翡翠の勾玉
今回は私の体験した話の中でも比較的怖さが抑えめな、幅広い方に聞いて頂けるお話をさせて頂きたいと想います。
幽霊などは出てこない、怖さよりも不思議さの残るお話ですので、どうか最後まで読み通して頂ければと思います。
ある夏の日、私は友達と肝試しに行く約束をしていました。
幼少期から私は根っからのインドア派、休みの日は朝から晩までゲームかネットに明け暮れている色白の子供。夏に山へ行ったり海へ行ったりせずクーラーの効いている場所が好きだった私はそれまで肝試しなど行った事が有りませんでした。
しかしその当時厨二病がピークに達した私は友達とネットで得たオカルト知識を話す事が偶にあったのですが、その時の流れで心霊スポットへと肝試しに行く事に成ってしまったのです。しかもその心霊スポットは、当時私の住んでいた富山ではトップクラスに有名な場所。
それ故友達との集合時刻を1時間後に控えた当時の私は憂鬱でした。正直、メチャクチャビビっていたのです。
ですがそんな時、机に出していた夏休みの宿題をしまい出発の準備に取りかかろうとしていた私の目にある物が止まりました。
それはガラスケースに入れられた翡翠の勾玉。この数年前にカセキ発掘教室みたいなイベントで無理矢理地層の勉強をさせられた時に、長野か岐阜にあるフォッサマグナ博物館という場所でお土産に買った物でした。
そしてそれを見た当時の厨二病だった私はこう思ったのです。
(確か、翡翠には魔除けの効果があるってネットに書いてあったな)
そんな事をふと思い出した私は、心霊スポットへ行くに当たり何かお守りが欲しいと思い、この勾玉を持っていく事にしたのでした。
そして約束の時間に成った私はそれをポケットに入れて、迎えに来てくれた友達のお兄ちゃんの車に乗り込んだのです。
私達が向かったその廃墟は、行く前こそ一体どれ程恐ろしい所なのだろうとビクビクしていたのですが、実際には大した事有りませんでした。
日中に行った事もあり、視界も良好で温度が外より少し低くく寧ろ過ごしやすい様な空間。昔オーナーが焼身自殺したと言われる場所、子供が溺れ死んだと言われるプール、女性が暴行された末に殺されたと言われる客室、北朝鮮のスパイが潜んでいたと言われるトイレなどへ行きましたがどれも余り怖くは有りません。
その心霊スポットの拍子抜け具合と言ったら、曰く付きの場所よりもよっぽどヤンキーが書いたと思しきスプレーアートの方が記憶には残っているというレベル。
私達は最後にその廃墟の屋上へと上り、そして田舎の田園風景を一望に収めて帰宅する事と相成りました。
その後人生初の職務質問を受ける等のハプニングは有りましたが無事自宅に帰宅する事ができ、一日を終えた私は風呂に入ろうとしていました。
するとズボンを脱いだタイミングで、私はポケットに勾玉を入れたままであった事を思い出したのです。危うくそれを入れたままズボンを洗濯機に放り込む所でした。慌ててそのポケットから勾玉を取り出します。
しかし其処で、取り出した勾玉を見た私はその予想外の見た目に衝撃で固まる事と成ったのでした。
勾玉が割れていたのです。その緑色の石全体にヒビが走る程バキバキに。
翡翠はそれほど柔らかい物では有りません、それにこれ程の亀裂が走るには余程強い力が掛かったのだろうと思われました。しかしそんな強い衝撃を受けた記憶など全く無かったのです。
心霊スポットで私達は跳んだり跳ねたりという事はせず、唯粛々と足音すら潜める様子で建物の中を見て回っただけ。それに右ポケットに入れていた物がこれ程派手に割れているのなら、その直ぐ下にあった私の右太股にも何か痣などが出来ていないとおかしい筈。しかし私の太腿には痣も傷も何も変化は見られませんでした。
その事実が一つ一つ積み重なっていく度、私はこの勾玉に対する心霊的な恐怖が強く成っていったのです。
しかしそんな事を言っても当時の私には如何しようも有りません。
一先ず風呂に入った私は手元に置いておくのも嫌だったので、何となく守ってくれそうな神棚にその勾玉を起きました。そして取り敢えずこの事は明日考えようとこの日は布団に入り眠りに着いたのでした。
翌日は部活が有りました。
