第4話 CAMERA 4
ベータが『キューブ』内に入ったことを確認し、私は液晶画面へ視線を移す。二の番号が振られた部屋にベータの姿。
『キューブ』内に灯りは一切ないが、完全な闇ではない。
どういう訳か室内の様子はうっすらと見える。最も指令室で働く人間はカメラの機能で視ているので、実際の視認性は現場調査員にしか解らない。
ベータが暗視ゴーグルを装着して室内を見渡す。装備で彼の表情は分からないが、緊張を感じていないどころか『キューブ』を探索することに嬉々としているようだ。
命の危険が常に在る現場で、既に死人が出ているにも関わらず。
長く第一線で働いているからか或いは、余裕に己が身を浸しておかなければ気が持たないのか。
そう思った私はふと、そんな連中が身近に居たことを思い出す。
壁の外で生活をしていた頃、夜に暴れて人を殺すような連中は大抵そんな奴だった。
腹立たしい無法者たち。
あの日の出来事を忘れはしない。
父を殺し、母を――
「新入りさんよ、そろそろ指示をくれないか」
ベータの声が聞こえ、私はハッと我に返る。画面『二』には、わざとらしく手を振っている彼の姿がある。
目の前の仕事に集中をしなければ。
私は彼へ謝ると、机に広げている建物内の図面を見る。
書かれている五つの部屋。
入口にあたる第一の部屋の各辺から三つの部屋が接続されている。その内、部屋番号『一』の上には二つの部屋が積まれているように書かれている。
『直結探査』方法を前任者の男は選択したようだ。
私たち指令室の人間は『キューブ』の探査において、様々な方法を学んでいる。その中でも『直結探査』は、入口から一直線に部屋を進む方法で短時間且つ楽に『キューブ』による異常現象の原因を取り除くことに特化している。
『キューブ』にはその構造に決まりがある。
異常現象の原因は大抵『キューブ』内の中心部にある。
無論中心の部屋から入口まで幾つの部屋があるのかはバラつきがあるが、上記の『直結探査』を用いれば最短経路で辿り着くことが可能だ。
前任者はこの方法で、アルファへ指示を出した。
つまりアルファの死体は入口を含んで三つ目の部屋、部屋番号『五』と書かれている部屋に繋がる三つの内、正面部分にあると思われる。
ベータに正面へ進み、二つ目の部屋へ向かうよう指示する。
ゆっくりと慎重に歩く彼の移動先を私はしっかりと監視する。指令室からの指示がない限り、歩調は非常に遅くするのが現場調査員の常識だ。
五の番号が振られた部屋は少し広く、部屋中に椅子や机が転がっている。到着したベータに私はすぐさま右手と左手の部屋へ球体カメラを転がし、物陰に隠れるよう指示をする。
「この感じ直結だろ? 正面に早く行った方がいいんじゃねぇか?」
ベータの言葉はもっともだ。だが、私としては部屋の左右をしっかりと確認しておきたかった。何が起きるか分からない以上、安全は出来る限り確保しておかねばならない。
そのことを伝えると、彼は気を悪くすることもなく同意してくれた。
ベータが手早く球体カメラを転がすと、部屋の隅にある机を上手く動かして姿を隠す。
私は机に置かれている機器を手元に寄せる。機器の表面に書かれた操作通りに動かすと、画面に映像が流れる。
「右側に転がしたのが一番、左が二番だ」ベータが声を潜めて言う。気の利いた言葉に私が礼を言うと、彼は嬉しそうに笑う。
右側の部屋をまずは確認。上手いこと転がしてくれたのか、カメラは部屋の中央部で止まったようだ。レバーを操作してカメラ部分を回転させて、私は部屋の全貌を確認する。
悪くない部屋構造だ。ベータがいまいる部屋のような物が置かれておらず、それでいて非常に広い。逃走する際に通過する部屋に含めても良いだろう。
図面に部屋の情報を書きながら、私は一応アルファの死体を探すが、まあ見つからない。
私は画面を切り替えて左側の部屋を映す。
思わず私は声を出した。
アルファの死体があったわけではない。
部屋の構造が嫌なものだからだ。
一人用の個室程の広さの部屋には、所狭しと物が置かれている。
何より部屋のどこを見渡しても、次の部屋繋がる場所が一つ――ベータのいる部屋――以外にない。
行き止まり部屋。
決して入ってはならない部屋。図面にバツ印をつける。確認して正解だった。
私は得られた情報をベータと共有する。その後、球体カメラを回収しつつ右側の部屋へカメラを取り付ける。
そして、最後に残した部屋へベータを向かわす。想像通り、アルファの死体があった。
原形をとどめない程に損傷しているアルファから遺品代わりのタグと、残りのカメラをベータが取る。
不味いことに五台のカメラの内、三台が破損していた。
使用できるカメラは球体の物を含めると九台。
多い数字ではない。
「仕方ない、俺が球体カメラを使って周囲探査する。あんたはガンマに指示だして、中央部に向かわしてくれ」
現状に悩んでいる私にベータが提案をした。
決して良い提案ではない。新入りの私に、二人同時へ――ベータがある程度慣れているとは言え――指示を出すのは困難だ。
だが、時間に限りはある。
私は渋々ベータの提案を承諾すると、外で待機していたガンマへ指示を始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます