ヒーローに憧れる少年

アンリミテッド

少年と流星とヒーロー

 もうすぐ夜になる空に、一筋の流星が輝いていた。その流星はこちらに


結希ゆきさん!」


 僕は同じ帰り道を歩いていた同級生の天乃あまの結希ゆきさんを押した。彼女を巻き込む訳にはいかない。これが正解か間違いかは分からない。余裕がない。

 流星は僕の目の前まで迫っていた。




 僕には夢があった。ヒーローになりたい。

 ヒーローは実在する。勿論怪物もいた。自身の目で見たことはないけど。それでも、いる。

 けど、僕の夢が叶うことはない。ヒーローは皆、それぞれ能力がある。でも僕には。能力がないヒーローは見たことも、聞いたこともなかった。

 それなのに僕は諦められなかった。日々トレーニングをして必死に身体を鍛えていた。無理だって、分かっていたんだけどな。

 最初は1人だった。けど、当時転校生だった結希さんが付き合うようになった。銀髪のセミロングが特徴的な少女。友好的で、優しい人。何故ここまで一緒にいてくれるのかは分からないけど、とても嬉しかった。

 でも、僕の命はここで終わる。凶器は流星だ。せめて結希さんは無事でいてほしい。最後なんだから感謝の1つや2つ、言えたら良かったのに。現実は非情である。




 目の前が真っ白に染まった。光が眩しくて何も見えない。僕は死んで……


「ヒロ君! ヒロ君大丈夫!?」


 井口いのくち浩人ひろと。それが僕の名前で、『ヒロ君』というのは結希さんがつけたあだ名である。結構気に入っている……僕、生きてる!

 目の前には制服姿の結希さんがいた。


「僕は大丈夫です。結希さんの方こそ大丈夫なんですか?」


「ヒロ君は自分のことを心配してほしいよ。何かあっても嫌だから……」


 結希さんは瞼を閉じ、開いた。眼の色が青い。

 結希さんには能力があり、心を形として見ることが出来る。色も見えるって言ってた。


「えっ?」


 結希さんが声を上げた。驚いているように見える。


「どうかしましたか?」


 僕も不安になって声をかけた。結希さんも分かっていると思う。

 結希さんは僕を見つめる。物凄く真剣な表情だった。


「よく聞いて。ヒロ君の中に、。ヒロ君以外の心があるの」


「僕二重人格じゃないですよ?」


「それは分かってるんよ」


 結希さんは嘘を吐く人じゃない。それくらい一緒にいれば分かる。


「僕以外の何かがいるのか。実感湧かないなぁ」


「……ヒロ君、意外と余裕そうだね」


 そう、結構心に余裕がある。直感でしかないんだけど、僕の中にいるに悪意とかはないと思う。今何かしようとすら感じない。


「結希さん。僕の中にいる、心って」


 これはただの確認。大体見当はついている。


「さっきの流星じゃないかな」


「ですよね」


 僕の中に入ったのは恐らくあの流星だ。逆にそれ以外心当たりがない。様子が可笑しかったらきっと結希さんが気付いているだろうし。……結希さんに頼ってばっかりだな。今度お礼をしないと。


「ヒロ君、おーいヒロ君」


「あっ、ごめん。考え事してた」


「ううん。無理もないよ。でももう遅いし、早く帰ろう」


「そうだね」


 さっきよりも暗くなっている気がした。僕と結希さんは帰り道を歩き出そうとする。

 何かとてつもなく嫌な予感がした。全身鳥肌が立った。

 結希さんの顔を見て、予感が確信に変わった。恐怖が浮かんでいたのだ。


「結希さん、逃げ――」


 僕は結希さんを逃がしたかったが、遅すぎた。上空から何かが降りてくる。

 土煙が舞う。と様子を見ていた次の瞬間、尻尾が来た。


「ぐっ!?」


 僕はその尻尾を受けてしまった。受けただけで軽く吹き飛ばされる。痛かった。けどそんなことよりも結希さんは!


「ヒロ君!」


 結希さんの呼びかけが聞こえたタイミングで土煙が晴れる。そこにいたのは、だった。

 黒と灰色の体をしている、トカゲのような怪物。白い牙を出している。姿を見るだけで恐怖する。


 しかも結希さんが不味い。怪物の尻尾に巻き付かれて身動きが取れない。尻尾も体並みに長かった。


「っ! 助けて!」


 怪物は結希さんを連れ去って行った。物凄い跳躍だった。


 結希さんは『助けて』と言ってくれた。そして僕の身体は考えるよりも前に動く。走り出していた。




 僕は結希さんを連れ去った怪物を追っていた。見えなくなる時があるけど、直感を信じて進んでいく。それにこの直感は必ず怪物の元へ導いてくれる自信があった。

 やがてとある廃工場までやってきた。もう夜空で月の光が頼りだ。

 怖い。でも結希さんを助けないと。無事でいてくれ。


 廃工場は月の光に照らされていた。その奥に先程の怪物がいた。僕は駆け足で向かう。

 近付いて分かった。怪物の更に奥に結希さんがいた。倒れている。僕の心は焦りと恐怖があった。

 駆け足に気付いて怪物がこちらに振り返る。恐怖が更に増した。


「やはり来たか」


 怪物は僕が来ることを予想していた。


「結希さんを返せ!」


 僕は要件を言った。怪物は口角を上げる。全身を寒気が襲った。


「まずは、お前からだ!」


 怪物は僕に襲い掛かってきた。僕も必死に抵抗する。


 ――痛い、痛い、めっちゃ痛い!

