第三話 テニス部3

「おいおい、勝手にあきらめてもらったら困るぜ加藤」

「俺たちの期待を背負っていけ、エース」

 現れたのは、同じく陸上部の安達あだち渡辺わたなべ

 並走へいそうしていた二人は前後に別れ、前に出た安達はサッカーボールを体で受け止めた。後ろで止まった渡辺は両手を大きく広げ、追ってくるクラスメイトの壁となった。

「マットを下にいてある。行け、加藤!」

「な、いつの間にっ!」

「あいつらと一緒さ。お前の思考なんて読めてる。それに同じ部活なんだ。どんな状況におちいって失敗するのかー–––幾度いくどとなく見てきたんだ」

「二人とも……すまないっ!」

 二人の言葉を信じ、加藤は渡り廊下を飛び降りた。そこには確かにエバーマットが設置されていた。マットの柔らかさと、二人の温もりを肌に感じながら加藤は前転をし、すぐ走れるような姿勢を取った。二人が作ってくれた時間を、一秒も無駄にすることはできない。

「ぐ、ぐあぁあああぁぁぁあああ!」

「なっ、安達ィ!」

「バカ、振り返るな、走れ!」

「くっ、すまない……」

「あっ、あああぁぁあああああああああ」

 次いで鼓膜こまくを刺すのは渡辺の悲鳴。

 涙を飲み込んで、加藤は足を回転させる。

 背中を押してくれた二人の想いを乗せて、加藤の大腿筋だいたいきん覚醒かくせいする。今トラックを走ったらどれだけいい記録がでるのだろうか。

「負けるわけにはいかないんだ。二人のためにも……そして、自分自身のためにも!」

 もう男子トイレは目の前だ。校舎に入ってしまえば、あとは直進あるのみ。

 幸い、敵は一階に勝ち構えていた三人のみで、あとは上で安達と渡辺が止めてくれている。

 三人のうち二人は柔道部、もう一人は帰宅部故に、遠距離での攻撃はできない。何かを投擲とうてきするなどの能力がないから、勝ちはほぼ確定したと言ってもいいだろう。

 帰宅部の稲垣いながきに関しては、戦う意思も理由もないのだ。追ってきてすらいない。

「勝った……勝ったぞー––––––っ!」

 勝鬨かちどきをあげようとした、その刹那せつな

 力強く右足で地面を蹴った加藤に、不意に臀部でんぶへの衝撃が襲う。

「な、なんだと……」

 うっすらと薄れていく視界。

 ふと視線を上げると、教室がある四階から一人の男が弓を構えていた。

 青のメガネをクイっと、上げた男––––––西岡にしおかは、弓道で全国を制覇せいはしたことのある実力者だ。

「に、西岡––––––」

 西岡は、立てた人差し指と中指の腹を唇に当て、それをそのままあごの方までスライドした。恍惚こうこつとした表情を浮かべる西岡を、気持ちでにらみながら加藤は転倒した。

「あ、あがっ……」

 もうすぐ排便できると油断ゆだんをしていたし、お尻への弓攻撃によって少しゆるんだ肛門括約筋こうもんかつやくきんは、もはやその仕事を全うするだけの余力など有していなかった。

 アスファルトを手でいて、少しでも前に進もうとする加藤。

 だが、その最後の抵抗むなしく––––––

「あ、あぁ……」

 飛び乗ろうとしてきた柔道部の内村をけることはできず、腸のあたりに破壊的かつ致命的な衝撃を喰らった。

「か、加藤……」

「安達、俺–––––––––めが甘かったみたいだ。」

 ボロボロになった安達が、ふらふらと覚束おぼつかない足取りで近づいてきた。

 かなりの時間応戦していたのだろう。疲労困憊こんぱい具合が、戦いの激しさを物語っていた。

不甲斐ふがいないよな、お前たちが必死に作ってくれた一瞬を、ものにできなかった」

「待ってろ、今内村をどかしてやーー」

「すまない、安達」

「おい待て、まだ一縷いちるの望みがそこにあるんだ!」

 もうすぐ排便できると油断をしていたし、お尻への弓攻撃によって少し緩んだ肛門括約筋は、もはやその仕事を全うするだけの余力など有していなかった。

「本当に、すまない」

「加藤ぉおおおぉぉぉおおおおおおお!」

 加藤のほおを一筋の涙が濡らし終わるよりも前に。

「ぶりぶりぶりぶっっりゅりゅうううう、ぶちちちちぶぴゅ、ぷー」

 排泄音が、燦々さんさんと照りつける真夏の太陽の元、はかなとどろいた。

 加藤、脱落。

 いや、脱糞……。

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ビチクソ戦争 ロングブラック @coffee-014

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