人生最初の心霊体験とその考察

 私の人生における一番最初の心霊体験?は幼稚園の頃。加えて特別な行事の中起こった出来事なので覚えるのですが、夏休みに入る直前だったと思います。


 その日は幼稚園のお泊まり会でした。

 私が通っている幼稚園は所謂お寺の幼稚園という奴で、お泊まり会の会場は毎年園長先生が住職でもあるお寺でと決まっていました。

 そして私の代でもそれは同じ。日中は山の方にある大きな公園へ行って景品が貰える宝探しをしながら汗を流し、夕方は一般の銭湯へと皆で手を繋いで移動し風呂に入り、夜は花火をしてそれから布団に入ります。


 確か何処か広間のようなスペースに全員集められて寝ていたんだと思います。私は夜中にとても暗く広い空間で目を覚ましました。

 トイレに行きたくなったのです。

 その当時の私には自宅のトイレならともかく、何処にあるのかも分からないお寺のトイレを深夜に一人で探し回る勇気はありません。誰かについて来て貰おうと先生を探しました。

 すると部屋を出たそのすぐ先で、5歳の私はお坊さんに出会ったのです。


 その袈裟の服装と丸めた頭に園長先生かそのお弟子さんだと思った私は、トイレに付いて来てくれる様お願いしました。するとお坊さんは私を先導する様に前を歩き始めたのです。

 私はこの時言葉を交わしたか交わしてないかは覚えていませんが、何も気にする事なくその背中を追いかけたのは今でも断片的な記憶が教えてくれます。


 お坊さんは真っ暗な廊下も階段も電気を点ける事なく進んで行きました。しかしにも関わらず、その後ろ姿が妙にくっきりと記憶に残っているのです。

 そして小さかった私は手を握って貰おうとしたのですが、何故かどこまで手を伸ばしてもお坊さんの手には届かなかったという記憶も朧げながら残っているのでした。


 そうしてそれ以外特に不思議な事も無く私はトイレに辿り着きます。私はお坊さんに促されるままその個室へと入りました。

 此処まで話せばもうオチが分かっている方も多いとは思いますが、用を済ませ扉を開けたその先にはもうお坊さんの姿は影も形も無く、ただ闇が広がるのみだったのです。


 その余りな驚きと恐怖に当然号泣した私ですが、それでもお坊さんが戻ってくる事はなく十分程泣き続けてようやく先生が助けに来てくれました。

 それでこの話のエピソードは終わりです。後は何事も無かったかの如く布団へ戻され、そのまま寝て朝に成って家に帰宅しました。


 たったこれだけの記憶。しかしその短い中に幾つもの不思議な点が存在する記憶です。

 何故トイレに小さな子供を残したまま忽然と消えたのか、何故トイレへ向かう途中に一度も照明を付けなかったのか、何故手を握ろうとした時あれ程近くに居たにも関わらず手が届かなかったのか。

 その不自然な点の印象が強烈すぎてつい最近まで私はこの記憶を人生最初の心霊体験であると思っていました。しかし実は先日、この記憶が心霊体験でも何でもない可能性が出て来たのです。


 切っ掛けは、私が数年ぶりに見た明晰夢でした。

 明晰夢というのは夢の中でこれが夢であると認識している夢の事。世の中には一定の割合でこの明晰夢を見られる人間が存在し、その夢の中では文字通り何でも願った通りの事が出来るのです。

 そして昔調べた所では明晰夢を見た人、特に始めて明晰夢を見た人は自由に空を飛ぶ人が多いのだとか。ですが私は始めて見た時からつい最近見た時までずっと夢の世界でやる行動は何時も同じでした。

 夢から覚めようとするのです。


 私は明晰夢で自分が今見ている物が夢だと気付くと何時も決まって、目を覚まさなくては成らないという強い衝動を覚えるのです。そして上手く形容するのが難しいのですが、夢の中ではない縫い付けられているかの如く固く閉じられた現実の瞼を強引に開こうとするのでした。

 そうして無理矢理夢の世界から瞼を開けて現実に帰って来ると奇妙な現象が起ります。現実の世界と夢の世界が1つの視界の中に重なって見えるという現象です。


 それは明晰夢を見なければ絶対にお目にかかれない視界、現実の中に同時に手を伸しても届かない夢の世界が存在するのです。そしてこの現実と夢がダブった状態、これこそがあの日私が見たお坊さんの正体なのではないでしょうか?

 暗闇で電気を点けなかったのも、手を伸しても届かなかったのも、全てが見ていた物は夢だったという言葉だけで説明が付きます。そしてトイレから出るともう影も形も無かったというのも便所の明るい照明で完璧に目が覚めたのだと解釈出来るのでした。


 しかしこうして色々と考察してきましたが、結局あの日の真相は分厚い時の壁に阻まれて明確に知り得る事は出来ません。ですが夢だろうと幽霊だろうと、今となっては良い話のネタになって助かっているという事だけが真実です。

 そして最後に、あの日明晰夢を見ていたのだという解釈だけでは説明出来ずに残った唯一の謎を書き残し締めとさせて頂こうと想います。



 あの日、何故私は今まで一度も使用した事の無いかった寺のトイレに、真っ暗闇にも関わらず迷わずに向かう事が出来たのでしょうか………






















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