第20話
とうとう、ぼくは日本へ帰る飛行機の中の人になっていた。
ぼんやり窓の外をながめながら、ぼくは、さっき別れてきたみんなのことを思い出していた。
「絶対、メールしてね」
「日本のようす、知らせろよな」
「ここのこと、わすれたらあかんよ」
「みんなで、また会おうな」
「日本は寒いわよ。気をつけてね」
「ぼくの帰国が決まったら、かならず連絡するからな」
空港に見送りにきてくれたみんなの声が、頭のなかでひびいている。ほんとうに、これでぼくは日本に帰るんだ。
飛行機は、雲の上を飛んでいる。ただ、どこまでも、白い雲の波がうねうねとつづいているだけだった。
「どうした?」
となりの席から香川先生の声が聞こえた。
えっ、と横をむいたぼくは、やっと、先生もぼくたち一家と同じ飛行機だったことを思い出した。お父さんとお母さんは「香川先生といっしょのほうがいいでしょ」と言って前の座席に座っていた。
「歯でも痛いのか? さっきから、ずっとほっぺたをさすってる」
先生から言われて、ぼくははじめて自分の手がほっぺたをさわっているのに気がついた。
飛行機は雲の中に入ってしまったのか、窓の外は真っ白だった。ぼくは、なんだかこの飛行機ごと、異次元に飛び込んでしまったような感じがした。
ずっと前のほうで、ノースモーキングのランプがぼんやりついていた。
「ぼくさ」
ぼくは、だれにも言わないでおこうと決めたことを、ここでなら話してもいいかなぁと思いはじめていた。ぼくが、応援合戦で悪魔の役をかって出たらこのほっぺたの違和感がおさまるかもしれない、と思っていたこと……。
「ときどき、ほっぺたが痛くなるんだ」
「そうか」
先生は、不思議だとも何とも思っていないみたいだった。
「ぼくらが悪魔祓いをした時、ぼくは、真一郎にほっぺたを殴られたんだ。それが、今でもときどき痛むんだ。今でも……。おかしいでしょ?」
「いいや」
先生はそういって、遠いところを見る目になった。
「中学のとき、気に入らない先生がいてさ、おれと友だちで、その先生のテストをボイコットしようという相談をしたことがあったんだ」
ぼくは、先生は何を話しだすんだろうと、だまって聞いていた。
「おれは、テストの前の日まで本気でボイコットするつもりだった。でも、その日の朝、恐くって恐くってどうしようもなくなった。おれは、テストをうけた。もちろん、友だちはうけなかった。その日の夕方、友だちはおれを呼び出して、おれをなぐった。痛かったなぁ」
ほっぺたにあてられていた先生の手が、かすかに動きはじめた。
ああ、先生も同じなのかとぼくは思った。
ぼくの手が先生の手の動きをまねるように、同じ動きをくりかえす。
ぼくはふっとアニスのことを思い出した。こんなとき、アニスだったら
「何てことない、何てことない」って言うんだろうなぁ。
いつの間にか、飛行機のなかのノースモーキングのランプが消えている。
きっともう、この飛行機は厚い雲の中を通り抜けたんだろう。
横の香川先生も目を閉じていた。
ぼくは、機内に持ち込んでいたタブレットのスイッチを入れた。画面にいつものゲームが現れた。
「あ!」
ぼくは、タブレットのスイッチをバチンと切った。
「ウソだろう」
ぼくはタブレットの上にあるものを見てしまったのだ。
「やぁ」
画面からあの黒い頭のマンガ仕様の西洋風悪魔が、ぼくに微笑みかけていた。
「なんでこんなとこにいるんだよ」
ぼくは、小さい声で言った。
「電源切っても、オレは消えない」
悪魔は、胸をはった。
「いいだろ。オレもいっしょに日本へ連れて行け」
「いやだよ。悪魔となんかいっしょに帰るもんか」
ぼくは力いっぱいタブレットのフタを閉じてた。
「痛い! 何すんだ」
タブレットの中から声がした。
「ついて来るな」
ぼくは両手でをおした。
「だって、オレ、おまえが気に入ったんだもん」
悪魔はもぞもぞしながらタブレットからからぺったんこの頭を出した。
「何言ってんだ。悪魔に憑かれまま日本に帰れるわけないだろう」
「いいから、いいから。オレはオマエに取り憑いてるわけじゃない。それに、オレも日本の悪魔と会ってみたいんだもん」
悪魔は、タブレットから這い出てきて三次元の悪魔にふくれていった。
「日本には、悪魔なんていないさ」
「いるね」
「いない」
「それじゃ、もしいたらオレが日本の悪魔からユウスケを守ってやる。こういう約束でどうだ?」
「ダメ! 日本には神さまだっている。おまえなんかすぐにやっつけられるぞ」
「オマエ、神さまを信じているのか?」
「ああ、信じているさ」
ぼくがそう言うと、頭の上のランプがチカっと光った。そのランプを見上げると、悪魔の「あっ!」という声が聞こえた。
タブレットの上にもう一度目を戻すと、悪魔が消えていた。
どこに行ってしまったんだろうと、横の窓の外を見ると、ぼの悪魔が飛行機の外に出ていた。悪魔は、キラキラ光る光の玉と対峙していた。
光の玉が線になって悪魔に向かって飛んで行く。悪魔は、素早く飛び去る。今度は悪魔の槍が光りを切り裂く。光の玉はいくつにも分かれてまた悪魔に飛びかかる。ぼくの悪魔と光の玉が戦っているようにみえる。どちらが優勢なのかわからない。幾度となく攻撃と守備を繰り返している。勝負はつかないまま、ぼの悪魔と光の玉は、遠く小さくなっていく。
ぼくは、アニスの「悪魔はどこにでもいる。神さまもどこにでもいるんだよ」という言葉を思い出した。
ぼくは窓に顔をつけて、その戦いを眺め続けた。そして、思わず「負けるな!」とぼくの悪魔にエールを送っていた。
終わり
ぼくらの悪魔祓い 麻々子 @ryusi12
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