第5話 CAMERA 5

 ベータが『キューブ』内に残っている状態で探査に出ることにガンマは不安を隠しきれていなかった。増してやベータが私を新入りと呼んだのを聞いて、ガンマは更に不安と嫌悪を露わにした。

 何よりガンマは指令室を殆ど信頼していない雰囲気を出していた。私の指示を聞いているのかも怪しい。そのような態度を取られると、冷静を保とうとする私も思わず語気を荒げてしまう。

 そんな険悪な状況をベータは上手く緩和してくれた。

 新入りの私に自分たちでこの仕事を教えてやろう。少し嫌なやり方であるが、それで言う事を聞いてくれるなら私は構わない。

 私も出来る限りガンマの安全を最優先にした指示を行うことで、何とかガンマの機嫌を損なうことは避けられた。


「多めに見てくれ。あいつ、今まで過酷な現場ばっかりだったからよ」


 ガンマに聞かれないように私に直接繋がる通信でベータは言った。

 少し気になる話だ。

 『企業』の方針で調査員同士も密接な関係にならないよう、色々な手段が使われている。部屋も移動も個室、探査はなるべく一人、秘密の会話が出来ないように調査員の会話は全て指令室に筒抜けだ。

 更に連続して同じチームにならないように調整もされている。

 そんな状態で一人の調査員のことを知るなど、全くベータという男も物好きだ。


「あいつ、ここに来た理由も悲惨だからな」


 ベータに私語を慎むよう私は指示する。これ以上、調査員のことを知るのは私の業務にも支障がでる。

 ただ、あまり強い口調で言わない。

 使用できるカメラが少ない中、順調に探査が出来ているのはベータのお陰だ。

 直結探査で進むガンマの周囲を確保するように、球体カメラで隣接する部屋を探査するベータ。私がガンマに集中できるように、球体カメラでの監視を浅く私が終えるや否や彼は危険を顧みず部屋に入り、構造の報告をしてくれる。

 ベータからの報告を図面に書きつつ、画面を見ていた私はヤツの姿を発見する。

 

 部屋に不気味に漂う黒い影の塊。

 キューブ内に複数住まう正体不明の存在。

 生物かどうかも分からない怪物。

 奴らは音もなく部屋を移動し、調査員を見つけると素早く迫り――殺す。

 食するわけではない、ただ殺すだけ。

 人体を跡形もなく殺害するその光景は、調査員だけでなく指令室で働く人間にも精神的苦痛を与える。


 それは不気味に上下に揺れながら、ガンマのいる部屋へ向かおうとしていた。

 すぐさま、ガンマへ一つ前の部屋に戻るよう指示を出す。それと同時に右に二つ離れた部屋にいるベータにも待機を命じる。

 奴は時間をかけてガンマ先程までいた部屋を通り過ぎる。幸いにもガンマを逃がした部屋には向かわなかったが、カメラの設置されていない部屋へ行かれてしまった。

 図面を見て奴の大まかな進行ルートを推測し、ガンマに前進をベータには現在位置からの後退を指示する。

 奴の存在に震えていた私だが、同時にそれは一つの希望でもある。

 あの黒い影は渦を描くように部屋を巡回している。そして、その渦の中心には『キューブ』発生の原因となる部屋がある。

 つまり、目標は近い。

 そのことはベータもガンマも解っている。取り分けガンマは少しだけやる気を見せてくれた。

 その後も奴の接近に合わせて二人を逃しつつ、順調に部屋を進ませる。


「……そろそろだね」ガンマが静かに言う。

 

 私は端的に返しつつ、図面を見ながら万が一に備えて逃走経路を設定する。

 奥に繋がる部屋へガンマが首だけを出しながら偵察する。


「発生原因の部屋を確認」


 ガンマがそう報告した時、隣接する部屋に黒い影が現れる。移動ルート的に恐らくは二体目だ。

 あと一息のところなのに、私は思わず舌打ちしつつもガンマに部屋を戻るよう伝える。

 ゆっくりと奴が先程までガンマのいた部屋を通過する。

 私がガンマへ指示を出した直後だ。

 隣の部屋に映った奴が突然カメラへ襲い掛かった。

 予想だにしていない行動に私は思わず声を上げた。奴らがカメラを襲うことなど、今までになかった。

 焦る私の様子に二人も僅かに動揺している。

 その時だ、ガンマのいる部屋に奴が戻ってきた。

 そんな行動、奴らは今までしていなかった。

 当然それはガンマたち調査員も常識として捉えており、それ故にガンマは逃げる間もなく――


 咄嗟に私は通信機を耳から外し、液晶画面から目を外す。

 数分経ったか、私はガンマいた部屋を見ないように視線を戻す。

 画面の一つに映るベータが耳を指すサインをしている。通信機を付けろ、という事だ。

 

「目標の部屋を確認した。後は俺がやるから、あんたは休め」


 ベータの言葉に甘え、私は椅子から立ち上がり部屋を出る。

 私の様子を察したのか副管理者は休むよう言うと、交代要員として彼は部屋へ入る。

 廊下を進み、自分の部屋に戻ると私は寝台へ身体を倒す。

 想定外、不測の事態。

 そんなこと関係ない。

 私の反応が遅れ、ガンマは死んだ。

 通信機を外そうとした瞬間、微かに聞こえたガンマの叫びの一部が、誰かの名を言おうとした声がいつまでも私の耳に残っていた。

 


 異常現象の原因を取り除くことにベータは成功した。最も慣れた彼には造作もないこと。

 副管理者に事態の経緯を手短に報告すると、彼は急いでガンマの元へ駆けた。


「よりにもよって、お前が死ぬとはな」

「別れた兄を探そうとしたお前が犠牲になるなんて、酷い話だよ」


 息絶えたガンマの傍にしゃがみ込み、遺留品となるタグを探す。

 タグは見つからず、だがベータは代わりに光る物を見つけて取り出す。

 血に濡れた銀のペンダントだ。

 中を開いてみる。

 そこには――

 四人の家族らしき写真が入っていた。

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CUBE ROOM 金井花子 @yanagiba0731

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