縫ってくれたの⁉」


 気づいた彰人は鞄を置くや否やソファに揃えて置いてあった靴下を手に取ると、穴の開いた箇所を探した。


「うん……」

「すっげぇ! 穴見えないじゃん! 元に戻ってる!」


 嬉々として喜ぶ彰人に、俺は顔を伏せる。


「見た目はそれなりかもしれないけど、もしかしたら履き心地が変わってるかも……」


 と言っている間に、彰人は履いていた靴下をポイポーイと脱ぎ捨て、俺が縫った靴下を履いた。


「うん! 大丈夫! すごくいい!」


 彰人はそう言ってにっと笑うと「あ! これ明日履いて行けたのに、履いちまった……でも、まぁ……ちょっとだから、いいよな、な?」と言って、そろそろと脱ぐ。


 全く、本当に敵わない。

 俺は彰人に笑みを向けて「ありがとう」と言うのだった。

 

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直し物 彩霞 @Pleiades_Yuri

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