第二話 テニス部2

 タイミングよく階段へと差し掛かった加藤への追跡はまだまだ終わらない。勝負もまだ終わってはいないのだ。加藤が便座に腰を下ろすその瞬間まで。

 階段を軽い足取りで下っていた加藤は、先ほど視界の端で一瞬とらえた光景を思い出していた。開いた窓から覗いていたのは一本の梯子はしごであった。

「なんてやつだ。梯子を使ってショートカットしてきやがった」

 事前に用意していたのだろうか。加藤に先回りできるよう、最短距離を選んだのだ。落ちれば命までは落とさないだろうが、それでも大怪我はまぬがれないだろう。

「覚悟が違いすぎるぜ」

 確かに、芝田は急に視界に現れた。まさか窓から飛び入ってきていたとは。

 恐れ多すぎるクラスメイトの決死の追随ついずいに震えながら、加藤は階段を下っていく。

 テニス部二人との攻防を制した加藤だったが、それもじょの口に過ぎない。なんなら、この先の方が考えることも、対峙たいじする敵も、時間の有限さも先程の比じゃない。

 まずは一つ、通路の選択だった。

 先に述べた通り、本校舎に渡る方法は二つしかない。二階の渡り廊下か、一階まで下りきるかだ。

 ここで迷って歩を止めてしまえば、たちまち追跡者の餌食えじきとなってしまうだろう。実際、背後から聞こえてくる男たちの叫び声は、身の毛がよだつ程の鬼気ききさをはらんでいた。

「一階まで下りれば、その後の回避経路は格段に広くなる。だが、もう一階に下りる読みで待ち構えている奴らも多いだろう」

 ここはさすがの加藤の判断力。優柔不断ゆうじゅうふだんではなく、なにかと選択を任される立場にあった加藤。脳細胞一つ一つが躍動やくどうし、あらゆる選択肢の中の最善択を模索もさくしていた。

「渡り廊下を渡るしかない……ある程度の敵は倒さなければならないかもしれないが」

 手すりをつかんだまま、えがくように体を回転させた。なるべく早く二階に到達しなくては。

 渡り廊下に差し掛かった加藤は、目の前の光景に再び驚愕きょうがくした。

「な、なんだとお前ら……!」

 ほぼ全員、渡り廊下の先で待ち構えていたのだ。

 走ったまま、加藤は一階を一瞥いちべつする。すると、一階には三人程度しかいなかった。最低限の人員を下に残し、あとは渡り廊下で待っていたらしい。

けに出たなぁ!」

「いいや、俺たちからしたら起きるべくして起こった事象だ。お前の思考は大体把握はあくしているからな」

「さすが、大好きだぜお前ら!」

 中高一貫いっかんかつ、クラス替えがないという一風変わった我が校の特徴が邪魔をしたらしい。家族同然として一緒に過ごしてきた友達からすれば、ちょっとした思考を読むのはいとも容易だったみたいだ。

「狭い通路でその人数……機動性きどうせいに欠けてるんじゃないか?」

「数で押すのさ。人の間をって突破するのはほぼ不可能」

「そうしている間に、後ろでバドミントン部の岸田と上野がネットを張っているぜ」

「な、なに?」

 隙間から覗く奥には、確かにネットが張られていた。ネットの端を二人が持ち、いつでもからみ止めれるように腰を低く構えていた。

 ネットに掛かった瞬間捕らえる––––––さながら蜘蛛くものようだった。反射神経も申し分ないだろう。

「くそ、この勢いのまままかり通るのは厳しいか……」

 渡り廊下の途中に差し掛かったとき、後ろから追ってきていた生徒が退路をった。

 突っ込むわけにも、止まるわけにもいかない。

 万事休すかと思えるこの状況の中でも、必死に突破口を探す。こんなところで諦めていては、陸上部の名を汚してしまう。

 戦うのはいつだって自分自身と。体力が尽きかける時からが勝負だ。

「終わりだ、加藤!」

 そう言ってサッカー部の遠坂は、低弾道でボールを蹴った。無回転のボールはゆらゆらと揺れながら、でも確実に加藤に向かって飛んでいた。この狭い通路でこれだけの弾速と正確性を出せるのは、さすがの実力と言えるだろう。

「ここまでか……」

 そう半ば諦めかけていた加藤の真横に––––––

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