 僕は怪物の攻撃を受けて、地面を転がる。近くにあった柱に背中から当たった。


「ヒロ君!」


 結希さんの声が聞こえた。僕は顔を上げて確認すると目を覚ました結希さんがいた。一瞬だけ安堵した後に起き上がる。

 怪物がこちらを睨んでいる。次は嘲笑うかのように口角を上げた。


「さっさと倒れていればいいものを」


 怪物は鋭い爪を立てる。言葉と行動だけで恐怖を感じた。

 僕は思考を巡らしていた。数多の弱音が出てくる。自分では無理だと、諦めた方が良いと。この怪物には決して敵わない。

 理解している。だけど諦めたくない。1理由がある。


「結希さんを助けたい。だから倒れる訳にはいかない。弱音くらいで、挫けてたまるか!」


 それだけで立ち上がった。胸を張って大きく叫んだ。

 次の瞬間、光に包まれるような感覚と共に輝く。――何が起こってるんだ!?

 筋肉質な灰色の身体。銀色の肉質はまるで鎧を纏っているようだ。そして姿は、異形だった。


「覚醒したのか!?」


 怪物は驚いた。僕も最初は驚いたけど、もう冷静だった。

 力が湧いてくる。これなら、怪物を倒せる。

 僕は怪物に近付いて両肩を掴んだ。半回転して怪物を押し退けた。これで結希さんを守れる。一瞬振り向いた。


「ヒロ君! 頑張れ!」


 ありがとう結希さん。その言葉でもっと頑張れる。


 怪物が咆哮を上げた。恐ろしいほどの殺意を感じる。僕と怪物は睨み合い、駆け出した。

 僕は怪物に身体をぶつけ、押し退ける。怪物は腕を振るい始めた。僕は怪物の攻撃を受け止め、その度に返しの拳を突き出した。更に蹴りを加えた。

 僕は思い切り両拳を突き出して怪物を押した。押された怪物は長い尻尾を振った。僕は尻尾を受け止める。右手を平らにして、チョップする勢いで腕を振り下ろした。尻尾は切り裂かれた。これチョップより手刀だ。尻尾を切断された怪物は声を荒げる。


 僕は右手を上げて力を籠める。右手は青く輝き、腕には稲妻が走った。怪物に向かって走り出す。怪物は両腕を上げた。鋭い爪が光を反射する。振り下ろすつもりだ。

 でも、僕の方が速かった。僕の拳は怪物の身体を貫いた。

 何があっても良いように結希さんを庇える位置に着いた。怪物は雄叫びを上げて爆発した。爆風が吹いた。

 怪物との戦いが終わった。――僕は振り向く。


「助けに来ましたよ」


「うん!」


 助けることが出来て良かった!! 無事で本当に、良かった!!!




 全てが終わった。今でも現実に起きたことなのか分からない。それでも結希さんが無事でいたことに安心した。

 そんな僕と結希さんは夜道を歩いていた。僕の姿は元に戻っていた。どうして姿が変わったのかは分からない。なんでだろう。


「身体は大丈夫なの?」


 結希さんが心配そうに見てくる。そうだな。


「全身筋肉痛みたいです。それ以外は大丈夫」


 僕は笑顔で答える。とは言ったけど怪物と戦って傷だらけだった。


「……ごめんね」


「えっ?」


 僕は不意に謝られた。


「私が『助けて』って言ったから、ヒロ君をこんなに傷つけることに――」


「助けに行って良かった」


 僕と結希さんは歩みを止める。お互いに向き合うと、結希さんは驚いているようだった。


「結希さんが無事でいるのは助けに行ったから。そして僕も結希さんも今生きている。結果論ですけど、これで良かったと思う」


 こうして謝罪を聞けているのも生きているからだ。それに僕の意思で助けに行った。傷付いたことくらいなんともない。


助けられたね」


「また……?」


 僕は思わず聞き返した。


「やっぱり忘れてたんだ。私が小学生の時、いじめられていたらヒロ君が助けてくれたんだよ」


「……あっ、あの時の女の子が結希さん!? 全然気付かなかったし、忘れてました」


 結希さんは頬を膨らませる。でもすぐに微笑んで言った。


「ヒロ君はヒーローにはなれないって思っているけど、私にとってヒーローはヒロ君だよ」


 ……そうか。なんだか心が温かくなった。今まで抱えていたものが軽くなった気がした。何より嬉しかった。


「ありがとう……ございます」


 感謝の言葉を呟いた。結希さんは隣に立ち、僕の手を握った。


「帰ろう」


 僕は優しく握り返す。


「はい」


 僕と結希さんは歩き出した。僕の中にいる心の正体は結局分からない。けど結希さんを助ける戦いで力を貸してくれた。

 ありがとう。――僕は


「ヒロ君、宿っている力は」


「使わない。さっき伝えた。伝わったかは分からないけど。僕は自分の出来ることをやっていくよ」


「ヒロ君らしい。それで良いと思う」


 僕は無理に力を使うつもりはない。それでヒーローになろうとも思わない。

 僕は僕のままでも、誰かのヒーローになれるから。


「これからも、傍にいて下さい」


「――勿論だよ」


 こうして、僕と結希さんに起こった出来事は終わった。


 家族への説明で苦労するとはまだ考えてもいなかった。

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