其処で私は部活の仲間にこの件を相談しようと勾玉を持っていき、そして休憩時間に何人かの友人の前で事情を話しました。不安を皆で分かち合い、解決策を見つける事で恐怖を少しでも軽減出来ればと思ったのです。
しかし、実際には逆効果でした。私の話を聞いた友人達は『呪われてる』『流石にヤバい』『今日が峠』『今すぐ神社に行ってお祓いして貰わないと呪い殺される』などと口々に恐怖を煽ってきて私の不安は強くなるばかり。
そして如何しても呪い殺されたく無かった私は、友人のエナメルバッグの中へと無断でそのヒビ割れた勾玉を放り込んだのでした。
友人に呪物を押しつけ、完全に勾玉の恐怖から逃れられたと思った私は何時になく晴れ慣れとした面持ちで家に帰りました。そして半日分の部活の汗を流そうと風呂場へ直行した私は、汗を大量に吸ったタオルを洗濯に出そうと自分のバッグを開きました。
すると、あったのです。取り出したタオルの後ろからバキバキに割れた翡翠の勾玉が出て来ました。
その瞬間私は問答無用で思考停止。それから起った事を頭が少しずつ理解する内に、私の体は鳥肌で覆われますいきました。
私は確かに友人のバッグの中へ見つからない様入念にこの勾玉を隠した筈。友人はそれに気付かず勾玉を家に持って帰った筈。
それなのに何故かその勾玉が自分のバッグから見つかってしまった。その事実が理解できない、いや理解したくなかったのです。
そして同時に、私は本能的な物でこの勾玉と今夜同じ屋根の下で眠るのは不味いと思いました。何が不味いのかは言葉で表せませんが、兎に角不味いのです。
其処で私はどうにかして、これを家の外に出せない物かと考えました。
しかし外部の適当な場所へ放り捨てたとしても又戻ってくる気がして成らない。しかし今の時間から行ってお祓いを受けさせてくれる神社や寺は無いしそもそも伝が無い。
万事休すか、そう思った私は風呂場で全裸に成った状態のまま頭を抱えました。
しかしそのフルチンで抱えた頭に、まるで神が天上より投げ込んでくれたかの如き閃きが浮かんだのです。私はその瞬間この世界に神は実在すると確信し、洗濯機に入れた汗まみれの下着を再び着て衣服を纏い夕暮れの町へと駆け出しました。
私が向かった先、其処は近所の無人神社。其処に辿り着いた私は田舎特有の無駄に長い石段を一気に駆け上り、無礼にも境内のど真ん中を全力疾走して神社の本殿へと走り込みました。
そしてその賽銭箱に、ヒビ割れた勾玉を放り捨てたのです。
神社の賽銭箱へと勾玉を放り捨てた後も、私は若しかすると勾玉が戻って来るのではないかと怯えビクビクしながら一晩を過ごしました。
しかし神社が守ってくれたのか、結局勾玉が戻ってくる事は無く一日が過ぎ、二日が過ぎ、一週間があっという間に過ぎていったのでした。それだけ時間が経過すれば流石にビビりの私でも恐怖心が和らいでいきます。
そして和らぐ恐怖心とは反比例に、かなり無作法に勾玉を放り込んだ神社にお礼とお詫びがしたいという思いは強くなっていきました。
奇遇にも部活終わり、夕日が紅の光散らす夕方、私はあの日と同じ時間に神社へ戻って来ました。
ポケットには財布から引っ張り出した10円玉が一枚。私から神に対する最大限の感謝の気持ちです。
そして今度はゆっくり一段一段石段を登り、通路の脇を通って本殿へと向かいした。
すると鳥居を潜ったタイミングで、何かキラリと輝く物が視界に入ったのです。私は普段地面に変な物が落ちてた程度では気にも留めないのですが、何故かその時は惹きつけられた様にその光源を手に取っていました。
それは、割れた勾玉の破片でした。
丁度鳥居の真下に当たる位置に、小指の爪と同じくらいの大きさと薄さの破片が一つ。
賽銭箱から其処まではまだ十数メートルあります。
周囲に他の破片はなく一欠片だけ。
風で簡単に吹き飛ばされてしまいそうな程軽いのに、1週間の時が過ぎてもそこに残っていました。
まるで、今でも私の元へ戻って来ようとしているかの如く。
ザアアアアっと、8月の末にしては肌寒い風が鳥居の隙間を吹き抜けていきました。
小説置き場 @NEOki
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