掉尾のスライド
かつて「スライド」と言えば、幻灯機用〈枠つきポジフィルム〉のことだった。
その幻灯機が液晶プロジェクターに替わりフィルムが消えても、死語にならず今では〈プレゼンテーションソフト用画像データ〉の意味で使われている。
そして「スライド」で思い出すのは、半世紀ほど前の新米産科医だったころ……。
【青の時代】
原図をマイクロフィルムで撮影し、ジアゾフィルムに紫外線転写後アンモニア発色させる。
しかし、冷房もない時代の暗室作業はつらかった。
【パソコンの時代】
プレゼンソフトを使うと、原図は(文字でも図表でも)簡単に作り直せる。
急ぐ場合は(印刷した原図ではなく)ブラウン管の画面をカラーフィルムに撮影すると(画面の中央は膨らみ歪むものの)取りあえずスライドは完成だ。
簡単に作れるとは言え(間違い修正のたびに撮り直しするので)気苦労は続いた。
講演中でさえ、誤字に気づいて……。
「あっ」と、今は笑い話だ。
【液晶プロジェクターの時代】
この頃の講演の肝は、スライド映写そのものだった。
パソコンとプロジェクターが接続できないとか……。
フロッピーディスクが読み込まれないとか……。
思い出しても冷や汗モノ。
念のため幻灯機用のスライドフィルムも準備しておくのだが、それが映るまでは暗いなかのアドリブ講演である。
*
2015年6月7日、第139回東北連合産科婦人科学会へ参加するため、宮城県の南三陸町から仙台市へ向かうはずが、患者の急変によりドタキャンしてしまった。
そもそも67歳にもなって学会発表しようとは……。
それも、若手の登竜門ともいうべき学会にである。
大会長の和田裕一先生とは、国立病院時代のお付き合いがあった。
せっかく宮城県で医療支援をしているのだし、御挨拶がてら賑やかしに演題でも出してみようと軽いノリだった。
参加のもう一つの目的は、被災地における復興情報の「風化」をアピールしたかったことである。
【演題番号43】団塊世代の元産婦人科医が震災復興に向ける思い――岩手県陸前高田市と宮城県南三陸町における女性支援―― 公立南三陸診療所 中村幸夫
🩺
東日本大震災後、青森高校時代の友人が病院長を務める仮設の岩手県立高田病院の臨時内科医として支援をはじめ、その後も宮城県気仙沼市を経て現在は南三陸町で「医療で震災復興を!」と叫び続けている。
被災地域での生活で改めて気づくのは、医療サービスが十分でなかった地域が震災で更に不自由さを増している現状と、本来は迅速で柔軟な対応が必要な場面でも平常時モードのままで運用されているため問題が多いという状況である。
🩺
こんななか非常時モードで迅速な対応を受けたのが、宮城県公立南三陸診療所である。
佐藤仁町長にフェイスブックでメッセージを送ったところ、約1か月で仮設の診療所に〈レディース外来〉が開催された。
震災前から産婦人科診療が提供されていなかった地域で、内科を受診した女性の心身の不調の悩みに応えるべく〈女性のプライマリケア〉を目指したのである。
🩺
当初は婦人科診療だけであったが、石巻赤十字病院の産科セミオープンシステムに加わり、妊婦検診を地元でも受けられるようにした。
これにともなって〈レディース外来〉担当による〈助産師外来〉も始められたので、産婦人科医不足の対策にも期待される。
助産師自身にとっても、病院という組織のなかで、安心して自分の知識や技術を発揮できるというメリットがある。
🩺
南三陸病院には、新たに産婦人科の診察室も追加された。
2015年11月には、震災前の状況に戻す「復旧」にとどまらず、南三陸町には「医療で震災復興」が実現するであろう。
私事になるが、南三陸町の復興を見続けるため、豊かな自然のなかで人々と楽しみながら働くことにした。
「支援から協働へ」と、自分自身のパラダイムシフトだ。
「掉尾の一振り」ならず。
(学会場で映されなかった13枚のスライドは、こちらから)
https://drive.google.com/drive/folders/1cCy5pRMLsUOOduGa0Oauc6YbLUd0tuuj?usp=share_link
👴 爺医の矜持 👴 医師脳 @hyakuenbunko
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