特殊能力

 私には特殊能力があります。目を瞑ったままでも壁にぶつかる事なくスムーズに寝室から離れたトイレへ向かい用を足せるという能力が。


 その一見奇妙な特殊能力が身に付いた経緯は私の学生時代にまで遡るのですが、当時受験のストレスで感覚過敏になっていた私は殊に光刺激に対して敏感に成っていました。

 その程度というのが今では自分でも信じられないのですが、エアコンがコンセントに繋がっている事を知らせる電源ランプ、その光が眩しくて眠れなくなるレベルです。


 そしてそんな光に過敏な私にとってトイレの照明など目に入れようものならもう朝まで眠れません。当然トイレは電気を点けずに用を足します。

 しかしそれだけでは問題は解決しません。私の寝室からトイレまでは少し距離があるのですが、その道程で不意に未だ起きてる人の部屋の明かりが目に入ったり、点けっぱなし照明を目に入れたりしても眠気が吹き飛んでしまうのです。


 其処で受験期の一周回って馬鹿に成っていた私が身に付けたのが、この目を瞑ったままトイレに行けるという特殊能力な訳です。

 そして今回は、そんな私の特殊能力に関するお話をさせて頂きたいと想います。



 その日、私は夜中にふっと目を覚ましました。トイレがしたくなって目を覚ましたのです。

 しかしその目を覚ました瞬間、私は強い違和感を覚えました。

 何か何時もの夜と違う気がする、何時もと闇の匂いが違う気がする、何時もより部屋が静まり返っている気がする、何時もより周囲を包む空間が広い気がしたのです。


 それは何となく、そうとしか言い用が無いのですがとても強い違和感でした。


 しかしそうは言っても尿意は私に布団へ戻る事を許してはくれません。どうしても我慢が出来なく成った私は意を決し、何時も通り光刺激から自衛する為目を閉じたままトイレへと向かいました。

 身体は意識するまでもなく自然とこれまでのルーティンに従って動きます。仰向けの状態から右側へ布団より抜け出し、左の方向へ六歩進めば扉に突き当たる筈


 なのですが、その日の其処には扉のドアノブは存在しませんでした。


 手を伸し摩ってみると其処は扉など影も形もない唯の壁。

 私はおかしいなと思い頭を傾げました。しかし其処で少し横に移動しながら壁を摩っていくと直ぐに手に固い感触が当たり、ドアノブを見つける事が出来たのです。

 どうやら布団を敷く位置が何時もより少しズレていたか歩みが少しふらついてしまった様です。


 私はこの時、大して気にする事無く扉を開けました。


 扉を開けた先には何時も通りの廊下が広がります。

 此処はもう何歩という事でもなく、適当に力を抜いて歩いていれば今曲がり角だなという事を感じ、其処で左に曲がりるだけです。

 そしてその日も歩いているとその感覚を覚え、其処で左折しました。


ドンッ


 しかし其処でもまたおかしな事が起りました。曲がった先で、壁にぶつかったのです。


 この時は流石に私も何かおかしいと思いました。布団から這い出て扉に向かう時は偶に当てが外れる事がありましたが、この廊下を進む過程で失敗した事は今まで1度だって無かったからです。


 ですが此処でも違和感を覚えながら壁を手で伝い少し進むと、左への曲がり角を発見。

 そしてこの瞬間にも尿意がピークを迎えつつあった事も有り、違和感を頭に残しつつもトイレへの歩みを続ける事としました。


 此処まで来ればもうその先の道は簡単です。何かに突き当たるまで真っ直ぐに進んだその場所に、トイレの扉があるのですから。



ガチャッ



 扉は有りました、予想していた廊下の突き当たりに、しっかりと。それでもう尿意が限界を迎えていた私は一目散にトイレへと駆け込みます。

 そして暗さ故かスリッパが見つからず素足のままとは成りましたが、何とか堤防決壊前に無事放尿へと漕ぎ着けたのでした。


 しかしそこで、腹に抱えた液体を半分出し終えた辺りで、私は漸くこの場にも突然の如く存在していた違和感に気付いたのです。

 音が低かった。何時もより放尿によって発生する音が低かったのです。


 男性の皆様であれば理解して頂けるとは思いますが、液体が男性用便器に当たった時はコココココッという何とも上品な音がするものです。

 しかしその瞬間に聞こえていた音には濁点が付いており、明らか陶器よりも柔らかい物に当たっている気がしました。


 そしてその引っ掛かりと、本能を刺激する尿意が消えた事で少しずつ私の眠気に覆われていた脳が起き始めます。

 そしてとある事に気付いた私の顔は、ホカホカと湯を上げる尿とは対照的に青褪めていったのです。


 全ての違和感の謎が解け、何故普段と何かが違う気がしていたのかという真相に気付いた私の口から、こう言葉が溢れました。


「あ、オレ今日友達の家に泊まってるんじゃん………」














 私が目を瞑って辿り着いた場所は、風呂場の脱衣所でした。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る